次の準備 その一
夜通し走る馬車に揺られてトールたちが街に戻ってきたのは、出発してから四日目の早朝だった。
初日の昼過ぎに現地に到着。
そこから中央ルートを進み、大丸岩で一泊。
二日目の午後半ばに、第二キャンプ地の大長岩へ到着。
その先の青冠草の群生地、つまり岩トカゲの密集地を確認してから、戻って一泊。
三日目は早朝から出発して、もと来たルートを引き返し、夕日が沈みかけるころに馬車の停留場に帰還。
そして一晩かけてゆっくり馬車で帰ってきたという、なかなかにハードな日程である。
朝早いとはいえ、街はすでに活気づいていた。
広場のあちこちでは屋台から白煙が上がり、出来立てを宣伝する声も聞こえてくる。
競り市場で朝の仕入れを済ませたらしい職人や料理人たちが、慌ただしく通りを行き交う姿も見える。
「ふはぁー、やっと着いたー。うーん、いい匂い。おなか空いたねー」
「やはり住み慣れた場所へ戻ると、ホッとしますね」
まっさきに馬車から降りた少女が大きくあくびをする様を、ユーリルが慈しむように微笑んで見つめる。
基本的に寝付きの良いソラだが、やはり移動する乗り物の中で眠るという初めての経験では、あまり熟睡できなかったようだ。
逆にどこでも安眠してしまうムーは、いまだ夢の中でまどろんでいる。
抱きかかえたトールの背中で、子どもはよだれを垂らしながら穏やかな寝息を立てていた。
「ユーリルさん、朝ごはん、なにか買って帰りましょうか?」
「そうですね、猫さんの餌くらいしかありませんし。あ、その後に少々寄りたい場所が」
ソラの服装の乱れを丁寧に直していたユーリルが、パラパラと落ちる砂にかすかに眉を寄せる。
馬車に乗り込む前にかなりしつこく払い落としたのだが、まだ隠れて残っていたようだ。
「ソラ、ちょっとたのむ」
「はーい、ムーちゃん、まだぐっすりだね。う、なんかちょっと重くなってる?」
「育ち盛りだからな」
馬車から降ろしてもらった荷物を受け取ったトールは、御者に少しばかりの心付けを手渡して別れの握手を交わす。
すでに運賃は払い済みであるが、これから何度も利用するなら印象を良くしておいて損はないという、もっともなガルウドの助言にならったというわけだ。
天幕二つにその他の品々、さらに束にした岩トカゲの皮と革袋いっぱいの尻尾の先端。
かなりの大荷物を抱えながら、広場を横切り査定窓口にたどり着く。
早朝のせいで誰も並んでおらず、備え付けの鈴を鳴らすと奥から顔を出したのは赤毛の男性だった。
出発前に気を利かせてくれたシエッカ課長だ。
「お早うございます。荒野はいかがでしたが?」
「それなりだったな。今日は受付嬢は休みなのか?」
「この時間帯は、進んで入ってくれる人が少ないんですよ」
「……そうか。その、大変だな」
「いえ、皆様の大変さに比べたらこの程度。査定は以上ですか?」
トールが頷くと、シエッカは素早くカウンターに置かれた尻尾を数え始める。
そして驚きを隠す様子もなく、その多さを絶賛してきた。
「これほどの成果とはさすがですね。予想以上ですよ。……いえ、本当に素晴らしい。こんなに倒していただけるとは。これでしばらくは何とかなりそうです」
「案内人が優秀だったおかげだよ。それにしても、トカゲは多かったな。もしかして、危険な前ぶれなのか?」
「いえ、あの辺りは広すぎて、そうそう大発生は起こらないと言われてますね。それに岩トカゲの縄張りはかなり狭いんですよ」
青冠草が密生していた景色を思い出したトールは、納得がいったように頷いた。
討伐報酬を差し出しながら、シエッカは次の予定を尋ねてくる。
「次回の馬車ですが、来週頭の分を押さえておけますが、いかがされますか?」
「また三日後か……」
チラリと視線を向けるとソラとユーリルは、期待に満ちた目でトールを見つめていた。
かなり過密な行程だったが、全く気にはしていないようだ。
「じゃあ、それで予約を頼むよ」
「かしこまりました」
受け取った報酬の四割を、ソラとユーリルに手渡す。
残りはトールが預かって、必要経費などの支払いなどに当てる算段だ。
トールはそのまま買い取り所へ向かい、ソラたちは食料の買い出しに回る。
その後は砂を落とすために、銭湯へ行くそうだ。
岩トカゲの皮を引き渡したトールは、風呂には寄らず馴染みの路地奥の店に足を伸ばした。
午前中の店には数人の先客がいて、店主のラモウと父親そっくりの息子が相手をしている。
端の椅子に腰掛けて待つと、手が空いたらしい店主が近づいてきた。
「おう、なんだか日焼けしてねえか? うん、あれ?」
「今日は俺一人だぞ」
その言葉にラモウは、あからさまにガッカリした顔になる。
「不満そうだな、おやっさん」
「そりゃむさ苦しい野郎より、上品なお嬢ちゃん方の相手のほうが嬉しいってもんだろ。ま、坊主は嬢ちゃんて呼ぶにはちっと早いがな」
楽しそうに笑い出したラモウに、トールはもらってきたばかりの岩トカゲの皮の品札を差し出した。
受け取った店主は、さらに顔をほころばせる。
「うんうん、仕事が早いのは良いこった。革に仕上がるのは一週間で、そこからだともう一週間てとこだな」
「だいたい二週間くらいか。量は足りそうかい?」
「ああ、これなら余裕で間に合うぜ」
余談だが買い取り所に持ち込んだ皮は、そこで革素材へと加工される。
装備品を作るために売り払わず返してもらう場合は品札として手渡されるが、その際に加工賃などを差し引かれるため量が減らされてしまう。
なのでそれを見越してかなり多めに持ち込まないと、足りない分の請求で思った以上に高くつく場合もありえるのだ。
「それともう一つ、頼みたいことがあってな」
そう言いながらトールが取り出したのは、岩トカゲの切り取った後ろ足首であった。
手にとったラモウは、興味深そうにジロジロと眺めている。
「こりゃ変わった土産だな。革自体はよく扱ってきたが、生足を見るのは初めてかもな」
「そいつの足の裏を見てくれるか」
「ふむ、面白い手触りしてやがるな」
「ああ、その部分を長靴の裏に貼り付けたら、歩きやすいんじゃないかって思ってな。どうだい? おやっさん」
トールの問いかけに、店主はしばし顔をしかめ考え込む。
それから難しい顔のまま、口を開いた。
「うーむ。堅革に加工したら形は残せるが、柔らかさが抜けちまう。かといってなめし革だと今度は柔すぎて、靴底には厳しいぞ」
「砂の上の歩く用だから、丈夫さはそんなに気にしなくていいと思うが」
「そうか。ふっ、面白そうだな。試しに一足作ってみるか」
「お、やってくれるか。助かるよ、おやっさん」
「あんまり期待すんなよ。試しだからな、試し」
わずかに唇の端を持ち上げる職人へ、トールは持参した残りの足も渡しておく。
「じゃあ、また出来上がるころにでも、寄らせてもらうぜ」
「ふんっ、次はちゃんとお仲間も連れてこいよ」
「わかったよ。それじゃな、おやっさん」
別れの挨拶を済ませたトールは、店を出て今度は北通りをさらに進む。
途中の空堀にかかる橋を超え外壁がよく見える場所まで近づくと、立ち並ぶ店の奥からは金属を叩く音がうるさく響き出すようになる。
この辺りは、武具通りと呼ばれる一角であった。
大店がずらりと立ち並ぶ中、隙間に挟まれたような小さな店構えが見える。
トールの次の目的地は、その客入りが悪そうな工房だった。




