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閑話 若き冒険者たちの一日


 顔を照らす眩しい朝日に、シサンはうっすらと目を開けた。

 古びてがたつく鎧戸はところどころに大きな隙間があり、そこから不躾に入り込む陽光がちょうど二段ベッドの下段だけに差し込んでくるのだ。


 大きく伸びをした黒髪の少年は、寝床からすんなりと起き上がった。

 体の節々に痛みがないか確認しつつ、ゆっくりと体を動かしてほぐす。

 窓を抜けてくる明るい日差しからして、今日も良い天気になりそうだ。

 

 そっと皆を起こさないよう、シサンは忍び足で部屋を横切る。

 月額銀貨四枚で間借りしているこの下宿の部屋は二間しかない。

 広い方、といってもベッドと衣装棚だけできつきつだが、そっちは男三人が使い、狭い方はアレシアが独占している。

 これは唯一の女性というだけでなく、パーティの生命線という重要な役割を担っているところが大きい。

 十分な休息が取れないと、魔力の回復に影響が出るのだ。


 おかげで野郎たちだけの部屋は、男所帯にありがちな乱雑さを思う存分発揮していた。

 床に散らばった衣服などを避けつつ、シサンは何とか部屋の端までたどり着く。

 軋む扉をできるだけ静かに開閉した少年は、一階の台所まで急いだ。

 かまどに火が入っているのは、朝と夕方の短い時間だけなのだ。


「おはようございます、大家さん」 

「はい、おはようさん」

「こっち空いたぞ、シサン」

「お、ありがとうございます」

 

 大家の老夫妻や他の冒険者らに挨拶しながら、シサンは野菜くずのスープが入った鍋を手早く竈の上にのっけた。

 蓋をして蒸気穴のそばに、カチカチに硬くなったパンを置いて温める。

 次に平鍋を貸してもらい、塩漬けの猪肉から切り取った脂を放り込んで炙る。

 たちまち美味そうな匂いが広がった。

 鍋全体に脂が行き渡ったところで、厚切りにした猪肉を投げ入れる。

 後は蓋をして、焦がさないよう気をつけるだけである。


 その辺りで起き出してくるのがヒンクだ。

 二段ベッドの上段で、天井に頭をぶつけないよう器用に起き上がる。

 それから腰に抱きついていたリッカルを、邪険に引き剥がして壁際へ押しやった。

 神経質そうに長い髪をかき上げた弓士の少年は、寝相の悪い同居人を見下ろしながら呟く。

 

「はぁ、早く一人部屋がほしいぜ」

「うーん、まだまだイケるって……うん、そうそう、イケるイけ……る」

「ほら、いつまで寝てんだよ」

「お、うん、ナニ? って、イタ!」


 いいところで夢を中断された赤毛の少年は、勢いよく起き上がり天井に額をもろにぶつける。

 その様子を冷めた目で眺めながら、ヒンクはベッドのはしごに足をかけた。

 目覚めた二人が向かったのは裏手の井戸であった。

 冷たい水で顔を洗って口をゆすいでから、寝癖の髪を整えつつ台所へ向かう。


「ふぁぁ、おっはよー」

「おはよう。代わるぜ」

「任せた。アレシアは?」

「扉をノックしといたが、返事はなかったな」

「わかった。もう一回起こしてくるよ」


 火力調整が利かない竈の番を交代し、シサンも井戸でさっぱりしてから再び自室へ戻る。

 アレシアの部屋の扉越しに何度か呼びかけると、ようやくごそごそと動き出す物音が聞こえてきた。

 蒼鱗族の少女は、かなり朝が弱いのだ。


 食堂のテーブルで揃って食事をしながら、シサンたちは今日の打ち合わせを済ませる。

 現状は小鬼の洞窟の湧き待ちなので、その確認をしつつゴブリン狩りといつも通りである。

 ついでテーブルの他の先輩冒険者ともしゃべって、狩場の情報を仕入れておく。


「最近はどうですか?」

「川の方は楽になったかな。まぁ、くじ運次第だけどな」

「おお、イイなぁ。はやく行ってみたいぜ」

「お前らならすぐに来れるだろ。このところ、えらく調子を上げてるみたいだしな」

「あ、やっぱわかる人にはわかっちゃうかなー。オレ様のゼッコーチョウぶりが」

「調子を上げるのと、乗るのは別物だぞ、リッカル」

「俺らも雷鳴組に入れてもらえりゃ良かったぜ。最近はマジですげぇ勢いだしな。惜しいことしたぜ」

「ええ、残念です。組長があんまり人を増やす方針じゃないみたいで」


 雷鳴組とは今、境界街で何かと話題に上がるトールを長とした、派閥的な集まりのことだ。

 一番隊がトールたちのパーティで、二番隊がベッティーナお嬢様たち。

 三番隊が雷三兄弟らのパーティで、四番隊がシサンたちである。

 現在、入組希望者が激増しているのだが、組長のスキルの秘密保持のため、組員をこれ以上増やさない方針を取っている。

 もっとも肝心のトールは、そこいら辺のことはまったく把握していないようだが。


 穏やかに紹介の依頼を断ってみせたシサンに、ヒンクがわざとらしく小声で耳打ちする。


「これまで散々、トールさんのことバカにしてきたのに、今さら入れてくれとかどの面で言ってんだか」

「おいおい、それを言ったら俺たちもダメだろ」

「はは、だな」

「そうそう、たまたま運がよかっただけだしな、オレたち」

「うんうん、好運な巡り合わせに感謝しないとね」


 いつも通りの戒めを忘れぬやり取りをしてから、四人は身支度を丁寧に済ませて冒険者局へ向かう。

 ロビーで別れたシサンは、一人で窓口に向かった。

 小鬼の洞窟の発生が確認されていた場合、探索の申込みをする必要がある。

 残った三人は額を寄せ合って、連絡板を熱心に覗き込んだ。


「うーん、今日もめぼしいのはいないっぽい?」

「あっ、これなんか良いんじゃない? ほら、両手斧使いの戦士で十九歳だって」

「これ以上、前衛が増えるのはなぁ。しかも両手武器って、絶対に事故が起こるぞ」

「うん、まちがいねーな」

「でも、ロロルフさんたちって、すいすい避けてない?」

「無理無理、あの人らを基準に考えるなって」

「うん、ヘンタイ兄弟だし」

「そいつ入れるなら、こっちの盾士でいいだろ。鋳鉄装備一式ありだとさ」

「えー、盾はシサンだけで良いよー。反対、反対」

「オレも女の子じゃないからハンターイ」


 以前に一度だけ、シサンたちの四番隊も募集をかけてみたことがある。

 その時は応募者が殺到して騒ぎになってしまい、それ以来、こっそりこんな風に探すようになったのだ。

 しかし毎回、各自の希望が合わず、いまだに五人目が決まっていないという有り様である。


「おまたせ。まだ小鬼の洞窟、見つかってないってさ」

「お疲れさま。じゃ、今日もゴブリン狩りだね」

「はやく白猫屋いこうぜ! 揚げパンが売りきれちまう」

「お前、たまには違うパンも選べよ。よく飽きねぇな」


 外門前の広場の屋台は、すでに大勢の人たちで賑わっていた。

 馴染みの屋台で昼食用のパンを買い込んだ四人は、門衛に手を振って森の奥へと進んだ。

 小鬼の洞窟は前回の制覇から三週間半が過ぎ、そろそろ新しく発生してもおかしくはない時期だ。

 

 だがそれらしきものは見当たらず、代わりにシサンたちが出会ったのは怒り狂った巨大な獣であった。

 威嚇するように鼻息を吐いた鎧猪は 地面を大きく震わせながら動き出す。

 またたく間に最高速に達した巨体は、盾を構える少年に容赦なく全体重をぶつけた。


 鋭い牙が盾をこすって、硬い音が響き渡る。

 真正面で衝突したかと思われた瞬間、シサンは巧みに盾を傾け勢いを逃していた。

 ふわりと浮かせた体が、斜め後方へと弾かれる。


 先輩盾士であるディアルゴに教わった受け流しだ。

 あえて踏ん張らないこの受け方は、体重差が大きい相手にはかなり有効である。

 ダメージも減るうえに敵対心も稼ぎやすいのだが、モンスターを定位置に固定できないため攻撃を仕掛けにくいのが難点であった。

 それを補うのが――。


「ヤッフー、いただき!」

 

 掛け声と同時に真横から走り込んできたのは、両手に剣を構えた赤毛の少年だ。

 突進を終えたばかりの鎧猪の後ろ脚を、二枚の刃で機敏に切りつける。

 獰猛な叫びを上げて獣が振り向く前に、リッカルは素早く盾士の背後に回り込んだ。


 丸い盾の死角に隠れてしまった獲物に、モンスターは苛立たしげに地面を蹴りつける。

 再び挑みかかるが、またも軽やかに突進はいなされた。

 そしていつの間にか、側面に移動していたリッカルがまたも刃を走らせる。

 さらに木陰に潜むヒンクの弓の弦が、空を割る鋭い音を響かせた。


 右の後ろ脚を集中して狙われた鎧猪は、さすがに怒りの矛先を変えたようだ。

 低い唸り声を上げながら、周囲を睨みつける。

 そこへ待ち構えていたように、盾を持ち上げたシサンが武技を発動させた。

 ――<石身>。


 黒髪の少年の発する圧力に、モンスターは即座に狙いを元に戻す。

 猛り狂う鎧猪であるが、痛めつけられた後ろ脚はまだ完治していないため動きはやや鈍い。

 体を石のごとく硬くしたシサンは、足を踏ん張ってその突進をまともに受け止めた。

 が、少しばかり早かったらしく、あっさりと吹っ飛ばされる。


「何、やってんのよ、もう! 焦りすぎでしょ」


 茂みに転がり込んだシサンへ、慌てた顔で駆け寄ったのは水使いのアレシアだ。

 急いで少年の上体を起こし、矢継ぎ早に質問を繰り出す。


「呼吸は? 右腕は上がる? めまいはしない? 体を捻って――ここが痛むのね。…………<水癒>!」

「ハァハァ、あ、ハァ、ありが……とう」


 盾士が治療を受けている間、残ったリッカルとヒンクは懸命にモンスターを引き付けていた。


「ほれ、こっちこっち!」

「ほら、こっちだ。デカブツ!」


 その巨体に似合わず、鎧猪は意外と小回りが利く。

 必死で逃げ回る二人だが、そう長くはもちそうにない。

 何とか耐え忍んでいるのは、ひとえに三ヶ月前の経験があったせいだろう。


「すまん、待たせた。こい!」


 ぎりぎりで間に合ったシサンの掛け声で、パーティは再びいつもの隊形を取り戻す。

 猪の傷は回復してしまったため、また最初から後ろ脚を潰す作戦の繰り返しである。


 体重と筋力の劣るシサンは、ディアルゴ仕込みの受け流しと少ない闘気でも発動できる<石身>を連発し、なんとか守りを維持する。

 同じく一撃が軽いリッカルは、ひたすら動き回りながら<赤刃>で熱した剣で攻撃し、回復を少しでも妨げる。

 攻撃の時機を迷いがちなヒンクは物陰に潜んだまま、じっくりと急所を狙って体力を削り取る。

 何かあった場合は、待機していたアレシアが治療して皆を支える。


 これがこの三ヶ月で、若手四人組が身につけた戦闘のやり方であった。

 そのために毎週、実戦的な稽古を重ねたり、技能樹の枝スキルの構成を相談にのってもらったりしてきたのだ。


 戦闘が始まって二十分。

 じわじわと傷が増え、鎧猪の動きは目に見えて鈍くなりだす。

 特に集中的に攻撃された後ろ脚は、何本も矢が刺さり焼けただれて酷い有様だ。


「……そろそろ決めるか。どう?」

「いつでもイケるぜ!」

「任せろ!」


 親友たちの返答に、シサンは盾に肩を入れ両足を広げた姿勢でモンスターを待ち受ける。

 その挑発にそそのかされた鎧猪は地面を蹴って走り出すが、すでにその速度は半分以下まで落ちていた。

 体当たりをガッシリと受けきって、モンスターを地面に釘付けにした盾士は詰めの合図を叫ぶ。


「よし、いいぞ!」


 じっと我慢してその瞬間を待ち望んでいた攻撃手たちは、相次いですべての闘気を解き放った。

 赤い残光を散らしながら、二本の剣尖が獣の脇腹に吸い込まれる――<赤刺>。

 時を置かずして、連続して放たれた三本の矢が次々と猪の頭部を貫いた――<風烈>。


 心臓と脳幹を一時に破壊されたモンスターは、耐えきれずにその巨躯を横倒しにする。

 地響きを上げて地に伏した獣の姿に、若者たちはいっせいに歓声を上げた。


「ふぅ……、鎧猪はまだまだきついな」

「いやいや、ヨユーヨユー! それより見た? オレ様のトドメっぷり!」

「待て、最後は頭を狙うって決めてたろ」

「え、そうだっけ?」

「お前なぁ、ちゃんと打ち合わせしといたろ!」

「ほら、喧嘩は後にして、二人とも傷が残ってないか見せなさいって」


 やいやいと騒ぐ仲間を眺めながら、無事に勝利できたことにシサンは深々と満足の息を吐いた。

 鎧猪を大きな怪我もなく倒すなど、三ヶ月前には想像もしていなかった光景である。

 その後、猪を解体して持ち運べるだけの肉を切り取った一行は、意気揚々と街へと引き返した。


「はぁ、疲れたぜ。今日は結構、戦ったな」

「お肉! お肉! うひょー」

「塩漬け肉がなくなりかけてたし、ちょうど良かったよ」


 以前は角モグラや尖りクチバシを仕留めた時も、すべて買い取りに出して、その金を食事代にあてていた。

 しかし今は肉を持ち帰り、大家の夫婦に渡して加工や貯蔵してもらうようにしている。

 結果的に現金収入は減ったが、食事に不自由しない生活になったというわけだ。

 これもトールの助言に従ったやり方である。


 さらに余裕ができたため、毛皮や骨なども売り払わず装備を依頼する際の材料に回せるようになった。

 おかげで全員の武器や防具も充実しつつある。

 その日暮らしに近かった生活は、嘘のように改善されつつあった。


「あ、ちょっとまった!」

 

 梢の向こうに小さく外壁が見える距離で、不意に先頭のリッカルが声を上げた。

 猪肉が詰まった背負い袋を投げ出して、木立の奥へと駆け込んでいく。

 しばし待ってると、ごそごそと繁みをかき分けて赤毛の少年は戻ってきた。


「なんか、いそうな気配がしたんだよなー。うーん、オレってスゴすぎ?」


 得意げに笑う少年の手には、溶かされてねじ曲がったナイフと液体が詰まった貝殻の容器が握られていた。

 この森スライム退治は、トールに頼まれたシサンたちの重要な仕事だ。

 スライムの粘液が不足する度に、呼び出されるのが面倒だというのが理由らしい。

 ちなみに溶けたナイフは、組の会合日にまとめて直してもらっている。


「とか言って、ホントはこれ捕まえにいったら、まぐれで居ただけだろ」


 いつの間にか背後に回っていたヒンクが、呆れた笑みを浮かべてリッカルの腰帯に下がる虫かごを突いた。

 かごの中には、さっきまで居なかった真っ黒な昆虫が入っている。


「こ、これは、たまたま見つけただけだっての!」

「まぁ良いけど、ほどほどにしとけよ。部屋の虫かごいっぱいになってっし」

「ちょっとくらい増えても、ダイジョブだって」

「夜中にゴソゴソ動いて、気になるんだよ!」

「細かいなぁ、ヒンクは。あーあ、さっさと一人部屋がほしいぜ」

「それは俺のセリフだよ!」


 なんだかんだと言い争いをしながら、精算を済ませた四人は仲良く帰路につく。

 今日はかなりの収入だったため、夕食後に銭湯でサッパリしてから部屋に戻る。

 

 アレシアが風呂で洗濯した衣服を裏手の物干し竿にかけてくれている間、濡れた髪の男三人はいつもの作業に没頭した。

 ヒンクは矢の曲がりの有無や、矢羽根の付き具合を一本一本しっかりと確かめる。

 ベッドに腰掛けたリッカルは、愛用の片手剣たちに砥石をかける音を響かせだした。

 その横でシサンは、樺の油を染み込ませた布で円盾を隅々まで磨き上げていく。

 

 ふと顔を上げた黒髪の少年は、鎧戸の隙間から見える星空の美しさに気づく。

 思わず手を止めたシサンは、しみじみと呟いた。


「……明日も良い天気だと良いな」


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