チョイ屋談合
夜もそれなりにふけてきたはずだが、南大通りの人の流れはさほど減っていない。
魔石灯の薄明かりを浴びつつ、多くの人々がそこかしこを歩き回っている。
この街に来てから、夜はこれほど長いものだとトールは初めて知ったものだ。
人混みに揉まれながらしばらく歩くと、ひときわ大きな明かりが漏れてくる建物が目に入る。
酒盃の看板を掲げる大きな酒場の名前は緑樫の木立亭。
この街に外壁ができる前から営業していた由緒ある店だ。
中銅貨一枚で腹いっぱいになれる定食がオススメである。
近づくと、外にまで店内の喧騒が聞こえてきた。
陽気な笑い声に混じる笛の音。今日は楽師も来ているようだ。
もっともトールのお目当ては、その騒がしい輪の中に混じることではない。
大いに賑わう酒楼を避けて、トールは店の横の狭い路地に滑り込んだ。
雨に濡れぬよう路地には木板の屋根が渡してあり、灯りを遮られた足元はおぼつかない。
だが左右に並ぶ家の小窓から漏れる光を頼りに、トールは奥へ奥へと進んでいく。
美味そうな煮炊きの匂いに酒精の香りがまじり、それを小便の臭いが台無しにしている。
この狭い路地には様々な煮売屋がひしめき合っていた。
トールの目当ては、その中にひっそりと紛れる一軒の飲み屋である。
チョイと飲むだけにふさわしいから、チョイ屋。
店主の適当感がよくでた名前だ。
「へい、らっしゃい」
ガタガタときしむ引き戸を開けると、狭い店内にはムワッと熱気が立ち込めていた。
天井につけられた小さな送風盤のせいで、湯気に混じる美味そうな匂いがトールの鼻孔をくすぐる。
店の中ほどを手前から奥へ横切るようにカウンターが設えてあり、その前には古ぼけた木の椅子が五脚。
定員五名の店だ。
すでにそのうちの四つが先客で占められていた。
一番奥は色黒な肌をした五十代の男性だ。
赤い髪は短く刈り込んであり、大きな口元には深いシワが走る。
だがもっとも人目を惹きつけるのは、そのわずかに赤みを帯びた大きな両の眼である。
猛禽類を連想させる眼光は、一度射すくめられたら忘れがたい印象を残すだろう。
その横に座っていたのは同じく老人だが、もう少し年嵩の男性である。
白いひげが顎を覆っているが、それ以外に毛髪は残っておらず、額や頬には古傷が目立つ。
鼻も微妙に曲がっているようだ。
だがその紫色の眼は、奥の人物とは対象的に茶目っ気を帯びていた。
両者とも年寄りのはずであるが、背筋を伸ばして腰掛ける姿には一分の隙もなかった。
老人の横には、席を一つ空けて若者が座っていた。
肩甲骨近くまで伸びた癖のないサラサラの薄い赤毛。
高い鼻梁や琥珀色の瞳が、褐色の肌によく映える。
ただし片方の目は、黒い眼帯で覆い隠されてしまっていたが。
最後の一人は見目麗しい女性だった。
紅を溶かしたような短めの赤髪に、黒瑪瑙を思わせる肌。
座ってるだけなのに、その豊かな胸元や腰つきから溢れ出す色香につい目が吸い寄せられてしまう。
唯一の遜色は、その耳元から首根に目立つえぐれたような古傷であった。
こちらの二人連れもまた、場末の飲み屋に似つかわしくないきらびやかな美男美女の取り合わせだ。
トールにいち早く気づいたのは、長髪の男だった。
形の良い眉を片方だけ上げると、左手を伸ばして握手を求めてくる。
「ふっ、久方ぶりの来客だな。退屈な夜風に誘われでもしたのか?」
「ずいぶんとご無沙汰ですね、トールさん」
「ああ、元気だったか? 相変わらずの美人で目のやり場に困るな」
「おいおい、我を無視して口説きにかかるとは、相変わらずの愛の狩人ぶりだな」
長髪の赤毛の名前はストラッチアで、その隣の美女はニネッサ。
ともにこの街が誇る最高級のパーティ"白金の焔"のメンバーである。
そしてなぜかトールとの古い顔馴染みでもあった。
立ち上がろうとするニネッサを押し留め、トールは二人の後ろの隙間をぶつかりながら通り抜ける。
ちょっと動くだけで肘か膝が隣と当たってしまうほどの狭い席に潜り込むと、ゴトッと黒麦酒の入ったジョッキが置かれた。
「丸芋とソーセージで」
「あいよ」
小汚い店には似つかわしくない愛想で、小太りの店主が返事をする。
このチョイ屋は内側を区切った四角い鍋で、様々な食材を骨でとった出汁で煮込む料理の店だ。
旨味が染み込んだほくほくの丸い芋と、汁を十二分に吸ったソーセージをのせた皿がジョッキの横にトンッと置かれる。
添えられた黄辛子につけて程よい熱さの芋を頬張ると、口の中で崩れて美味しさが広がった。
噛みしめていると辛味が鼻の奥を襲ってきたので、ジョッキを傾けて流し込む。
一息入れながら、トールは奥の老人たちの会話に耳を傾けた。
「だから、そのやり方では長く保たんと言っとるだろ!」
やや勢い込んで声を張り上げているのは、白ひげの老人だ。
それに対し黒い肌の男性は、冷然と言葉を返していく。
「きちんと金をかけて中堅から育てねば、隣り街の間抜けどもの二の舞になるのは目に見えとるぞ!」
「もっともなお言葉だが、その育てる金はどこからひねり出すのです? すでに一軍の討伐費だけで財政の三割が持っていかれておりますが」
「お前はすぐに金がないないと。そんなことは、わしのほうがとうに知っとるわ。外壁の補修を何年、先延ばしにしとると思っとるんじゃ」
「それなら余計に悠長な育成などしてる場合ではありませんね。さいわい本国の高ランカーに伝手がありますので、さっそく打診しておきましょう」
「待て待て、契約金をどうする気だ? またわしに商工組合のハゲワシどもに頭を下げろといい出すんじゃないだろうな。たまにはお前が行ったらどうだ?」
「金のために下げる頭は、あいにく持ち合わせておりませんので。今回の作戦が成功すれば、それなりの目途が立つかと」
ソーセージを一口かじったトールは、馬鹿高い年代物の火精酒を上品に飲む一軍代表に声を掛ける。
「作戦って、なんのことだ?」
「今こそ落花の廃墟に、ひとたびの灯明を輝かせる時だということさ」
「通訳してくれ、ニネッサ」
「実はボッサリアの奪還作戦が、明日から予定されてまして」
ボッサリアとはこの街の北にあった境界街で、去年、モンスターの襲撃で滅んだ街でもある。
この街よりも高ランカーを揃えてはいたが、その分、低ランクの育成に力を入れておらず、近場のダンジョンから湧いたモンスターに蹂躙される羽目となった。
「どうりで見慣れん顔が多かったはずだ」
今朝の冒険者局の人の多さを思い出しながら、トールは独りごちた。
普段は瘴地の奥へ遠征しているAランクやBランク、いわゆる一軍連中が呼び戻されたせいで混雑していたのだろう。
彼らは週の半分以上を"昏き大穴"に近い場所で、強力なモンスターの討伐に励んでいる。
そうしないと数を増していくモンスターが、いずれは境界街まで押し寄せてくるからだ。
大金を稼げて街の住人からは称賛を受ける花形なイメージがあるが、実際は野営をしながら怪物と戦い続ける因果な職業でもある。
「ふん、そんな博打みたいな作戦なんぞに頼ってられるか。もっと地道に鍛えていかねば、鉄は鋼になれんのだぞ」
「私だって有能な新人を迎え入れることは、やぶさかではありませんがね。ただし才能というものは、優秀な使い手とともにあってこそだと」
「それでトールにちょっかい出しとったんか。お前は本当に手段を選ばんな。ほら、なにか言い返してやれ。そのために来たんじゃろ」
いきなり振り向いて話を振ってきた紫眼族の老人の名はダダン。
この街の長であり、冒険者局の局長でもあり、トールとは二十五年ほど前に外門で声を掛けられて以来の付き合いである。
「今朝、また珍しい子どもを引き取ったそうだな。貴様の手に余るだろう。さっさと手放せ」
射抜くような視線を向けてくる黒い肌の男は、サッコウ副局長。
赤毛の紅尾族を束ねる立場でもあり、公然とこの街の掌握を掲げている野心家でもある。
彼の派閥には冒険者局内はもちろん、冒険者の中にも属してる者は多い。
つい最近のトールへの言いがかりも、全て彼の手下によるものだ。
この店は街を取り仕切る二人が、非公式な話し合いを行う場であった。
そして金剛級の二人は、邪魔が入らないよう席を専有させる置き石代わりというわけだ。
会話に参加する許可をもらったトールは、食いかけのソーセージを飲み込むと、ここに来た用件を淡々と述べる。
「それについて相談がありまして。今後は手出し無用でお願いできませんか?」
「論外だ。有能は有能とあるべきだ。無能がつきまとえば、それだけで刃は鈍る」
「伯父様、言葉が過ぎますよ」
ニネッサは副局長の妹の娘である。
諌められたサッコウは、じろりと赤い目を姪に向けた。
その目がわずかに揺らぐ。
「……おい、首の傷はどうした?」
「えっ?」
いきなり流れと繋がりのない指摘されたニネッサは、戸惑った声を上げながら自らの顎に触れる。
そして、さわりなれたへこみがないことに気づいて、激しく動揺する。
「――えっ! どうして? そんな……、あれっ?」
「ふむ。少し拝見しよう」
黙って成り行きを見ていたストラッチアが、片目の眼帯を持ち上げた。
その下から現れた瞳孔は、いたって正常でもう一つの目と何ら変わりない。
「我が呪われし魔導の眼よ。かの者に施された技の片鱗を示せ!」
「すまん、俺がやった」
三十を超えた男の小芝居に耐えきれず、トールはあっさりと自白した。
「ふははっ、我の思惑に敢えなく陥ったようだな。ここまで狙い通りとは、手応えがなさすぎるぞ」
「えっ、あの……、どういうことでしょうか、トールさん。あと王子は少し黙っててください。真面目な話なんです」
諌められた王子ことストラッチアは、眼帯をパチンと戻して得意げに顎を持ち上げてみせた。
喋らなければ類まれな美形なのだが、中身はムーといい勝負である。
「<復元>をようやくここまで高めただけさ。気に入らないのなら戻すこともできるが?」
「いえ、……いえ、本当にありがとうございます。なんと、お礼を述べたら……」
「喜んでいただけたら幸いだ」
振り返ったトールは、サッコウへ真っ直ぐに視線を向けた。
だが鷹の目のような眼差しには、わずかに興味深そうな色が浮かんでいるだけであった。
「なるほど、古い怪我を治せると。他には何ができる?」
「色々と」
「ならさっさと局長を引退させてくれ。もういい年だ。無理はさせたくない」
「なにを言っとんじゃ! この目が紫のうちは、絶対にお前に局長の椅子は譲らんぞ」
「カブとすじ肉を一つずつ。あと酒のおかわりも」
「あいよ」
カブは柔らかく煮込まれており、熱々を舌の上に乗せると旨味がとろけるように広がる。
飲み込んでから、口内を冷ますために黒麦酒をグイッとあおる。
喉元を滑り落ちていく冷たい感触の落差に、トールは満足の息を漏らした。
「のんきに食っとる場合か! 続きはどうした?」
大声で叱咤したダダンは、静まり返った周囲に違和感を覚えて首を巡らす。
一番に目に飛び込んできたのは、こちらを食い入るように見つめるニネッサの眼差しだった。
その横のストラッチアは、口を半開きにしながらも片目を楽しそうに何度もつむっている。
正面に顔を上げると、店主があんぐりと大口を開けていた。
恐る恐る振り向いた先の副局長でさえ、表情こそが変わっていなかったが、その眼の赤みが大きく増している。
どうやら自分の身に何かが起こったことを、ダダンはそこでようやく悟った。
「…………なるほど、使いようによっては素晴らしいスキルのようだな。その驕った態度もうなずける」
「わしになにをした? いったい、どうなっとる?」
「局長、その頭が……」
己の頭上に手を伸ばしたダダンは、久しく忘れていた柔らかい感触に目を見開いた。
慌てて掴むと、頭皮に懐かしい痛みが走る。
フサフサに戻った髪を確かめるように、老人は何度も自分の頭に指を這わせた。
「ご要望とは逆になりましたが、少し見た目を若々しくしておきましたよ」
「な、なんだと!? どうやっ――ほ、本当に、あの役立たずのスキルを育てきったのか!」
慌てふためく局長を横目に、冷静さをあっさり取り戻したサッコウがトールの処遇を検討し始める。
「大口を叩くだけの有能さは認めよう。よし、とりあえず局の尋問室あたりに閉じ込めておきましょう。スキルがおおやけになれば、神官連中も出張ってきて面倒です。髪を取り戻せると知れば、面倒事を起こす輩も多いでしょうしな」
「それならわしの家で監禁、いや預かろう。こいつは可愛い愛弟子だからな」
「どうやら引退が決まったようだな。ならば今は、この別れを存分に楽しもうではないか。乾杯だ、友よ!」
勝手なことを言い出した三人に、トールは顎の下を掻いてみせた。
それから考えてきた提案をおもむろに述べる。
「俺からの条件は二つ。一つ目は俺と俺の仲間への不干渉。二つ目は、手出しをしてくる連中の排除。それだけです」
「こちらの見返りはなんだ?」
「そうですね。半年ほどあれば、こいつと同じ場所辺りにはたどり着いてみせますよ」
この街のトップに君臨する冒険者は、トールの指名を受けて音もなく笑った。
嘲りではなく、心底楽しそうに。
「緑札が大きく出たな。だが貴様の仲間とやらを私に手渡せば、もっと早くことが進むかもしれんぞ」
「あなたには無理ですよ。人を動かすことには長けていても、人を育てる才覚はない。優秀過ぎる分、あなたは他人に多くを求めすぎです」
これまで数々の厳しい方針を打ち出してきた副局長のやり方を、トールは真っ向から批判する。
ここ十年でこの街から目立った高ランカーが"白金の焔"以外に出ていないのは、誰もが知る事実であった。
「ふはは、言われとるのう。うんうん、もっと言ってやれ」
「かといって、大事にしすぎる局長のやり方が正しいとも言えませんが」
「なんじゃと!」
「くくく、もっとハッキリ言ってもいいぞ。餌を与えすぎた番犬ほど、使えないものはありますまい」
引退した冒険者を手厚く迎え入れるという局長の施策は、応募者数を増やし全体にやる気を引き起こしたのは確かである。
だがある程度のランクに達した冒険者が、あっさり引退を決めてしまう流れを作ったのもまた事実であった。
さらにそのせいで冒険者局の人件費が、年々増え続けている問題も出てきている。
ただ批判はしてみたものの、トールにはこの街の頂点である両者を完全に敵に回す気はなかった。
引退したとはいえ、二人の冒険者の実力は技能樹頼みの若造とは未だ比べ物にならない。
それに地位や人脈、財力などの影響力も別格である。
恐ろしく使える技能を手に入れたとはいえ、それで渡り合えるほど優しくはない相手だ。
だからといって、道を譲る気も毛頭なかったが。
トールが狙っていたのは、どちらにも組みさない立ち位置であった。
捨て置くには程々に惜しい存在だが、取り込むには少々厄介というやつだ。
「俺は余計な波風を、立てに来たわけじゃないんです。今まで通り、自分のやり方を続けたいだけで」
「本当にお前は欲がないのう。いい加減、わしのもとに来る気にならんのか?」
「その気はありませんよ、師匠。俺はまだ現役ですし、面倒な立場に身を置くのは御免こうむります。ま、個人的なお願いくらいでしたら、お引き受けしますが」
トールは前々から冒険者局の職員になれと、局長でもあるダダンに何度か誘われていた。
もう年だから芽が出ない冒険者稼業には、いいかげん見切りをつけろと。
だがトールは誘いを受けず黙々と冒険者を続けたせいで、ダダンとは少し疎遠になっていたのだ。
局長の誘いをまたも蹴った最下級の冒険者に、サッコウが鋭く問いかける。
「ふむ、本気でまだ冒険者を続ける気のようだな。どこまでやるつもりだ?」
「行けるところまでですよ。俺の望みは先へ進むこと。そしていつかは、あなた方と同じ高みへたどり着きたい」
英傑――地下迷宮にて大瘴穴を封印し、大地を取り戻した冒険者に捧げられる最高の称号だ。
目の前の老雄たちは、すでにそれを成し遂げていた。
己の力をもっとも高く証明する方法を選んだ男に、真っ先に声を上げたのはストラッチアだった。
嬉しそうに杯を掲げながら、トールの肩に手を回してくる。
「我を差し置いての宣言、気に入ったぞ、友よ! さあ、乾杯だ」
「私も楽しみに待ってますよ、トールさん」
嬉しそうに顔を綻ばせる二人には、最前線に挑む強者の余裕に満ちていた。
先ほどの言い争いなどなかったように、心の底からの笑みを浮かべている。
トールは何も言わずジョッキを持ち上げて応えた。
その様子を見つめながら、名誉を司る雷神の信徒であるダダンは感動を覚えていた。
彼がこの街でなそうとしたこと、なさねばならなかったこと。
それが今、実を結び、若者たちが名を求め立ち上がろうと決意している。
なんと素晴らしい光景だろうかと。
かつての英雄は己の方針に間違ってなかったことを改めて確信し、剣の使い方を仕込んだ弟子の成長を純粋に心から喜んだ。
それと<復元>で外壁の修理なんかもできないかと、あとで確認しておこうとチラッと思った。
「よし、いいだろう。お前は思う存分、冒険に邁進しろ。面倒事はわしにまかせとけ!」
快く承諾する局長の姿を横目で見ながら、解放を司る炎神に仕えるサッコウは最大限の利益を心中の天秤で冷徹に推し量ろうとしていた。
トールがまだ何かを隠しているのは、先日の私闘の結果で確実である。
わざとらしく罵倒もしてみたが、挑発に乗る素振りがないところをみるに余程のモノのようだ。
それなりの長い付き合いから、サッコウはトールが簡単に底を割る男でないと熟知していた。
ならば、これ以上の干渉で局長側につかれるのは悪手。
しかし目が離せない存在であることは間違いない。
そう判断したサッコウは、至急、頑丈で切れない鎖を用意することを決意した。
「私もその条件を呑もう。部下には手を引くよう伝えておく。ただし、ある程度の進捗は把握させてもらうぞ。……しかし、出会った頃と比べると、ずいぶんとふてぶてしくなったものだな」
「ああ、角モグラから半泣きで逃げ帰ってきた小僧とは思えんのう。よくここまで成長したもんじゃ」
「提案を呑んでいただけて幸いです。では、お先に失礼します」
ジョッキを飲み干したトールは、大銅貨を一枚置いて立ち上がる。
トールがここに来るのを渋っていた理由は、まさにこれであった。
この年寄りどもは、いい歳した男であろうとも平気で昔のネタでいじってくるのである。
「なんじゃ、夜はこれからじゃぞ! これからお前の昔話を肴に――」
「すみません、ベッドで待たせている奴がいますから」
むろん、ムーではなく、子どもと一緒に寝てるかもしれない猫たちの話だ。
そそくさと出ていくトールを見送ったダダンに、サッコウが何気なく尋ねた。
「あのまま帰らせて良かったんですか? 局長」
「あいつは昔から意地っ張りで、人の言うことを聞こうともせん奴だからな。ま、そう簡単に尻尾を巻かんじゃろ」
「いえ、そうではなく」
「うん。なにを心配しとる?」
「その頭のまま帰るおつもりですか? まず間違いなく入れてもらえませんよ」




