川辺のささやかな楽しみ方
こちらの時系列は二章後半辺りです。
「トーちゃん、見たか! 四回もはねたぞ!」
「ああ、四回は新記録だな」
トールに金色の巻き毛をくしゃりと撫でられたムーは、紫の瞳をキラキラさせながら無邪気な笑みを浮かべた。
そしてさらなる記録を打ち立てるべく、屈み込んで手頃な石を探し始める。
石投げに夢中な幼子を視界の隅に入れつつ、トールは波紋が消えゆく赤黒い川面へ視線を移した。
この血流しの川の狩場には様々な問題点があるが、その中でも由々しいのは獲物の少なさだ。
特にトールたちが居る下流の川原ではその傾向が顕著で、モンスターを狩る時間よりその発生を待つ時間の方が長いことも多々あることであった。
「よーし、トーちゃんいくぞー。ムーのかれいな一投を目にやきつけろ!」
そんなわけで各々、暇を持て余していたのだが……。
「むぅ! 今のは石がわるかったなー」
力み過ぎたのか、ムーの投げた石は水しぶきを一度立てたのみで水中へ姿を消してしまう。
悔しそうに飛び上がった幼子に、手持ち無沙汰に斧の刃を砥石で研いでいた長男のロロルフが口を挟んできた。
「そうだな。もっと平たい石がいいぞ」
「ふんっ! はぁっ! ついでに言うなら下手投げがおすすめだ。とうっ!」
「さらに付け加えるなら、手首の返しも重要だね」
両手斧を素振りしていた次男のニニラスと、槍を綺麗に磨き上げていた三男のググタフもさり気なく付け足してしてくる。
三兄弟の言葉にフンフンと頷いたムーは、早速お目当ての石を拾い上げて構えた。
「えーと下からで手を、……どーするんだ? トーちゃん」
「石を離す時に手首を捻ればいいのかな。ほら、こんな感じに」
「うん、わかった!」
適切なアドバイスのおかげか、ムーの投げた石は今度は六個の波紋を生み出してみせた。
「おおお! トーちゃん見たか!」
「六回に記録更新か。やるな、ムー」
「へへん。なーなー、もっと石はねるのおしえて」
「お、いいぞ」
「わくまでまだ時間あるしな」
「任せな、おちびちゃん」
いっせいに手を止めてコツを伝授しようとした三兄弟だが、幼子の次の一言でぴたりと動きを止めた。
「うーん、ムーひとりに三人は耳がたいへんだなー。おしえるのひとりでいいや。だれがいちばん上手いの?」
しばし顔を見合わせてから、おもむろに口を開く三人。
「そりゃ俺だ」
「間違いなく俺だ」
「それだったら俺だね」
そんなわけで誰がムーの先生にふさわしいか石投げ水切り選手権の開催である。
「はい、トーちゃん石あげる」
「え、俺もやるのか? それに石投げならタパかタリに教わったほうが……」
そこまで言いかけてトールは言葉を止めた。
理由は簡単で、ムーの背後で慎重に石を一つずつ積み上げている双子やディアルゴ、ソラたちの姿が目に飛び込んできたからだ。
どうやら向こうでは、石積み選手権が開催中らしい。
要するに、みんな暇を持て余していたというわけである。
「仕方ないな。石を投げて、いっぱい跳ねさせたらいいのか?」
「お、トールの兄貴も参戦か。これは風呂で負けた雪辱を果たせそうだな」
「ふ、いいのか。もう脛くらいしか残ってないぞ」
「胸毛と腕毛の仇は取らせてもらうぜ、兄貴!」
「じゃあ、これ投げて。はい、これとこれね」
勢い込む三兄弟にも、ムーが適当に拾った石を渡していく。
公平性のためではなく、さっさと結果が見たいだけのようだ。
「なんかでかい石だな。まあ、いいか。俺からいかせてもらうぜ!」
威勢よく一番手を名乗りでたのは、力自慢のニニラスだ。
丸太のような太い腕をグルングルンと回した後、豪快なフォームで石を川面へ解き放つ。
たちまち柱のような高い水しぶきが、連なりながら派手に上がった。
ただ、赤黒い水の抵抗は思った以上であったようだ。
十本の水柱を残して、ニニラスの石はあっさり水中へ消えてしまった。
「くそ! 石がでかすぎだぜ」
「力任せにやりすぎなんだよ、お前は。あと大雑把だしな」
「うるせぇよ、兄貴。どうだ? おちびちゃん」
「えーと、水がすごくはねたで賞かな」
「何だよ、そりゃ」
「どいてくれよ、兄貴。次は俺の番だぜ!」
二番手に挑んだのは、先が尖った石を手にしたググタフだ。
兄とは違い慎重に石の持ち方を試してから、素早いフォームで腕を振り切る。
目にも留まらぬ速度で放たれた石は、水面を華麗に切って――。
大きく三度弾むと、ポチャンと水中へ姿を隠した。
「しまったぁ! 跳ねさせすぎたか」
「うーんと、よーくはねたで賞」
「速く投げることに拘りすぎだ。まあ、お前らしいっちゃらしいな。さ、次は俺だ」
三番手に名乗り出たのは、手頃な石を手にしたロロルフだ。
失敗した弟たちの視線を集めながら、気負いもなく手首を効かせて石を放り投げる。
無造作とも思えるフォームであったが、ロロルフの石は水面に軽やかに波紋を広げていく。
「お! やるな、兄貴って、あちゃ!」
「さすが兄貴だぜって、おっと!」
弟たちが口々に称賛したその時、不意に生じた突風に大きな波が生じる。
順調に川面を跳ねていた石は、無情にもその波に呑み込まれてしまった。
「くっ、俺はいつもこうだ。肝心な時についてないぜ」
「うんじゃ、ざんねんだった賞あげる。げんきだせ!」
「これっぽっちも嬉しくねぇ賞だな……。一応、記録は十四回か。さ、締めはトールの兄貴だ」
「ふむ。やり方はだいたい分かったな」
渡された石を手の内で確かめながら、トールは静かに水際へ歩を進める。
水切りという以上、切るという行為に違いない。
それなら数千、数万と刃を振るってきたトールにすれば慣れたものだ。
すっと腰を落としたトールは、最大限に集中を高めながら最小限の距離を目指して腕を振り抜いた。
矢のごとく撃ち出された石は、最初の着水で鮮やかに水面を切り取る。
そして勢いに乗ったまま、次々と水面に波紋を描きながら川の真ん中まであっという間に到達する。
が、そこで再び生じたのは、風によって引き起こされた大きなさざなみであった。
「おう、また風が来たぜ! ってまじか!」
「この川はこれがあるからなって、何ぃ!!」
次の瞬間、立ちふさがった波は、トールの石に真っ二つに切り裂かれてしまう。
それはまさに石の斬撃であった。
あんぐりと口を開く三兄弟に見つめられながら、全てをなぎ倒した石は川を飛び越え向こう岸にまで辿り着いてしまう。
その様子にムーは、目をまんまるにしてトールに飛びついた。
「トーちゃん、すごい! やっぱりムーのトーちゃんだな!」
「こいつは完敗だ、トールの兄貴」
「ああ、やっぱり兄貴には敵わねえな」
「こりゃ優勝は兄貴で決まりだな」
その言葉にニッコリと笑ったムーが高らかに勝者を宣言しようとしたその時、不意に少女の声が割り込んできた。
「トールちゃん、見て見て!!」
「うん? どうした、ソラ」
「ほら、ユーリルさんがすごいの作ったの」
その言葉に振り向いたトールの目に飛び込んできたのは、人の背丈ほどの高さに積み上げられた石たちであった。
しかも、ただ積んであるのではない。
驚いたことに一番下の要となる石は、たった一つ。
その上の石は二つ、さらにその上は三つと、見事な逆三角形になっていたのだ。
想像のつきようもない凄まじいバランスの極地に、声を失ってしまうトールたち。
そんな男どもを尻目に、跳び上がったムーが大きな声で言い放った。
「これはすごい! ばあちゃん文句なしのゆうしょうです! いちばんで賞!」
「あら、ありがとう。ムムさん」
思わぬ受賞にお礼を述べたユーリルは、まだ絶句していたトールたちに楽しげに微笑んでみせた。
「たしか優勝したら、お好きなところの毛を剃っていいんでしたっけ? トールさん」
「えっ、あ、はい」
笑みを浮かべたまま近づいてきたユーリルは、そっと手を伸ばしトールの顎に触れる。
「ずいぶんと伸びてますね、お髭。ふふ、ちょっとすっきりしましょうか」
思わぬご褒美になった川遊びであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
コミカライズもとうとう六巻となりました。
ここまで続いたのは素晴らしい執筆を続けてくれるガンテツ先生、支えてくれる編集の方々。
そして読者の皆様のおかげです。
これからもこのトールたちの冒険をどうぞよろしくお願いいたします。




