不穏な情勢
ボロボロと断片を撒き散らしながら、大きな三つの顔は無言で崩れ落ちていく。
その内部には人に本来あるべき器官などは、一切見当たらない。
ただの赤茶けた塊のみが、ぎっしりと隙間なく詰まっていた。
「あら、意外と弾むのね」
断片をつまみ上げたキキリリの感想に、トールも指先で触れてみる。
表面は人肌によく似ている。
だが伝わってくる手触りは、明らかに違和感のある感触であった。
不気味なほどに人を模倣しながらも、その中身はやはり人に非ざる生き物だとはっきり分かる。
そして上部が塵のように砕け散った後には、氷から解放された触手の束だけが残っていた。
こちらはユーリルの魔技の影響もあってか、内部がかなり酷いことになっている。
しかし根っこや管らしきものが複雑に絡み合ってはいたが、人や獣が持つような臓器のたぐいらしき物は何一つ見当たらない。
目を輝かせて元気よく駆け寄ってきたソラだが、悪魔の死骸を覗き込むと小首をかしげて呟いた。
「うーん。なんか見覚えあるねー、トールちゃん」
「ああ、たしかにな」
黒ずんだ触手がわだかまる姿に、トールはとあるモンスターの死に様を思い返した。
ともに戦ったバルッコニアやラッゼルも同様らしく、視線を交わし合っている。
トールたちの意味ありげな雰囲気に興味を抱いたのか、ラムメルラも会話に交ざってきた。
「何に似てらっしゃるんですか?」
「むむ、それをお尋ねになりますか。ならば、お聞かせするしかございませんな。あの勇ましき英雄たちの勲氏を!」
「沼地の魔女にそっくりだな」
勢い込んで話し出そうとしたバルッコニアであったが、珍しく口を開いたラッゼルにあっさりと答えられてしまう。
悲しげな顔になったちょび髭の炎使いに、大剣を背負い直した剣士はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「へー、あのお祭り騒ぎになったやつですか。ボクも参加してみたかったですよ。おっちゃん、どうして呼んでくれなかったんですか?」
「忙しそうだったからな」
「でもラムちゃんなんか、いつ呼ばれても良いようにわざわざ予定空けてたんですよ」
「余計なことは言わなくていいのよ、クー」
なぜかその言葉に、キキリリがうんうんと頷く。
「えー、ぜんぜん余計じゃないのになー。あ、なにか光ってるですよ!」
友人の冷たい反応にすねた顔をしたクガセだが、いきなり屈み込むとモンスターの死骸へ躊躇なく手を突っ込む。
得意げに掲げた少女の手のひらには、黄白色に鈍く輝く塊が載っていた。
手にしたものをまじまじと見つめたクガセは、ギョッとした顔になった後、慌てて己の額に石塊を押し付ける。
茶角族は額に生えた角で、物の硬さを計ることができるのだ。
たちまち目をまんまるにした少女は、興奮した口調で言い放つ。
「これ、金貨と同じ硬さですよ!」
「えっ、じゃあそれ金なの? ちょっとよこしなさい」
「い、いやですよ!」
「相変わらずがめついわね、この子」
「こ、こんだけあれば畑いっぱい買えるですよ!」
金塊をギュッと抱きしめる少女の姿に、キキリリは小さく息を吐くと首を横に振った。
「グランも結構、大変らしいわね」
「大変どころじゃないですよ。もうあっちこっちが瘴風にやられて、端っこのほうはすっかりダメみたいですよ」
グランは央国の南西にある茶角族の故郷だ。
前にも同じ話をクガセがしていたことを思い出しながら、トールはキキリリの言葉に引っ掛かりを覚える。
「グランもということは、ハクリもなのか?」
「ええ、噂では森がかなり枯れているそうよ。いい気味だけど困った話ね」
所属している法廷神殿や雷哮団から、それとなく情報が耳に入ってくるらしい。
ちらりとラムメルラを見ると、同族のモルダモと一瞬だけ視線を合わせていた。
こちらも何かあるようだ。
少し気になったトールが振り向くと、ユーリルはちょうど通路から出てくるところであった。
見るとムーが真面目な顔で、灰耳族の女性のお尻あたりを懸命に押している。
「だいじょうぶかー? ユーばあちゃん」
「ご心配していただいてありがとうございますね、ムムさん」
「むりしちゃダメ! あんせーにしないと。よーし、ムーがはこんでやるぞ」
「ふふふ、くすぐったいですよ」
仲良くこちらへ向かってくる二人には、柔らかく弦を爪弾くリコリが付き添っている。
膨大な魔力を消耗したはずのユーリルの顔色は、すでに普段と変わらぬ涼し気な有り様となっていた。
神を称える<賛美歌>には魔力を癒やす効果があるが、それを差し引いても凄まじい魔力の量である。
「本当にすごいですね、ユーリル様は……。あれほどの魔力を放っても、ぜんぜんお変わりありませんし」
「ええ、あれはあれで化け物ね。まったく、どうなっているのよ」
しみじみと驚嘆の言葉を呟くラムメルラとキキリリに、トールとソラは互いの目を合わせる。
これまで数々の無尽蔵ぶりを見せつけられて、すっかり当たり前に感じてしまっていたが、やはり世間一般的には異常なようだ。
トールの視線に気付いたユーリルは、唇を持ち上げていつもの穏やかな笑みを形作ってみせた。
「それと、しばらく見ないうちにムーがとても良い子になってて驚きました」
頑張ってユーリルを手助けする子どもの姿に、ラムメルラは感心したように言葉を続けた。
「うん。最近のムーちゃんは、ちょっとおねーちゃんになったかも。探求神殿に通ってるせいかな」
「ソラねーちゃん、ムーのことよんだ?」
「ムーちゃんはユーリルさんとすっごい仲良しさんだねーって」
「ムー、ユーばあちゃんだいすきだからなー」
「わたしもムムさん大好きですよ」
「あと、ラムさんがムーちゃん、良い子になったねーって」
「そっかー。ムーはいいこかー」
照れたように笑ったムーだが、その紫の両眼がしゃがんで熱心に悪魔の死骸を漁るクガセの背中を捉える。
ユーリルの尻から手を離した子どもは、勢いをつけて走り出した。
そして無防備な茶角族の少女の背に、思い切り飛び乗る。
前のめりになりかけたクガセは、呆れたように非難の声を上げた。
「もう、皆が褒めるとすぐこれですよ。たしかにちょっと重くなったですけど、中身はまだまだですね」
「クーのせなかはのりやすいなー」
「ほら、暇なら一緒にお宝探すですよ」
「そこなんかひかってる」
「ナイスですよ、ムー。むむ、これは……金剛石の結晶ですね。これもお高いですよ!」
小粒のきらめきを素早く見つけたムーに、クガセが思いっきり弾んだ声を上げた。
宝玉蟻のよりも小さいが、きちんと結晶の形をしている。
即座に近寄ってきたキキリリが、興味津々な顔で口を挟んだ。
「ねぇ、これってトールたちのとおんなじ効き目があるの?」
「小さいのでどこまで効くかは保証できませんが、たぶん似たような効果はあるはずですよ」
その答えに紫色の瞳を猫のように細めたキキリリは、にんまりと唇の端を持ち上げた。
「良いわね。じゃあ取り尽くしたら二匹目に行きましょうか」
「だーから、なんでリリ姉が仕切るんですか!」




