暴風の主
「でっかいなー」
「でっかいねー」
ポカンと口を開ける少女と子どもの率直な感想に、案内人は髭に覆われた頬を大きく持ち上げた。
これまで連れてきた連中は、たいていがここで顔色と言葉を失ってしまう。
その後は大長岩に戻っても何一つ喋らず、翌朝には目をそらして帰り支度を始めるパターンだ。
無理もない。
並の人間であれば、荒れ狂う自然現象に立ち向かおうなど考えもしないものだ。
だが毛色の違い過ぎる今回のパーティは、予想以上に怖いもの知らずであった。
内心で胸を撫で下ろすガルウドの横で、見目麗しい女性が長い耳を動かしながら身を乗り出す。
「あれは、精霊の巨人化ですね。風……に砂。嵐砂の巨人でしょうか?」
「……正解だ。詳しいんだな」
「私の国でも冬場はかなり多いですよ。あっちは雪と土の凍土の巨人ですけどね」
こちらも虚勢を張っている様子は、全く感じ取れない。
むしろ、その灰色の瞳には、強い好奇心を示す輝きしかない有り様だ。
あまりにも動揺がなさすぎる若き女性の言葉に、ガルウドは十年以上の経験を持つベテランと話しているような錯覚に襲われて慌てて頭を振った。
興味津々で窪地を覗き込むユーリルの隣では、トールが冷静に巨人の大きさを測ろうと試みていた。
「ざっと見て俺の五倍というところか。確実に剣が届くのはせいぜい膝の下までだな」
もっとも足のように見える竜巻が二つあるだけで、関節らしきものは見当たらない。
空へ向かって立ち上がる白砂を含んだ渦巻きは、上部で混じり合い人間そっくりな胴体部分の厚みを作っている。
そこから生えた二本の太い風の塊が、重力を無視して空中を自在に動いていた。
正体が巨人と聞かされたトールだが、奇妙な点にすぐに気づく。
「……頭がないのか」
「ええ、頭部は知性の証ですので、汚れし神ドーバが許すはずがありません」
魂なき世界を渇望すると言われる男神ドーバは、己に従順な邪霊や不死者の創造主である。
これらの魂を持たないモンスターは、ただ命じられたことのみを繰り返すのが特徴だ。
「なので巨人の精霊核は、心臓にあたる部位周辺を動き回っているというのが定説ですね」
「本当によく知ってるな。こりゃ、俺の説明はいらねぇかもな」
「いえいえ、ぜひお聞かせください」
「何が一番の問題だ?」
「そりゃもちろん、あの忌々しい砂と石だな」
巨人が徘徊する窪地の底は、真っ白な砂が舞い上がり地面を完全に隠してしまっている。
おそらく、数歩先を見通すのも難しいであろう。
そして先ほどから風に混じって耳元に届く硬い音。
突風に弾き出された石つぶてが、わずかに残った岩山にぶつかり響いているようだ。
「ま、その前に、なかなか近寄れねぇってのもあるな。ほら、くるぞ」
ガルウドの言葉と同時に、巨人の腕がゆっくりと上方に動き出す。
そのまま急速にモンスターの背が丸まり、持ち上がった腕は空気を大きく揺らしながら地面へ叩きつけられた。
とたんに激しい突風が、離れたトールたちに襲いかかる。
退避が間に合わず、一番軽いムーは吹き飛ばされてコロコロと転がった。
砂地の上を数回転した子どもは、むっくりと起き上がると砂まみれの顔で楽しそうに笑いだす。
つられてトールたちも、相好を崩した。
しばし和やかな雰囲気になったところで、急に真顔に戻ったムーが宣言する。
「このムーをこんなめにあわすとは……。もう、たおすしかない!」
「やる気だな、坊主。だが、ちょいと子どもには危なすぎる相手だ。おとなしく留守番しといてくれるか」
「いや、今回、ムーは絶対に必要だぞ」
「本気かよ? ……ふーむ、伏せ駒みたいなもんか」
「よく分からんたとえだが、要であることは間違いないな。で、他に聞いておくことは?」
引き受けることがほぼ確定したその言葉に、ガルウドは盾を持つ手を固く握りしめた。
窪地を睨みつけながら、案内人はモンスターの仔細を語り出す。
嵐砂の巨人の体を構成するのは風と砂のため、只の武器を振り回したところでほとんど意味はない。
そもそも近づいたところで、足元は砂塵のせいで視界が利かず、石つぶての猛打が絶えず襲いかかってくる危険地帯である。
さらにあの風の腕の振り下ろしは、広範囲に突風を発生させ簡単に吹き飛ばされてしまう。
「近寄って、どうにかするってのは難しいってことか」
「まず、どこに居るのかもはっきり分からん。石つぶては、盾がないと穴だらけになっちまう。ウロウロしてる間に、殴られて吹っ飛ばされるってオチだったぜ」
「何度も挑んでいるくせに、今までよく無事だったな」
「あいつは窪地から出てこないしな。ここまで逃げれば安心だ」
「じゃー、ここからやっつけるとかはどうかな?」
「あの風だ。弓矢はまともに届かんだろうな。となると――」
「私の出番ということですね」
徘徊する巨人の足元をじっと見ながら、ユーリルは言葉を続ける。
「罠を張るとして、それをどうやって踏ませるかが問題ですね。……あれは岩山の名残ですか?」
地面に渦巻く砂塵のところどころに、白い岩塊が顔を出している。
問われたガルウドは、苦い顔で答えた。
「ああ、三年前はもっと高かったんだが、すっかり削りとられてあのざまだ」
「それは凄いですね。しかし、三年間も放置だと、精霊核もかなりの大きさになってそうですね」
「だろうな。まぁ仮に倒せた場合、そこら辺はそっくり持っていってくれても構わんぜ。それでいいな?」
ガルウドの言葉の先にいたのは、それまで完全に無言であったサラリサであった。
視線を巨人から離さず、奏士は静かに返答する。
「姉の敵を討つ邪魔さえしなければ、好きにしてください……」
「だそうだ。報酬はそっちの総取りでいいが、俺に何かあった場合、後は任せたぜ」
「どこまでできるか分からんが、それで呑もう」
すでにある程度の攻略を思いついていたトールは、ガルウドの提案に首を縦に振った。
精霊系のモンスターの場合、倒すと消えてしまうので討伐した証拠は魔晶石だけになる。
証として提出した場合は強制的に安値で買い取りされてしまうため、運良く倒せても黙っておくのは基本だ。
しかし魔晶石はモンスターの素材でもあるので、個人での売買は禁止されている。
交換か譲渡しか許されていないので、換金が難しい品でもある。
そのため多くは神殿に献納されるか、多額のお布施で祭具に加工してもらうしか用途がない。
だが巨人となると、話が変わってくる。
発生からの長さや大きさにもよるが、人型となったモンスターの精霊核の周りには大量の魔石が付着しているのだ。
かなり石の純度が高くなるため、大きな収入が見込めるというわけである。
ニヤリと笑いあった男どもは、がっしりと握手を交わした。
「それで、いつから始めるんだ?」
「もう二時間もすれば日が暮れる。その時間帯は絶対に避けておきたいし、明日の昼前でどうだ?」
「分かった。じゃあ、今日は引き上げるか」
「トーちゃん、おなかへったぞ!」
お腹を可愛くクーと鳴らした子どもが、トールの背中に飛び乗ってくる。
そして革鎧をつかめずに滑り落ちて、腹立たしそうにトールの太ももに頭を擦り付けた。
「ああ、サラリサに聞いたぞ。炭火焼きの焜炉があるそうだな」
「う、今回はお肉の準備がまにあわなくて、あんまりたいしたものはないんですよー」
「肉なら、たっぷり仕留めただろ」
「岩トカゲのお肉って硬いから、そのまま焼いてもおいしくないんじゃ?」
「もしかして、知らねぇのか。最高に美味いアレを。一度食ったら、間違いなくやみつきになるぜ」
「おー、ぜひ教えてください!」
「よし、ついてきな、嬢ちゃん!」
「お肉ー、お肉ー」
「おにく、おにく!」
その日の夕食に供されたのは、岩トカゲの舌と目玉の炭火焼きであった。
とろけるような旨味に、少女と子どもと髭面のおっさんは意気投合したあと、醜い取り合いを繰り広げる。
それは翌日に嵐砂の巨人との対決を控えているとは思えない、穏やかで楽しげな光景だった。




