穴に潜る日々
二日目。
慣れてきたせいで、トールたちの殲滅速度はさらに上がった。
初日の戦闘を通して、一層をうろつくホブゴブリンの群れは六つまでだと判明している。
群れの最大数は三匹で、すべてファイターとシューターの組み合わせである。
ホブゴブリンシャーマンは、二層から出てくるようだ。
洞窟に入ると、まずはムーが<電探>で索敵。
近い場所から、ムーの紫眼頼りで灯りをつけずに距離を詰めて戦闘。
一戦はわずか五分ほどで終わる。
そのあとレンタルの魔石灯を点けて、耳と魔石を回収。
灯りを消して、また索敵と移動の繰り返しである。
ホブゴブリンファイターは剣を持つようになったとはいえ、力任せに振り回すだけなので多少リーチが伸びた程度だ。
回避に長けたトールからすれば問題はない。
形状から不規則な回転が加わりやすいシューターの投石も、ソラにとっては斜めに<反転>させやすい的である。
一層の殲滅は一時間足らずで終わるので、鉱夫のまとめ役の人間がかなり驚いていた。
初挑戦のパーティは慣れない環境のせいで、まず初日では一層のクリアもできないという話だ。
トールたちのパーティは違うとわかったのか、鉱夫の数は二日目からは十五人に増えていた。
午前中に一回、昼から二回の挑戦で倒せたホブゴブリンの数は四十七匹。
こいつらは一匹の討伐報酬は銅貨五十枚で、スキルポイントは五点である。
錆びた剣はボロボロなうえ、かなり重いので持ち帰る価値はないが、代わりに取れる魔石が九等になり買取価格が銅貨五十枚となった。
さらに外にいる間に、ちょくちょく狩ったゴブリンが十八匹と。
猪の肉がまだあるので、持ち帰るのが大変な大毛虫と鎧猪は狩りの対象から外している。
初日の収入は、銀貨四枚と大銅貨五枚に中銅貨一枚。
二日目が、銀貨四枚と大銅貨四枚に銅貨八十枚となった。
支出は魔石灯のレンタル料の中銅貨一枚くらいである。
各人に、一日平均で入ってくるスキルポイントは九十点ほどだ。
「ダンジョンってすっごい稼げるんだねー」
「ま、普通は五人で挑むものだしな」
「ムーがかつやくしすぎってことか!」
確かにその通りだったので、トールとソラはそれぞれ両側からムーのほっぺたを引っ張ってから突いておいた。
三日目。
鉱夫のまとめ役の男が地図を見せて説明してきた。
今回の小鬼の洞窟の一層は、基本は東へ続く長い通路があり、途中に枝分かれして南へ伸びる行き止まりの通路が三本、北へ輪を描いてまた合流する通路が一本だけだそうだ。
二層へつながる傾斜路は、その東通路の先が怪しいと。
採掘のほうは、南通路の一本が終わったそうだ。
鉱夫がもう五人増えて二十人になったので、待機中にモンスターが集まってこないよう新たに護衛のパーティがつくこととなった。
「お疲れ様です! トールさん」
「ちゃっす。よろしくっす」
「どうも」
「こんにちは」
やってきたのは、顔馴染みのシサン、リッカル、ヒンク、アレシアの若手冒険者たちだ。
先日、鎧猪の群生相に襲われた際にトールと知り合った四人だが、その時に壊された防具の補填がまだ終わっておらず、修理代などを稼ぐために依頼を受けたらしい。
円盾に大穴を空けられてしまったシサンは、照れくさそうにレンタルした小盾を持ち上げてみせた。
洞窟周辺のゴブリンはトールたちが掃除してしまったため、彼らの仕事は街へ鉱石を運ぶ鉱夫たちの行き帰りの道の安全確保となった。
以前はゴブリン数匹と戦っただけで力尽きていた四人だが、今は継続して一日に数群れを倒せるようになったとか。
「それも全部、トールさんのおかげです」
「なんかクソ度胸がついたってか。さっぱりビビらなくなったってか」
「お前、こないだまで飛び出したらバカみたいに剣ふりまわしてたのに、最近はちゃんと下がるようなったしな」
「オメーだって、バンバン矢を撃つようになったじゃねーか。前はカッコつけてぜんぜん撃たなかったのに」
「怪我が減っちゃったので私の仕事も減っちゃいましたけど、安心して見てられます。いろいろ、ありがとうございました」
三日目のホブゴブリン討伐数は四十九匹、ゴブリンは十五匹であった。
魔石売却を含めた収入は銀貨四枚と大銅貨三枚に銅貨十枚となった。
四日目。
一層でのホブゴブリン狩りはすっかり安定した。
南通路も二本目まで採り尽くし、三本目も今日中に終わる見通しだと聞かされる。
この日、一仕事終えて洞窟から出てきたトールに、シサンたちが鉱石の採掘に混じっていいかと許可を頼んできた。
実は攻略パーティにも採掘権があり鉱石を持ち帰っても良いのだが、持ち運びが大変なためトールたちは権利を放棄していたのだ。
それに鋳鉄製の重い防具を作る予定も、トールたちにはない。
ちなみにつるはし持参で採れた手頃な鉄鉱石十個なら大銅貨二枚、銅鉱石なら十個で銅貨五十枚の買い取りである。
トールが頷くとシサンたちは大喜びで、洞窟に駆け込んでいった。
なぜかムーも混じっていたので、首根っこを掴んで引き止める。
「ムーも穴ほりしたい!」
「そんなに穴好きだったのか?」
「石であそぶとすごくたのしいぞ、トーちゃん」
「そうなのか?」
「石のやまにな、ばーんて当てるとガラガラってたおれるんだぞ!」
そういえば休憩中に、子どもがそんな遊びをしていたことを思い出す。
「じゃあ、ゴブリン退治が終わったらトーちゃんも手伝ってやるから、それまで我慢できるか?」
「わかった! やくそくな、トーちゃん」
ムーの意外なコントロールの良さに、驚くトールであった。
四日目のホブゴブリン討伐数は五十匹、ゴブリンは十七匹。
収入は銀貨四枚と大銅貨四枚に中銅貨一枚である。
狩りは順調であり、稼ぎも上々。
だがトールの顔はやや曇りつつあった。
五日目。
倒せたホブゴブリンは四十六匹、ゴブリンは十三匹。
収入は銀貨四枚に大銅貨二枚、銅貨三十枚である。
この五日間の全収入は銀貨二十二枚と銅貨二十枚となった。
南側の通路三本の採掘も、全て終わった。
次は北側、最後に東の大きな通路で、一層の採掘作業は終わりであるらしい。
「いや、こんなに早く進むなんて久しぶりだよ。正直、最初は全く期待してなかったんだよ。冒険者になってまだ一月経ってない聞いてたから、こりゃ半分も行けたら上出来だなって。でも、フタを開けたらこの有り様だ。まったくもって驚いたよ」
「ほめられすぎると、なんか照れちゃいますねー」
「いやいや、本当にすごい話だよ。うっかり見た目に騙されるとこだったよ」
「ソラちゃん、可愛いからな。そりゃ誰でも信じねーぜ」
「はは、違いねぇ」
休憩の際にちょっとした軽食を一緒に食べるようになって、ソラはすっかり鉱夫たちと打ち解けていた。
見た目の可愛さに加え、全く擦れていない性格のせいで、あっという間に人気者である。
楽しそうなソラをちらりと見ながら、トールはまとめ役の鉱夫と今後の予定を話し合う。
「じゃあ明日は午前中は休みで、昼から二層へも挑むんだな。そんな早くて大丈夫か?」
「一層はもう手間取るところはなくなったからな。ま、軽く様子を見るだけだ」
「そうか、俺たちは仕事が早く片付いて助かるが、あんたらにあまり無茶はしてほしくない。……木こりの連中に色々と聞いたよ。あんたらがいなかったらヤバかったって話をな。てっきり冗談だと思って信じてなかったが、働きぶりを見せてもらって納得したよ。その、疑って悪かったな」
「ああ、気にしないでくれ。そこら辺は慣れてる」
トールの返答に、男は微妙な顔で笑みを浮かべてみせた。
攻略期限の日数は、残り十日となっていた。




