集中特訓
翌日、トールとソラはいつも通り、森の奥へ向かった。
外門を抜けるさいにソラが元気に挨拶したところ、昼番の門衛たちは互いに目を見合わせたあと気まずそうに顔をそらしたので、昨夜のことはすでに噂になっているようだ。
二時間半ほど林道を歩き、お昼前に森の奥に到着した。
そこからゴブリンを狩り始め、二時間ほどで三つの群れを仕留めてから、いったん昼食をとって休憩。
一時間ごとに五分の休憩を入れながら、三時間で四つの群れを狩って、魔力と体力回復の長い休憩に入る。
「今日は最後に大物狩りをするぞ」
「おお? 大物?」
「うむ、ある意味かなりでかいぞ」
「それはたのしみだねー。うん、お腹いっぱい! いつでも行けるよ」
おやつのリンゴをかじり終えたソラが、勢いよく立ち上がる。
「魔力はどうだ?」
「うん、全快してるよー」
「じゃあ、またいつもどおり最初は様子見でな」
「はーい、じっくり見てるね」
枯れ枝を拾いながらトールが向かったのは、木々の隙間から大きく日が差し込んでいる一角だった。
よく見ると周囲の木の枝から、葉がごっそりとなくなっている。
ここだけ明るいのは、どうやらそのせいらしい。
そして木の根元の日だまりには、緑色の大きな塊が二つほど横たわっていた。
体高は大人の太もものあたりまであり、横長な体型をしている。
胴回りは両手でぎりぎり抱えられるほどだろうか。
そして真っ先に目を引く特徴は、真っ白な毛だ。
薄緑色の全身をくまなく覆うように、その体からは細長い毛が隙間なく伸びていた。
じっと木陰からその姿を見つめていたソラが、おずおずと正解を口にする。
「………………毛虫?」
「ああ、大毛虫って呼ばれてる」
「う、うん。たしかに大物だね」
普通の毛虫の百倍以上はあろうモンスターを見ながら、ソラはポツリと声を漏らす。
「もしかして毒があったりする?」
「あるな」
「毒液とか、とばしてきたり?」
「飛ばすというか、飛ぶな。叩くと抜けるんだよ、あの毒毛」
「うへー、どうやってたおすの?」
「ひたすら我慢して、叩き殺すだけだ」
持ってきた手ぬぐいで首元や頭を覆って、できるだけ素肌を隠したトールがモンスターへ大胆に近寄る。
身じろぎを全くしていなかった大毛虫たちは、縄張りに侵入者が現れたとたん頭部を持ち上げて動き出した。
のしかかるように迫ってくるが、さほど速くはない。
軽く下がりながら、トールはその頭部に一撃を入れた。
白い毒針毛が、派手に宙に飛び散る。
横から来たもう一匹に木剣を振り下ろすと、さらに毛が舞い上がった。
木剣で前を塞ぐ毒針毛を払い落としながら、足を止めることなくトールは死角へ回り込んだ。
しかしすでに襟や袖から、毒を帯びた細い毛が入り込んでいた。
猛烈なかゆみが、トールの首筋や手首に襲いかかる。
剣を投げ出して猛烈に掻き毟りたい欲求に耐えながら、トールは神経節のある大毛虫の頭部に攻撃を集中させる。
毒毛が飛び交う空間をひたすら走り回り、凄まじいかゆみに耐えながら剣を鋭く叩きつけていく。
大毛虫は動きは鈍いがその分、耐久力は高い。
ゆっくりと塞がる傷を、その上から何度も何度も切りつけて、少しずつ肉を切り開いていく。
時に耐えきれず<復元>を使い、時にソラの援護を受けながら、トールが三十分近く殴り続けてようやく二匹は静かになった。
「ハァ……ハァ…………、くうぅ、かゆい!」
「大丈夫、トールちゃん? あっ、キノコのお薬塗る?」
「い、いや、大丈夫だ」
七回目の全身復元を使い、トールはようやく一息入れた。
戦闘中に素早く<復元>を使う訓練を兼ねて、このモンスターを選んだのだが、相変わらずの強敵ぶりであった。
だがそれなりにコツは掴めたし、何よりも大毛虫は倒した後のお楽しみが大きい。
「ふう、あやうく、<復元>を使い切るところだったな」
「おつかれさまでした。うわっ、近くで見ると、けっこうおっきいねー」
「こいつらは毒がくっそ厄介なんだが、実は肉がかなり旨くてな」
「あ、あの緑色のステーキの!」
大毛虫の肉は見た目はやや怪しいが、まず臭みが非常に少ない。
それでいて旨味成分が多くハムのような食感で、かなりの人気食材なのだ。
服についた毒針毛を丁寧に払い落としたトールは、荷物が置いてある木陰まで引き返した。
集めておいた枯れ枝の束と火打ち石を持って、大毛虫のそばまで戻る。
器用に枝を積み上げたトールは、ほぐした麻縄を火口にして焚き火を始める。
「あついよー、トールちゃん。なんでたき火してるの? あ、わかった。今から焼いて食べるんだ!」
「毛を燃やすんだよ。ほら、お前も手伝え」
燃えさしの枝を手渡されたソラは、見よう見まねで毛虫の背中に押し当てた。
周りに燃え移らないよう注意しながら、二人は毒を含む毛虫の毛を丁寧に焼き払っていく。
二十分とかからず、大毛虫は大芋虫へ姿を変えた。
ソラが穴掘り鋤で土をかけて焚き火を消している間に、モンスターに近寄ったトールは蹴りを入れて横倒しにする。
そして腹部にナイフを突き立てて血を抜きつつ、緑色の塊のような物を引っ張り出した。
「この毒腺が討伐部位だが、うっかり破らないよう気をつけろよ。肌がすごい勢いでかぶれるからな」
「うんうん。ねっ、ねっ、お肉どうするの?」
今にもよだれを垂らしそうな顔で、ソラは血抜きをすませた毛虫の死骸を眺めている。
田舎育ちだけあって、虫を食べることに欠片も嫌悪はないようだ。
「そりゃ持って帰るぞ。なんのために、アレをわざわざ借りてきたと思ってんだ」
「ああ、アレ? てっきり、わたしが疲れたら、のせて引っぱってくれるのかなーって」
「そんなわけあるか。むしろお前は引っ張る側だ」
ソラを軽く小突いたトールは、木の根本に立てかけてあった縦長の板を持ち上げた。
高さはへその高さほどで、横は肩幅ほど。
側面に短い板が取り付けられており、荷物が落ちないように工夫されている。
底の部分には二枚の滑走板が付けられ、手前には引っ張るために太い革紐が結んである。
それはまさしく、子どもが乗って遊べそうなサイズのソリであった。
ソリを持ち上げたトールは、モンスターのそばまで持ってきてなぜか裏返しに置いた。
裏側の真ん中あたりには、銀色の丸い円盤状のものがはめ込んである。
続いてトールが帯の小袋から取り出したのは、透明な小指ほどの大きさの石だった。
先ほど倒したゴブリンから出たばかりの魔石である。
円盤中央のネジを緩めたトールは、その隙間に魔石を押し込んでしっかりと固定した。
元の向きに戻した瞬間、ソラが感嘆の声を上げる。
ソリはほんのわずかだが、宙に浮かんでいた。
「なにこれ、すごいー! 浮いてるよ、トールちゃん!」
「反発盤とかいう魔石具がついてんだよ。よし、そっちの足を持ってくれ」
横向きになっていた大毛虫の短い足を無理やり持ってソリにのせる。
次いでもう一匹も、その上に重ねるように引っ張り上げる。
「あらら、地面についちゃったね」
「ちょっと引っぱってみるか?」
「まかせてー、えい! って、あれ?」
杖をトールに預け革紐を力一杯引っぱったソラだが、予想以上に軽かったせいでつんのめってしまう。
見た目は明らかにソラよりも重量があるはずなのだが、実際に引いてみると子ども一人分ほどの重さしかない。
「うわ、軽いねー。どういう仕組みなのこれ?」
「地面と反発するってことくらいしかわからん。十等の魔石じゃ一時間ほどしか保たんから急ぐぞ」
周囲を警戒しながら、ソリを引いた二人は街を目指し始めた。
途中、魔石の交換で二度ほど積み下ろししたり、木材を運ぶ荷馬車に道を譲ったりしながら、なんとか日暮れ前に外門に到着する。
安心顔の門衛のカルルスにいつもの軽口を叩かれ、トールは片手を上げて挨拶を返した。
もう一人の年嵩の門衛は、始終黙ったまま顔を背けていた。
毛虫をのせたソリを引っぱって広場を横切った二人は、ようやく冒険者局にたどり着く。
もう動じなくなったエンナ受付嬢が、テキパキと査定を済ませてくれた。
本日の稼ぎは、まずゴブリン十七匹に魔石が八個で銅貨四百二十枚。
それに大毛虫二匹の討伐料の銅貨四十枚。ちなみに加算スキルポイントはゴブリンと同じ二点である。
さらに毒腺の買い取りが大銅貨一枚となかなかの値段のため、合計は大銅貨六枚と銅貨六十枚。
次は魔石が切れたソリを、ゴリゴリと引っぱって買い取り所へ向かう。
額に角がある職員のサルゴンが、嬉しそうに出迎えてくれた。
「おや、トールさん。今日は大物ですね」
「一匹は全部売り払いで、もう一匹は半分だけ頼む」
「はい、かしこまりました」
ついでに借りていたソリも引き取ってもらい、ずっしりと重い緑色の肉を包んだ束を受け取る。
こちらは一匹大銅貨一枚買い取りなので、大銅貨一枚と銅貨五十枚の収入となる。
かかった費用は運搬ソリのレンタル料が中銅貨一枚。
使った魔石は拾ったものなので、今日の現金収入は差し引き大銅貨七枚と銅貨六十枚となった。
さらに売らなかった苦汁草五束に白斑茸五本と十等魔石三個、大毛虫の肉も背負い袋いっぱいほどある。
「このお肉って、持ってきたのとちがうやつだよねー?」
すでに解体されて葉っぱに包んである肉を見ながら、ソラが不思議そうにたずねる。
冒険者になりたてのころに同じ疑問を感じたことを思い出して、トールはわずかに唇を緩めた。
「だいたい、前日か前々日に狩られたやつだな。ちょっと置いとくと肉が旨味を増すらしいぞ」
買い取り所に持ち込まれるのが夕方に集中するので、そこからまずは解体して内臓だけ出しておく。
それから一晩、倉庫に吊るして翌日に皮の剥ぎ取りや肉の切り取りを行うのだと、トールは前に親しい職員から聞かされていた。
「えっと、じゃあ昨日、だれも狩ってなかったりしたら、お肉なしってこともあるの?」
「それは、普通にあるな」
小鬼の森のモンスターではあまりないが、奥地へ進むと冒険者が減っていく分、獲物がかぶらないというのはよくある話だ。
「そういう時は代わりに品札ってのを渡される。この札を持っていけば、品がある時に交換してもらえるようになってるぞ」
「へー、やっぱりよく考えてあるんだね」
品札はその物品がない時だけではなく、装備品を作ってもらう時などにも使われたりする。
わざわざ材料を持ち込まなくても品札を手渡せば、その分は値引きしてもらえるというわけだ。
通常は卸売り市場で競り落とさなければならない店側も、定額で交換できるため重宝している仕組みだ。
「じゃあ、はやく帰ってお肉焼いてもらおうよ、トールちゃん」
「まあ急ぐな。今日は寄るとこがあるからな」
「どっか寄り道するの?」
「ああ、肉がたっぷり手に入ったからな。あいつら絶対、喜ぶぞ」
「あいつらって、誰のこと? トールちゃんのお友達?」
ソラの問いかけにニヤリと笑ってみせたトールは、やや浮き足立つように歩き出した。




