新装備
「おう、来やがったか。早かったな」
「急かせてすまなかったな」
「こんにちは、ラモウさん」
「アイサツだな。おはよう、おっちゃん!」
「お、元気してたか? 坊主」
「ムーは朝ごはんいっぱい食べてげんきだぞ」
「そうかそうか。じゃあ、すぐにデカくなるかもな」
革製のエプロンを身に着けた老人に褒められて、ムーは得意げに鼻を持ち上げてみせた。
午前中の迷宮探索を休んでトールたちが訪れたのは、路地奥にある防具屋であった。
頼んでいた革装備がそろそろとのことで、仕上げの確認のために顔を出したのだ。
「まずは嬢ちゃんからだな。ほら、ちょっと着てみてくれ」
店主がソラに手渡してきたのは、茶色の革で作られた胴着だった。
袖はなく布地の服の上から身につけるように、デザインされている。
表側には鎧猪の丈夫な毛が残してあり、やや野趣あふれる見た目だ。
「わわ、すごい! どう、にあうかな? トールちゃん」
「肩や脇がきつかったら、胸のとこの紐で合わせてくれ」
「はーい。ここですね。……前がすこしはってるような」
「はは、いい感じで育ってるってこったな。うん、良いことじゃねえか」
大きく開いた襟元には金属製の穴あき鋲がずらりと並び、そこに交互に通された革紐で締め付けを調整できるようになっている。
嬉しそうに胴着を身に着けたソラは、くるりとその場で回ってみせた。
ぶ厚めの胸当ての時はハッキリしなかった胸の形が、こちらはやや分かりやすい形で現れている。
己の仕事の出来栄えに満足したのか、ラモウは唇の端を持ち上げて頷いた。
「よし、問題はなさそうだな。次はこっちだ」
店主が新たに差し出したのは、肘まで覆う革手袋と膝丈まで届く長革靴であった。
両方とも胴着と同じく、革紐で締め付けを変えられるようになっている。
さっそく身につけたソラは、その着心地に目を輝かせた。
「どうだ?」
気に入ったかを確認するだけの短い問いかけには、革職人としての矜持がこもっていた。
黙って大きく頷く少女に、店主は目を細めてみせた。
振り向いて作業台に手を伸ばしたラモウは、今度は紫色の瞳の少女へ向き直る。
「坊主のもできてるぞ。まず、これかぶってみろ」
「おー、なんだこれ!」
見せられた品に、ムーは少しだけ目を見開く。
それは猪の毛がついたフサフサの角ばった帽子であった。
すっぽりと頭に帽子をかぶせてもらったムーは、その感触に表情を変えず楽しそうな笑い声を漏らす。
「これ、おもしろい形してますね」
「お、気づいたか。これな、こうなってんだよ」
腕を伸ばしたラモウが、帽子の天辺にある革紐を解く。
すると結び合わされていた部分が両側に垂れて、耳あてに変わった。
顔をすっぽり包まれた子どもは、びっくりして顎を持ち上げる。
「すごいな、おっちゃん!」
「ふっ、まだ終わりじゃねえぞ。次はこいつだ」
新たに出てきたのは、黒く丸みを帯びた肘当てと膝当てであった。
後ろ部分はベルトになっており、しっかり固定することができる。
両肘と両膝をピッタリと覆われた子どもは、唇をちょっとだけ開けながら自分の手足を見つめている。
「どうだ、気に入ったのか? 坊主」
「うん! へんだけど気にいったぞ、おっちゃん!」
着け具合を試したかったのか、肘を持ち上げたムーはトールやソラにぶつかってきた。
そして弾き返される感触に、瞳をキラキラとさせる。
「これ、ふしぎな感触ですねー。プニッとしてるけどギュッとかたいような」
「ああ、それ鎧猪のコブの部分だからな。何枚も重ねてやると、そんな風になるんだよ」
簡単に言っているが、かなりの手間と労力がかかる仕事である。
おそらくは内弟子である二人の息子の頑張りであろう。
あまりに気に入ったのか、ムーは嬉しそうに店主の周りをぐるぐると走りはじめた。
そのうちラモウの背中や腰に、跳び上がりながら頭や肘をぶつけだす。
髭面の老匠は普段の厳しい面構えが嘘のように、だらしなく頬を緩ませた。
「うう、うちの息子どもに、さっさと嫁が来てくれていたら……」
「まだ二十代半ばだろ。これからだ」
「そうだな。四十近いお前にも、こんな可愛い嫁と娘ができたんだしな。あきらめるのはまだ早えか」
説明し直すのが面倒になったのか、トールは何も言わず頭を振った。
その腕に満面の笑みを浮かべたソラがピッタリと寄り添う。
駆け寄ってきたムーも、腰にギュッと抱きついてきた。
なんとも言えない顔をしたトールは、ニヤついたままのラモウへ話を振る。
「ところでおやっさん、俺の分はどうなってる?」
「おっと忘れてたぜ。ほれ、これだろ」
前の二人とはうってかわって、かなりぞんざいにラモウが手渡してくる。
だがその品は、一番目を引く仕上がりとなっていた。
青く目立つ縞に覆われた、滑らかな細かい鱗地。
妖かし沼に生息する青縞大蛇の皮で作られたマントだ。
「うわ、なんかキレイだねー」
「トーちゃん、ピカピカだな!」
妖かし沼とはかなり奥地にある湿原で、うかつに足を踏み入れれば、濃い瘴気のせいでまたたく間に体が腐り落ちてしまうほどの難所だ。
当然、トールたちがたどり着くにはまだまだ先の場所であり、この蛇革も銀貨数十枚の高級素材である。
ただ偶然、数日前にこの蛇革の上衣の修理依頼がラモウに持ち込まれたのが、トールの幸運であった。
修理にかこつけて<復元>しつつ何枚かの生地を切り取り、それを店主がかなりのツギハギではあるがマントに仕上げてくれたというわけである。
「注文通りだな、間に合わせてくれて助かったよ」
「ふん、これで食ってるからな。またなんでも頼みやがれ」
「やがれー!」
鎧猪の胴着は銀貨三枚、手袋と長靴は各銀貨一枚。
帽子と肘当て、膝当ては、それぞれ銀貨二枚。
そして蛇皮のマントはそのままならば銀貨二十枚ほどであるが、素材代が浮いたため銀貨五枚となった。
支払いを終え出ていく寸前、急にムーだけ引き返してくる。
ラモウを見上げながら、子どもは首に下げてあった小さな巾着を襟元から取りだしてみせた。
「おっちゃん、これありがとな!」
「お、使ってやがるのか、坊主」
唇の端を緩めながら、ラモウは手を伸ばして革製の袋にふれる。
そして伝わってくるおかしな感触に首を傾げた。
「うん? 何入れてやがんだ、これ」
「みたいのか? ほら!」
紐を緩めて巾着の口を開けたムーは、その中身を見やすいよう持ち上げる。
中に入っていたのは、ゴツゴツした透明の魔石たちであった。
「なんでこんなの入れてるんだ?」
「おはな丸のごはんだぞ!」
「おは? ごはん? さっぱりわからん」
「はーい、説明しましょうかー?」
「おう、嬢ちゃん頼むわ」
「まず、おはな丸っていうのは、ムーちゃん愛用のソリの名前です。なんかお花みたいな絵が描いてあるからだそうです」
正確には多頭の蛇が首を広げた意匠なのだが、頑張れば花が咲いているように見えなくもない。
「それで魔石は、そのソリを浮かすため用ですね」
「ああ、だからごはんってことか」
「はい、実はムーちゃん、ソリの乗りすぎで魔石バンバン使って、トールちゃんに怒られたんですよ」
「トーちゃん、メってした!」
「だから今は冒険に出てがんばると、こうやって魔石がもらえるようになったんだよね」
「うん、きゅうりょうってやつだぞ」
「そうかそうか。そりゃよかったな、坊主」
想定していた使い道とは違ったが、愛用している様子にラモウは嬉しそうに子どもの肩を軽く叩いた。
「じゃあ、おやっさん、いってくるぜ」
「いってきまーす」
「おっちゃん、またなー!」
「おう、また来やがれ」
新しい装備に身を固めたトールたちは、小鬼の洞窟へ足を向けた。
今日から二層の探索開始である。




