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六層修行場


「どうだ?」

「うん、やっぱり奥までみっちり詰まっちゃってるですよ」


 残念な結果を告げながら、クガセが自慢げに額の角をトールへ突き出してみせた。

 茶角族は土や石の硬度や密度をある程度、把握することが可能である。

 先日の探索の際に、その有能さを散々実証していた少女の言葉に嘘はないだろう。


「他にも道は?」

「いいえ、分かっている限りここで最後です」


 こめかみに指を当てて記憶を呼び起こしながら、ラムメルラは冷静に答えてみせた。

 これまで一度たりとも間違った道を示してこなかった少女の言葉も、十分に信用がおける。


「そうなると――」

「ええ、入口近くの横道はすべて塞がれていますね」

 

 六層の構造は、五層の主より一回り小さくなった紅玉蟻や蒼玉蟻が闊歩する巨大な回廊と、その横を走る段差に通じる横道で構成されていたはずであった。

 前回はその横道を利用して真の迷宮主がいる七層へ到達できたのだが、それがどうやら今回は封じられてしまったようだ。


「さすがに三度も同じやり方は通用しないか」

「どうされます? トールさん」


 静かに尋ねてくるニネッサに、トールは顎の下をゆっくりと掻いた。

 モンスターである蟻が塞いだ穴ならば、<復元>で戻すことは可能である。

 だがクガセの言葉通り、全て埋め尽くされているのであれば、通れるようにするにはかなりの回数が必要となってくるはずだ。


 そもそもこの蟻の巣は何度も作り変えられており、履歴を読み解くのに時間を要する造りとなっている。

 万能に近い<復元>でも、トールの認識に限界がある以上、その範囲は無限ではない。

 もっともその辺りに関しては、以前に比べると目覚ましい進歩を遂げてはいるが。


「……行くしかないだろうな」

「やはり、そうなりますね」


 肩をすくめあった二人は、多数の気配が蠢く暗闇へ視線を向けた。

 抜け道が封じられた今、先へ進むにはこの回廊を正面突破するしかない。


「しかし、それにしても数が多いな」


 大きな通路の地面からは重々しく歩き回る音が、天井あたりからは耳障りな羽音が絶え間なく響いてきている。

 おそらく一匹でも手を出せば、大挙して襲ってくるのは間違いない。

 

「ムー、どれくらい居るか分かるか?」

「まかせろ、トーちゃん!」


 金の巻き毛の隙間から紫の小さな電撃を弾かせたムーが、両の手の指を可愛く開く。

 一本ずつ指折って数えだしたが、十本をあっさり超えてしまったようで、両手が握りこぶしになってしまう。

 しばし不思議そうに自分の手を眺めていたムーだが、顔を上げるとトールへ両手を突き出してみせた。


「えーと、いっぱいだぞ」

「そうか、十匹以上ってことだな。ありがとう」

「どういたしまして」


 そのまま顔を見合わせていたトールとムーだが、耐えきれなくなったのか笑いだした子どもがこぶしを握ったままトールの太ももを叩きだす。

 同じく唇の端を持ち上げたトールも、ムーの両脇に手を差し込んで抱き上げると、そのままくすぐり始めた。

 脇腹を刺激された子どもは、たちまち空中で身を身を捩って楽しそうな声を上げた。

 危険なダンジョンの深層にいると思えない二人の様子を、ニネッサは驚いたように見つめる。

 それから小さく首を横に振って、ストラッチアへ視線を移した。


「王子、御灯をお貸しください」

「断る」

「他に手はありますか?」

「…………ないな。最後に我に返すと約束するならば、我も誓いに応じよう」

「では、赤き尾にかけて」


 その言葉に頷いたストラッチアは、腰帯に下げてあった黒い袋を外しニネッサへ差し出した。

 細長い革の袋の中から現れたのは、赤々とした炎を宿す透明の円筒であった。

 

「うわ、キレイだねー、トールちゃん。でも、なんで消えないの?」

「それは前に使ったやつか。いいのか? かなり魔石を食うんだろ」

「はい、お気になさらずに」


 この密閉されたガラスの容れ物の中で燃え盛る火は、前回も蟻を遠ざけてくれた不思議な灯りだ。

 これがあれば、モンスターが一度に押し寄せてくることはないだろう。


 解決策が出て安堵したトールだが、その背後で炎を目撃したユーリルが耳先を鋭く震わせる。

 しかし灰耳族の女性は動揺をきっちりと抑え込むと、手を伸ばしてムーを優しく抱き上げた。

 そして目が合ったトールの耳に、静かにささやく。

 

「……あとで少しお話が」


 トールが黙って頷くと、ユーリルはにこやかな笑みを浮かべたまま後ろに下がった。

 炎から少しでも子どもを遠ざけるように。


 ニネッサの掲げる灯火が、煌々と先行きを照らし出す。

 通路を埋め尽くすのは、人の背丈をゆうに超える異形の蟻どもだ。

 その怪物の狭間を、残像のような影を纏いながら白く輝く鎧の主が駆け抜けた。

 背後を追う数十条の赤光。

 十分に引きつけたところで、赤毛の剣士は双剣を抜き放つ。

 美しく弧を描いた白刃が、その光をこともなげに斬り落としてみせた。

 残りは<陽炎陣>が生み出した分身とともに消滅する。


 ストラッチアが足を止めた瞬間、頭上から空気を震わせる翅音が続けざまに飛来する。

 待ち構えていたように、白く凍えきった空気の層が蒼玉蟻と赤毛の剣士に生じた――<冴凍霧>。

 止まりきれずに突っ込んだ数匹が方向を違え、壁や地面に激突する。


 双剣がまばゆい光を放ち、霧を物ともせず突っ込んできたモンスターへ振るわれる――<猛火断>。

 燃え立つ炎の刃は、鋼さえも切り裂く翅をやすやすと断ち切った。

 バランスを崩した二匹を飛来した炎の塊、<火弾>がそれぞれ貫く。

 内部を高温で焼き尽くされた蟻は、無音で息絶えた。


 ストラッチアが前に出た直後、トールは紅玉蟻どもへ肉薄していた。

 赤い光を放ったばかりの頭部の紅玉を、狙い澄まして斬り飛ばす。

 そのまま距離を詰めて、もう一匹。さらにもう一匹。

 あり得ない速さでトールの体が動き、縦横無尽に黒い刃が振るわれる。


 硬い外殻を持つ蟻どもだが、そのせいで再生能力はかなり劣っている。

 さらに頑丈な体のせいで動きは鈍い。

 赤光を封じられた紅玉蟻どもは簡単に無力化した。

 そこへ入れ替わるように、ストラッチアが引き返してくる。

 すれ違いざまに男どもの体が触れ合い、瞬時にストラッチアの体に再び闘気が満たされた。

 双剣から華麗に武技が放たれ、甲殻を刻まれた蟻どもはまたたく間に地面へ伏した。

 

 交代で前へ出たトールにも、時を置かず赤い光と青い翅が襲いかかった。

 しかし凶悪な蟻どもの攻撃は、一筋たりともその体に触れることはない。

 確実に躱しきれない距離のはずが、短い剣鉈をぶら下げた男はなんの挙動もなく消え失せる。

 そして通り過ぎたばかりの場所に、なぜかいきなり姿を現すのだ。

 得体の知れない相手に時機を誤った蟻たちは、続々と地面へぶつかったり、もしくは紅玉を真っ二つにされていった。


 せめて足止めしようとしたのか、黒い影が続けざまに地面から膨れ上がる。

 自爆して鋭い破片を撒き散らす黒曜蟻だ。

 しかし風船のように膨れ上がった蟻たちは、そこでピタリと動きを止める。

 身動きできないよう<固定>されたモンスターの頭部を、容赦なくトールの刃が斬り裂いた。


「そこ、いっぱいいるぞ、ソラねーちゃん」


 後方でトールたちを眺めていたムーが、不意に地面を指差した。

 偽装した金緑蟻が、他の蟻たちを囮にしていつの間にか近づいていたのだ。

 盾を持たない無防備なソラたちへ、姿を現した蟻どもがいっせいに押し寄せる。

 しかし次の瞬間、地面から猛烈な勢いで突き出した氷の塊が、モンスターの体を包み込み伸びた氷柱が周囲の蟻を刺し貫いた。

 <霜華陣>により一瞬で凍りついた蟻どもは、何もできず動きを止める。

 難を逃れた一匹が飛びかかってくるが、ソラたちに到達する前にその長い顎は大きく音を立てて反り返った。

 地面へ落ちた蟻は、クガセの渾身の一撃で頭部を砕かれて絶命した。


「ふう、ここもあらかた終わったですね。順調すぎてびっくりですよ」

「呪いがないうえに特性まであると、こんなにも楽なのね……」

「ええ、すべてはトールさんたちのおかげですね」

 

 呆気にとられた顔で話すクガセとニネッサに、ラムメルラは薄い胸を誇らしげに張ってみせた。

 すでに回廊に入って二時間、特に危うげな場面もなく狩りは続いていた。


 蟻どもは三十匹から四十匹の群れで固まっており、ニネッサの持つ灯りのせいで他の群れは前には出てこないため、戦闘が延々と続くようなことはない。

 八人での行動だが、これも特別な灯りのせいで、集まってくるということはないようだ。


 動く蟻がないことを確認して戻ってきたストラッチアとトールに、ラムメルラが<回生泉>をかけて体力を戻す。

 同時にクガセが<地解>を重ねがけして、その横ではムーが<雷針>を発動させる。

 さらにトールの<復元>で、ストラッチアの闘気は十分に満ち、魔力が減った後衛も元通りである。

 強化を済ませた一行は、再び前進を始めた。


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【コミカライズついに145万部!!】
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