予想外の伏兵
魔石灯の光に照らし出される地下の通路は、辛うじて二人が並んで通れるほどだ。
だが天井は意外と高く、頭がつかえる心配はない。
左右の土壁には大きめの石が混じっており、大きく抉れていたり掘り返されたような跡がところどころに見える。
おそらく、坑道の主である犬鬼どもの仕業だろう。
犬の頭部を持つ亜人、コボルトは鉱石を集めて貯め込む習性を持つ。
そのため穴掘りの道具を持ち歩いているのだが、それが今は全く別の目的に使われていた。
激しく振り下ろされたつるはしは、盾に弾かれて火花を散らしながら行き先を転じる。
がら空きになったモンスターの向こう面を、勢いをつけたシサンの鈎棍棒が横殴りに襲う。
こめかみを強打されたコボルトは短い悲鳴を上げた。
その隣ではリッカルが突き出された穴堀り鋤を、交差させた双剣で食い止める。
上方向に攻撃をずらした赤毛の少年は、素早くコボルトの腹部に蹴りを入れて距離を取った。
追撃をしようと再び武器を振り上げたモンスターの右目に、リッカルの背後から飛んできた矢が突き刺さった。
「うぉい、今のヤバかったぞ!」
頬を掠めた矢に驚きながら、少年は赤熱した双刃を突き出す。
肋骨ごと鮮やかに胸部を焼き貫かれたコボルトは、苦しげな表情のまま穴掘り鋤を手から落とした。
「でも、大丈夫だったろ」
悪びれる様子もなく言葉を返したヒンクは、そのまま引き絞っていた弓の弦を手放した。
宙を穿つ矢は、今度はシサンと向かい合っていたコボルトの肩に深々と刺さった。
モンスターがひるんだ一瞬を見逃さず、まっすぐにほとばしった炎がその顔面を焼き尽くす。
先頭の二体が倒れたことで、その後ろに詰めていた最後のコボルトが身を低くして牙を剥いた。
仲間を立て続けに失ったモンスターは、不意に火が点いた白い塊を宙に放つ。
「きたぞ!」
「まっかせてー!」
放物線を描いたそれは盾士の頭上を越え、後ろに控えていたヒンクやアレシアたちを目指すが――。
いきなり空中で方向を転じ、もと来た場所へそれまで以上の速さで戻ってしまう。
ありえない動きを見せた白い物体に投げた本人が目を見開く中、前衛二人はとっさにその場に身を伏せた。
次の瞬間、白い塊は激しく火を噴いて弾けた。
鼓膜を圧するような音が、狭い坑道に響き渡る。
顔を上げたシサンたちが見たのは、頭部を半ば失って仰向けに倒れていくコボルトの姿であった。
「ふう、少し休もうか」
「ちょっとオオすぎだっての。うじゃうじゃワきすぎ」
「その分、ここが本命の可能性が高まるってことだから、いいじゃねえか」
「ほら、火傷したでしょ。早く見せて」
竪穴から降り立って二時間。
虫かごを回収した一行は、そのまま順調にダンジョンの攻略を続けていた。
すでに一層のコボルトは殲滅済みで、二層もかなり奥へと入り込んでいる状態である。
ここまでの道のりであるが、いつもより一回り小さい盾や小回りの利かない狭い空間など不利な条件はあったが、逆にシサンらは前衛二人がしっかりと前に詰める陣形へと切り替える。
そうすることで中衛が敵対心を早めに稼いでしまっても、通路を塞がれてしまっているため近寄られる心配がないというわけだ。
身動きが取りにくい分、壁役二人の負傷も増えるが、そこは特性や水系魔技で治療していけばいい。
おかげで弓師のヒンクや炎使いのエックリアは、通常以上の働きを見せていた。
もっともこの陣形の場合、背後から強襲されると総崩れになる脆さがある。
とくに犬鬼の坑道は細い通路が入り組んでおり、回り込まれたり不意打ちされやすい地形が多い。
さらに鼻が利くため侵入者を察しやすいコボルトどもの性質も、それに一役買っていた。
しかしながら、この一行にその心配は皆無であった。
「すごいね、ムムちゃん」
エックリアに褒められたムーは、黙って鼻を持ち上げてみせた。
頭を撫でろという合図だ。
穏やかな笑みを浮かべた紅尾族の少女がやさしく巻き毛に触れると、子どもは心地よさそうに喉を鳴らした。
その手には、かぶと虫に繋がった紐が握られている。
リッカルに教えてもらった遊び方だ。
たまに空中を飛び回るその雄姿を、ムーはうっとりとした顔で見上げる。
一見、ただの昆虫と戯れるだけの幼子だが、ここまで無事に来られたのはムーの持つ枝スキル<電探>のおかげであるといっても過言ではない。
曲がり角に潜んでいたり、思わぬ方向から近づいてくるモンスターを、子どもはことごとく事前にあっさり見つけ出していた。
レベル9の完枝状態となった<電探>は、使用回数だけでなく範囲や持続時間も増え隙の見当たらない状態である。
さらに<電棘>もレベル9にしてあり、こちらはうっかり攻撃に巻き込まれても、相手の動きを止めてしまうので安全対策となっていた。
そのせいで<雷針>に回すポイントが足りず、現在<迅雷速>は使用不可ではあったが。
「ソラちゃんもすごいよね。改めて見ると、<反転>って性能が異常だよね……」
「もう、照れるなー。褒めすぎだよー」
親友の口さがない一言を称賛と受け取った少女は、素直に喜んでみせる。
同じく完枝となった<反転>は、その力が任意で変えられるようになった。
そのため最大で二倍のお返しが可能となった今、恐ろしい効果を生み出していた。
特に先ほどのような飛び道具には、以前と違い無類の強さを発揮する。
その飛び道具であるが、このダンジョン内のコボルトたちも様々な武装を持つようになっていた。
穴掘り鋤を振り回す素早いコボルトスカウトに、つるはしを握る力自慢のコボルトマイナー。
そして闇技を使うゴブリンシャーマンのような後衛はいないが、同様に厄介な攻撃手段を持つコボルトも存在していた。
名前はコボルトボマーといい、使う武器は――。
「うわ、なんだこれ!」
通路を少し進んだ先を偵察していたリッカルが、急に大きな声を張り上げた。
その視線の先には、大きな部屋があるようだ。
雑談を止めたソラたちも、急いで近寄って覗き込む。
そして同じように声を失った。
その部屋はかなり広く、横幅や奥行きは軽く二十歩以上はあった。
淡く光る苔に覆われた柱が何本も立っており、部屋中をよく見ることができる。
だが広い割に、コボルトの姿はどこにもない。
代わりにあったのは床や壁、柱の周りを埋め尽くす白いキノコたちだ。
キノコの傘は綺麗な球状に膨らんでおり、何とも可愛らしい見た目をしている。
しかしながら、その中身は慎重な取り扱いを要する危険性をはらんでいた。
膨らんだ傘の内部に溜まっているのは、実は可燃性の気体なのだ。
また少しだけ突き出た柄の部分も、非常に燃えやすい性質を宿している。
そのため柄に火をつけて投げると、簡単に爆発物と化してしまう。
ゆえに、このキノコは爆裂茸と呼ばれていた。
そしてこれを使いこなすのが、今しがたのコボルトボマーというわけだ。
「すっげぇな……」
「こいつは危険すぎるな。ムー、何かいるかい?」
「ん」
小さく返事をした幼子は、空いているほうの手を差し出す。
苦笑したシサンは、その手に報酬の焼き菓子を一枚置いた。
「むむむむ。うーん、いっぴきだけいるぞ」
「え、一匹かよ。じゃあボマーかな?」
「なんかちっちゃいけど、おっきいぞ」
「なんだ、それ。どこらへんにいるんだ?」
「あそこ!」
白いキノコの山を指差すムーだが、それらしい影はない。
剣を構えたリッカルは、誘い出すように静かに近づいていく。
だがそばに行っても、怪しい動きを見せるものはない。
「おい、どこにいるんだよ?」
その問いを発した瞬間、突然、獰猛な唸り声とともに白い山の一部が動く。
一瞬で距離を詰めたそれは、リッカルの向う脛に噛みつき大きく身を捻った。
肉をごっそりと持っていかれた少年は、声にならない悲鳴を上げて膝をつく。
間髪いれずにシサンがリッカルの前に出て、襲撃してきた存在へ盾を持ち上げた。
そこで一行は、ようやくモンスターの姿をハッキリと捉える。
艶を持った真っ白な毛に覆われているせいで、爆裂茸に混じってしまうと見分けがつきにくい。
大きさはムーとほぼ同じだろうか。
しかしながら小柄な体躯とはいえ、その全身からは異様な殺気が溢れていた。
少年の肉を咀嚼し終えた獣は、ずらりと並んだ長い牙を剥く。
その口元からは真っ赤な血が滴り落ち、足元の白いキノコを赤く染めていった。




