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歓迎会


 宴の準備は、またたく間に整っていく。

 

 竈から少し離れた場所に椅子代わりの木箱が並べられ、膝の高さほどの樽たちの上に大きな板が置かれテーブルに早変わりする。

 次男のニニラスがテントの一つをゴソゴソしてたかと思うと、テーブルの足代わりにされたのとそっくりな樽を抱えて戻ってきた。

 ただしこちらは中身が入っているようだ。


 樽の側面にある木栓を抜くと、呑口から薄茶色い液体がほとばしった。

 それをジョッキで器用に受けとめながら、ニニラスはどんどん周りに手渡していく。


 双子の片割れが木箱から取り出した皿を続けざまに宙に投げ、もう片方がこともなげに受け止めると竈のそばにかがみ込むディアルゴに渡される。

 鉄鍋をかき回していた木匙が持ち上がり、トロリとしたスープが注ぎ込まれた皿が食卓に次々と並んだ。


 三男のググタフは黒い石のすり鉢で、なにかをゴリゴリとすり潰してた。

 青い果物の皮を干したものに、塩と赤辛子を加えた品のようだ。

 それが仕上げとばかりにスープに振りかけられると、柑橘系の香りがいっきに湧き上がる。

 漂ってくる美味そうな匂いに、ムーが待ちきれずトールの膝を叩いてきた。


 最後にしなびた尖りキャベツの外葉が剥き捨てられ、みずみずしい中の葉が皿代わりにテーブルに置かれる。

 そこへ竈で炙られていた大きなソーセージが、ジュウジュウと肉汁をしたたらせながら乗せられる。

 さらに猪の脂身の塩漬けも、小さじ一杯だけチョイと添えられた。


 安酒場で見かけるようなメニューであるが、街から遠く離れたこんな場所ではたいしたご馳走である。


 全員がテーブルについたことを確認した長男のロロルフが、麦酒の注がれたジョッキを持ち上げて立ち上がった。

 そして誇らしげな顔で語りだす。


「今日は俺たちの河原に四人の客が来てくれた。名高い"泥漁り"とその仲間たちだ! 見ろ、こんな美人の客なんていつぶりだ?」

「初めてだろ、兄貴。さっさと進めろよ」

「おっと、そうだな。これが俺たちなりの精一杯のもてなしだ。存分に呑んで喰ってくれ! では六神の御加護があらんことを!」

「六神の御加護を!」


 乾杯の響きとともに、騒がしく夕食は始まった。


 トールは早速、深皿にもられた具だくさんのスープを口に運ぶ。

 まずは大麦で少しとろみが付いた汁が、柔らかく舌を包みこんだ。 

 そのあとに煮込まれた野菜の旨味が次々と舌の上を通り過ぎ、最後に赤辛子と酸っぱい青柚子が締めくくってくる。

 喉奥へ落ちる感触を存分に味わったトールは深々と嘆息した。


 材料が気になったのでスプーンですくい上げると、丸芋に玉ねぎ、それに青豆も底から出てくる。

 さらにゴロゴロと入っていた大きな塊を口に含むと、魚の旨味がいっぱいに広がった。


「これは……」

「ああ、それ血吹き魚を干したやつですよ。ほらあそこ」


 前髪が伸びすぎな盾士の言葉に、トールは土手へ視線を向ける。

 テントの間に置かれた木の枠に、数匹の切り身がぶら下がっているのが見えた。


「あと、燻製なんかも作ってますよ」


 言われてみれば竈の上にも、それらしい大きな鍋が置かれている。


「いやほど取れるんで、なんとか食べ飽きないよう工夫してるんです」

「売りに行ったりしないのか?」

「ここ結構、遠いんで持っていくの大変なんですよ。すぐにダメになっちゃいますし」


 時間が経つと急激に味が落ちてしまうため、血吹き魚の身の買い取りは当日の昼過ぎまでとなっている。

 買い取り所まで二時間かかるこの場所では、一、二匹の魚を持っていくのは割に合わないのだろう。

 

「それに多めに持ち込むと、バレてしまいますからね」 

「やはり、あまり取れないものなのか?」

「ここは、足場によく引っ掛かるんで簡単なんですよ」


 当然であるが血吹き魚は陸に上がってこないため、倒すと大半は川底に消えてしまう。

 回収が難しいはずのモンスターを大量に持ち込めば、怪しまれて調べられる可能性も出てくる。


「よかったら、おみやげに少し持って帰りますか?」

「いいんですか?」


 声を弾ませたのは、意外にも隣に座っていたユーリルであった。

 北国生まれの彼女は、実は無類の魚好きだ。

 しかし海から遠く離れたこの辺りでは加工された品しか手に入らず、しかもそれなりに高価である。


 隣の元境界街のボッサリアは、一部を取り戻すことはできたが、いまだに警戒が必要なため北の街道の封鎖は完全に解かれてはいない。

 そのせいで魚は、なかなか手に入りにくい状況のままだった。


「ええ、いくらでもお持ち帰りください」

「それはありがとうございます。ふふ、すごく楽しみ」


 酒のせいかちょっぴり頬を染めたユーリルは、ジョッキを軽く持ち上げて感謝の意を示した。

 毒気のない笑みでそれを受けたディアルゴは、不思議そうな口調でトールに尋ねてきた。


「しかし驚きました。いつの間にか森を抜けてらしたんですね。しかもお一人じゃなく、そのお仲間も……」

「ああ、色々とあってな。この狩り場じゃ後輩になるので、よろしく頼む」

「いえ、こちらこそ。あの……、ロロルフたちが無茶を言ってませんか? 彼らは悪気はないんですが、ちょっと夢中になりやすい性格というか、周りがたまに見えてないというか」

「なにかと教えてくれて助かってるよ。それにあれには感心した。よくあそこまで作ったもんだ」

「熱意も人一倍ですからね。僕も当てられた口です」


 麦酒のおかわりを陽気に飲み干す兄弟たちへ、ディアルゴはちらりと前髪の奥から視線を送る。

 そしてわずかに声の調子を落として、トールに問いかけてきた。


「それで……、手助けにきてくれたって聞きましたけど本当ですか?」

「ああ、あれが出来上がったら楽しそうだしな。俺たちも手伝わせてくれるか?」

「……いいんですか? その、あの……、ありがとうございます」


 ジョッキをグイッと傾けて首元まで赤くした茶角族の青年は、呟くように話を続ける。


「実は……、孤高の人みたいな印象があったんです。でも、実際は違ってて驚きました。こんなバカバカしい話に乗っかってくれるなんて」

「年を食うと、余計なことに首突っ込みたくなるのかもしれんな」

「そうなんですか?」

「ま、損得抜きの付き合いのほうが、実は得られるものは多いってのが俺の信条でな」

「ああ、それならなんとなく分かります。僕も彼らに出会えて、本当に嬉しかったですから」


 そう言いながら固太りの盾士は、もう一度テーブルを見回した。


 大柄な三兄弟はすでに飲む方に夢中になりつつ、大声でくだらない冗談を言いながらたまに拳を振り回している。

 ユーリルもすっかり打ち解けたのか、同じようなペースでジョッキを空にしながら、いつもの笑みを浮かべつつ三人の会話に混じっていた。


 ソラとムーは競い合うように深皿のスープを貪りながら、ソーセージをかじってはうめき声を漏らしている。

 その横ではさらに目を細くした翠羽族のタパとタリが、せっせとスープのおかわりをよそったり、子どものためにソーセージを食べやすい一口大に切り分けてと給仕に大忙しである。


 再びトールに向き直ったディアルゴは、深く頷くとジョッキを持ち上げてくる。


「じゃあ……、あんまり柄じゃないんですが、乾杯でもしましょうか?」

「そうだな、良き出会いと良き仲間に」

「ええ、出会いと仲間に」


 その日、どっぷりと陽が落ちるまで宴会が続いたため、トールたちはこっちの河原に泊めてもらうことにした。

 雨よけの簡素な天幕が張られただけの寝床が急いで作られ、それぞれが転がり込む。

 吸精草のおかげで邪魔な虫もおらず、モンスターは岸から離れた場所まではやってこない。

 川からの涼しい風が、前後を開け放たれたテントの中を通り過ぎていく。


 安全で快適な剥き出しの寝床を、トールたちは手足を伸ばして満喫した。


 すやすやと寝息を立てるムーに抱きつかれながら、トールは天幕から顔を出して夜空を見上げる。

 雲ひとつない深夜の空には、光の粒を散りばめたように星が瞬いていた。


「きれいだねー、トールちゃん」

「ああ、いい眺めだ。……街中よりも、星が多い気がするな」

「うん、そうかもね。なんか……村のこと、思いだすね」


 隣の天幕のソラの返事に、トールは今日の夕食での会話を思い出す。


「なあ、ソラ。冒険、楽しいか?」

「うん。こんなきれいな空が見れたし、ここまで連れてきてくれてホントありがとう、トールちゃん」

「……そうか。ならいいか」



 こうしてトールたちの血流し川での一日目が過ぎ去っていった。



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【コミカライズついに145万部!!】
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