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整った準備


「今日もよろしく頼む」

「はい、今回は同伴希望なんですね……」

「お引き受けくださり、ありがとうございます、サラリサさん」

「なー、サーねーちゃん、ムーのかんげーのお歌きくか?」

「えっ、うん、聞かせてくれるの……?」

「ここはすなだらけー、でもだいじょうぶー♪ むてきのムーがきたからねー、むむめめむーめめむむもー♪」


 運良く二日後の馬車の予約がとれたおかげで、トールたちは再び荒野にやってきていた。

 このところ街にいる時間よりも、だんだん瘴地に滞在する期間の方が長くなりつつある。

 娘と会話しにくいと嘆いていたガルウドの気持ちを、トールも少しだけ分かったような気がした。


 距離や時間の問題だけではなく、人の存在を強く拒むこの場所に長く居続けると心まで変容してくる気持ちになってしまう。

 そのせいだろうか、子どもの幼い歌声が止むと中央に据えてある木箱のテーブルからいっせいに拍手が上がった。


「ムーちゃん、今日もおじょうずだねー」

「えっへん!」

「……なんか、家に帰りたくなってきたわ」

「……俺も最近、寝顔しか見てねえんだよな」

 

 ほめられて上機嫌になった子どもは、小さな胸を大きく張って歩き出す。

 トールたちもその後に続いて、多くを拒絶する荒野へ足を踏み入れた。


 四度目となる探索だが、またも北回りルートである。

 ただし今回は狩りや採取はほどほどにして、より前へ進むのが目的だ。

 避けにくい岩甲虫だけを倒しながら、ひたすら向かい風に逆らって歩き続ける。


 午前中半ばの出発だったが、昼過ぎに千刃ヶ原の中央へたどり着き昼食。

 日が落ちるかなり前に奇岩地帯を抜けて風除けの岩山に到着し、天幕と夕食の準備に取り掛かることができた。

 以前と比べるとかなりの進歩である。


 ムーは雷獣の革靴の効果が大きいが、ユーリルもひそかに体力をつけてきているようだった。

 それと新たな装備といえば、トールも見た目が大きく変わっていた。


 以前に頼んでおいた岩トカゲの革鎧一式が、ようやく完成して受け取れたのだ。

 白いピッタリとした鱗地の上衣に、手袋と長靴も同じく滑らかな岩トカゲの革製である。

 さらに腰から下げる白硬銅の剣も白い刃のため、全身白尽くめの装いとなっていた。


「うう、トールちゃんがカッコよすぎてまぶしい」

「ええ、よくお似合いですよ」

「ありがとうございます。ユーリルさんの長靴も、間に合えば良かったんですがね」


 路地裏の防具屋に頼んでいた岩トカゲの足部分を使った靴だが、仕上がりにもう少し時間がかかるとのことだった。

 ムーをしばらく連れて行っていないせいで、主人の機嫌があまり良くないのも関係しているのかもしれない。


 翌朝、しっかりと朝食をとった一行は、強風が逆巻く平地へ足を踏み入れた。

 前回は時間切れのため、途中で引き返した場所だ。

 今回は疲れが残っていなかったムーもバッチリ目覚めており、上機嫌で鼻歌を奏でている。


「むぅ、トーちゃん、あっちになにかいるぞ」

「お、分かるのか?」

「うん。これがピカピカする」


 トールの腰にしがみつきながら、子どもは自分の頭に載せてある小さな冠を突いてみせた。

 しかしムーが示した方角には、何もない地面が広がっているだけだ。

 どうやら思っていた以上に、受雷の小冠は優秀な祭具であったようだ。


「少し進路をずらします。大丈夫ですか?」

「はい、まだまだ行けますよ」

「ソラはどうだ?」

「へいきへいきー。どんどんいこー!」


 トールたちは転がってくる岩甲虫を事前に察しながら、黙々と向かい風に逆らって歩き続けた。

 ただし、以前よりもペースはかなり速めてある。


 そうなると当たり前であるが、昼前に灰耳族の女性の息が上がってしまった。

 いつもは白く透き通るような肌が紅潮し、汗でしっとりと濡れる様はなかなかの眺めであるが、苦しげな呼吸にそうも言ってられない。


 これ以上の続行は難しい状況に、案内人のサラリサは内心でそっとため息を吐いた。

 前と同じく、いや前以上に酷い結果に、深い失望を覚える。


 だが足を止めて振り向いたトールの顔には、諦めたような表情は全く浮かんでいなかった。

 いつも通りの平然とした面持ちで、最後尾を歩く少女に声をかける。


「よし、そろそろ出番だな。ソラ、アレを出してくれ」

「はーい。ユーリルさん、どうぞ召し上がれ」

「……ハァハァ、ありがとうございます……ハァ……ンク、ンン…………フゥ」


 少女が背負い袋から出してきたのは、小さな金属製の水筒だった。

 受け取って中身を飲み干した瞬間、ユーリルの呼吸はまたたく間に落ち着いていく。


 風下にいたサラリサは、その吸口からわずかに漂ってきた匂いに目を見張った。

 体力回復剤。

 千棘花の雫を煮詰めて作る薬品で、失った体力を戻す効能があり、通常は長時間の戦闘で息切れを起こさないよう補給する物である。

 特に戦いが長引きやすい強敵が多い奥地では、前衛の必需品とまで言われ、取引価格は三口分ほどで銀貨八枚という高値を誇る。


 サラリサが驚いたのは、そんな貴重な薬品を歩き疲れただけで使ったというのもあるが、それ以上の注目点は効き目の高さであった。

 かなりの濃度でなければ、あそこまで瞬時に回復はしない。

 作るには相当な量の雫が必要であるはずだが、その労力を惜しげもなく費やすトールたちの姿勢は少しばかり常識外だった。

 もっとも実のところ、優秀な薬合師の手にかかれば、少ない原料からでも効能を最大限に引き出すことは可能ではあったりするが。

 

 さらに今回は薬品だけでなく、食事の方も工夫がされていた。

 歩きながら食べられるよう、あらかじめ乾燥させた果物や木の実を小分けにして各自に渡してあったのだ。


 歩みを緩めることなくエネルギーの補給を続け、時に疲れを体力回復剤でしのいでいく。

 そのまま進み続けて七時間。

 ついに案内人の制止がかかることなく、トールたちは風の弱まりを肌で感じとる。


 数百歩の向こうに見える低い岩山の群れに、一行はようやく肩の力を抜いて深々と息を吐いた。

 破れ風の荒野に挑み始めて一ヶ月。

 とうとうトールたちは、奥地へ到達した。


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【コミカライズついに145万部!!】
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