突入準備
すでにトールの視界の中で、廃墟はかなりの大きさとなりつつあった。
視線を飛竜艇の中へ戻すと、他の乗員はとっくに着陸の準備を始めている。
トールがかなり驚いたことは、今回の作戦は事前に半日ほどかけて打ち合わせを行った点であった。
惜しみなく情報を出してくれたおかげで、この先に待ち構えるダンジョンの性質や、生息するモンスターの種類などもしっかり頭に入っている。
それと各人の技能をあらかじめ、ある程度まで教えてくれたのも意外だった。
金剛級ともなれば、当然ながら上枝スキルを所持している。
しかしその習得方法などは、基本的にあまり表には出されない情報である。
長い年月をかけて会得したものなので、各神殿や貴族などの特権に属するからだ。
なので達人になるほど、所持技能の多くを隠すようになってしまう。
これは下枝や中枝などの育ち具合で、ある程度の予想がつくのを恐れるせいだ。
しかしあえてその暗黙の決まりを破ったのは、部外者を入れたまま制覇できるほど、今回のダンジョンはそう甘くはないということだろう。
おかげで、元より気安い仲であるストラッチアとニネッサを除く二人の風当たりが強いのも、仕方のない話であるが。
聞かされたメンバーの技量は、かなりのものであった。
正直、力押しでたいていのモンスターや仕掛けは何とかできそうではある。
だが慢心こそが、一番恐ろしい敵であると、ストラッチアたちはよく理解しているようだった。
準備にそれなりの時間をかけるのは、その表れだろう。
事前に役割を再度、確かめ合いながら、起こりうる状況でお互いがどう動くかを把握しておく。
さらに不測の事態になった場合も、きっちりと行動の指針が決めてあり、迷いによる遅延が発生しないよう考えられていた。
例えば部隊長はストラッチアなのだが、戦闘中の指揮を執るのは後方のニネッサである。
だからモンスターへの攻撃指示は、副隊長のニネッサが絶対となる。
だが戦闘を仕掛けることや、進路の選択などはストラッチアが基本的にすべて決めるようになっている。
そして部隊長が行動不能となれば、すみやかに指揮権はニネッサ、ラムメルラ、クガセの順で移っていく。
ただし撤退に関してはいかなる権限も飛び越えて、パーティの癒し手であるラムメルラの一声で行われる手筈だった。
「ふっ、危険とは甘美な魔物だな。我の心に棲み着いて、どこまでも駆り立ててくる。が、御せぬ相手ではない」
「相変わらず、何を言っているか分からんな」
振り向いたストラッチアの全身は、真っ黒な鱗鎧で包まれていた。
腰に下げる二振りの剣も、艶消しを施されたような黒い鞘である。
この中では最大の武力を誇り、身のこなしはトールと肩を並べるほど素早い。
その役割は前衛での盾役と攻撃手を兼ね、さらに今回は斥候も務める活躍ぶりだ。
「コツはまともに聞かず、単語だけを拾い上げることです。今のは危険、心、御するなので、もうすぐ危険な場所に突入するけど落ち着いていこうという意味ですね」
「なるほど、通訳助かるよ」
長い髪を器用にまとめ終えたニネッサが、小さく微笑みながら頭を軽く振ってみせた。
赤髪の美女はそのメリハリのきいた身体に、黒地に赤い斑点が浮かぶ獣の毛皮を優雅にまとっていた。
地肌も黒いせいで、とても良く似合っている。
副隊長のニネッサは火炎を操る魔技使いであり、隊長に引けを取らぬ火力を有している。
戦闘では全体の指揮を執り、ここぞという時に決める頼もしい後衛だ。
「ま、そう固くならなくても大丈夫です。ボクらについてくるだけで、特に何もしなくてもいいですよ」
二人の会話に口を挟んできたのは、額に角を持つ土系の魔技使いであるクガセ。
かなり凹凸の激しいグラマラスな身体を、黒い革鎧で覆っている。
さらに目立っているのは、腕や胸元を覆う金属製の装甲だった。
ゴツゴツとした大きな籠手には、手甲の部分に茶色の石がはめ込まれている。
武器を持たない彼女が担当するのは、基本的に戦闘や行動の補助である。
もっとも、それにあまり似つかわしくない重々しい格好であるといえるが。
「ふん、余計な真似して足を引っ張らないでね。私の仕事を増やすようなら、とっとと切り上げるわよ」
次いで口を挟んできたのは、首元が青い小さな鱗で覆われたラムメルラだ。
憎々しげな口調であるが、小柄で愛らしい見た目なのでさほど嫌味は感じ取れない。
その華奢な身体を包んでいるのは、細かい刺繍が施された白い神官衣である。
よく見ると飾りがついた裾や襟は淡い水色に染められ、波しぶきを表しているようにも見える。
水使いであるラムメルラの仕事は、当然ながら治療と回復。
さらに状態異常の予防までも受け持っているらしい。
「だから、あんたは黙ってそれ持ってついてくるだけでいいの。足手まといでもそれくらいならできるでしょ」
少女が手にした杖で指し示したのは、トールの持つ大きな背嚢であった。
肩紐が二本ついており、背中にしっかり担げるようになっている。
今回、施療神殿の関係者がいるので、トールの<復元>は限定的な効果しか明らかにしていない。
具体的には魔力の補充ができるといった程度である。
そのためトールに与えられた主な役割は、パーティのための労働係。
つまり荷運びであった。
不意に体を斜めに押し付けられるような感覚が襲ってくる。
どうやら目的地に近づいた飛竜が、高度を落とし旋回行動に入ったようだ。
おかげで地上の光景が、ハッキリと目に飛び込んでくる。
かつて境界街を守っていた外壁は、まだ辛うじて形を保っていた。
しかしその上辺はあちこちが崩れ、鋸刃のようになってしまっている。
街中の建物も、多くは輪郭を失い壁や柱だけが残っていた。
石畳の大半も掘り返され、茶色い土が剥き出しになっている。
その地面がうごめいていた。
いや動いているのは、大地だけではなかった。
外壁や家の残骸にも、無数の茶色が群がっている。
それらは、モンスターの集まりだった。
三節に分かれた体と、それを支える六本の脚。
頭部から伸びる触角と、突き出した長い顎。
廃墟を埋め尽くしていたのは、巨大な蟻どもの群れであった。




