目標変更
「らい!」
いつもの掛け声を発したムーは、お馴染みの青い雷の針を全身に生やした。
そのまま元気よく地面を蹴って走り出す。
弾むように数歩進んだ子どもだが、なぜか急にピタッと体全体を止めた。
とたんに不思議な現象が起こる。
腕を伸ばし両足を地面につけた状態で、ムーは滑るように前へ動いていくのだ。
姿勢を静止させたまま、子どもは十歩以上もスルスルと移動する。
そして目的地であるトールの腰にしがみつくと、満面の笑みを浮かべた。
「トーちゃん、ただいま!」
「おかえり」
そのあっさりした受け答えが嬉しかったのか、ムーは目の前の腰帯をギュッと掴んで声を張り上げた。
「トーちゃん、ひっぱって!」
「ああ、いいぞ」
トールが軽く歩き出すと、地面にピッタリと足をつけたムーもくっついて動き出す。
クスクスと笑い声を立てながら振り向いた子どもは、見守っていたソラたちへ片手を上げて別れのあいさつを告げた。
「またなー」
「あー、待ってよ、トールちゃん。ユーリルさん、置いてかれますよ」
「はい、私たちも行きましょうか。ふふ、ムムさん、大はしゃぎですね」
「あれ、良いですよねー。私もほしいなー」
そうぼやきながら、ソラたちは荒れ果てた地を一歩一歩踏みしめ出した。
ベッティーナたちが戻ってきた翌日、その空いた馬車に乗ってトールたちは再び破れ風の荒野にやってきていた。
今回の目的は奥地への探索ではなく、狩りや採取がメインである。
そのため案内人も断って、四人のみでの活動だ。
そして先ほどのは、目的の一つである新装備の性能確認だった。
ムーが法廷神殿で拝領した雷獣の革靴であるが、これはなかなかに楽しそうな機能を秘めていた。
何やら履いている人間が雷を纏うと、靴自体も電気を帯びるようになる仕組みらしい。
その小さな雷のおかげで、地面からほんの少しだけ浮かび上がれるのだとか。
本来ならこの靴は、雷精樹の中枝スキルにある高速移動を可能とする<迅雷速>用の装備だと聞いていた。
しかし体重が軽すぎるムーだと、<雷針>や<電棘>の下枝スキル程度の電力でも実用できるというわけだ。
一応、強化系魔技が切れると重量軽減の効果は失われるが、五分以上は保つので十分である。
それに何よりありがたいのは、運搬ソリと違って魔石がいらない点だった。
「冠のほうはどうだ?」
「うん、パリパリわかるぞ、トーちゃん」
もう一つの祭具、受雷の小冠であるが、これは<電探>用に特化した防具だった。
具体的な数値の変化は分からないが、範囲と持続時間はかなり延びているらしい。
おかげで使用回数が節約できて、ムーの負担もかなり減らせるようだ。
さりげないザザム神殿長の口ぶりだったが、二つの祭具は大いに冒険の助けになってくれそうである。
紫縞の靴を履き小さな冠を頭に載せた子どもは、嬉しそうに前方を指差した。
「あ、あっちに一匹いるぞ」
「そうか、じゃあ次はトーちゃんの番だな」
トールの方の新たな装備は、出来上がったばかりの剣であった。
スラリと抜き放つと、白い刃がまばゆく光を跳ね返す。
刃金製の剣身は、これまで使ってきた鋳鉄の剣と違いかなり細身である。
鋳鉄製も焼入れによって表面の強度は高めてあるが、それだと刃の中まで硬く鍛えることができない。
そのため、あらかじめ剣身を肉厚にして、折れにくいよう補強した作りとなっている。
しかし鉄槌で叩いて不純物を取り除く刃金の技法は、そのような細工は必要としない。
細身でも十分な強度と鋭さが共存できるのである。
トルック武器工房の新作は、トールの身長に合わせて剣身が握りこぶし一つ分ほど伸びていた。
そのせいか刃が薄くなったとは言え、重量に極端な変化はない。
柄もやや伸びて両手で握りやすくなっており、バランスも完璧である。
片刃の剣身はわずかに弧を描いて、振り下ろす力を存分に発揮できるデザインが施されていた。
だがその切っ先は両方の刃が研がれており、刺突にも対応できるよう工夫が見られる。
尖端の三割が両刃で残りが片刃という、やや変わった仕上がりであった。
注文通りの出来栄えに、トールは静かに頷いた。
そして眼前の岩を模したモンスターへ、スタスタと歩を進める。
間合いに踏み込んだ瞬間、二本の黒い影が蛇のごとく飛び出してきた。
空気を切り裂く音に、硬い音が重なる。
一拍子を置いて、地面にポタリポタリと落ちたのは、半ばで切り落とされた岩甲虫の触角だった。
満足そうに口の端を持ち上げたトールは、音もなく体を後方に移す。
そこへユーリルの魔技が、容赦なく冷気を送り込んだ。
「うん、これは良いな……」
珍しく熱を帯びた目で、トールは白い剣身を眺めた。
どうやら四十近くになって、新たな収集の喜びに目覚めたようである。
その後はサクサクと試し切りをしつつ、一行は千刃ヶ原の中央にある安全地帯へたどり着く。
ムーの移動が楽になったせいか、まだ時刻は午前中である。
千棘花がよく見える場所に天幕をはり、昼食を済ませてひたすら岩甲虫を狩り続ける。
二日目、三日目も全く同じように過ごし、四日目の昼過ぎに帰路へつく。
この四日間で狩れた岩甲虫は百八十匹。
大幅な増加は、ムーの<電探>の効果アップのおかげと言えよう。
持ち帰った硬白石は四十個で、千棘花の雫は細巻き貝二十四本分。
今回は十分な成果だった。