砂からの帰還と隠れた思惑
「お、帰ったか。どうだったよ? 初荒野は」
「ああ、なかなかにいい景色は見れたな」
「そうだろ、そうだろ。あの道は見晴らしだけは良いんだよな」
馬車の停留場へ戻ってきたトールたちを出迎えたのは、空樽の椅子にどっしりと腰掛けたガルウドの質問であった。
砂まみれのトールたちの姿を一瞥して、茶色い髭に覆われた頬をなでながら話を続ける。
「でも大変だったろ。面倒な砂と風、おまけに厄介な殺し屋様だ」
「岩トカゲのことか? 確かに影に潜んで襲ってくる感じは似ているかもな」
「盾士から言わせりゃ最悪だぜ。四六時中、気を張る必要があるからな。頼まれたって行く気がしねえよ」
「そういうものか。数は多くてうんざりはしたがな」
マジマジとトールを見つめた先達の経験者は、急に声を潜めて種明かしを始める。
「実はな、だいたい調子の良い奴らが選ぶんだよ、真ん中は。血流しの川を、あっという間に越えてきちまうような」
「そうなのか?」
「で、砂とトカゲにやられて、引き返してくるまでがお約束だ。良かったじゃねえか、五体満足で戻ってこられて」
どうやら行き止まりのルートをあえて案内に含めているのは、そういう意図があったようだ。
トントン拍子に上がってきた新人が、最短である東ルートを選び身の程を知る筋書きといったとこか。
「なるほど、いい経験になったよ」
「ハッハ、くさるなよ。三日でお帰りってとこは逆に見極めが良いって証拠だぜ、トール。あそこで丸四日、使っちまう奴らより期待がモテる」
ベテランの案内人の言葉ではあるが、テーブルの他の面々はそうは思わなかったようだ。
すっかり興味をなくしたように、トールたちに見向きもせず駒盤遊びに興じている。
外野の反応を全く気にする素振りもなく、トールはかすかに笑って言葉を返した。
「じゃあ最初に真ん中の道を選んだのは、正解だったってことか。それは助かるな」
「どういう意味だ?」
「いや言葉通りだが。あそこは一番の難所って話なら、他はもっと緩いってことだろ」
強がりがいっさい感じ取れないその話しぶりに、空樽に座っていた連中が小さくざわめく。
初っ端に東ルートを選んだランク上がりたての冒険者が戻ってくると、皆一様に疲れ果てた顔で何も語らず馬車に乗り込むのが当たり前であった。
驚いたように片眉を持ち上げたガルウドだが、納得がいったように頷く。
「そう言われればそうか。さすがは勤続二十五年の古強者だな。その打たれ強さは相変わらずか。うむ、盾士の俺も少し見習わんとな」
「まあ、あの砂には懲りたし、次はもう少し準備を整えてからの挑戦だな」
あっさりと言ってのけるトールに、ガルウドは目を丸くしてから大声で笑いだした。
ひとしきり笑った後、ふと思い出したように尋ねる。
「それはそうと、サラリサの案内はどうだった?」
「気が利く子で色々と助かったよ。次もぜひお願いしたいところだな」
「根は良いんだが、とっつきが悪くてな。気にいってもらえて何よりだ。冒険者局へ報告する時に、そこら辺をちゃんと伝えてやってくれ。評判が悪いと、案内人の資格取り消しになっちまうからな」
「わかった。ただ少し気になったんだが、あそこで何かあったのか? 様子が少しおかしかったが」
「死人や怪我人が出やすい場所だから、おおかた気を張ってたんだろうな」
「……そういう感じではなかったな」
しばし目を合わせた二人だが、ガルウドはやれやれといった顔で息を吐く。
「お前の目はごまかせんな。セルセが行方不明になったのは、あの道の先なんだよ。だから、あの子は今も探してる。なにか残ってないかって」
「そうか。野暮なことを聞いたな。すまない」
「気にするな。黙っていたこっちも悪い」
そういった後、中年の盾士はつかの間、荒野へ視線を投じた。
トールも黙って、戻ってきたばかりの場所を振り向く。
つむじ風が緩やかに砂を巻き上げながら、何もない荒れ果てた地を走り去っていく。
物悲しい風音だけが響くその光景を、男たちは何も言わずただ眺めていた。
馬車に乗り込み街へ向かうトールたちを見送ったガルウドは、自分の馬車に近づいて扉をノックした。
しばらく待つと鍵が開く音がしたので、素早く中へ入る。
座席に腰掛けていたのは、着替え終わったばかりの義妹のサラリサであった。
反対側に座ったガルウドは、ため息をつきながら話しかける。
「また期待はずれか。ご苦労だったな」
「いえ……」
「あいつらならもしかしてと思ったんだが、三日で帰ってくるってことは、大丸岩って立ち往生ってところか」
「いえ……」
「ほとんど無傷ってことは、さほど戦ってもいないんだろ。二ヶ月でここに来たって聞いた割に、拍子抜けな結果で終わったな」
「いえ……」
なぜかことごとく否定してくるサラリサに、いぶかしげにガルウドは問いかけた。
「なんかあったのか? トールもお前の変な様子に感づいたようだったぞ」
「ありすぎました……」
「あの野郎になんかされたのか!?」
「いえ、それは別に。行程ですが、大丸岩より先に行けました……」
「まさか大長岩まで行けたのか? あのパーティでか?」
「ちがいます。その先ですよ」
「……………………ま、まさか?」
「はい、青冠草の群生地まで」
その返答にガルウドは思わず立ち上がり、馬車の天井にしたたかに頭をぶつけて角のへこみを作る。
だが興奮しきっているせいか、痛みに気づく様子も見せずボソリと呟く。
「初回でか……! なんてメンバーを集めやがったんだ」
「はい、あの子どもは異常です。それに他の二人も……。あと、なぜか水が減らないんです。使っても使っても水が……」
あまりにも常識から外れすぎた物を見たせいか、蒼鱗族の女性は肩を抱いて身をすくめる。
その姿に嘘はないと確信したガルウドだが、ふと気になった疑問を口にした。
「そうか……。それにしちゃ、帰りが早くないか? 余裕があったならもう一日くらい、粘れるだろう」
「あの人たちが引き上げた理由ですか……?」
一拍子置いて、サラリサは力なく答える。
「もうこれ以上、岩トカゲの皮が持てないからだって言ってましたよ」
その答えに、ガルウドは今度こそ絶句した。
今回の探索でトールたちが仕留めた岩トカゲの数は、百二十一匹。
持ち帰った皮は三十四枚で、青冠草は十八輪。
討伐料は一匹大銅貨二枚のため、銀貨二十四枚と大銅貨二枚の収入となる。
獲得したスキルポイントは一人六百六十五点。
ユーリルは半数だけ関わったので、千五百二十五点となった。




