帰り道の種明かし
迷宮の主であるコボルトコマンダーとの戦闘は、わずか十分ほどで終わった。
開幕はシサンが右手側から突っ込み、モンスターたちの注意を集める。
大きな剣を持ち上げた指揮官が雄叫びを上げると、つるはしや穴掘り鋤を手にした四匹の配下が即座に盾士の少年へ向かった。
壁役が動いたおかげで狙いやすくなった後方のコボルトボマー二匹に、すかさずヒンクとエックリアがそれぞれ矢と<火弾>で攻撃を仕掛ける。
上手い具合に爆裂茸に引火したらしく、一匹が爆発音とともに上半身を失って倒れ込んだ。
もう一匹は初矢で利き腕を射られて動きが封じられたところへ、ヒンクが<風烈>による三連射を決めて倒す。
一呼吸置いて左手側から駆け込んだリッカルは、コボルトコマンダーへ一騎打ちを挑んでいた。
円を描くようにモンスターの背後に回り込みながら、大剣の間合いを外して翻弄する。
四匹のコボルトにもみくちゃにされたシサンだが、すぐに<石身>を発動させて耐えしのいでみせた。
あとはアレシアの指示で、弓士と炎使いが一体ずつ集中的に攻撃を浴びせて始末していく。
ここまでで五分。
残り五分は、一匹だけとなったコボルトコマンダーを取り囲んで袋叩きにするだけだ。
モンスターが振り回す大剣は<砂茨>をまとったシサンの盾で防がれ、特に危険な場面もなく戦闘は終わった。
「よし!」
珍しくこぶしを握りしめながら、リーダーの少年は弾んだ声を上げる。
盾をいかんなく使いこなせたことが、よほど嬉しかったようだ。
「見てたか、ムー! オレサマのカッチョイーすがたを!」
一回り大きな相手をスピードで撹乱し、見事に引きつけてみせたリッカルも荒い息をしながら勝ち誇る。
しかし名指しされたムーはというと、虫かごを抱えて壁際にうずくまって動かない。
驚いた顔でリッカルが駆け寄って覗き込むと、ぼんやりとした眼差しで見上げてきた。
「おい、どうした!?」
「ムーは……もう、つかれた……がく」
呟くように答えたムーは、そのままうなだれてしまう。
目を見開いた赤毛の少年は、急いで子どもの体を揺さぶる。
「なんだよ、おい! だいじょうぶか!?」
「むぅぅ……、もっとしずかにして……」
面倒そうに答えたムーは、可愛らしく口をあけてあくびをしてみせた。
そのまま再び薄目に戻って、こくりこくりと頭を揺らしだす。
「あー、限界きちゃったか。うーん、おやつ食べすぎだったかも」
「へっ、ねむいの? こんなところで? マジかよ?」
ソラの言葉に呆れた顔をしたリッカルだが、背後の騒がしい声に気づき振り向く。
そこには石の蓋の周りで、顔を綻ばせる仲間たちの姿があった。
「おおっと、わすれてた! おいおい、オレヌキでもりあがるなって!」
「もう……、リッカルはなんで……うるさいの……?」
「はいはい、お姉ちゃんが抱っこしてあげるからね」
ソラに抱き上げてもらったムーは、むにゃむにゃ言いながらその体にしがみつく。
普段であれば愛用のソリの上で居眠りさせて引っ張るのだが、今日はあいにく徒歩なのでそうもいかない。
器用に背中におんぶし直した子どもと一緒に、ソラも部屋の奥へと向かった。
瘴穴があった場所はすでに丸く平たい石で覆われており、その封じた報酬である特性を巡って、シサンたちが口々に興奮した声を上げていた。
自分の技能樹の幹果特性ならば、集中すれば薄ぼんやりと確かめることができる。
「おおっ、きんりょくぞーきょーきたっぽい!」
「それ、当たりだぞ。よかったな、リッカル」
「俺、<苦痛緩和>だ。これでもっと耐えられるな」
「<回復促進>でした……」
「エッちゃん、よくぶつかるから、そっちのほうがよかったかも」
「うんうん、みんなおめでとうー!」
どうやら盾士のシサンと弓士のヒンクに<苦痛緩和>。
剣士のリッカルは<筋力増強>で、炎使いのエックリアは<回復促進>。
水使いのアレシアは<魔力増大>と、全員がそれなりにあった特性を得られたようだ。
ちなみにここも小鬼の洞窟と同じで、特性はその四つしか授かれないらしい。
「よし、グズグズしていられないな。ここからが正念場だぞ」
「おう、ちからマシマシになったオレに、なんでもまかせろ!」
「また調子のいいこと言ってるな。で、どうするんだ? あんまり時間ないぞ」
迷宮の主が倒され瘴穴が封じられた発生型ダンジョンは、一、二時間で消滅してしまう。
急いで一行は、傾斜路を上がりキノコ部屋の前まで移動した。
部屋の中を覗き込んだシサンは、難しい顔のまま考え込む。
元来、円盾などは、膝から下の防御には不向きである。
さらに肘までしか覆わない小盾になると、へそより下を狙ってくる攻撃はなんとかしのげても体勢が崩れてしまう。
同様に取り回しを重視したため剣身が短めのリッカルの剣も、足元を走り回る相手には通用しにくい。
二人の装備は、体格がそれなりに大きな対象向けなのだ。
前線を支えるシサンたちがまともに立ち向かえないとなると、プレッシャーに強くないヒンクやエックリアは十二分に力を発揮できないだろう。
そのうえ、切り札である炎使いは、爆裂茸だらけのこの部屋では火の粉一つ飛ばすことさえ許されない。
「…………そうか、ここじゃなくてもいいんだ」
思いついた顔になったシサンが背負い袋から引っ張り出したのは、汗を拭くための布きれであった。
数分後、準備が整った一行は、強敵白鼬が立ちふさがる部屋を再び覗き込む。
「よし、いくか」
「おう!」
「うん、いつでもいいよ」
口々に叫ぶ若者たちだが、その鼻から下は布で覆われているので声が籠もってしまっている。
気休めかもしれない悪臭対策を済ませた全員は、緊張した顔で頷きあった。
シサンが立てた作戦は、以下のような感じだ。
まず<筋力増強>でさらに素早くなったリッカルが、部屋に入り白鼬を誘い出す。
姿を現したとこですかさず、ソラが<固定>で動きを止める。
そうすると、おそらく臭いおならを放ってくるだろうが、そこはなるべく白鼬を避けるようにして部屋を横切って向こうの通路へ逃げ込む。
追いかけてくるようなら、そこでもう一度<固定>。
あとはある程度の距離ができたら、引火する危険のない通路でエックリアが本領を発揮するという戦術だ。
「目をヤられるから気をつけろよ。できるだけ口で息をするんだ」
「おし、わかったぜ。で、どこらへんにいるんだ? ムー」
「むぅぅ……?」
すやすやと心地よさそうに寝息を立てていたムーは、頬を突かれて嫌そうに首を横に振る。
「ここはお前だけがたよりなんだよ。たのむ、ムー!」
「もう! リッカルはもう」
片目だけ開けるという横着を決め込みながら、ムーはしぶしぶ<電探>を発動させる。
そして適当そのものといった感じで、部屋の一角を指差す。
「あそこ」
「へ、どこだよ?」
「あーそーこ」
「うーん、わっかりにくいな。どこだよ」
「だから、あそこ!」
そう言いながらムーが強く振った指先から、不意に紫色の小さな雷が飛び出す。
――<電投矢>。
弧を描いて飛ぶ雷の投矢を、シサンたちは唖然とした顔で眺めた。
が、爆裂茸の山に落ちる寸前、辛うじてその身をひるがえす。
最初は小さな破裂音。
次いで大きな音が連続で鼓膜を叩く。
その音は一気に高まり、重なって凄まじい轟音となり空気を大きく震わせる。
同時に肌を焦がす熱気が、恐ろしい勢いで噴き出す。
斜面を転がり落ちながら、リッカルは大声で叫んだ。
「うおおおぉおおおおおおい!! なにしてんだよおぉぉお!」
数秒後か、数十後。
耳鳴りが残る頭を持ち上げたソラは、ぼんやりと状況を確認する。
最初に伝わってきたのは、胸に伝わってくる温もりがもたらす振動だった。
それがとっさに抱え込んだムーだと気づき、少女は慌てた声を話しかける。
「大丈夫!? ムーちゃん」
そう尋ねながら、ソラは子どもが体を震わせている理由にすぐに気づき安堵の息を吐いた。
子どもは笑っていた。
体を丸めて虫かごを抱きしめたまま、心底楽しそうな声を上げている。
先ほどまでの眠たげな様子がウソのように紫の瞳を爛々を光らせたムーは、ソラの呼びかけに勢い込んで答えた。
「みたか? ソラねーちゃん。なんかバーンってなったぞ、バーン!」
「それの犯人、ムーちゃんだからね」
「そうなのか。ぜんぶムーのしわざかー。まいったなー」
ちっとも反省していない子どもの様子に再び息を吐きながら、ソラはすばやくムーを点検する。
あれほどの爆発を間近に受けたはずだが、不思議なことにその体には火傷一つない。
自分の体も同様なことに気づき、ソラは思わず首をひねった。
「ふう……、みんな平気か?」
「な、なんとか大丈夫です」
「わたしも……」
「うう、まだ頭がクラクラするぜ」
「いいから早く俺の上からどけ」
爆裂茸が破裂する直前、リッカルが後衛の少女たちの首筋を掴んで通路の下へと投げ込んでいた。
そのおかげで、転げ落ちた際にエックリアに擦り傷ができた程度で済んだようだ。
それも<回復促進>で、すでに治りつつある。
シサンとヒンクは、ソラたちをかばって前に出てくれたようだ。
そのせいで爆風をもろに浴びたようだが、少年たちの体にそれらしい焼け跡はない。
もっとも二人とも無理な体勢で傾斜路を滑り落ちたため、体のあちこちに痣ができていた。
ただし<苦痛緩和>のおかげで、動きに支障はないらしい。
どうも斜め下の通路に逃げ込んだので、酷い状況にならなかったようだ。
口周りを布で覆っていたため、熱風を吸い込まずに済んだのも大きい。
「よし、全員、無事だな。上はどうなった?」
恐る恐る覗いてみると、キノコ部屋はただの部屋になっていた。
あらゆる場所を覆い尽くしていた爆裂茸は、欠片も残っていない。
壁には焼け焦げが一面に入り、柱にも大きな亀裂が入る有り様だ。
そして地面の上には、焼け焦げた塊だけが残っていた。
「これって……?」
「お、おそらく、白鼬じゃないかな?」
頑丈な毛皮も、あれほどの爆発の前には無力であったらしい。
哀れな強敵の姿にため息をついたシサンたちは、死体だけでも持ち帰ることにした。
白鼬の肉は甘みがあって、たいへん美味しいとのことだ。
また舟を漕ぎだしたムーはソラが背負い直し、意外と力持ちのエックリアが白鼬を運ぶ担当となった。
「たぶん、コボルトたちが再発生してると思う。時間も迫ってるが、あせらず倒していこう。うん、俺たちならきっとやり遂げられるはずだよ」
「うん、そうだね」
「今のオレは、ゼッコウチョーだぜ」
「が、がんばりましょう!」
「じゃあ、俺が斥候するか」
ムーが熟睡しているため、目敏いヒンクが斥候に立つこととなった。
崩壊が迫るダンジョンであったが、一行は慎重に帰り路をたどる。
だが拍子抜けなことに、狭い通路にモンスターの姿は全く現れない。
一時間もかからずに、シサンたちは地上へ続く狭い穴へと到着した。
「お、戻ってきたか、お疲れさん。今、縄おろすからな」
上から降ってきたトールの声に、ソラたちは力尽きたように地面へへたり込んだ。
一人ずつ縄で体をくくり、引っ張ってもらいながら地上へ出る。
全員が脱出するころには、すでに日は西の地へ傾きかけていた。
意気揚々と張り切りながら、若手組とトールたちはボッサリアの街目指して出発する。
途中、数度の戦闘はあったが、ダンジョンでの経験を通して一回り強くなったシサンたちがこともなげに蹴散らす。
街の外壁を遠くに見つけたソラは、安堵の笑みを浮かべて隣のトールにそっと耳打ちした。
「ね、トールちゃん、どうやってあの狭い穴を抜けたの?」
いくら爆風が上方向に行きやすいと言っても、あの距離で爆発すれば絶対に影響が出るはずである。
さすがに衣服に焼け焦げ一つできていないのは無理がある。
さらに帰り道、ソラは地面が少しばかり湿っていたことに気づいていた。
ユーリルの魔技で凍らされた場合によく見られる現象だ。
おそらくトールとユーリルの仕業だろうと判断したが、問題はダンジョンにどうやって入ってきたかという点だ。
ニヤリと笑ったトールは、涼しい顔で答えてみせた。
「よく見てたな、ソラ。なに簡単な話だ、俺もお前らの年頃は、そんなに背は高くなかったからな」
「そっか、二十五年前に戻したんだね。あ、だったらユーリルさんは逆かな」
「年齢は残酷だな……」
「ふふ、トールさん、歳を取ることでいいこともいっぱいありますよ」
「うん、そうですよね、ユーリルさん。やっぱりトールちゃんは、今のままが一番だよ!」
ムーは三日間のおやつ抜きとなった。




