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北、二日目


 休憩を終えたトールたちは、午後からも尖岩が並ぶ荒野をひたすら歩き続けた。

 そして夕闇が濃くなってきた頃、とうとう千刃ヶ原を抜け出す。

 

 岩たちは障害物であったが、同時に風よけの役割も果たしてくれていたようだ。

 とたんに治まっていた風が、一気に勢いを増して吹きつけてくる。


 目を細めて少し離れたところに見える大きな岩山を確認したトールは、背後の仲間たちに声をかけた。


「後少しですが、行けますか?」 

「はい、大丈夫です」

「へいきだよー!」

「うにゃむにゃ……、なにもいないぞー……トーちゃん」


 岩甲虫を見つけるために頑張ってくれたムーは、運搬ソリの上で体を丸めてうずくまっている。

 やはり昼寝なしは、子供の身にはきつかったようだ。

 

 最後尾のサラリサに視線を向けると、何も言わず頷いてくる。

 皆を風からかばうように、トールは先頭に立って歩き出した。


 大きな岩の陰は野営地によく使われている場所なのか、地面には誰かが使用した痕跡がまだ残っていた。

 急いで荷物を広げたトールは、手際よく同じ場所に天幕を設営する。

 

 この荒野は雲が居着かないせいで、昼間は太陽が地面をまんべんなく熱してくる。

 もっとも乾燥した大気と、絶えず吹き荒れる風のせいで、体感温度はそれほど高くはないが。


 問題は夜間である。

 日中に溜まったはずの熱は、それを蓄えゆっくりと放熱する水分がないとあっという間に逃げ出してしまう。

 そのせいで日が暮れると、あり得ないほどに冷え込んでくるのだ。 


 日が完全に落ちる前に、トールは猪の毛革の敷布を二重にしたテントを張り終えてホッと息を吐いた。

 小鬼の森を出てからすでに一月以上が経ち、すっかりテント生活も板についてきたようだ。


「ムーちゃん、ごはんできたよー」 

「うう、ねむい。でもおなかすいた……」

「ほら、スープならのめるかな。あーんして」


 半分、眠ったままの子どもは、ソラに街から持ってきた辛酸っぱいキノコのスープを飲ませてもらう。

 刺激的な味に少し目が覚めたのか、ムーは瞳を閉じたまま口だけ大きく開いた。


「ソラねーちゃん、おにくも……」

「もう、しかたないなー。はいはい」


 薄く切った岩トカゲの燻製肉を口に入れてもらったムーは、もぐもぐと噛みしめながらうっすらと笑みを浮かべた。

 その愛らしい表情にグッと来たのか、ソラは思わず顔を近づけて頬ずりする。

 柔らかなほっぺたをくっつけあってると、子どもが小さく声を漏らした。


「おねー……ちゃん、す……き」

「うんうん、わたしも大好きだよ」


 そのまま寝入ってしまったムーは、そっと天幕に運ばれる。

 少女のローブの袖を掴んだままだったので、その日はソラも一緒に寝ることとなった。

 もう一つの天幕は、ユーリルとサラリサの二人に使ってもらう。

 体温の高い子どもを真ん中に挟んで、トールたちは朝までぐっすりと眠った。


 翌朝、外から騒ぐ声を聞こえたので、目覚めたトールは静かに身を起こした。

 誰も残っていない天幕から顔を出すと、まだ辺りは薄暗い。

 腰に剣帯を吊るしながら、トールは声がする方向へ向かった。


 岩山の端で騒いでいたのは、早起きしたらしいムーとソラの二人だった。

 仲良くくっついて光が差し込んでくる方角を、楽しげに眺めている。


「何見てんだ?」

「あー、おはよー、トールちゃん」

「トーちゃん、みろ! きれいだぞ!」


 近づいたトールは、二人の後ろに立って岩山の向こうを覗き込んだ。

 ちょうどそれは真東の方角から、朝日が昇り始めた瞬間であった。


 まばゆい黄金色の陽光が、青みがかっていた大地を淡い赤色へと染める。

 同時に雲ひとつない空も、見る見る間にいつもの薄青色を取り戻していく。


 まるで今、この瞬間から新たに生まれ変わっていくような景色の変容に、トールは知らず知らずに息を呑んでいた。

 小さく漏らした息が、白く広がる。

 しかしその吐息は、熱を帯びた朝日を前に静かに溶けていった。


 ほんの数十秒の間だろうか。

 思わず見入ってしまった夜明けの一幕は、気がつくと終わってしまっていた。

 辺りはすっかり、元の殺風景な眺めに戻っている。


 いや、元ではなく、それ以上であった。

 岩甲虫の群生地を抜けた先に広がっていたのは、本当に何もない荒野だった。

 視界の限りを、平らな荒野が延々と続いている。

 これまでのような風よけになりそうな突起は、何一つ見えない。

 またも小さく息を吐いたトールは、嬉しそうにはしゃぐ少女と子どもへ肩をすくめてみせた。


 朝食を済ませた一行は、荒れて乾ききった野へ歩き出す。

 風はさらに強さを増し、少し進むだけでかなりの抵抗を感じるようになった。


 荷物を背負ったトールが、運搬ソリを引きながら風よけとなって先頭を切る。

 ムーの体力を温存するため、今日は最初から乗せていく方針だ。

 その背後にソラ、ユーリルが杖をつきながら続き、一番後ろからはサラリサがついてくる。


 一人、元気に変な節を歌う子どもを除き、全員が黙々と足を前に出して歩を進める。


 一時間ほど進んでみたが、景色に全く変化はない。

 もう一時間、前進してみたが同じである。

 変わらぬ眺めにやや飽きてきたころ、不意に後方から鋭く声が響いた。


「――何か近づいてくる音がします」


 ユーリルの声だ。

 急いで目を凝らしたトールの視界の隅に何かが映る。


 それは遠目では、丸い球のような形をしていた。

 風に乗って近付いてくる謎の存在を、トールは少し身をずらして指さす。


「あれ、何か分かるか?」

「うん? あっ、ムーちゃん、寝ちゃってるよ! トールちゃん」

「丸いのが転がってきますね……。荒野では枯れ草の固まりが、あんな風になるとは聞いたことがりますよ」


 耳先を揺らすユーリルの言葉に頷きかけたトールだが、よく考えればその元となる草がそもそも生えていない。

 ソリの紐をほどき、剣を抜いて、急いで身構える。

 

 そうこうしてるうちに、球状の物体はまたたく間に距離を詰めてきた。

 十数歩の位置まで来たそれの正体を、トールの両目はしっかりと捉える。



 勢いよく転がってきたのは、子どもの身長ほどもある白い岩塊であった。



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