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雷哮団の伝統


 昼食は鳥料理のようだった。

 すでに一時間近く、階下から美味そうな匂いが漂ってきている。


 天幕や食事の支度が必要ないので、手持ち無沙汰に何度も景色を眺めたり杖を磨いてたソラだが、ついに耐えきれなくなったのか、食事に呼ばれる前にこっそりと階段を下りて様子を窺いにいく。

 お腹を空かせたムーも、元気よく後に続いた。


 調理は木の土台の端で行われていた。

 さすがに火を使うと危険なのか、寸胴鍋が置かれていたのは大きな発熱盤の上だった。

 尖りくちばしの丸煮を作っているらしく、濃厚な鳥の旨味の香りが辺りに立ち込めている。

 目を輝かせて近付いてきた少女と子どもに、鍋をかき回していた副隊長が優しく声をかけた。


「もうすぐで完成です。あと、少しお待ち下さい」

「はーい、すっごくいい匂いですね。もうおなかペコペコで」

「ムー、ぜったいおかわりするぞ! かくごはいいか?」


 威勢の良い子どもの言葉に副隊長は力強く頷きながら、おもむろに取っ手を掴んで鍋を持ち上げる。

 そして勢いよく、中身を泥の上にぶちまけた。

 

 すかさず隣で待ち構えていた若者が笊を突き出し、鶏肉や一緒に煮込まれていた野菜だけを受け止める。

 湯気を上げながら沼地に消えていく煮汁の末路を、ソラはあんぐり口を開けて眺めた。


「な、な、な、なんで!?」

「どうかしましたか?」

「どうして捨てたんですか? スープ!」

「ああ、煮込んだお湯ですか。とくに必要はないかと」

「ありますよ! あああ、なんてもったいないことを……」

「大丈夫ですよ。こちらで十分に栄養は取れますから」

 

 きっぱりと言い切る副隊長の横で、若者が笊に残った肉や赤人参や丸芋を持ち上げてみせる。

 まったく疑問に思ってないその様子に、ソラは返す言葉もなくうなだれた。


「なー、ソラねーちゃん、スープないのか?」

「う、うん。そうみたいだね」


 しょんぼりする二人をよそに、折りたたみ式のテーブルが広げられ、木製の平皿がまたたく間に並べられる。

 続いて骨ごと大雑把に切られた鶏肉と、クタクタになった野菜が皿に盛られ、縁のところに見るからに硬そうな黒パンが添えられた。

 椅子は見当たらないので立食のようだ。

 ムーの分だけ小さな台座が用意してある。

 高台から下りてきたトールとユーリルもテーブルにつくと、ソルルガムが頷いて短く祈りの言葉を発した。


「六神の恵みに感謝を」

「感謝を!」


 昼食は静かに始まった。

 若者たちは無駄口を一切発せず、詰め込むように肉を咀嚼しだす。

 

 同じように鶏肉にかぶりついたソラだが、数回噛み締めて何も言わずトールへ視線をよこす。

 どうやら予想外の味だったようだ。

 試しにトールも芋を口に入れてみたが、確かに素材そのものの味しかしない。

 見回すと紫眼族の若者たちは、テーブルに置かれた壺から適当に塩をすくい料理に振りかけていた。


「自分で味付けするみたいだぞ、ソラ」

「へー、変わった食べ方なんだね」

「トーちゃん、ムーのにもかけて!」


 塩味しかない煮込まれすぎた鶏肉や芋を、ひたすら呑み下す作業が始まった。

 歯ごたえが欲しくなれば、木の皮そっくりの黒パンを齧ればいい。

 テーブルを眺めるとソルルガムや若者たちは慣れているのか、表情を変えることなく黙々と食べ続けている。

 一人だけ首筋に青い鱗のある痩せた男性が交じっていたが、何もかも諦めきったような表情を浮かべていた。


 戦士が七人に水使いが一人。

 それにトールたち四人を入れた合計十一人が、現在、この野営地に駐留している。

 ここは十五人までなら平気だが、それ以上だと人の気配でモンスターを引きつけてしまうのだそうだ。


 ようやく皿を空にしたところで、給仕をしていた副隊長が鍋を持ち上げて尋ねてきた。


「おかわりはいかがですか?」

「ああ、結構だ。ありがとう」

「ムー様は、おかわりをご所望でしたね」


 純粋な笑みをたたえた女性は、返事を待たずに子どもの皿に新たな鶏肉を追加する。

 もそもそと食べていたムーは、ようやく半分まで減った料理が再び元通りになった事実に紫の瞳を大きく見開いた。


「トーちゃん、たすけて……。ムーはもうくじけた……」


 袖を引いて小声で話しかけてくる子どものへこんだ様子に、トールは笑みを堪えながら顎の下を掻いた。

 路地裏で猫と一緒に生肉にかぶりついていた面影は、もうすっかり残っていないようだ。

 

 食事の後は若者たちだけで、通路の補修作業に取り掛かるとのことだ。

 純粋な力仕事のため、トールとソラだけ見学を兼ねて同行することにした。


 木板を担いだ若者らに続き、泥の海へと足を踏み入れる。

 見た目では分かり辛いが、沼地は浅い部分と深みがあり、歩ける場所はハッキリと決まっているらしい。

 ただまれに浅い部分が途切れている箇所があり、そこに木板を渡して通路を補完しているとのことだ。


 大量の木材を担ぎながら沼地を徘徊し、該当の場所で泥をかき分け腐った板と交換していく。

 かなりの重労働であるが、若者たちは無駄口を叩くこともなく仕事をこなし続けた。


「たいへんな仕事だな」

「でも大事な任務ですから」


 黒い泥の腐食もあるが、木板がすぐにボロボロになるのは別の大きな原因があった。

 板を持ち上げた際に、乗っかった黒い塊が震えだしたのを見て、ソラが驚いた声を上げる。


「わわ、これ生きてるの?」

「はい、沼スライムです。こいつらが板を食べてしまうんです」

「退治しないのか?」

「そんなに数はいませんし、武器を駄目にするより、板を交換するほうが安いんです」

「そうか。じゃあ、倒してもいいか?」

「ええ、どうぞ!」


 大きさは変わっても、スライムはスライムだ。

 ソラが剣で突いてこねくり回すと、あっさりと黒い泥の盛り上がりは崩壊した。

 習慣で持ち歩いている細巻き貝の容器に、さっそく体液を回収する。

 捻れてしまった剣を戻していると、注目していた若者たちが口々に声を上げた。


「……すごい。やっぱり噂って本当だったのか」

「あれが<復元>か。信じられるか? 完全に元通りになったぞ」

「大瘴穴を塞いだって話も、これなら納得だ。うん、素晴らしい!」


 これで見る目が変わったのか、若者たちは少しばかり踏み込んだ質問にも答えてくれるようになった。


「ずっとこんな作業ばかりしているのか?」

「はい、まだ慣らし期間なので」

「慣らし?」

「ここは瘴気が濃いので、まだあまり無理はできないんです」


 鼻と口を布で覆った若者が、テキパキと答えてくれる。

 この瘴気の浸透はとても脅威らしく、トールたちの滞在時間も最大四日までと決められていた。


「その慣らし期間とやらは、どれくらいなんだ?」

「自分たちはここに来て半年以上ですが、戦闘行為は未だに許されていません」

「そんなに長いのか。じゃあ、あれを倒したりはしないのか?」


 トールが遠くに佇む不気味な人影、泥毒の巨人を指さすと、若者はとんでもないといった顔で首を横に振った。


「あれは一年に一体、倒すのがやっとだと聞いております」

「えー、そんなに少ないの?」

「とても強い相手ですし、三派閥の合同戦闘になるらしいです。ですので、まだ間近で見たことはありません」


 詳しく聞いてみると、どうやら泥毒の巨人は地面から泥を吸い上げて無限に再生するらしく、そう簡単に押し切れる相手ではないらしい。

 基本は盾士が入れ替わりで攻撃を受け止め、じわじわと取り囲んで攻撃しつつ精霊核の位置を探る戦い方だとか。

 他にも人の気配で集まってくるモンスターを排除したりと、統率を取るのも大変なようだ。

 さらに参加するには巨人のもたらす毒、瘴気の渦に耐える体を作っておく必要があるとも。


 そう簡単に、Aランクへの昇級試練には挑めないようである。

 ある程度の困難は予想がついていたが、他の派閥の力を借りる必要があるという事実に、トールは黙って顎の下を掻いた。


「それまでずっとこの作業をしながら待つのか? よく我慢できるな」

「ええ、それが雷哮団の伝統です!」


 補修作業は三時間ほどで終わった。

 やりきった顔の若者たちと野営地へ戻ると、全身が泥まみれとなった真っ黒ムーが出迎えてくれる。


「わー、ムーちゃん、どうしたの?」

「おはな丸がなー。こう、グイとなって、ガンってなって、ドンってなってなー」


 階段に手すりがないせいで暇を持て余したムーは、モンスターが発生しない野営地の周りを愛用のソリでぐるぐる回っていたらしい。

 で、速度を出しすぎて、曲がりきれず横転したと。


「ソラねーちゃん、おみずだして! トーちゃんは石なおして!」


 使いすぎて割れた嵐晶石をトールが<復元>している間に、ソラが杖に付いた雨晶石から水を出して子どもを洗ってやる。

 そのあり得ない光景に、紫眼族の若者たちは目を丸くして息を呑んだ。


 だがトールたちも休息所の床に視線を移して、同様に驚きの表情を浮かべる。

 丸太の上に無造作に転がっていたのは、青い外皮を持つ巨大な蛇であった。



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【コミカライズついに145万部!!】
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