闇底で生まれる雷嵐
「で、どうだ?」
伸ばした両翼で風を巧みに切り取って、飛竜は天空を渡っていく。
その腹に括りつけられた小舟の舳先。
吹き荒ぶ風を背に受けながら、チルはいつもの鋭い眼差しとともに仲間の三人へ問いかけた。
退屈げに眼下の殺風景な荒れ野を眺めていた双子は、視線を切って互いの目を合わせる。
「そうね。あの男、いや、あの子たちも含めてありえないわね」
口火を切ったのは姉のキキリリだ。
妹のネネミミは仮面をかぶったかのように表情を消し去り、その唇は固く結ばれたままである。
「そうか。ありえないか」
返答を聞いたチルは、満足げに頷いてみせた。
わずか二ヶ月足らず。
それが冥境の底にたどり着くまでに、トールたちが費やした時間だ。
白屍の階層はストラッチアらの手助けがあったとはいえ、通常ならば年単位でかかるような探索である。
考えられぬほどの早さだ。
しかも不利な条件の方は挙げだすときりがない。
通常の定員より少ない四名で、しかもその内の三人がうら若き女性なうえ、一人は年齢が二桁にも達していない。
派閥に属さず、神殿の後押しもほぼない。
さらに全員が魔技使いという、英傑でさえも頭を抱えるような構成である。
そんな型破りなパーティが欠員を出すどころか、大怪我をした素振り一つなく迷宮を踏破していくのだ。
本当に信じ難い光景であった。
「ならば、もう十分か?」
「いえ、あくまでも冒険者として話よ。人間として信用できるかは別の話。そうよね、ネネ」
「良い男だと思うぞ、トール殿は」
「ええ、あの子の懐き方に偽りはなかったわ。だとしても、それはこれまでの話。これから先をどう選ぶか……」
「そこまで待つ余裕はないぞ。おそらく次にはもう屍龍様に挑むのは間違いない」
「分かってるわよ」
天嵐同盟の探索がこれまでさほど進んでないように見えたのは、実力不足からではない。
トールの推測通り、ある目的のためであった。
チルたちは密かにじっくりと、トールたちを見定めていたのだ。
深々と息を吐いたキキリリは、無言のままのネネミミへ振り返ることなく言葉を続けた。
「仕方ないわね。いいわ、やりましょう」
「そうか、助かる。そっちはどうだ?」
船尾に杖を抱くように腰掛けていた水使いは、静かに顔を上げると一言だけ短く答えた。
「私も異議はありません」
「じゃ、決まりだな」
かくして天嵐同盟は、十五階へ挑むこととなった。
半日以上かけて十階へたどり着いた一行は、階段に寝台を設置して準備を整える。
まずは十一階への階段が閉ざされていたので、元看守長の亡霊探しだ。
通路に<電滞陣>を張って壁抜けを封じながら、二時間ほどで石棺の蓋を開けさせることに成功する。
十一階で憂さを晴らすように白服の悪霊を始末した後、青い鋼人形を探す。
「あっちの辺りね」
「は~い、任せて~」
口火を切ったのはキキリリだが、指し示したのはネネミミだ。
双子の指示する方角へ、軽めの返答をしたチタが<風察>を発動させる。
<電探>を妨害してくる鋼人形の頭部だが、熟練した雷使いとなれば逆にその所在を大まかだが割り出すことができる。
あとは地形を読み取る風の魔技で、天井に突起がある場所を探り当てればいい。
通路の端に立つチルが、丸太のように太い腕で剛弓を軽々と引き絞る。
感知範囲の外から飛来した矢に撃ち抜かれたモンスターは、警告を発する間もなく機能を停止させた。
巡回する本体の騒がしい足音をネネミミが聞き取り、巧みに回避して一行は奥へと進む。
先ほどに続いてまたも二時間足らずで、青い鋼人形を仕留めることができた。
その日は、そこで探索を止める。
十階の階段まで引き揚げた天嵐同盟は、両側の鉄格子を下ろして夕食にする。
食事を準備するのは、だいたいチルだ。
「まーた、乳粥?」
「もう、うんざりだぞ。もっとマシな食い物をよこせ」
「文句を抜かすな! 我らの国では、毎日欠かさずこれを食うから健やかな体ができるのだ」
「私もちょっとあきたよ~」
モルダモだけは無言で食べ終えていた。
翌日は十三階へ進む。
赤い隠し部屋の前には、チタとチル、モルダモの三人。
もう一つの鋼人形がぎっしりと詰まる部屋の近くには、双子が待機済みだ。
水使いが角の石を動かすと、両方の部屋の扉がいっせいに開く。
飛び出してきた鋼人形は、たちまち<電滞陣>によって足止めされる。
ゆっくりと前へ進みながらモンスターの群れは、次々と氷柱を撃ち出す。
減速はされているが、それでも危険な速さだ。
だが、双子たちは鮮やかに射程の外へと身を翻す。
キキリリたちが時間を稼ぐ間に、翠羽族の兄妹も仕事を終えていた。
真銀製の矢尻に貫かれた赤い亡霊は、無念を表すように顎を開きながら宙へ消え去った。
部屋に一歩も入ることなくモンスターを仕留めたチルたちは、即座に踵を返す。
目指すは十四階への階段だ。
同時に双子たちも役割を終えたとばかりに逃げ出す。
無事に階段の下で合流できた一行は、息を整えると北にある大部屋へ向かった。
鉄格子の向こう、灰色の悪霊たちに紛れるようにひっそりと一体の黒い影が浮かぶ。
静かに弓弦を引いたチルは、獲物を見つめながら最適のタイミングをはかる。
気がつくと弓が揺れ、鉄格子を音もなくすり抜けた矢は影を貫いていた。
完璧な狙撃をやってのけた弓士は満足げに頷いた。
四本の柱の鍵となるモンスターを速やかに倒し終えた一行は、その足で南へ向かう。
十四階の奥の部屋の四隅にあった柱は、すべて天井へ消え去っていた。
そして鉄格子も同様に持ち上がっている。
階下へ続く薄暗い階段を覗き込んだチルは、短い言葉で促した。
「行くぞ」
返答はなかったが、立ち止まる者もいなかった。




