森通いの日々
トールとソラの小鬼の森通いが始まった。
二日目。
「ゴブリンの足跡を見つけたら、まず幅の確認だな」
「足の長さをはかるの?」
「いや、横幅を見て数を調べるんだよ。あいつらは必ず二匹か三匹の群れのどちらかしかない。二匹なら前後、三匹なら前に一匹、後ろに二匹横並びになる」
説明しながらトールは、足元の地面を指差す。
緑の苔の上には、うっすらとまだ新しめの小さい足跡が残されていた。
ほぼ一列状態で続いてるため、ゴブリンの数は二匹だと分かる。
「群れの縄張りはだいたい百歩以内で、基本的に外周に沿って動く。だから見つけてすぐに戦うと、場所によっちゃ縄張りが接している他の群れが襲ってくる危険があるぞ」
「へー、仲間思いなんだねー」
「それを避けるために、縄張りの少し内側に引き込んで戦うのがコツだ。例えば、こうやってだな――」
背負い袋から取り出した細巻き貝の貝殻を、トールは等間隔に地面へ置いていく。
「ゴブリンは目がかなりいい。鼻も利くが犬ほどじゃない。もし逃げる時は、まっすぐじゃなくて木を利用しろ」
「こういう感じ?」
倒木に手をついて軽々と飛び越えたソラは、その陰に素早く身を伏せる。
そして小さく声を上げた。
「あ、キノコ生えてるよ、トールちゃん!」
「それは白斑茸だな」
「おいしい?」
「ああ、塩をふって焼くと美味いらしい。ただ毒消し粉の材料になるから、局で買い取ってくれるぞ」
「む、それはちがう意味でおいしいね」
いそいそと茸を採りながら、ソラは疑問に思ったことを口にする。
「毒って蛇でもいるの?」
「この辺りじゃ見ないな。毒消し粉は肌がかぶれたり、かゆみ止めに使う。――おっ、来たか、そのまま隠れてろよ、ソラ」
空っぽの細巻き貝におびき出され怒っていたゴブリンどもは、あっさり二人に返り討ちにされた。
この日の成果はゴブリン二十匹、魔石十五個、尖りくちばし一羽、森スライム一匹。
白斑茸は二十本あったが、十五本だけ売ることにした。五本で銅貨四十枚である。
あわせて大銅貨六枚と銅貨九十七枚の儲けとなった。
だが出ていった金は、ソラの鞘付きの解体用ナイフと野外トイレに必須な小さな穴掘り鋤、採取用の革袋二つで大銅貨六枚なので、ほぼ相殺されてしまった。
もっともこの辺りの品は、冒険を続けていくなら必須なので出し惜しみをしても仕方がない。
持ち帰った茸五本は、大家のユーリルに頼んで毒消し粉を作ってもらう。
彼女の知り合いに腕のいい薬合師がいるのだ。
他にも材料は必要だが、白斑茸五本で毒消し粉は三袋分作れる。
手間賃としてユーリルと薬合師に一袋ずつ、トールたちの手元に一袋届くという算段だ。
三日目。
「ねー、トールちゃん、これ、昨日いってた苦汁草?」
「ああ、あってるぞ」
「山でもにたような草、とれたよね。もんで傷につけたら血が止まるやつ」
「たぶん、同じ草なのかもな」
瘴気の濃くなった森の奥では、生えてる草木もその影響を受ける。
苦汁草の場合、名前通り苦味も強くなったが、止血と鎮痛の効能も強くなった。
血止め軟膏の材料となるこの草は、街中では栽培不可能なため茸と同じ五束で銅貨四十枚買い取りである。
「根ごと抜くなよ。すこし上の茎のとこで切り取るんだ。三日くらいしたら、また生えてくるからな」
「へー、何回でも取れるんだ。場所、おぼえてたら取りほうだいだね」
「今の季節はな。夏を過ぎたら、時期が終わって採れなくなるぞ」
常緑多年草である苦汁草が芽を出すのは、春先から夏の盛りまでである。
白斑茸も水神季が終われば姿を消すので、この時期に採れるだけ採って薬を作り溜めしておくのが常識であった。
この日の成果はゴブリン十五匹、魔石十個、角モグラ二匹。
それと苦汁草が十五束とれたので、十束だけ買い取りに出す。
あわせて大銅貨五枚、銅貨六枚の儲けである。
苦汁草は前日の茸と同じく、ユーリル経由で血止め軟膏にしてもらう。
それと早めに上がったので、今日は銭湯に行くことにした。
三日目にして銀貨一枚ほどの収入となったので、祝いと慰安を兼ねてである。
「わたし、大きなお風呂なんて入ったことないよ!」
「安心しろ、案内を頼んでおいた」
「ふふ、よろしくね、ソラさん」
中までトールが付き添うのは無理なので、ユーリルに一緒に入ってくれるよう頼んでおいたのだ。
不安げに目を泳がせる少女は、老女に促されながら暖簾をくぐっていった。
山間の村にいた頃は川で水浴びするか濡れた布で拭く程度だったので、緊張するのも無理はないだろう。
大勢で一緒に裸になってお湯に浸かるという行為には、トールもなかなか慣れなかったものだ。
トールに遅れること三十分。
湯上がりのソラは、一転してたいへんご機嫌な様子であった。
洗いたての黒髪はまだ完全に乾いておらず、艷やかな光沢を振りまいている。
素肌も剥き身の卵のようで、なめらかさと柔らかみに一層、磨きがかかったようだ。
はしゃぐソラに少し呆れた視線を送っていたトールだが、そっとユーリルに耳打ちされる。
「トールさん。その、ソラさん……、下着が一枚しかないみたいなの」
四日目。
午前中の狩りを取り止めて、ユーリルの案内で布地屋に行くことになった。
二人で行ってきてくれと代金だけ渡そうとしたのだが、なぜかトールの下着も買う話になってしまったのだ。
ソラが予備の下着を持ってないと聞かされて、「俺は替え一枚ですよ」と胸を張ったのがどうにもまずかったようだ。
「ここですよ。お邪魔しますね」
「いらっしゃいませ。あら、ユーリル様」
トールたちが連れていかれた店は、あまり足を運ばない北大通りの一角にあった。
この辺りは革職人や鍛冶師などが多く住んでおり、工房や道具を扱う店ばかりである。
それほど店内は広くないが、明かり取りの小窓のせいで隅々までスッキリと見通せた。
棚には色とりどりの布地が並び、高級そうな織物がズラリと壁から下がっている。
出迎えた女店主はほっそりとした体型で、まっすぐな黒髪を垂らした細い目の美人であった。
「今日は何をお探しですが?」
「そうね。こちらの二人の下着を二、三枚、見繕ってほしいのだけど」
「はい、承りました」
巻き尺と紐を持ち出してきた女店主は、テキパキとした動きでトールとソラの身体を採寸する。
「布地はもうお決まりですか?」
「これから暑くなるし、亜麻織りを二つ、綿織り一つでいかがかしら?」
「それなら、グラン産の良い生地が入っておりますよ」
いかがと聞かれても、その二つがどう違うのかさえ分からないトールには答えようもない。
ソラは目を輝かせて店中を見回しており、話を聞いている素振りもない。
結局、ほどほどの予算内からおまかせで選んでもらい、布地を裁断してもらう。
その後、女店主が小さく鈴を振ると、店の奥から老年の男性が顔を出した。
頭髪は残っておらず、高い鷲鼻に針のような鋭い目つき。
どことなく女店主と似通っているので、親子かそれに近い間柄であろう。
「おや、いらっしゃいませ。ユーリル様」
「ご無沙汰してましたね。今日はこの方たちの何着か用立てに寄せてもらったの」
「それはありがとうございます。おい、裁断は終わってるのか?」
「はい、これね。どれくらいかかりそう?」
「今は手が空いてるから、女物は三日。男物は一日ありゃ十分だ」
どうやら女主人が布を裁断し、男性が仕立てを担当しているようだ。
そんなわけで四日後に引き取りに来る話でまとまった。
代金はあわせて銀貨二枚である。
普通の上着一着が同じような値段なので、下着九枚分にしてはとても安いようだ。
さらにその後、服屋にも立ち寄り、ソラのために既成品の下着と寝間着の上下を一揃え購入する。
こちらは麻織りという安い素材のせいか、同じ銀貨二枚で済んだ。
正直、今回は予定外の出費であったが、ソラが大喜びなのでトールは気にしないことにした。
それに今のペースであれば、一週間もあれば取り戻すのも簡単であろう。
お昼は広場の屋台がいいとソラが言い出したので、三人で中央広場まで足を運ぶ。
少女が小躍りしながら売り物を覗いて回る姿を眺めていたトールに、ユーリルが目を細めて話しかけてきた。
「ずいぶんとお元気になったのね」
「そうですかね。昔からあんな感じですよ」
「いえいえ、トールさんのお話ですよ」
左手を当たり前のように使っているのに、気づいたのだろう。
だがにこやかに微笑むユーリルの言葉には、それ以上の意味を含んでいるようにもトールは感じた。
「たしかに、ここ最近はちょっと変わったかもしれません」
「そうですか。でも、あまり無理はなさらないでくださいね」
「はい、気をつけておきます」
「それと……」
ユーリルの眼差しが、蒸し饅頭を抱えて戻ってくるソラへ移る。
「なにがあっても、あの子を大切にしてあげてくださいね」
そう言った老女の横顔は、トールには少しだけ沈んで見えた。
昼食を済ませてから、またも森に出かけ小鬼狩りに勤しむ。
午後いっぱいやって成果はゴブリン十一匹、魔石七個とまずまずであった。
白斑茸も十本、苦汁草も五束、収穫済みである。
少し遅めまで粘ったため、トールたちが戻ってきたのは日が沈む寸前であった。
いつも通り若い門衛の軽口を片手を上げて聞き流しながら、二人は外門をくぐり抜ける。
そして広場に足を踏み入れようとした矢先、いきなりその進路が塞がれた。
トールとソラの前に立ちはだかったのは、黒い制服を着た一団であった。




