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思わぬ思惑


「つぎとったら、ムーのこぶしがひをふくぞー。ポカリだぞ!」


 可愛い捨て台詞を残した子どもの後ろ姿を見送ったチルは、革張りの寝台に音もなく腰を下ろす。

 そして小さく息を吐きながら、鷹のような眼差しを双子へ向けた。


「で、どうだった? 見てたんだろう」


 その問いかけに紫眼族の姉妹は、一瞬だけ目を合わせたあと不満げに顔を背けた。

 値踏みすることは慣れていても、他人からされるのは不快らしい。

 答えを渋る二人に、チルはゆっくりと言葉を重ねた。


「繰り返しておくが、泥破り殿たちは破格の存在だ。俺たちがこの先へ進む以上、絶対に避けては通れない相手だぞ。だから認識はきちんと共有しておくべきだと思うのだが、間違っているか?」

「間違ってはいないけど、言い方が気に入らないわ」

「うざい」


 子どもじみた双子の言葉に、チルは何も言い返さず首を回した。

 その視線を受けて、後ろに立っていた妹のチタが応対を引き継ぐ。


「え~、私もききたいな~。おしえてくれる? キキちゃん、ネネちゃん」


 厄介な人物の参入に、双子は互いの目をもう一度合わせた。

 現状、天嵐同盟の中で、トールたちと同様、破格の実力を示しているのは、弓士と風使いを兼ねる目の前の女性だ。

 群れの中心となりつつある存在に獣の本能が抗えなかったのか、ネネミミは不承不承といった表情を隠そうとせず口を開いた。


「黒髪の女は強い憧憬、あと友情。銀の髪は好奇心、少しの同情。あの男は――」

「劣情でしょ。あの目つきったら。男ってたいがい一緒ね」

「いや、どちらかと言えば愛玩だった」

「はぁ、愛玩ですって!? 本当に失礼な男ね」


 ネネミミの持つ特性<雷眼看破>で読みとった情動の結果に、腕を組んでいたキキリリは驚いたような声を上げた。

 胸当てをつけていないせいで、形の良い胸が余計に突き出される。

 どうやら子ども扱いされたと、勘違いして憤っているようだ。 


「それより、動きはどうだった?」

 

 割り込んできたチルの質問に、双子はいっせいに口をつぐんだ。

 幼い頃より雷系魔技を共有してきた二人の反応速度や身体能力は極限まで突き詰められ、いまや常人から遥かに逸したものとなっている。

 ダダンの境界街最強と讃えられたストラッチアでさえ、素早さだけなら余裕でしのぐほどだ。


 その自慢の獣眼を以ってしても、トールの動きは明らかに異常だった。

 見えないというよりも、なかったといったほうが正しいだろう。

 男はいきなり隣に現れ、なんの初動もなく元の位置に戻ってみせた。

 

 それは双子も今まで経験したことのない領域であった。

 黙りこくったキキリリたちの様子に、チルは楽しげに頷く。


「またいろいろと変わった魔技が増えたようだな。まったく底しれぬな、泥破り殿は」

「そういえば、ムーちゃんのは~?」

「あいつか……。あれは凄すぎる。化け物だ」

「え~、そうなんだ。でも、ムーちゃん可愛いよ?」

「それに異論はないわね」


 生まれつき<感覚共有>を有していたネネミミは、幼い頃より双子の姉と様々な感情や感覚を共にしてきた。

 おかげで今では声に出さぬとも、会話ができるほどになっている。

 だがそれほどの練度を以ってしても特性の効果の及ぶ範囲は身内がせいぜいであり、よく見知った人物でようやく一方的に利用できる程度である。

 それなのにあの幼子は、簡単に赤の他人である二人の間に割り込むだけでなく感情まで押し付けてきたのだ。

 これもまたあり得ない事柄であった。


 トールたちの実力を再確認できたチルは、嬉しそうに首を縦に振ると会話を続けた。


「ソラ殿やユーリル殿も侮れる相手ではないぞ。特にユーリル殿は、お主らの話通りなら、十六階以降でも目覚ましい働きをしてくれるはずだ」

「あの連中にご執心なのは分かったわよ。有能な相手ってのも十分に分かったわ。だけど――」


 そこでいったん言葉を区切ったキキリリは、少し息を溜めたあと翠羽族の兄妹へきっぱりと断言してみせた。


「こんな危険な場所に、あんな小さい子を連れてくるって頭おかしくないかしら?」


 つねに気ままに振る舞うキキリリから発せられた常識的な言葉に、チルとチタは言われてみればといった顔をしたあと視線を交わして苦笑を浮かべた。

 上の寝台に腰掛けていた水使いの男性モルダモは、最後まで無言であった。


 六階まで戻ってようやく着替えを済ませたトールたちは、そこで一泊してから街へ戻ることにした。

 細々とした用事を済ませた二日後、再び地下の監獄へと舞い戻る。


 すっかり慣れた十階へと道のりを三時間足らずで走破して、階段のある部屋へたどり着く。

 番人の姿はなく、鉄格子は上がったままであった。


 階段の寝台もそのままであったが、数は三台に減っていた。

 チタからの置き手紙があったので読んでみると、二台は補修するために持ち帰ったらしい。

 迷宮(ダンジョン)内に持ち込まれた品は、時間経過とともに瘴気に蝕まれ崩壊し最後は消え去ってしまう。

 それを防ぐため、こまめに部品を交換しているとのことだ。

 そして手紙の最後には、次の探索は三日後となるのでそれまで自由に使ってくれと記されてあった。


「それはありがたいですね」

「ムー、ここがいい!」

「うわ、なんか落ち着くねー。ほら、トールちゃんもいっしょにどう?」

「三つしかないし、どう割り振るかだな」


 いろいろと協議した結果、一日交代でムーと同衾するということでまとまった。


「いいなー、ムーちゃん」

「大人二人はさすがに無理だろ」

「なんとか広げられたら良いのにねー」


 段数に限りがあるため、何台もベッドを並べるというわけにもいかない。

 さらに下や上の階に近寄りすぎれば、モンスターを呼び寄せてしまう危険もあるのだろう。


「まあ、三日は好きに使えるんだ。我がままは言うな」

「はーい」


 思わぬ拠点を手に入れたトールたちは、まず看守の区域である南側を探索する。

 氷柱を発射してくる鋼人形は、手の内が分かっていたのでさほどの苦戦はない。


 二日目は囚人の区域である北側の探索だ。

 ここも闇技使いの悪霊を難なく倒しつつ、一日で地図を埋める。


 寝台のある階段へ戻ってきたトールは、完成された地図を眺めて顎の下を掻く。


「…………階段がない?」



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