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休日ゆっくり


 なんだかんだと話し合った結果、ムーは週一、二回ほど両方の神殿に通うことになった。

 どちらが気に入るかは、本人に判断させようという腹づもりである。

 

 翌日さっそく、ユーリルと仲良く手を繋いだムーは探求神殿へ出かけていった。

 トールとソラは、自宅でのんびり休養である。


 とはいうものの、来週からまた荒野へ出向くので、そうそう怠けているわけにもいかない。

 いつもより少しだけ遅く起きたトールは、家の庭で剣を素振りしていた。


 腹の底に息を溜めながら、目の前に浮かぶモンスターの影に刃を振り下ろす。

 躱して踏み込み、さらにもう一振り。

 親指一本ほどの間合いのずれでも、斬撃の威力は大きく変わってくる。


 しかし実戦となると、自分が思っていたよりも近づけていないことはよくある。

 互いの息がかかるくらいの気持ちで踏み込めと、ダダンに何度も教え込まれたものだ。 

 それで、ようやく刃が相手に届くと。


 膝と足首をたわめて、地面を滑るように動く。

 小さな動きで、大きな力を引き出す歩法だ。

 スルスルと狭い庭の中を動き回りながら、ひたすら刃を返しては斬りつける。


 トールの脳裏に浮かんでいるのは、かつて血流しの川の河原で赤水の邪霊を倒した場面である。

 数十回の斬撃を繰り出し水を断ち切ってみせたあの動きを、可能な限り己の物にするために鍛錬を黙々とこなしていく。


 どんなに体を鍛えようが、<復元>と念じれば元の状態には戻ってしまう。

 だが培った記憶は残り続ける。

 魂の奥底に刻み込むように、トールは己の動きを記憶していく。


 今の体の仕上がりは最良と言えるだろう。

 だがそこへ研鑽の記憶を積み重ねていけば、それは最善となるはずだ。


 守るという言葉は、生半可な決心で口にしていい言葉ではない。

 二十五年前、トールは幼馴染に命を賭してその意味を教えられた。

 そして九年前の大発生の際に、幼い少女を守りきれなかった悔悟の気持ちは、未だにトールの中に根強く残っている。

 苦い記憶を忘れぬよう、トールはただただ静かに剣を振り続けた。


 午前中いっぱい稽古を続け、正午の鐘でようやく一息つく。

 適度な空腹を覚えたトールの鼻腔に、美味しそうな匂いが流れ込んでくる。


 台所へ出向くと、ちょうどソラが昼食を作り終えたところだった。

 本日はカマドで温め直したパンに、薄切りにした燻製の猪肉と刻んだキャベツを挟んだ料理のようだ。

 こうばしい匂いに甘酸っぱいタレの香りが混じり、激しく食欲をそそる。


「はいはい、もうこれで最後だよー」


 足元にまとわりつく猫たちに、エプロンを外しながらソラは困った表情を浮かべてみせた。

 そして、まな板に残っていた肉の切れ端をポンと投げ与える。

 愛らしく鳴き声を上げていた二匹は、即座に飛びついて咀嚼し始めた。

 

「ごちそうのようだな。俺にも振る舞ってくれるか」

「あ、トールちゃん、できたてだよー。どうぞどうぞ」


 食事を済ませ二人で長椅子に腰掛けくつろいでいると、猫たちがあくびをしながら近付いてきた。

 軽々と椅子に跳び上がった縞猫は、トールの腹の上に乗っかるとぺたりとくっついて喉を鳴らし出す。

 黒猫の方は、ソラの膝の上で毛づくろいを始めていた。


 そんな感じで、午後は二人と二匹でゆったりと過ごす。

 夕方、再びトールが庭で剣を振るっていると、ユーリルたちが帰宅した。


「トーちゃぁぁん! ムーがいなくてさみしかったか?」

「学校は楽しかったか?」

「うん、ムーのおえかき、じょうずだってほめられたぞ」

「そうかそうか、良かったな。お疲れ様です、ユーリルさん」

「はい、ただいまです。あら、いい匂い」

「ソラが夕食も張り切ってましたよ」

「クロ、シマ、いい子にしてたか?」


 出迎えに出てきた二匹を肩に乗せたムーは、楽しそうに台所へ駆け込んでいく。

 その後姿を眺めながら、トールたちは自然に顔をほころばせた。

 

 次の日は、トールとソラとムーだけで頼まれていた血流しの川へスライムの討伐に出向く。

 ユーリルは用事があったため、今回は同行していない。


 小雨だったせいかさほど湧かず、半日の成果は百五十匹ほどであった。

 それでも十分な量の粘液は採れたので、十分に依頼は果たせたと言える。


「ええ、これだけあれば、かなり保ちますよ。投げ売りでもしなければ……」

「しばらく見ないと思っていたら、こっちに来てたのか、サルゴン」

「はい、トールさんのおかげで昇進できましたよ。ありがとうございます」


 出張所の裏手の解体場でトールたちを出迎えてくれたのは、以前よく世話になっていた職員だった。

 今はこの血流しの川の出張所の現場主任になったらしい。


「ああ、そうそう、良かったらこれどうぞ」


 茶角族の青年は、気さくな笑みと一緒に葉包みを手渡してくる。


「血吹き魚のアラです。猫たちのお土産にでも」

「ふふ、何だか懐かしいな。ありがとう、感謝するよ」


 翌日も同様な感じで川スライムの狩りを終え、週明け、トールたちは訓練場へ足を伸ばした。

 前からちょくちょく若手冒険者のシサンらに稽古をつけていたのだが、そこにいつの間にかロロルフらの雷鳴兄弟組も加わって定期的な催しになっているのだ。


 模擬戦闘などを繰り返しながら、合間にシサンらの悩みや愚痴を聞いてやる。

 最近はようやく稼ぎが安定してきたものの、前はかなり切り詰めた生活を送っていたらしい。

 トールとしても他人事ではない話だ。

 もっとも、悩みがほとんどないようなメンバーもいたりするが。


「みろよ、ムー! これ捕まえんのすっげぇたいへんだったぜ! 森の中、めちゃくちゃあるきまわったし!」

「うわぁ! こんなでっけぇのよく捕まえたな」

「ほしい! ちょーだいちょーだい!」


 カゴから取り出した巨大なかぶと虫を自慢する赤毛のリッカルに、次男のニニラスとムーがかぶりついて称賛を与えている。

 それを横目で見ながら三男のググタフと、弓使いのヒンクが顔を合わせてため息をついていた。


 そのうち日も暮れてきたので、緑樫の木立亭へ移動する。

 この後の宴会も、すっかり定例になっていた。

 今では予約せずに、専用の席が用意されているほどだ。


「まだ、荒野には来ないのか?」

「はい……、装備もスキルも基準には達していると思うんですが、ロロルフが魔技使いが入るまではって……」

「そうか、まぁ焦って無理をすることはないしな」

「それに多分ですが……、遠慮してると思うんです」


 雷鳴兄弟組の盾を預かるディアルゴは、麦酒のジョッキを飲み干して話を続ける。


「僕らまで行くと、その……馬車の都合が……」


 現在の荒野へ行き来する馬車は、数が限られているせいで予約が取りにくい状況である。

 そこへ割り込めば、トールたちの移動に差し支えが出ると、気遣っていたようだ。


「ああ、気を使わせているな。すまない」

「いえ、酔った勢いでつい……。今のは忘れてください」


 酒が進み未成年者たちが先に帰ったころ、宴に新たな参加者が現れた。

 大きな盾を背負った執事と、翠羽族の双子である。

 荒野から帰ってきたばかりのようで、その目には激しい疲労が見て取れる。


「お疲れ様です、トールさん」

「……今、もどったぞ」

「……幼い子はもう眠ってしまったか」

「お、ご帰還か。あの跳ねっ返り娘は居ないのか?」

「お嬢様は先に帰宅されました。色々とありまして」

「そうか、たいへんだったようだな。詳しく聞かせてくれるか」


 頷いたゴダンはジョッキを傾けてから、冒険の一部始終を話し始めた。

 


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【コミカライズついに145万部!!】
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