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荒野の花園


「………………えっ、進む?」

「そりゃ、まだ半日分しか進んでないしな」

「でも、あの、その……大丈夫ですか?」

「うん? それを判断するのが、あんたの役割じゃないのか」

「そ、そうですよね……」


 トールのもっともな返しに、サラリサは思わず口ごもる。

 てっきり持ってきた水を派手に使っていたのは、昨日でこのルートにこりて引き返すと決めたせいだと考えていたからだ。


 この乾いた荒野では、持ち運べる水の量で移動できる距離が決まるといわれる。

 食料はモンスターの肉を食いつなげば何とかなるが、水場はほぼ存在しないため現地での途中調達は不可能に近い。

 一人一日に必要な量は、最低でも革袋一つ。

 四人で三日の行程なら、十二袋は必要となる。

 しかし彼らの中で荷物を背負っているのは、トールとソラのみ。

 二人が手ぶらというあり得ない状況はひとまず置いとくとしても、天幕を除く背負い袋の大きさからして、それほどの量を運んでいるとはとうてい思えない。


「では、手持ちの食料と水の確認だけさせてください……」

「ああ、存分に見てくれ」


 点検作業はすぐに終わった。

 パンと乾燥果物、チーズで二日分は余裕。

 そして革袋は五つしかなかったが、なぜか全てぎっちりと中身が満たされていた。

 驚きのあまり思わず後ずさりしたサラリサは、足元にあった砂の山を踏み崩してしまう。

 とたんに背後から、幼い悲鳴が上がった。


「あああ! ムーの、ムーのおやまがぁぁあ!」

「えっ!?」

 

 どうやら紫眼族の子どもが、床で砂遊びをしていたらしい。

 すみれ色の瞳を大きく見開いて、サラリサが壊してしまった砂山を愕然と見つめている。


「ご、ごめんなさい!」

  

 あわててしゃがんだサラリサは、急いで元通りにしようと白い砂をかき集める。

 そこへタイミング悪く、突風が吹き抜けた。

 一陣の風が、全ての砂を散り散りに吹き飛ばしてしまう。


「う、うううう。ムーのおやまが、むざんにちってしまった」

「あ、あの、ごめんね。ワザとじゃないの……」

「うー!」

「ほら、そんな怒るな。また作ればいいだろ」

「もう、トーちゃんはわかってない! おやまはつくるより、くずすほうがたのしいの!」

「お前、壊すの好きだよな……」

 

 トールに抱き上げられたムーは、その胸板にいやいやと首を振りながら顔を擦り付ける。

 すねてしまった子どもの様子にサラリサは何度も頭を下げ、結局、水の話はうやむやのまま出発することとなった。


 すでに荒野の中央部分に入ったせいか、暴風はかなりおさまってきている。

 さらに岩トカゲを倒さず前進するやり方に完全に切り替えたせいか、一行の歩みは昨日よりも速くなった。

 ただしモンスターを、全て避けられるというわけでもない。


「…………左右は危険ですね」


 竪琴を軽やかにかき鳴らした後、じっと耳を済ませていた案内人の宣言にトールは頷いて答えた。

 先ほどの爪弾きは、"負音の調べ"。 

 砂の密度による音の反響を聞き分けるという、奏士である彼女の演奏技術を応用した安全地帯の確認方法である。


 トールたちが奥へ進むにつれて新たに登場した障害は、砂溜まりと呼ばれる流砂の一種であった。

 この流動性の高い砂の集まりは、踏み入れた足を一瞬で底まで飲み込んでしまう。


 といっても腰ほどの深さしかないので、すぐに命の危機に関わるほどではない。

 ただ砂から引き上げるのにかなりの労力と時間を要し、さらに二次被害者が出てしまうパターンもある。

 できるだけ避けるべき相手であった。

 ただし初見で違いを見分けるのは不可能に近いため、サラリサが協力を申し出てくれたのだ。

 朝の砂山を崩してしまったお詫びであるらしい。


「まみむむめー、むむめめもー♪」


 おかげで耳慣れない楽器の演奏にすっかり機嫌を直したムーは、楽しそうに指を振りながら変な節を口ずさんでいる。


「ムーちゃん、お歌おじょうずだねー」

「ソラねーちゃん、しってるか? ムーはてんさいだってウワサらしいぞ。リッカルがいってた」

「そうだな、ムーはすごいな。じゃあトーちゃんに、岩トカゲの場所を教えてくれるか?」

「まかせろ! あそことあそこにいるぞ!」


 正面と左を指さすムー。どうやら一匹は回避不可能なようである。

 温存してた<固定>と切れ味を上げた剣でさっくりと始末して、尻尾の先端だけを切り取って先へ進む。

 そんな感じで歩き続けたトールたちは、午前中でかなりの距離を進むことができた。

 

 そして天幕を張れるほどではない小さな岩場で昼食を取り、午後も歩き続ける一行の前に新たな変化が現れる。


「見ろ、トーちゃん。あそこ、なんかあるぞ!」

「なんだろ。青っぽいね」

「ふぅ……はぁ……、私には何かの草花に見えますね。……もしかして、事前講習でお聞きした……青冠草ではないでしょうか」

「言われてみれば、それっぽいですね」


 砂の上にいきなりポツンと屹立していたのは、人目を引く青い小さな花であった。

 青い花弁から長く伸びたおしべ部分が、冠のような突起の並びを作っているのが見える。


「確か血止め回復薬の原料だったな。取っとくか」


 回復薬は血止め軟膏の数倍もの効能があり、かなりの傷でも出血を止め治りも早まるらしい。

 そのせいで青冠草は一輪で、銀貨一枚の買取である。


「ふむむ。でもトーちゃん、そこトカゲいるぞ」

「おっと。それじゃあ、倒してから摘ませてもらうか」


 スルスルと近づいたトールの前に、白い大きなトカゲが砂の下から飛び出してくる。

 予定調和のはずであったが、予期せぬ出来事がそこで起こる。

 驚くべきことに、青い花はモンスターの頭部から伸びていた。

 

 少しばかり間抜けな見た目に虚を突かれたトールだが体の方は自然と動き、鮮やかに斬りつけられた首はいつもどおり<固定>されてから地面に落ちた。


「うわー、これ頭から生えてるよ、トールちゃん!」

「こんな場所で不思議だとは思いましたが、どうやら寄生植物のようですね」

「なるほど、岩トカゲを養分にして育つのか。そして間抜けな冒険者を、引き寄せる役割を果たすと」


 青い花と尻尾の先を回収したトールたちは、その後も何度か花つきのモンスターを討伐しつつ進み続けた。

 そして午後も半ばとなって、ようやく次の目的地にたどり着いた。


 前とは違い今回の大岩は、角ばって横に長い姿をしていた。

 高さは増しているが奥行きは数歩しかなく、大丸岩と比べるとかなり狭い。


「ここは、なんて名前なんだ?」

「愚者の演台……。いえ、大長岩ですね……」


 どうやらここにも変な名前がついていたらしい。

 前と同じように岩に打ち込まれた金具があるので、テキパキと天幕を張り終える。

 しばし香草茶でゆったりと疲れを癒やした一行だが、休憩を終えると天幕や荷物の一部をそのままに出発した。

 

 この先の偵察である。

 三十分ほど似たような感じであったが、そこから段々と岩トカゲの数と砂溜まりが増えていく。

 やがて大きな砂溜まりに挟まれた見えない道を進むトールたちの先へ、一つの光景が浮かび上がる。


 それは一面に群生する青冠草の眺めであった。

 視界を埋め尽くすように、青い花びらが緩やかな風に思い思いに揺れている。

 瘴地の中でなければ、それはあまりにも美しく幻想的な展望であった。


「ふう、すごいねー……」 

「きれーだな、トーちゃん」

「ああ、驚いた。こんな眺めがあるとはな」

「…………素晴らしい景色ですね」


 感動にひたる一行であったが、探索はそこで終了となった。

 さすがにあの数の岩トカゲを相手できるほどの余裕はない。


 引き返そうと踵を返したトールは、最後尾で佇む女性のおかしな様子に気づく。

 青冠草の群生地を睨みつけるサラリサの目は、奇妙な輝きを帯びていた。

 それはまるで複数の感情が入り混じったかのような、強く暗い光であった。


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【コミカライズついに145万部!!】
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