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中央、再び


 馬車は夜明け前に、いつもの停留場へ到着した。

 交代で御者をしていたガルウドとサラリサは、夜通し頑張った馬たちに飼葉と水を与えてから一時間ほどの仮眠に入った。


 その間にソラたちは、のんびりと朝食の支度をする。

 トールとムーは朝の冷えた空気を楽しむため、二人で散歩に出かけた。


 真っ平らな荒野の彼方に、薄っすらと岩山らしき白い影たちが幻のように浮かび上がっている。

 最初に来た日と全く変わらない眺めだ。

 吹きつける砂混じりの風に、子どもは紫の瞳を細めてトールの背後に逃げ込んだ。


 そのまま足を伝って、背中によじ登ろうとする。

 だがツルツルと滑る白い革鎧のせいで、思うようにいかない。

 癇癪を起こしたムーは、ペチペチとトールの尻を叩いた。


 その様子にやれやれといった顔で、トールは膝を曲げて屈みながら背中を差し出す。

 一転して目を輝かせた子どもは、元気よく飛び乗ってきた。

 

 勢いが強すぎて落ちそうになったムーを肩車にのせて、トールは馬車を眺めながら停留場の周りをゆっくりと歩く。

 一周して戻ると、温められたスープの美味そうな匂いが立ち込めていた。

 ソラが笑いながら手を振ってくる。

 地面に下ろされるまで、ムーはずっと鼻唄を歌っていた。

 

 起きてきたガルウドたちと朝食を済ませ、荷物を背負い直す。

 二人の案内人と一緒に出発するトールたちを、木箱のテーブルの同業者らは何も言わずに見送った。

 もしかしたら、何度も見てきた光景なのかもしれない。


 久しぶりの中央ルートは、相変わらずの迷い風であった。

 あちらこちらから、不規則に突風が吹き寄せてくる。

 

 しかしこの一ヶ月間、何度も荒野に挑んできたのは無駄ではなかったらしい。

 新しい革靴のおかげもあるようだが、ユーリルは以前よりも遥かにしっかりとした足取りで進んでいく。

 ムーに至っては、ガルウドと縄でつないでもらい、もみくちゃ状態を思いっきり楽しんでいる有様だ。


 道慣れたガルウドが先頭を歩き、たまにムーが縄を引いて岩トカゲの場所を教える。

 そんな感じで、昼過ぎには最初の安全地帯である大丸岩に着いてしまった。


 昼の休憩を終えた一行は、さらに奥へ向かう。

 ここからは砂が増えて砂溜まりという厄介な罠スポットが現れだすが、今回も奏士であるサラリサが弦を爪弾いて事なきを得る。


 青冠草を生やした岩トカゲは、できるだけ避けて進んだ。

 邪魔な場合だけ、ガルウドが前に出る。

 茶角族の男のガッシリとした肉体は、地面に根を生やしたようにモンスターの噛み付きをあっさり受け止めてみせた。

 そこへ待ち構えていたトールが、スルスルと近づき白刃を閃かせる。


「盾士がいると、楽なもんだな」

「いやいや、普通は引っ張り出してからが長いんだぞ。なんだよ、その異常な切れ味は」


 互いに目を合わせた後、中年の冒険者たちはニヤリと笑いあった。

 そして午後も半ばに、一行は四角張った大長岩へと到着する。


 天幕などの大きな荷物を下ろしたトールたちは、そこで一息入れることにした。

 お茶を淹れるための水をソラが杖の先の雨晶石から出していると、ガルウドが感心したように声を上げる。


「なるほど、それで水がなくならねえのか。でも割れちまうと大損だろうに」

「その時は俺が何とかできるからな」

「ふーむ。なぁ、ここまで来たら、もう誰の耳もないだろ。互いの手の内を知っておくのも、大事だと思うんだが」

「それもそうだな。俺のは――」

「いや、言い出した俺の方から先に明かさせてもらうぜ」


 そう言いながらガルウドは、冒険者札を握って差し出す。

 長らくCランクを務めてきただけあって、盾士の技能樹は立派な育ち具合であった。


 下枝スキルは、自らの身体を硬質化させる<石身>と盾に砂を纏わせる<砂茨>。

 ともにきっちりとレベル9まで育て上げてある。

 中枝スキルは、その発展形である<鉄塊骨>と<岩杭陣>。

 こちらも最大値まで上がっている。

 さらに驚きであったのは、上枝スキルを持っていた点であった。


「……<不壊魂剛ふえこんごう>か。確か防御系の最上技だな」

「ああ、運良く生えてくれたのは良いが、余裕がなくて一段階しか育ってなくてな」


 下枝スキルと中枝スキル以上の境目は、千の鍛錬と万の研鑽と言われている。

 初期の下枝の必要スキルポイントが千単位なのに対し、中枝スキルはその三倍、上枝になると十倍になるためである。

 Bランク以上ならまだしも、この荒野でスキルポイント一万点を稼ぐのはかなりの苦労があったはずだ。


「じゃあ反動も、かなり大きいのか?」

「ああ、半日は体が馬鹿みたいに弱くなっちまって、つまづいた程度でも骨が折れちまうんだよ」


 魔技と違って使用可能回数に制限がない武技であるが、上枝スキル級になると反動というものが存在する。

 これは人外の動きを可能にする代償だと言われているが、凄まじい負荷を伴うため、おいそれと連発することができなくなってしまう。

 もっともレベルを上げれば、その反動が軽減されていく仕組みにもなっていた。

 反動は神が課す制約のため、トールの<復元>でも戻せるかどうかは難しいところだ。


「次は私ですね……」


 奏士であるサラリサの技能樹は、珍しい水奏樹と呼ばれるものだ。

 争いを好まぬ水神アルーリアは、自らの民が武技系の技能樹を持つことを許さなかった。

 代わりに授けられたのが、この水奏樹である。 


 魔技歌の名称通り、魔力の込められた奏士の演奏や歌は、聞く者に様々な変化をもたらすことができる。

 ただし魔力は使うのだが、水奏樹は他の魔技系の技能樹とは異なる枝の生え方となっていた。


 曲や歌ごとの枝スキルは存在せず、演奏できる楽器ごとに枝が分かれているのだ。

 具体的には弦奏スキル、笛奏スキル、打奏スキル、歌唱スキルなどがある。

 その各スキルの成長度合いによって使える魔技歌が決まっており、また楽器の相性によっては演奏できなかったり効果の薄い曲もあったりする。


 弦奏スキルを持つサラリサが演奏可能なのは、味方の士気と身体能力を向上させる<武勇曲>。

 感覚を高め、攻撃を躱しやすくなる<回旋曲>。

 モンスターに幻影を見せる<幻想曲>と、眠りにつかせる<夜想曲>であった。


「こいつは、魔技使い向けの歌が一曲もなくてな」

「ごめんなさい……」

「ううん、楽器が演奏できるだけですごいよー」

「じゃあ、かわりにムーが歌ってやるぞ!」

「うん、ありがとうね……」


 その後はトールたちの魔技も公開したが、ガルウドの反応は様々であった。


「氷系魔技がこれほど育っているのは初めて見るな。若えのにすげぇな、あんた」

「ふふ、お褒めいただきありがとうございます」

「って、坊主はこんだけしか育ってないのか? よく、ここまでこれたもんだ」

「ムーはむてきだからなー」

「<反転>と<固定>、なんだこりゃ? ……えっ、マジでそんなことができるのか?」

「えっへん。こまった時はおまかせくださいなー」

「<復元>……これだけか? これって、あれだったよな? はぁ? いや、めちゃくちゃだろ。いやいや、ありえねぇよ……ウソだろ……。あの腕を拾ってくっつけたって話、てっきりサラリサの見間違いだと……」


 聞き終えたガルウドは、大きく息を吐いて興奮気味に頷いてみせた。


「よし、これなら絶対に勝てるぞ。やっぱり、お前らに頼んで正解だったぜ」

「それは良かった。で、今からどうするんだ?」

「まずは現物を見てもらわんとな。作戦なんかはその後だ」


 軽装になったトールたちは、案内人の先導に従って歩を進める。

 しばらく進むと、以前に前進を断念した青い花が咲き乱れる場所につく。


 一面の青冠草たちに対し前に進み出たのは、意外にも盾を持つガルウドではなく竪琴を手にしたサラリサだった。

 ゆっくり息を吸い込んだあと、奏士は軽やかに演奏を始めた。


 緩やかに、時に高らかに弦が爪弾かれ、白い砂の上に心落ち着かせる曲が響き渡る。

 魔力を秘めた旋律が、青い花弁を魅了するかのように揺らしていく。

 やがて曲は終わりを告げ、残ったのは静寂に包まれた花たちだけとなった。


「よし、今の間に抜けるぞ。できるだけ静かにな」


 半醒半睡の状態であった岩トカゲの群れは、サラリサの<夜想曲>で完全な眠りに落ちてしまったらしい。

 足音を殺した一行は、すばやく花畑を通り抜ける。

 苦戦を予想していたトールは、何事もなく終わったことに呆れながら花の群れを振り返った。


「こんな簡単に抜けられるとは驚きだな」

「おう、もっと褒めてやってくれ」

「すごすぎてビックリですよ、サラリサさん」

「むぐぅ! むごぉ!」

「あ、ごめん。もうしゃべっていいよ、ムーちゃん」

「むぅー!」


 <対象分散>の特性を保持するユーリルでも、似たような真似はできると思える。

 だが、それにはやはり限界がある。

 その点、対象を取らず音が届く範囲で有効な魔技歌の真価は、このような場面では存分に発揮されるということだろう。


「昔はここも、こんなに咲いてなかったんだがな。誰も使わなくなって、すっかりこのざまだ」

「青冠草が咲きやすい場所ってことか」

「まぁ花はどこにだって咲くもんだがな。ほら、見えてきたぞ」


 視線を前に戻したトールは、今まで見えていたのが岩山でなかったことにようやく気づいた。

 花の群れを通り過ぎた先に広がっていたのは、大きな窪地であった。


 底に近い部分は、砂が舞い上がってほとんど見えない。

 しかし一つだけ、そこからそびえ立っているものがあった。


 轟々と音を立てて砂を巻き上げる二つの竜巻。

 それがまるで二本の足のように、交互に動く。

 同時に竜巻が合わさって天高く伸びる部分が、一様に前へ進んだ。

 さらに左右に突き出した二つの風の柱が、前後へそれらしく揺れる。

 まるで歩き回る人間のように。 


 それは、巨大な人の形を模した竜巻の集合体であった。


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【コミカライズついに145万部!!】
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― 新着の感想 ―
[一言] 睡眠演奏強すぎる、これはこの子が協力したら誰でも進めてしまうな…
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