ソラのお手柄
結局、十三階の探索は翌週へ持ち越しとなった。
冷え込みが増した石床に下り立ったトールは、改めて闇の奥へと続く通路を眺める。
まっすぐに北へ伸びる道の先には、鉄格子で区切られた大きな牢獄があるはずである。
連獄から落ちてきた時は一日でたどり着けた場所だが、石棺を抜ける行路では十日以上もかかってしまった。
どちらがマシだろうかと考えかけて、トールは首を横に振った。
いかに労力と時間を費やそうとも、安全であるならばそれが正しい道のりである。
「よし、じっくりと調べていくか」
振り向いたトールは、後ろの三人の様子に少しだけ相好を崩す。
思った以上に寒かったのか、ソラとムーは互いにぴったりと身を寄せて抱き合っていた。
逆に北国育ちのユーリルは生き生きとした表情で、そんな二人の様子を見守りながら平然と微笑んでいる。
「ほら、いくぞ」
「うー、ちょっとだけまってー。あー、ムーちゃんぬくぬくだなー」
褒められた子どもは、返事の代わりに喉を少しだけ鳴らした。
白い毛皮をすっぽりと纏ったムーは、もとより高めの体温もあって天然の暖房器具のようなものだ。
ただ、猫との暮らしが長かったせいか、保温を求められると無条件で寄り添う癖があるらしい。
気の抜けた出発となったが、探索自体はスムーズに進んだ。
「うーん、特に何もないねー。なさすぎて逆にあやしい気がしてきたよ」
一割ほど広さは増していたが、十三階も基本は上の階と同じであった。
やや通路が入り組み、看守である鋼人形が要所に配置された南側。
大きな一部屋に囚人の悪霊などを押し込めただけの単純な構造の北側。
さらにこの階は中央に大部屋から階段までの長い直通の通路があるだけ、より分かりやすい造りとなっていた。
十四階への階段も、あっさり見つかっている。
「どうします? トールさん」
「地図はあとどれくらいだ? ソラ」
「えーと、残ってるのは南東の奥だけだねー。あ、でもこれ、ちょっと気になるなー」
少女が指差したのは、南側の壁沿いの線だ。
わざとらしく出っ張った箇所が一つだけあり、他が綺麗に整っているせいでやけに目立っている。
「なんか、あやしくない?」
「ああ、地図で見るとあからさまだな」
壁沿いを道なりに進んだ時は気づかなかったが、こうやって俯瞰してみると一目で怪しいと分かる。
「これはお手柄だな。さっそく調べるか」
「へへーん」
「ソラねーちゃん、ムーにもみせて、みせて」
画板ごと地図を手渡してもらった子どもは、しばしひっくり返したり横向けにしたあと、さらさらと描き加えだした。
「あー! なにしてんの、ムーちゃん?」
慌てて子どもから画板を取り上げるソラ。
だがすでに手遅れで、地図には出っ張り部分へ角を突き刺すかぶと虫が器用に描かれていた。
「ほー、なかなか上手いな」
「あら、可愛らしいですね」
「えっへん」
「いやいや、これは落描きしちゃダメだからね。二人も褒めちゃダメだよー、もう」
「そうだったな。ダメだぞ、ムー」
「ダメですよ、ムムさん」
「くろすけはだめかー。じゃあつぎはトーちゃんたちかくぞ!」
そんな砕けた雰囲気のまま、一行は南の壁へと向かった。
道中のモンスターはすでに掃討済みのため、さくさくと到着する。
出っ張った箇所は実際に見るとかなり大きめで、部屋一つ分はありそうだ。
じっくりと周囲の壁を調べた結果、角の部分の石が一つだけ動くことが判明した。
石に手を当てたまま、トールは深々と息を吸う。
――<予知>。
とたんにトールの眼前に、大量の映像がいっせいに浮かび上がる。
それらはすべてトールが次に取るであろう行動を、己の視点から眺めたものだ。
そのうちの一つに、横の壁の部分へ視線を向ける映像があった。
視界の中では、床下へ沈んでいく石壁の姿が映し出されている。
どうやら出入り口が現れたようだ。
次いで急激に壁から視界が離れていくのは、おそらく飛び退いたのだろう。
さらに不安げに左右を見回す少女の姿や、杖を持ち上げるユーリルの姿も見える。
雨粒のように向かってくる映像を、トールは一瞬で選別していく。
手前のはこれからすぐのもので、奥へ行くほど未来のものとなる。
そして三秒後に起こるであろう出来事は、通路を埋め尽くすように迫ってくる鋼人形の群れであった。




