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一週間目


 小鬼の森の奥。

 傾き出した木漏れ日が差し込む一角で、トールは巨大な幼虫相手に剣を振るっていた。


 すでに二匹のモンスターが、頭から緑の血を流して息絶えている。

 残った一匹と距離を取りながら、トールは素早く木立の陰に潜む子どもへ視線をとばした。 

 その体から伸びる青く輝く針は、もうかなり短くなっている。

 時間があまり残されてないと判断したトールは、勝負を決めるべく動いた。


 一段と速度を上げて、大毛虫の側面に回り込む。

 刃の向きと力を込める向きがぶれないよう、正確に剣を真横から振り下ろす。

 頭部に当たる瞬間、手の内を締めて全力を物打ちどころに集める。

 剣尖が瞬間的に加速し、肉へ容易く食い込んだ。


 斬撃で虫の頭部の皮が裂け、緑色の血が飛び散る。

 かなり効いたのか、大毛虫は苛立たしげに体を左右に振った。

 白い毛が派手に宙を舞い、トールの接近を阻もうとする。

 が、気にすることなく踏み込む。

 

 凄まじいかゆみを引き起こすはずの毒毛は、トールの体に近づいた瞬間、不意に浮かび上がった紫の小さな電流に弾かれた。

 パリパリと音を立てて燃え散る。


 さらにモンスターへ肉薄したトールは、飛びかかってくる動きを紙一重で躱した。

 左手を添えた剣に少しだけ捻った体の勢いを加え、袈裟斬りに打ち込む。


 むき出しになっていた肉の裂け目を剣が弾き、さらに下方から戻った刃がまたも打ち込まれる。

 トールが得意とする上下の斬り返しだ。

 さらに止めとばかりに突き出された剣先が、傷の部分を深々と貫く。

 神経節を失った大毛虫は、一瞬だけ体を伸ばしたあと丸まって動かなくなった。


 同時にトールの体を覆っていた雷の防壁と強化も消え去る。

 ギリギリで間に合ったことに、トールは小さく頷いた。


「トーちゃん、やっつけたか?」 

「ああ、終わった。<電棘>があると、えらい楽だな。助かったぞ、ムー」

「そうか、ムーががんばってるおかげか!」

「うん、お前はすぐ調子にのるな」

「トールちゃん、火おこしといたよ。ほら、ムーちゃんも手伝って」

「ムーはいま、とてもいそがしいのだが」


 ソラに手伝いを命じられた子どもは、運搬ソリにのったまま真新しい革靴に包まれた足で地面を蹴った。

 ソリは地面の上を軽やかに滑り、毛虫のそばまで一気に動く。

 ムーの体重が軽いせいで、ぎりぎり浮いたまま移動ができるのだ。


「ああ、その白い毛、触っちゃダメだよ。すごくかゆくなるよー」

「ほんとうか? あ、かゆい!」


 なぜ子どもは、駄目だと言われたことほどやってしまうのだろうか。

 

「トーちゃん、かゆいー!」

「ほれ、見せてみろ」


 ソリにのったまま戻ってきたムーの手を、トールは一分前に戻してやる。

 子どもはあまり表情を変えぬまま、トールの太ももに嬉しそうにしがみついた。


「ちゃんとソラのいうことも聞くんだぞ」

「ね、トールちゃん。今のソラのとこをママにかえて、もう一回言ってみてー」

「火傷に気をつけろ。ほら、枝の先を下に向けるな。火が上がってくるぞ」

「こうか? トーちゃん」

「あー、置いてかないで。わたしもやるよー」


 仲良くくっついて大毛虫の毒針毛の処理を始めた二人に、ソラもあわてて参加する。

 三匹の大毛虫は、二十分ほどで丸裸になった。

 毒腺を切り取って血抜きをすませ運搬ソリに載せようとしたら、ムーが眉をよせて黙り込んでしまった。


「ムー、このソリ、気に入ったのか?」

「…………うん」

「でも毛虫のお肉、おいしかったろ?」

「うん!」

「じゃあ、帰り道だけこいつらをのせてやれ。歩けなくなったら、トーちゃんがおぶってやるから」

「わかった!」


 目を輝かせて、ムーは勢いよく頷いた。

 かなり甘やかしているようにも見えるが、ふわふわと浮かぶソリ遊びは大人のトールでも楽しそうに思えてしまう。

 小さな子どもだとなおさらなので、少しくらいのワガママも仕方のない話だ。

  

 その後、三人でゆっくりと毛虫をのせたソリを引っ張りつつ街を目指した。

 林道に入った辺りでムーが力尽きたが、他にトラブルもなく外門へ到着する。

 片手を懐に入れた門衛が、日課のように話しかけてきた。


「おう、おっさん、ガキ拾ったんだって? 昨日は非番で見逃したぜ」 

「こんにちは、カルルスさん。お勤め、ごくろーさまです」

「おう、ソラちゃん、今日もカワイイねー。今度、飯でも食いに行こっか? 安くて美味しい店ならかなり詳しいぜ、俺」

「いいですねー。今度、みんなでぜひ!」

「トーちゃん、ついたのか?」

 

 話し声で目が覚めたのか、トールの背中にのったままムーは可愛くあくびした。

 その様子を目ざとく見つけた門衛が、近寄ってそのおでこを馴れ馴れしくつつく。


「お、なんだ、同郷じゃねーか。よろしくな、チビ」

「ムーになにする! なにものだ、おまえ!」

「お前じゃない、カルルス様だぞ。ムー」

「なんでムーの名前しってる! トーちゃん、こいつあやしいやつだ!」

「そうだな。じゃ、またな」

「おい、訂正していけよ、おっさん!」


 片手を振って話を切り上げたトールは、重いソリを引きながら外門を通り抜ける。

 そのままトールは買い取り所へ。

 ソラとムーは査定窓口に並ぶ。

 さすがにトップ二人に直談判したせいか、妙な輩に絡まれることもなく精算は終わった。


 本日の成果は森スライム四匹に、ゴブリン四十九匹と魔石三十六個、大毛虫三匹の討伐である。

 収入は銀貨二枚と銅貨十八枚。

 支出は運搬ソリの借り賃が中銅貨一枚のみ。

 さらに手元には、白斑茸八個と魔石五個、大毛虫の肉が半匹分ある。


 ソラとパーティを組み始めて一週間。

 現在の手持ちは銀貨五枚ほどで、トールが以前から貯めていた金額に余裕で追いついてしまった。

 スキルポイントもおおよそトールとソラはトータルで百五十点ほど、ムーは七十点近く稼いでいる。

 今のペースなら二ヶ月もしないうちに、スキルをレベル2にできるだろう。

 前の生活からは考えられないペースの速さである。


 大広場を歩くと、屋台から流れてくる匂いにムーがよだれを垂らしてトールを見上げる。


「トーちゃん、ごはんがいっぱいあるぞ!」

「あれは売り物だから、お金と交換しないと食べられないぞ」

「お金かー。せちがらいってやつだな……」

「どこでそんな言葉、覚えたんだ?」

「はい、ムーちゃん、あーん」

「むぐ。ほぐ。ふぐ!」


 口に串焼きを突っ込まれたムーが、噛みしめながら声を漏らす。

 その様子にニコニコと笑いながら、ソラはもう一本をトールへ差し出してきた。


「はい、トールちゃんもどうぞ」 

「いつの間に買ったんだ? もう、すっかりここに馴染んでるな」

「トーちゃん、これうまいな!」

「ほかにもおいしいの、いっぱいあるよー」

「ああ、この後は銭湯によるから程々にな」

「えっ、なにも準備してないよ!」

「準備って何かいるのか? 風呂に入るだけだぞ」

「女の子には、いろいろといるんだよ! もー」


 仕方がないので一度帰って、夕飯を済ませてからユーリルも誘って行くことにした。

 

「トーちゃんは、どこだ?」 

「トールちゃんは男湯だよ、ムーちゃん」

「じゃあ、ムーもそっち!」

「だめだめ、女の子はこっちって決まってるの」


 ソラに抱えられたムーは、ちたぱたと暴れるがそのままズルズルと女湯へ引きずられていく。

 入浴料は銅貨三十枚、石鹸一かけらは銅貨十枚だ。


 広い脱衣所は板張りで、壁一面にカゴを入れた棚が並んでいた。

 脱いだ衣服は、ここに畳んで入れておく仕組みである。

 一度、家に戻った二人は防具類は置いてきたので、すぐに裸になれた。


 まだ幼いムーは凹凸は少ないが、お尻あたりはむっちりと肉がついている。

 逆にソラのほうは全体的に引き締まっており、胸部のふくらみも程よい大きさだ。


「ほらほら、お二人ともちゃんとタオルを巻いて」


 堂々と裸で浴場に入ろうとした二人を、胸元にタオルを巻いたユーリルがそっと押し止める。

 銀色の真っ直ぐな髪を巻き止めた大家は、六十近いはずだが真っ白な肌にはほとんど衰えの色が見えなかった。


「そうだった。はい、ムーちゃんもどうぞ。てっ、いない!」

「すごい! もあもあしてるぞ!」


 浴室から響いてくる幼い声を、ソラは慌てて追いかけた。

 

 こちらはさらに広々としていた。

 天井には魔石灯が並び、柔らかな光で室内を照らしている。

 壁や床は陶製のタイルでおおわれ、鮮やかに色付けされた奇妙な文様があちこちに描かれていた。

 高い位置には換気用の小窓が並んでおり、そこから蒸気を外へ逃してるせいで、中の様子は一目で見通せる。


「どこかなー。あ、いた!」


 浴室の奥には大きな湯船があり、数人の先客が身を沈めてくつろいでいた。

 その様子を素っ裸のムーが、興味深そうに覗き込んでいる。


「なー、これに入るのか? アツ! これ、アツいぞ! まけるかー!」


 紫の小蛇を全身に走らせたムーが湯船に飛び込もうとする寸前、間一髪で背後からソラに抱きとめられる。


「まってまってー。まず体を洗ってからだよ、ムーちゃん」


 子どもを捕まえたソラは、またもズルズルと壁際まで引っ張っていく。

 そこには横長の大きな水桶になみなみと水が溜まっており、小さな木椅子に座った各々が泡立てた石鹸で体を洗っていた。


「ほら、ムーちゃん。キレイキレイだよ」

「あれかー。よろしくたのむ!」


 先日、三人がかりで洗ってもらったのを思い出したのか、ムーは棒立ちになってみせた。

 笑みを浮かべたソラは石鹸の泡を両手で持って、子どもの体をパワフルに洗い出す。

 たちまち泡まみれになったムーは、嬉しそうに息を漏らした。


「じゃあ、つぎはムーちゃんの番」 

「まかせとけ!」


 見よう見まねで石鹸の泡をすくいとったムーは、小さな手で懸命にソラの体を揉み上げる。

 だが滑るせいか思うように洗えず、べったりと体をくっつけてこすり始める。

 泡だらけの顔を見合わせた二人は、耐えきれず笑い出した。


「せんとー、たのしいな!」

「うん、たのしいねー」

「はいはい、流しますよ」


 ユーリルが木桶ですくったぬるめの水で、二人の泡を流し落としてくれる。

 さっぱりした二人は、またも声を上げて笑った。


 その後は三人で湯船につかる。

 熱いお湯で全身をほぐされるような感覚に、ソラは思わず息をはいた。


 一週間前に目覚めたら、それまでの人生が全て消え失せていた。

 どこかに大きな穴が空いたような気持ちはあったが、森に通ってくたくたになる毎日のせいで、だいぶ薄れてきている。

 それに大事な人は残っててくれた。

 今はもう、それ以上望むことはなにもない。


 湯の中に疲れが溶けていく。

 同時に普段は押し隠している色々な感情も、心のさらに奥底へ沈んでいく。

 満足気に天井を見上げるソラのそばで、全身を真っ赤に染めたムーがプカプカと浮かんでいた。


 風呂上がり。

 銅貨五枚を支払うと、送風盤に五分だけ魔石を入れてもらえる。

 乾いたゆるい風を髪に当てながら、冷えた林檎水を二人で飲み干す。

 ユーリルだけ林檎酒である。

 外に出ると、トールが手持ちぶさたに待っていてくれた。

 それがソラの中に、計り知れない安心感と幸福をもたらす。


「お待たせしました、トールさん」

「あ、トーちゃんだ!」

「いえ、俺も出たばっかりで。迷惑かけなかったか? ムー」

「うん! もあもあつよかったけど、次はかつ!」

「ふー、生き返ったよ、トールちゃん。これで明日からもがんばれるよー」

「明日? いや、明日は休みだぞ。言ってなかったか?」




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【コミカライズついに145万部!!】
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― 新着の感想 ―
[一言] ムーがよつば化してる。
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