事の経緯
どうしてトールがAランクのパーティに同行して、滅んだ隣街の探索へ向かっているかというと、話は二日ほど遡る。
「で、どうするつもりだ?」
煮込み料理で酒を飲ませるチョイ屋。
そのカウンターでトールは、いかつい男どもに囲まれていた。
右隣で白ひげをしごきながら古樽酒をちびちびと味わっている老人は、冒険者局の局長ダダン。
左に腰掛ける美形の冒険者ストラッチアは、涼しい顔で串に刺さった鎧猪のすじ肉を噛み締めている。
そして一番奥の定位置の席から、厳しい声で問い掛けてきたのは副局長のサッコウであった。
本来であれば、今日は破れ風の荒野の中央ルートを取り戻してみせたトールらの慰労を口実にした、男だけの飲み会のはずだった。
当然、ガルウドも誘われたのだが、家族水入らずで食事に出かけるとか言い出して不参加である。
そして気楽な感じで出席したトールを待ち受けていたのは、獣鬼の岩屋砦が見つけ出されたという急な知らせであった。
オークたちが闊歩する岩屋砦は時間の経過により発生するダンジョンであり、その周期は三ヶ月から半年と言われている。
発見できた者たちは黒鋼のプレートを授かり、案内役を務めたCランクのパーティは砦の挑戦優先権を得ることができる。
そしてダンジョンの制覇には、ベテランのCランクの数パーティが交代で挑み、一、二ヶ月ほどで砦の主の討伐を完了するらしい。
つまり次にダンジョンを発見できる機会は早くても四ヶ月、最長だと二倍の八ヶ月も待たねばならないということだ。
それは、半年でAランクへ昇り詰めると言い切ったトールの宣言が、不可能になったということでもあった。
「どうしましょうかね?」
かぶりついた煮玉子を黒麦酒で喉の奥に流し込んだトールは、他人事のような口調で答えた。
大人が一度口に出したことを守れないのは、恥ずかしい行いである。
しかし恥だからといって、すぐに引いてしまうほどトールは若くなかった。
これまでも散々、恥を忍んだ生き方を重ねてきたのだ。
いまさら約束が守れなかったといって、簡単に頭を垂れるような潔さは持ち合わせていない。
「ふむ、そうだな……」
ふてぶてしいトールの返しに、サッコウはわざとらしく睨みつけながら考え込む素振りをみせた。
大発生でいち早くその危機を知らせ、さらにたった二人でホブゴブリンどもの侵入を退けた件。
血流しの川では汚職に手を染めていた職員の暴挙を食い止め、そして今回は破れ風の荒野の懸念だった嵐砂の巨人を退治する快挙まで成し遂げている。
それらの実績を鑑みると、あり得ないほどに有能だとしか言いようがない。
このまま進めば、砦の先にある沼地の閉塞した状況を打ち破る可能性も高いだろう。
だがここで厳しい対処をすれば、優秀な人材が他の境界街へ流出してしまう事態になりかねない。
もっともその辺りは、忍ばせた鎖が上手く重しとして頑張っているようでもあるが。
無能な人間は優れた他人に対し、どう排除すべきかを考える。
しかし有能な人間の場合、どう使えば自分に有益かを考えようとする。
そういった点で、今さら余計な手出しをする気はすでにサッコウからは失せていた。
ただ、その認識をハッキリと示す気も毛頭ない。
それに弱みがあるときこそ、力関係を教える良い機会である。
「今すぐ解散しろ……とまでは言わんが、それ相応の成果を見せてもらわねばな。うむ、落とし所としては――」
「それで良いのか、トール!」
「局長、今は私が話してますから、少し黙っててもらえますか」
いきなり割り込んできた禿頭の老人を、サッコウはじろりと睨めつける。
しかし、すでにほろ酔いとなったダダンには全く通用しないようだ。
「いや、黙らんぞ。可愛い弟子が道を誤ろうとしておるのじゃ。口をつぐんでおられるか!」
「余計な口出しは控えてください。聞こえてますか?」
「良いか、トール。男が一度口に出したことを、違えてはならん!」
「いや、女だって一緒でしょ、旦那。はい、いい具合に煮えましたよ」
混ぜっ返すように口を挟んできたチョイ屋の主人が、肉団子を乗せた皿をトンッとダダンの前に置く。
「おなごなんぞは、口を開いても嘘ばっかりじゃ。おお、こいつは美味そうじゃな」
「それ、奥さんに聞かれちゃ不味いですよ」
「良いんじゃよ、それが愛嬌じゃて。だが男はいかん。口が曲がると、背骨まで曲がるぞ!」
顔をしかめたまま、そこで一息入れた老人はぐっと杯を呷った。
そして黙ったままの弟子へ言葉を続ける。
「それに、どうしましょうなど情けない言葉を口にするな。男が語って良いのはどうするか決めた言葉だけじゃ」
「いや、お話は横から聞いてましたけど、どうしようもないんじゃないですか?」
「まだ三ヶ月も残っとるわ。諦めるのはちと早すぎる」
皆の注目が集まったのを十分に確認してから、ダダンはゆっくりと口を開く。
「……特別昇級任務はどうじゃ、トール?」
「なんですか? それ」
「厄介な案件を解決する代わりに、特例で昇級を認めるという制度だ。優秀な人間を一足飛びに前線へ送るための処置だな」
「うむ、説明ご苦労。ついでに何か適当な奴も見繕ってやれ。ほれ、こうやって融通をきかせることも上に立つ者として大事じゃぞ」
茶目っ気たっぷりに片目をつむってみせるダダンに、サッコウは苦虫を噛み潰したような顔を返した。
どうやら酔ったふりをした老人に、上手い具合に見せ場を取られてしまったようだ。
渋面で考え込む副局長と上機嫌で肉団子を頬張る局長の横で、今まで黙ってすじ肉を齧っていた男が急に言葉を発した。
「ここは我に任せて頂けませんか?」
「ほう、何かいい案でも?」
「近頃、また北の地が鳴動を始めております。そろそろ深き楔を打ち込む頃合いかと」
「ボッサリアか。少しばかり手に余らんか?」
大発生で滅んだ北にある元境界街は、三ヶ月ほど前に大規模な討伐が行われたはずである。
疑問を浮かべたトールに、ストラッチアは淡々と説明する。
「我が彼の地の奥底に潜む主の一匹に深手を負わせたのは事実。しかしながら、終局を全うすることができなかったのもまた事実だ」
「つまり、完全に制覇し損ねたってことか」
大規模なダンジョンとなると中間の階層にも瘴穴がつながれ、それを守る複数の迷宮主がいる場合がある。
どうやらそれらは倒せたが、何らかの判断で最深層に辿り着く前に引き返したということであろう。
Aランクに認められるストラッチアらの実力からして、よほどの難所であることは間違いないようだ。
しばし顎の下を掻きながら考え込むトールだが、もとより選択肢はそう多くない。
強く頷いてから、条件を述べる。
「分かりました。背骨まで曲がるのは困るので、任務をお受けしますよ。ただし、猶予を頂けませんか?」
「ふむ、言ってみろ」
「いきなり俺らだけで挑むのは厳しいかもしれません。一度、下見をしてからでどうでしょうか?」
「ああ、それなら明後日の視察に同行するのはどうだ?」
副局長の提案に、美男子は楽しそうに頭を振って赤髪をなびかせる。
「我が精鋭の部隊へようこそだ、トール。心より歓迎しよう。ふむ、丁度いい。少しばかり付き合ってもらうとするか」
一口で火精酒の杯を空にしたストラッチアは、矢継ぎ早に注文を繰り出し始めた。
「主人、その肉団子は?」
「これは岩トカゲの肉なんで、旨味がたっぷり詰まってますぜ」
「では、それを三十ほど。あと丸芋と、その玉ねぎも同じ数を頼む」
「へい、ありがとうございます」
多すぎる注文に呆れ顔なトールの横で、ストラッチアは音もなく立ち上がる。
そして差し出された大きな包みを受け取って、平然と言い放った。
「何をしている。ほら、行くぞ」
どうやら話は、もう少し続くようである。




