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リボーン、ムー!


「よし、この辺りでいいか」


 林道に入って約三十分。

 周囲に人の気配がなくなったことを確認して、トールは立ち止まった。


「どうした、トーちゃん。おしっこか?」

「ちがうよ、ムーちゃん。ここからは冒険の時間だよ」


 キリッと真面目な顔になったソラが、ムーをかばうように前に出る。

 杖を持ち上げた少女は、辺りをそれらしく見回してみせた。

 

「まずはじっくりと見てるんだよ、……ソラおねーちゃんたちの勇姿を。さあ、トールちゃん、いつでもいいよ!」

「落ち着け、ソラ。なにもいないぞ」


 静まり返った森の中で聞こえてくるのは、木立を抜ける風が葉を揺らす小さなさざめきだけだ。

 ふり注ぐ日差しのおかげでよく見通せる樹間にも、何一つ動く気配はない。

 森の名を知らずに足を踏みいれたら、散策にふさわしい場所だと勘違いしてしまうほど穏やかな雰囲気であった。

 現にムーのほうは、すっかりそんな気分で草むらを歩き回っている。


「おーい、ちょっとこい」

「なんだ? トーちゃん」


 森歩きに向かないサンダルの音をパタパタさせながら、子どもは楽しそうな足取りでトールのもとに駆け寄ってくる。

 その頭をポンポンと撫でると、ムーは表情を変えずに含み笑いを漏らした。


「体をピリピリってするやつ、今できるか?」

「うん、できるぞ!」


 小さな握りこぶしを作ったムーは、両目を閉じてぐっと力を込めた。

 一呼吸空いてその体の表面を、紫色の小さな蛇のような電流の群れが一瞬だけ走り去る。


「うわっ、なに今の? すっごいキレイー」

「<電棘>っていう魔技だ。攻撃を受けたら自動で反撃してくれるぞ」


 ソラに説明しながら、トールはムーの技能樹を覗き込んだ。

 紫色の幹から、一本だけ斜めに飛び出す枝の名前を確認する。


<電棘>――攻撃を受けた場合、電の棘で反撃する。

レベル1/使用可能回数:一時間五回/発動:短/持続時間:五分/範囲:自身


 そのままトールは<復元>を使い、その枝を伸びる前のコブ状態に戻してしまった。

 枝スキルがレベル0になったことで、ムーの水瓶にもスキルポイントが千点分返ってくる。


 このレベル0の枝瘤こそが、才能と呼ばれるものなのだろう。

 生まれついて与えられるスキルポイントがたくさんのコブの一つに注がれることで、その人間の一生は簡単に決まってしまう。

 その残酷さこそが、神たるものの証なのかもしれない。


 紫眼族の少女に与えられた枝瘤は三つ。

 そしてさらにもう一つ、非凡な果実がムーの中に実っていた。

 その効能を確認すべく、トールは雷神の加護を宿す技能樹の根元へ視線を向けた。

 

「よし、次は俺の目を通して(・・・・・・・)見てみろ(・・・・)


 いきなりのトールの命令に、頭を撫でられてご機嫌だったムーは背中をビクリと震わせた。

 恐る恐る見上げてくる子どもの紫の瞳は、不安げにゆらゆらと揺れている。


「ほら、前にもやってただろ。どうした?」

「……………………おこったりしない?」

「大丈夫、俺は怒ったりしないぞ。いや、むしろやってくれたほうがありがたい」

「ほんとか?」

「ああ、だから安心して覗け、ムー」


 初めてトールに名前を呼ばれた子どもは、一転して瞳に喜びの色を溢れさせる。

 ムーが深く頷いた瞬間、いきなりトールの視界が奇妙な感覚に襲われた。

 それは自分の目を通して、誰かが同じ物を眺めているような――初めてトールが、あの路地裏に招き寄せられた時に感じた体験とそっくり同じであった。


 同時にムーの口から、驚きの声が上がる。


「ムーのあたまの上に、へんな木が生えてる!」

「お、上手くいったか。木の根っこのとこになにか見えるだろ」

「この丸いのなんだー?」

「それがお前の根源特性、<感覚共有>だよ」


<感覚共有>――対象の人物と感覚・効果を共有する。

発動:能動/効果:大/範囲:認識


 これがムーのそばで起こっていた不思議な現象の正体であった。 

 そして今の会話による憶測であるが、幼い少女が路地裏で猫たちと暮らしていた原因はこの特性のせいかもしれない。

 生まれついて備わる根源特性は、魂測器ではなかなか見つけにくい。

 それを知らない周囲の人間からすれば、気味の悪い子どもだと思われても仕方ない話だ。


 トールはもう片方の手で、ムーのほっぺたを軽く伸ばして未発達な表情筋をほぐしてやる。

 紫眼族の子どもは少しだけ目尻を下げて、安堵したように笑い声を上げると、トールの腰に抱きついてきた。


「よし、次いくぞ。幹の下の方にコブが三つあるのが見えるな」

「うん、みえる!」

「その真ん中のコブに、水を注いでみろ」

「こうか? トーちゃん」


 本能的に理解したのか、ムーは水瓶のスキルポイントをコブに流し入れていく。

 ゆっくりと天に向かって枝が伸び、新たなスキルが芽生えた。


<電探>――周囲の対象物の方角や距離を把握する。

レベル1/使用可能回数:一時間五回/発動:短/持続時間:五分/範囲:五十歩


「どうだ、わかるか?」

「なんだ、これ。へんなの生えた!」

「使えそうか?」

「まかせろ、トーちゃん!」


 またも小さく握りこぶしを作り、両目を閉じて力んでみせるムー。

 今度も少し遅れて、紫の小蛇そっくりの電流が金色の髪の間から現れたか思うと四方に飛び散った。


「うーんと、あっちからいやな感じがする!」

「じゃあ、行ってみるか」

「えっ、えっ、なにがどうなってるの? なんで魔技をいきなり二つも使えたりするの? さっぱりわかんないよー、トールちゃん」


 両手を上げてまいったーのポーズを決めるソラに、トールは移動しながら手早く説明する。


「えー、なにそれ! ムーちゃん、実はすごい……?」

「トーちゃん、こっち。ここにいるぞ」

 

 ムーが指さしていたのは、木の幹にべっちゃりくっついた茶色い泥の塊だった。

 背後から子どもを抱きかかえたトールは、ナイフを子どもに手渡してしっかりと握らせる。


「突き刺して、ぐるぐるって掻き回して、そう、上手いぞ」

「こうだな、トーちゃん!」


 数秒もまたずして、核を潰された森スライムは原型を失う。

 ドロリと滴り落ちる体液を、細巻き貝を手に待ち構えていたソラが一生懸命に受け止めた。


「ムー、じょうずにできたか?」

「ああ、良いぞ。これは思った以上に便利だな……禁止にもなるわけだ」

「やるなー、ムーちゃん。うん、おねーちゃんも負けてられないな」

 

 二人がかりで髪の毛をかき回された子どもは、またも嬉しそうに笑い声を上げた。


「ここまでいい調子だが、次はちょっと難しいぞ」

「なんでもまかせとけ! トーちゃん」

「じゃあ、また枝を替えるぞ。ほら、覗いてみろ」


 ムーの柔らかな頬に触れたまま、トールは再び<復元>で枝を短くしてしまう。

 

「今度は一番左のコブを大きくしてみろ」

「わかった!」


 元気よく頷くムーの技能樹を、トールは期待しつつ見つめる。

 新たに伸びた枝の名は――。


<雷針>――雷の針によって、身体の伝達速度を強化する。

レベル1/使用可能回数:一時間五回/発動:短/持続時間:五分/範囲:自身


「行けそうか? ムー」 


 トールの呼びかけに、ムーは目をつむりゆっくりと息を吸った。


「らい!」


 掛け声と同時にパリパリと音を立てながら、青い雷の針たちが宙に現れる。

 一拍子おいて、雷針がムーの体に次々と突き刺さった。

 体のあちこちから青い針が突き出した痛ましい姿に、慌ててソラが声を発した。


「わわわ! 痛くないの? トールちゃん、これ大丈夫?」

「うん、へーきだぞ。へんなかんじだけども!」

「大丈夫そうだな。ほら、避けてみろ」


 いつの間にか少し離れた場所に立っていたトールが、手にしてた小石を軽く投げる。

 新しい遊びをすぐに理解したのか、ムーは軽々と首をひねって躱してみせた。

 一歩近づいたトールが、今度はやや強めに投げる。

 それもあっさりと子どもは躱す。 


 さらに一歩近づいたトールは、バラバラと小石をいっせいに降らせた。

 幼い笑い声を発した子どもは、時間差で落ちてくる小石を次々と避ける。

 そこに近距離から、トールが手首のスナップを利かせて素早く石を飛ばした。

 頭上からの小石に夢中になっていたはずのムーは、不意をついたはずの一投を体を器用に捻って外してみせた。


「ええー、今のよくよけられたね……、ムーちゃん」


 十歳足らずの子どもではとうていありえない動きに、ソラがびっくり顔で感想を述べる。


「ムーは……、ムーはあらたな力にめざめた!」

「ああ、上出来だ。予想以上の成果だな」


 トールに手放しでほめられたムーは、飛びついて胸板に頭をグリグリと押し付けた。

 子どもの髪をぐしゃぐしゃに撫でながら、トールは話を続ける。


「じゃあ、次は俺にもその力を分けてくれるか、ムー」

「いいぞ! どうやるんだ? トーちゃん」

「……もしかして、逆はやったことがないのか」


 <感覚共有>となっているが、現段階ではムーが一方的にトールの感覚を使っているだけに過ぎない。

 だがムーの今の状態がトールに伝われば、大きな強化になりえる。

 というのが、ムーを捕まえた時にトールが思いついた考えであった。

 

 しかし、肝心のムー本人にその方法を訊かれても、特性を所有していないトールに答えられるはずもない。

 考えあぐねたトールは、ふと冒険者局の待ち時間にしたムーとの会話を思い出した。


「そういえば、<電棘>を使う時にかゆいのなくすって言ってたな」 

「うん、ピリピリしたらへーきになるぞ」


 それはおそらく、虫にたかられた状態ではないだろうか。

 確かにムーを洗った時に、ノミやシラミのたぐいはいっさい出てこなかった。

 それだけではない、二匹の猫たちも同様だったのだ。


「そのピリピリ、ひょっとして猫も一緒の状態になってなかったか?」

「いっしょ? クロとシマはいつもいっしょだぞ、トーちゃん」

「うん、それだ。なあ、そこにトーちゃんも混ぜてくれないか?」


 自らをトーちゃんと呼んだトールの言葉に、ムーは目を輝かせる。


「うん、トーちゃんもいっしょだ!」


 次の瞬間、トールは自らの身体に変化が訪れたことを悟った。

 完璧に調整しきったと思っていた体が、さらに軽くなめらかに動く事実にトールは目を見張った。

 

 ただ問題が一つあり――。


「……すまん、目は外してくれるか?」


 いきなり低くなった視界に、トールは戸惑った声を出した。

 主体がムーにあるせいで、子どもの目を通して見てる状態になっているのだ。


「うーん、こうか? トーちゃん」


 ムーが何度かまばたきすると、トールに本来の視界が戻ってきた。


「よし、それでいい。……うん、ついでに耳と鼻も頼む。そう、雷針の効果だけトーちゃんに移してくれ」

「もう、ちゅうもんが多いぞ、トーちゃん!」

「よし、バッチリだ。ムー」


 褒められてまたも嬉しそうに飛びついてきたムーの背後に、トールは一瞬で回ってみせた。

 そのまま子どもを抱きかかえ、宙に放り投げる。


 笑い声を上げるムーを受け止めたトールは、用件は済んだとばかりにさっさと林道を歩き出した。


「えっ、ちょ、ちょっとまってー。わたしは? わたしは一緒じゃないの?」

「ソラねーちゃんは、まだちょっとむりかな」

「えー、そんなことないよ。わたしも混ぜてよ。ねー、ムーちゃん」

「トーちゃん、はらへった!」

「仕方ないな。ほら、リンゴでも食っとけ」


 林道移動中は<電探>で効率よく探したせいで、森スライムを三匹、角モグラ二匹を仕留めることができた。

 森の奥へ入ってからは、<電探>と<雷針>の切り替えで戦闘回数と速度はさらに早まった。

 ゴブリン二匹組を三人で倒すとポイントは一点しか入らないが、それが気にならないほどの状況となる。


 少し遅めの出発だったのだが、結局、二十以上の小鬼の群れを駆逐することができた一日となった。



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【コミカライズついに145万部!!】
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― 新着の感想 ―
[一言] 探知禁止にしたり、初心者講習潰したりととことん冒険者が成り上がらないよう潰しに来てる組織ですな。
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