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転がる岩の荒野


「……また、岩か」


 うんざり気味のトールの言葉に銀髪の美女は苦笑を浮かべつつ、すでに詠唱を始めていた。


あだと咲き――」


 速い。

 追い風に乗った球状の岩は、急激に目の前へ迫る。

 このままでは、ユーリルの魔技は間に合わないだろう。


 あの大きさの質量が、激しい勢いで向かってくるのだ。

 真正面から受けるのは、さすがのトールでも厳しい。


 だがそもそも、まともに受ける必要はない。 

 剣を握りやや腰を落とした状態で、トールは深く息を吐いた。

 それから背後の頼もしい仲間へ一声かける。


「頼んだぞ、ソラ」

「はーい」


 自信に充ちた顔で、少女は杖を持ち上げて魔力をほとばしらせる。

 ――<固定>。

 砂塵を巻き上げていた岩はその瞬間、あっさりと停止した。

 やはりただの岩でなく、モンスターであったようだ。


「乱れよ――<霜華陣>」


 次いで祈句が終わり、発動した魔技がトールたちと岩の間に不可視の罠を作り出す。

 そして五秒の時を経て、岩は自由を取り戻した。


 といっても、すでにその速度は全て失われてしまっている。

 トールたちがじっと見守る中、風に押されたのか岩塊はノロノロと動き出した。

 

 そのままゆっくりと転がったモンスターは、地面に潜んでいた危険な氷へ到達する。

 白く吹き上がった氷柱が岩塊を持ち上げ、一瞬のうちにその体表を冷気で包み込んだ。

 美しく咲いた霜の結晶に、ソラが感嘆の拍手を送る。


「うわ、ムーちゃん、キレイだよ、みてみて!」

「ううん、もうちょっとあとで……みる……」

「ほらほら、はやく起きないと溶けちゃうよー」

「むぅー。もう、あとでみるっていってるでしょー」


 目をつむったままぐずるムーの体を、ソラは半分笑顔の困り顔で揺すっている。

 どうやら早起きしすぎた反動が来ているようだ。


「寝かしておいてやれ。今の感じだと、<電探>はしばらくいらんだろ」


 遠方からでも接近がハッキリと分かるので、先んじて知っておく必要があまりない相手である。

 再び動きを止められたモンスターへ、トールは警戒しながら近付いた。


「……こいつも虫のようだな」


 霜柱を回り込んだトールは、凍りついたモンスターを見て呟いた。

 まんまるに見えた体だが、冷やされたせいか一部が開き中身が覗いている。

 どうやら背中を丸めて球形になる虫のようで、甲殻の切れ目から六本の足がはみ出していた。


 少し待つと風に煽られた氷が溶けだし、ごろりと巨大な虫は地面に転がる。

 球形に戻らないところを見るに、息の根は止まっているようだ。

 一応の用心をしつつ、足で蹴ってひっくり返す。

 内側にあったのは、渦巻状の二本の触角と太い顎と、見覚えのある形状だった。


「これって、まさか――」

「はい、これも岩甲虫ですね……」


 トールの疑念に答えてくれたのは、ずっと無言であった案内役のサラリサであった。

 

「ふむ。移動型もいるってことか」

「……もしかして幼体ですか?」


 会話に混ざってきたユーリルの言葉に、サラリサは小さく頷いてみせた。

 彼女の話によると、岩甲虫の幼体はこの何もない荒野を転げ回るうちに徐々に大きくなっていくらしい。

 そしてある程度の大きさに達すると、昨日の千刃ヶ原に転がり込んで根を張るということだ。


「そこら辺の説明は聞いてなかったな。ありがとう、参考になったよ」

「いいえ、どういたしまして……」


 相変わらずこういった情報を伏せてくるのは、冒険者局らしいとも言える。

 初見で足止め系の魔技がないパーティだと、確実に手こずる相手だろう。

 岩甲虫と同じ種ならば、接近してからの触角の範囲攻撃は必ずあるだろうし。


「うちはユーリルさんとソラが居てくれて助かりますよ」

「てへへ。嫁にしたいほどとか言われると、ちょっとてれるなー」

「あら、私もですか? 不束者ですが、よろしくお願いしますね」

「はいはい、こちらこそ。で、対策ですが<氷床>は逆に加速しそうだし、効果がありそうなのは<冷睡>と<凍晶>ですかね」

「丸まった状態だと、<凍晶>は厳しいですね。それにここは風が強すぎて……」


 <凍晶>は対象の周囲の空気に作用する魔技のため、呼吸している状態でなければ効果は薄い。

 さらにこの突風では、吹き散らされてしまう可能性のほうが高いだろう。

 むしろ、風下にいるトールたちが浴びてしまう危険が出てくる。 


「それと<冷睡>は、あの状態で眠らせてもあまり意味がないかと……」


 確かに勢いよく転がってくるモンスターを寝かしたところで、速度がそう落ちるはずもない。

 

「そうなるとやはり<霜華陣>だけが決め手になりますね。切れた場合は、<固定>と<反転>で何とかするしかないな」

「うん、まっかせて、トールちゃん!」

「ああ、頼りにしてるぞ」


 いつもの言葉に、少女は満面の笑みで頷いてみせた。

 ただ少女の張り切りとは裏腹に、転がり岩甲虫の襲来は結局一時間に三、四回ほどであった。


 太陽が中天に差し掛かる頃合いとなったが、依然として風景に変化はない。

 見渡す限り何もない荒野が、視界の果てまで続いているだけだ。

 昼の休憩に入るか悩むトールへ、風に逆らって後方から声が届く。


「少しよろしいですか……」


 声の主は、いつの間にか奇妙な道具を手にしていたサラリサだった。

 小走りでトールへ追いついた案内役は、生真面目な眼差しで話を続ける。


「警告ですが、受ける気はありますか……?」

「聞かせてくれ」


 ためらうことなくトールは承諾する。

 この案内人の警告とは危険を回避できる貴重な助言だが、受けすぎると手助けとみなされ探索は打ち切りとなってしまう。 

 先へ進みたければ最低限で済ますべきだが、かといって情報が少ないまま探索を続けるのは無謀である。


 軽く首を縦に振ったサラリサは、背負い袋から出した地図を広げた。


「今の場所はこのあたりです。だいたい三割くらいですね……」

「どうやって分かったんだ?」

「この天測盤で、だいたいの距離は分かりますから……」

「なるほど、続けてくれ」


 目を少しだけ伏せた蒼鱗族の女性は、淡々と結論を述べた。


「このままだと確実にこの場所は今日中に抜けられません。夜になりますと、おそらく死にます……」


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