表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/333

怪しい来訪者


 赤い背びれが、波間から一瞬だけ突き出る。

 眠りこけるモンスターどもを一掃しようとしていたトールは、とっさに右足を引いて半身になってマントをひるがえした。


 次の瞬間、飛沫を上げながら、大きな魚が水面から跳び上がる。

 空中で身をひねったモンスターは、その尖った口先を岸辺へ向けた。

 そして続けざまに真っ赤な水の塊を、凄まじい勢いで撃ち出した。


 握りこぶしほどの水弾の一つを、トールはマントで受けとめながらいなす。

 さらにソラたちを狙ったもう一つを、真下から斬り上げ軌道を変える。

 だが最後の一つは間に合わず、手前の地面に直撃する。

 

 勢いよく水滴が飛び散り、トールの周囲で眠りをむさぼっていた蛙どもに降りかかった。

 即座に目を覚ましたモンスターどもは、耳障りな鳴き声を上げて動き出す。


り、ふさげ――<凍晶>」


 聞き慣れたユーリルの声に、トールは足元の砂利を蹴り飛ばして逃げる。

 飛んできた石の破片に少しだけ動きを止めた赤毒蛙どもへ、凍えた空気が襲いかかった。


 パリパリと音を立てながら、モンスターの体表から水分が急激に失われる。

 トールが知る<凍晶>とは桁違いの威力だ。


 皮膚を毒の粘液で覆う蛙どもには、氷系魔技は強力な効果を発揮したようだ。

 たちまち動きが鈍った一匹へ距離を詰めたトールは、スッパリとその頭部を斬り落とす。

 だが二匹目に取り掛かろうと向きを変えた瞬間、残った蛙どもがいっせいに渾身の力で跳ねた。


 トールへではなく、元いた場所へ。

 体を半ば凍らせたまま、蛙たちは次々と背後の川へ逃げ込んだ。

 続けざまに水音が上がり、モンスターの群れは赤黒い川面へ消える。

 追いすがろうとしたトールの前に、またも赤い背びれが水中から現れ水弾を撒き散らした。

 

 一つをマントで弾き、もう一つは剣の腹で叩いてそらす。

 最後の一つをソラにまかせてトールは川へ視線を戻すが、すでにモンスターたちの気配は消え失せていた。


「もう、また逃げたー」

「残念ですね。もっと徹底的に干からびさせたほうが良かったかしら」

「ゲコゲコめ、ムーがこわくてにげたな!」


 最初の狩りはスムーズに終わったのだが、それから三度の戦闘で、ちゃんと倒せたのは今の一匹だけであった。

 地面に落ちた蛙の死骸を拾い上げながら、トールは小さく息を漏らした。

 この毒まみれのモンスターは、当然だが食用には向いていない。

 討伐部位である舌を切り取って大きめの石の上に置くと、体部分はその横に投げ捨てて積んでおく。

 毒で汚れたナイフと手袋を<復元>したトールは、仲間たちへ呼びかけた。


「じゃあ、休憩にするか。ユーリルさん、お茶を入れていただけますか?」


 新たな狩り場は、どうも思っていたより大変そうな場所だ。

 というのが、トールたちの現在の気持ちである。


 難点その一は、モンスターの数が少なすぎること。

 一時間に群れ二つというのが、この場所の平均的な様子である。

 確かに角モグラ時代よりはマシであるが、獲物が少なくても森の中を歩き回っていれば気晴らしにはなる。

 しかしここでは赤黒い石が転がる陰気な河原で、延々と待ち続けるしかないのだ。

 ご機嫌なのは、石積みを堪能しているムーだけである。


 難点その二は、モンスターが面倒な点だ。

 先ほど、いきなり現れたモンスターの名は血吹き魚。

 体長はトールの腕の長さほどで、赤い鱗に覆われた体は横から見ると細長い三角形をしている。

 そして川の中から水弾を撃ってくるだけという、なかなかにいやらしいモンスターである。

 しかも魚と蛙のくせに仲間意識でもあるのか、他のモンスターの手助けもしてくるのだ。


 赤毒蛙のほうは、死んでからも厄介だ。

 ネバネバの毒液は死後もそのままなうえ、触れていると衣服にも毒が染み込んでしまう。

 なので毎回、片付けのたびに<復元>の使用可能回数が減ってしまうという有り様である。


 薄く湯気の上がるカップを受けとって、トールは椅子に腰掛ける。

 すぐに駆け寄ってきたムーが、背後からその首に抱きついてきた。

 それを見たソラも楽しそうに笑うと、椅子を寄せてトールの腕にもたれかかる。


「あらら、仲良しさんなのね」

「はい。イライラしたら、トールちゃんにくっついて解決ですよ。ユーリルさんもどうですか?」

「それはいい考えですね。では、私もご相伴にあずかってと」


 反対側に椅子を寄せると、銀髪の美女もソラの真似をして身を預ける。

 甘い香りと柔かな感触に挟まれたまま、トールは黙ってカップの中身をすすった。 


「トーちゃん、いま、まゆ毛がちょっとだけさがったぞ。なんでだ?」

「気にするな。男ってのはそういうもんだ」

「そうか、もしかしてムーがかわいいせいか?」


 甘みのある香草茶で気持ちをほぐしながら、トールは状況の打開を考えていく。


「狩場を変えるのは、今からじゃ難しそうですね」

「ええ、美味しいところは、他の皆様が使ってらっしゃると思いますよ」

「あの魚がくせ者だよねー。とおすぎてとどかないし」

「攻撃自体は対処できるが、蛙を起こされるとな……」

「あ、起きてももう一回、寝かしつけたらいいんじゃ?」

「それはかなり難しいお話ね」


 ハマれば強力すぎる効果を発揮する阻害系魔技であるが、意外な弱点もあったりする。

 短時間に同じ相手に何度もかけようとすると、成功率がいちじるしく下がってしまうのだ。

 これは危険から学んだモンスターの内部に、抵抗力のようなものが働くのではと言われている。


「ムーがあの水にとびこんで、ちょいちょいっとやっつけてこようか? トーちゃん」

「それはムーがもうちょっと泳ぎが上手くなってから頼もうかな」

「まだ危ないよ、ムーちゃん。お風呂でもっと練習しないと!」

「そっかー、キレイキレイしなきゃだめか」


 適当な石を投げ込んでおおよそを測ってみたが、血流しの川の水深は浅いところでもトールの胸ほどまでありそうだった。

 さらに赤く濁った水のせいで、視界は最悪だろう。

 水に入るという選択肢は、まずあり得ないというのがトールたちの判断だった。


 少々行き詰まってしまった状態だが、その割に全員の顔は少しも曇っていなかった。

 逆境に慣れているトールにとって、この程度は問題にならない。

 むしろそれを楽しんでいるほどである。

  

 それはユーリルも同様であった。

 しばらくぶりの実戦で魔技を放てる心地よさを、女性は心から楽しんでいた。

 それにながらく強敵と相対してきた女性にとって、ちょっとしたおじゃま虫など気に留めるような相手ではない。

 実は本気を出せば何とかできたりもするが、トールたちの成長を優先するべきだと密かに我慢までしていた。

 

 ソラはソラで、今の状況を前向きに捉えていた。

 トールやユーリルが困ってるこの時こそ、自分になにかできることがあるかもしれない。

 それを探し出すことに、少女はこっそりと熱中しはじめていた。


 ムーは何も考えてなかった。

 子どもの最大の関心は、今日のおやつと晩ごはんのメニューだけである。

 のんきにあくびをしたムーは、大好きなトールの背中にべったりと身を預けた。


 ぴったりと体をくっつけあって、互いの温もりを感じながら休憩時間は過ぎていった。

 やがてカップは空になったが、なぜかトールは座ったまま動こうとしない。

 もしかして離れたくないのかなとソラが頬を緩ませていると、いきなりトールが誰かに話しかけた。 


「ところで、いつまで覗いてるつもりなんだ?」


 その問いかけに反応したのは、天幕の後ろ、土手の向こうにいた連中であった。

 慌てた様子で、トールたちを覗いていた三つの金髪頭が引っ込む。

 身を低くした男たちは、隠れたままひそひそと相談を始めた。


「チッ、やっぱり気づいてやがったか」

「兄貴が頭を出しすぎなんだよ!」

「だって、いつおっぱじめるか気になってな」

「うん、それは仕方ねえ。あんな美人初めて見るしな」

「俺は可愛い系のほうが好みだぜ。こう守ってやりたくなるというか」

「いやいや、一番は包み込む大人の魅力だろ!」

「なんだとてめぇ! 控えめな胸の良さがわからねえのか!」

「おう、聞き捨てならねえな! 大事なのは尻の肉付きだろ」


 最初は小声であったが、興奮したのかその声は次第に大きくなっていく。

 やがて殴打音と小さな罵声が響き出すが、それも少し経つと静かになった。


 そしてトールたち四人が見守る中、目の周りに青あざをつけた一人が土手からヒョイと顔を出す。

 照れくさそうな笑みを浮かべたその紫色の瞳の男は、何もなかったかのように話しかけてきた。


「邪魔して悪かったな。さ、続きをしてくれ」

「するか!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズついに145万部!!】
i00000
― 新着の感想 ―
[一言] 「ムーは何も考えていなかった。」wwwww まぁ、年齢的に仕方ないとはいえ比較されるとねw
[良い点] …………3ばか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ