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南回りルート その二


 視界の彼方に捉えたはずの何かは、すでに眼前に迫っていた。

 凄まじい速さで飛来する影は、およそ数十歩の距離をまばたき一つの間に消しとばす。

 

 だが、その一秒足らず。

 それだけあれば、経験を積んできた冒険者には十分である。


 即座に仰け反りながら、タパは弓弦を引き絞った。

 そして真上に向けて解き放つ。


 糸でつながっているように、タリもその身を屈めた。

 すでに手首はしなり、握っていた短剣は消え失せている。


 一瞬で守るべき主と位置を入れ替えたゴダンは、菱盾を激しく突き上げる。

 腹部を鋭い上縁でえぐられた影が、耳障りな鳴き声を発した。


 同時に盾士の背後に回ったベッティーナの細剣が、白い残光を走らせる。

 血しぶきが舞い、失速した影の一つが側壁へぶつかって派手な音を立てた。


 風のように疾走りさった黒い影どもを視界に収めたまま、ゴダンたちは身を低くして戦闘態勢を崩さない。

 そのまま慌てず互いに声を掛け合う。


「怪我は?」

「……額を少し」

「……俺は無傷だ」

「こっちも無事。どこから来たの?」


 その問いかけに、風使いは無言で空へ新たな短剣の先を向けた。

 一行を襲った影たちは、両の翼を広げ高く舞い戻っていくところだった。


「なるほど、谷風を利用したのね」


 地面に落とせた一匹は、すでに事切れているのか身じろぐ気配はない。

 モンスターどもが谷の上空に姿を消したのを確認したベッティーナは、ようやく視線を切ってそちらへ顔を向けた。


 壁際にうずくまっていたのは、大きな鳥であった。

 もっとも鳥らしいのは、その黒い羽毛に覆われた体だけである。


 奇妙な角度に折れ曲がる首から上は、異形の姿をしていた。

 剥き出しになった人の頭蓋骨そっくりなのだ。

 だがその口元は、大きく前にせり出す鳥のくちばしそのものである。


 心当たりのある外見に、赤毛の女性は目を細めて断言した。


「これ、おそらく黒骸鷲ね。ふーん、なかなか味のある見た目なのね。ムーが見たら喜びそうだわ」

「きっと、大喜びですよ。ムー様なら」

「……ああ、あの幼い子ならな」

 

 弟に血止め回復薬を塗ってもらったタパも立ち上がり、会話に参加しながらモンスターへと近づく。

 その額に巻かれた布は、かなり血に汚れ傷の深さを示していた。

 ベッティーナの視線に気づいたタパは、弓筈で黒骸鷲の死体をひっくり返し、その脚に生える大きな爪を見せる。


「……二羽目のこれにやられた」

「そう。なら、次は躱せそうね」

「……ああ」


 鷲の翼は広げると、優にタパたちの身の丈を超える大きさがあった。

 頭部を貫いていた矢を回収し、胸部に刺さっていた短剣を使って首を切り落とす。

 矢には赤毒蛙の痺れ毒が塗ってあるので、食用に適さないのだ。

 逆さまにして血抜きをしていると、短剣を返してもらったタリが不満そうに口を尖らせた。


「……勝手に使うな、タパ」

「……これくらい良いだろう」

「……自分のを使え」

「……怪我人をもっと労れ」

「……うるさい」

「はい、そこまで! またくだらないことで喧嘩して。ほら、もう行くわよ」


 しぶしぶ言い争いを止めた双子は、ゴダンに並んで歩き出す。

 盾士の右隣には風使い、その後ろに弓士。

 反対側にはベッティーナが、剣をいつでも抜ける位置取りで寄り添う。


 動き出した一行の後姿を眺めつつ、壁際に立てかけた長盾の後ろから案内人のガルウドは身を起こした。

 その口の端は小さく持ち上がっている。


 谷の上空から急降下で襲ってくる黒骸鷲は、かなりの難敵だ。

 その速度は一秒間に八十歩近い距離を詰めてくるほどで、初見だとまず間違いなく背中をえぐられる羽目になる。

 常人では気づいても、とっさに反応できない速さである。


 モンスターの巣は絶壁の上部にあり、谷底からは確認できない。

 左右に曲がる道なりのため、予め調べておくというのも厳しい。

 何度も奇襲を受けて、覚えるしかないのだ。


 数十回とこの谷を行き来してきたガルウドだからこそ、事前に察知して逃れることができたというわけだ。

 わざとらしく喋りかけていたのは、こっそり壁に寄って盾の後ろに身を隠す音をごまかすためであった。

 

「陣形を変えてきたか。ちゃんと分かってやがるな……、<風読>持ちは伊達じゃねえってことか」 


 今は追い風となっているが、谷底は急に風向きが変わる場合がある。

 背後からの奇襲を警戒しすぎると、次は正面から襲われる事態となったりする。

 その点をしっかり踏まえて、前後に対処しやすい横並びになったのだろう。


 黒骸鷲たちの基本戦術は、一撃離脱。

 地上に落とされてしまうと、勝敗はほぼ決してしまうからだ。

 だからこそ徹底的に初撃を防ぐことが肝心となる。

 

 短い攻防でそこまで分析してみせたのも合格ではあるが、ガルウドが気に留めていたのは先ほどのベッティーナの動きだった。

 あの一瞬で赤毛の剣士は、四羽の鷲の中から手傷を負っていた先頭を迷いなく選んでみせた。

 確実に仕留めるための剣さばきは、どう見ても狙ってやったものだ。


 彼女が見せた反応の良さは、長らく剣を振るってきた者の証である。

 何十、何百と戦いを繰り返すことで、剣はその体に馴染んでいく。

 そういった研鑽を通してポイントは貯まり、スキルは育っていくものなのだ。

 もっともトールのような、やや規格外すぎる例もあるが。


 通常は武技の腕前で、その人物のスキルの育ち具合も推し量ることはできる。

 だからこそ、ベッティーナのスキルの少なさは異常であった。


 誰にも聞こえぬよう、ガルウドは期待に満ちた呟きを漏らした。


「さて、何を隠しているかは分からんが、それでアイツ(・・・)に敵うかどうか……。楽しみになってきたぜ」


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