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犬鬼の丘


 ボッサリアの街の東側。

 外門の向こうに広がっていたのは、どこまでも続くなだらかな起伏であった。

 ゆったりとした波のように連なる丘が、あちらこちらで緩く盛り上がり視界の端へと消えていく。


 いくつかの丘は黒々とした荒れ地茨の茂みに覆われ、一辺倒な風景に変化を添えていた。

 ざっと見渡す限り、小鬼の森の二倍以上はありそうな広さだ。


 遮るものがほとんどないので、遠くまでよく見通すことができる。

 そのせいか門衛は外ではなく壁の中、正確には外壁の内部に作られた詰所に籠もっていた。


 ダダンの場合、門のすぐ近くまで森が迫っているので、見通しが悪く外での立哨が必然となる。

 しかしこの街では大発生などが起こっても、かなり遠目でモンスターの群れが確認できるため、わざわざ表で見張りに立つ必要はないというわけだ。

 もっともそれで油断していたら、地面の下からの強襲という目に遭ってしまったが。


 外門をくぐり抜ける際、トールたちをチラリと見た門衛は、驚いた表情を浮かべると慌てて肩にこぶしを当てる敬礼をしていた。

 どうやらこの街を解放した英雄の顔は、意外と知られているようだ。


 外に出たトールは、軽く足元の感触を確かめる。

 石だらけの川原や砂の下に固い地面を隠す荒野に比べると、ほどよく柔らかく歩きやすそうである。


「……農地に向いてそうだな」

「うんうん、いい畑になりそうだよねー」

 

 思わず漏らしたトールの呟きに、ソラが弾んだ声で相槌を打つ。

 一面を覆い尽くす麦畑でも想像しているようだ。

 もっともそれは、この地から瘴気が失せなければ実現しない話であるが。


 現状ではダダンの小鬼の森のように利用できる資源がないため、この丘陵地はただ広いだけの場所に過ぎない。

 こういった部分も、ボッサリアに人が集まりにくい要因となっていた。

 とはいえ、何もないように見える犬鬼の丘にも、資源が全くないわけでもない。


「じゃあ出発するか。シサン、先導を頼む」

「はい、任せてください! みんな、行くぞ!」


 すでに細かい話は、昨日のうちに打ち合わせ済みだ。

 今日の目的は、この丘のどこかにあるダンジョンの正しい入口を見つけることであった。


 犬鬼の坑道と呼ばれるその迷宮は、通常なら三層ほどのこじんまりとしたダンジョンである。

 坑道と呼ばれるだけあって、鉄や銅などの鉱物資源もかなり豊富らしい。

 それが先の話に出た、この丘で採れる唯一の資源というやつだ。


 だがそんな有用なダンジョンであるが、長らく放置されていた間にいろいろと拡大してしまったらしい。

 

 深さが増したのもあるが、厄介なのは偽の入り口や階層ができてしまった件だ。

 入ってみれば途中で行き止まりだったり、また外に出てしまったりと、本命である瘴穴の存在する階層へ全然たどり着けないという話である。

 

 他のFランクの冒険者らが探索したダミーの階層は、現状では五つ。

 そちらはすでに鉱石の回収なども終わっている。

 しかしあまり悠長に大本を放置していると、また街の危機につながりかねないとのことで、シサンたちに指名依頼が入ったという流れだ。


 だが丘の奥地は想像以上に広く、また洞穴に関しても面倒な問題が存在していた。

 それで急遽、トールたちにも手助けの声がかかったと。


 先頭に立って歩き出した五人へ、トールは視線を向けた。

 前を見据えるその顔には、迷いや恐れは浮かんでいない。

 背中にも力を入れ過ぎておらず、それでいて適度な緊張が保たれている。

 一人、エックリアだけがまだ少しばかり危ういようではあるが。

 他の四人の足取りは、数ヶ月前とは比較にならないほどしっかりとしていた。


 変わったのは態度だけではない。

 装備もかなり変わっていた。

 使い込んだ円盾はそのままだが、シサンの肩や胸を覆う鎧は赤い鉄製だ。

 武器も尖端に大きな鈎がついた物々しい鉄の棍棒に変わっていた。

 他の少年たちも新しい武器を下げ、くすんだ青い革鎧を着こなしている。

 後衛の少女らも、ソラと同じ赤みを帯びた流木の杖を手にしていたが、残念ながらまだ魔晶石はついていないようだ。


 見違えるように頼もしくなったシサンたちは、黙々と丘を越え進んでいく。

 腰に虫かごを下げたムーが、その後ろにご機嫌な様子で続いた。

 今日は歩きたい気分ということで、ソリはお休みである。


 子どもはたまに<電棘>を発動しては、雷獣の革靴に浮力を持たせて滑るように移動している。

 こちらも見違えるように元気になった様子に、しんがりのトールたちは互いに目を合わせて笑みを漏らした。


「あ、なんかいるぞ、トーちゃん」


 急に振り向いたムーが、前方の何もない地面を指さした。

 ちゃんと言いつけ通り、<電探>も欠かしてなかったようだ。

 その声にシサンが立ち止まって、トールへ顔を向ける。


「どうしますか?」

「そうだな。この目で確認はしておきたい。一度、戦ってくれるか?」

「はい!」


 それなりに見晴らしのいい丘陵地であるが、トールたちの視界には先ほどからモンスターの姿はない。

 それは実は環境に合わせて、モンスターどもが巧みに身を隠しているせいだった。


 盾を構えたシサンが、鎧を軋ませながら前へ出る。

 ムーの指摘した場所に近づいた瞬間、期待を裏切らず地面の下から細長い物が飛び出してきた。


 太さはトールの二の腕ほどだろうか。

 一見すると茶色い蛇のように見えるそのモンスターは、果敢に円盾へと挑みかかる。

 だが懸命に牙を立てているが、全く貫けていないようだ。

 その姿を見たソラが、率直な感想を述べる。


「わー、でっかいミミズだね」


 少女の言葉通り、地面を突き破って現れたのは、大きなミミズであった。

 違うのはその口の中に、鋭い牙が無数に覗いている部分だろう。


 あっさりと拮抗状態となったモンスターと盾士だが、先に動いたのは巨大なミミズであった。

 その頭部から伸びる長い触角がしなったかと思うと、シサンの顔へ向けて勢いよく叩きつけられる。

 普通の人間であれば簡単に裂傷が生じそうなその攻撃を、少年は鈎棍棒で軽々と受け止めてみせた。


 そのまま器用に触角を引っ掛けたまま、下方向へ身を屈めて引っ張る。

 体重差をいかんともしがたく、大きなミミズは地面へ引きずり倒された。


 すかさずシサンの足が触角の付け根を踏みつけ、モンスターの動きを封じる。

 あとは自由となった鈎棍棒の出番である。

 肉を叩く音がしばし続き、やがてミミズの体はぐねるのを止めた。


「これが牙ミミズか」

「中、けっこうキレイな色してるんだねー」

「これ、くえるのか?」


 近寄ったトールたちがモンスターの死骸を興味深く覗き込む中、一仕事終えたシサンが淡々と触角の尖端を切り取る。

 牙ミミズとは、名前のまま牙が生えた大きなミミズである。

 地面の下に潜み、近づくとその牙で噛み付いたり、頭部から一本だけ伸びた触角を叩きつけたり絡みつけてきたりする。

 その表皮は弾力があり、攻撃がやや通りにくい。

 が、基本的に出てきた場所からすぐに動けないため、初撃が封じられるとほぼ終わりである。


 言うなれば小鬼の森の角モグラ的な位置づけだ。

 ピンク色の肉は柔らかいが、淡白で旨味が少ないのもよく似ている。

 それと獲得できるスキルポイントが、一点なところも同じなようだ。


 頻繁に出てくるモンスターとのことで、討伐証明の触角部位だけ持ち去り肉は置いていく。

 しばらく進むと、またもムーが反応した。


「あれ、なんだー?」


 子どもの丸っこい指の先に居たのは黒い塊だった。

 荒れ地茨の茂みに少しだけ似ているが、それよりもはるかに小さい。


「お、あれは絶叫草だな。仕留めておくか」


 答えながら弓弦を絞ったのは、弓士のヒンクだ。

 一瞬で空を飛んだ矢は、黒い塊の中央を射貫いた。


 近寄ってみると、今度のモンスターは植物のようだった。

 花弁の部分が人の顔のようになっており、その下に黒く膨れた房がいくつもついている。

 ヒンクの矢は、その花と茎の部分を見事に貫き分断していた。


 この絶叫草と呼ばれるモンスターは植物の一種で、近づくと房を弾けさせる習性を持つ。

 それだけであるが、問題はその房が大音響を発する点だ。

 うかつに至近距離で耳にすると、聴覚に深刻な影響が出るらしい。


 だがこうやって離れて攻撃すれば、本当に何もない相手である。

 シサンが手早く長い根を掘り起こし、切り取って革袋へ収めた。

 その討伐証明の部位は、食用にもなるとのことだ。


「おもしろそう。じゃあ、つぎムーのばん!」


 その様子をウキウキした様子で眺めていた子どもは、いきなり叫んだかと思うと手の中で紫色の小さな雷を生み出した。

 そして躊躇う素振りもなく、不意に斜め前に投げつける。


 弧を描いて飛んだ紫の蛇は、荒れ地茨の茂みの向こうへと落ちた。

 誰も気づいていなかったが、そこにも絶叫草は潜んでいたようだ。


 皆が驚いて注目する中、凄まじい音が響き渡る。

 もっとも離れていたせいで、顔をしかめる程度で済むほどだったが。


 しかしシサンが慌てた顔になって、急いで全員に注意を促す。


「気をつけて! 集まってきます!」


 その声と同時に丘の向こうから現れたのは、鎧を着込んだ獣たちの群れであった。




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【コミカライズついに145万部!!】
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