南回りルート その一
「じゃあ、見せてもらうぞ」
案内役のガルウドの言葉に、ベッティーナたちは首から下げた白い冒険者札に触れる。
またたく間にプレートには、主の育ててきたスキルが浮かび上がった。
「まずは双子の……、えーと」
「……兄のタパだ」
「弓士が兄貴だな。どれ、基本の<風飛>に、<風月>の系統か。早撃ちはなしと」
<風飛>は矢に風をまとわせる武技で、その威力は鉄鎧でも簡単に貫くことができる。
もう一つの<風月>は弧を描く矢を放ち、風を操って対象まで誘導する必中の武技だ。
「で、そっちが弟だな」
「……ああ、タリという」
「風使いとは珍しいな。お、しかも<風読>持ちか。あとは<風察>に<風速陣>と、補助ばっかりだな」
<風読>は天候を読み、<風察>は地形や動くものを察知する魔技である。
<風速陣>は風精樹の中枝スキルでもっとも人気がある魔技と言われ、追い風を生み出して歩行を手助けし、また弓の威力に補正を加える効果も持つ。
「お次は同郷か。ガイダロス様のお支えに感謝を」
「感謝を。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします、ガルウド様」
「まぁ、任せてくれ。<砂茨>に<地楔>と。<石身>がないとは珍しいな」
「ええ、残念なことですが」
<石身>は盾士には必須とまで呼ばれる武技で、肉体を短期間だけだが石のように固くすることができる。
盾に砂をまとわりつかせる<砂茨>は、攻撃を和らげると同時に相手の動きを封じ込める武技だ。
<地楔>は接する地面に体を固定できるが、見た目の変化が乏しいため地味すぎるという欠点がある。
もっとも盾士に必要なのは、派手な技ではなく地道に耐えしのぐことなので、こちらのほうが正しいと言えば正しいが。
「最後は嬢ちゃんだな」
「お手柔らかにお願いしますわ。品定めされるのは、慣れておりませんの」
「ほほう、<赤刃>に……<灼熱刃>だけ……? マジかよ」
下枝スキルの<赤刃>と中枝スキルの<灼熱刃>は、ともに剣身に炎を宿す武技なのだが基礎の技でしかない。
そこから発展した<赤斬>や<猛火断>などを使いこなして、初めて剣士扱いされるものだ。
少なくとも白硬級のプレートを上げて、荒野にやってこられるような段階ではないと言える。
「トールたちに続いて、面白そうなのが来たもんだな」
「何かご不満でも?」
「いや、じゃあ隠してる何かとやらをじっくり見せてもらうとするか……。さて、ルールをもう一度、説明しておくぞ」
基本的に、案内役は戦闘には参加しない。
ただし助けを求められたり、死者が出そうな場合は介入するが、そうなると冒険は打ち切りとなる。
道なりについての助言などは聞かれたら答えるが、危険かどうかに関しては答えない。
そしてそのままでは危うい状況になると判断すれば、警告を与える。
この警告を三回発すると、同じく探索は切り上げになる。
案内人があらかじめ案内するパーティの実力を確認したのも、そういった状況を判断するためであった。
「つまり、本当に道案内だけなのね」
「ああ、そうなるな。どうした、もう家が恋しくなったのか?」
「逆ですわ。手を引いてもらっての道行きなんて、ちっとも楽しくありませんもの」
「そいつは頼もしい言葉だな。ではそろそろ、この先に進むとするか」
そう言いながらガルウドは、地の底へとつながる巨大な裂け目へ顎をしゃくった。
逆風となる北回りと違って、南は順風の行路となる。
が、この地はそうそう甘くはない。
白砂や奇岩がない南の地には、代わりに無数の峡谷が存在していた。
長年、吹き続けた風に削られ形成された谷は、長いものは数千歩以上の奥行きを誇る。
しかもそれは複雑に組み合わさっており、うかつに迷い込めばどこへ通じるかも分からない。
かといって地上を進もうにも、横たわる峡谷たちを迂回するためには恐ろしいほどの時間が必要となってくる。
うっかり谷が交わる行き止まりへ行き着くことなぞ、ざらであるらしい。
飛び越えるには幅がありすぎて、降りるにしては深すぎる。
結局、奥地へ進むには、峡谷を通り継いで行くしかないというわけだ。
「タリ様、お願いします」
「……任せろ」
静かに短剣を抜いた双子の弟は、吹きすさぶ風にかざしてみせた。
柄に結んである飾り紐の先の鈴が、澄んだ音をわずかに立てる。
「……向こうまで四百歩ほどだな。途中に遮蔽物はない。……目立って動く物もいないな」
「ありがとうございます。では、気を引き締めていきましょう」
風使いの報告を受けたゴダンは、砂よけのフードを脱ぐと盾を構えて声をかける。
おそらく最初の洗礼はこの谷であろうと暗に示したその行動に、弓士は外してあった弓弦を太ももを使って素早く張り直した。
ベッティーナも無言で細剣を抜き、執事のすぐ後ろに寄り添う。
その後ろに風使い、しんがりは弓士、数歩後ろをガルウドが歩く布陣である。
一行は怪しげな谷の内部へ伸びる坂を、慎重に下っていった。
左右が切り立った峡谷はかなり深く、頭上はるかに小さな太陽がかすかに見える程度だ。
やや砂混じりの乾いた谷底は、そこそこには歩きやすい。
ただし横幅は、大人三人が辛うじて並べるほどしかない。
「なぁなぁ、前から気になってたんだが、<風読>と<風察>ってどう違うんだ?」
前方を確認しながらゆっくりと進むゴダンたちに、やや離れた位置からガルウドがのん気に問いかけてくる。
「……<風読>は、風の行き先を知るもので、<風察>はその風がもたらすものを知る。全く違うものだ」
「ふーん、よく分からんな」
おざなりなガルウドの返事が終わらぬうちに、タリの腰元で鈴が小さく音を立てた。
「くるぞ!」
背後からの警告に、ゴダンは即座に盾を持ち上げて前方を睨みつけた。
その背中に、再び声が響く。
「違う、後ろだ!」
とっさに弓の弦を引き絞りながら、タパは一瞬で後方へ向き直る。
振り向いたその細い目が捉えたのは、あり得ない速度で迫ってくる黒い影の群れだった。