新たな装備と新たな依頼
いきなり現れた老人は、大股で長椅子へ近付いてきた。
そして滑るような動作で、伯父と呼んだザザムの横に腰を下ろす。
部屋の主の許可も得ず座り込んだ老人は、じろりとトールを睨みつけながら口を開いた。
「まったく、呼び出しを受けてから、随分と遅かったのう」
「お久しぶりです、……ダダン局長殿。お変わりなくお元気そうで」
「ふん、その呼び方はくすぐったいわ。いつも通り師匠でいいぞ」
先ほど聞いたような文句を繰り返した老人は、小さく鼻を鳴らしてみせる。
急に出てきて思うままに会話を始めた恩師の姿に、トールは呆れたように息を漏らした。
それから、まっさきに浮かんだ疑問を口にする。
「では、師匠」
「なんじゃ?」
「今のやり取りは全部、師匠の仕込みですか?」
「ふん、そういきり立つな。親心じゃて、親心」
ピクリと眉を動かした弟子に向かって、ダダンはわざとらしく口角を持ち上げた。
「破れ風の荒野が、失望の荒野と呼ばれておるのは知っとるじゃろ。あそこはな、白硬や黒鋼どもが見切りをつけやすい場所なんじゃ。この先に進めるかどうかってのをな。……ざっと四割、半数近くが引退を決める場所なんじゃよ」
押し黙ったトールたちの反応を確認したダダンは、軽く息を吐いて説明を続ける。
荒野からは擬態したり、生半可な攻撃では通用しないモンスターばかりとなる。
戦闘も長引き、負傷者も増える事態に加え、移動もままならない厄介な環境も激しく消耗を強いてくる。
トールたちは相性が良すぎてほとんど気づいていなかったが、普通であればもっと苦戦を余儀なくされる状況だったのだ。
それに何とか荒野に適応できたとしても、その先には恐ろしい沼地と永久不滅と名高い地下牢獄が控えている。
諦めの二文字が、脳裏を横切るのも無理はないと。
「そろそろ、お主らにも迷いが生まれた頃合いじゃと、……その、心配になってな」
「だから試したと」
「ま、杞憂で何よりじゃ。ほれ、伯父上、例の物を」
「うむ。心意気は認めるが、それだけでどうにかできるなら苦労はせん。なので、わしらからも助勢させてもらうぞ」
そう言いながら神殿長は、どこからか箱を二つ取り出してローテーブルの上に置く。
蓋を取り去られ現れた中身に、ソラとムーが揃って弾んだ歓声を上げた。
一つ目は、子ども用の小さな長靴であった。
紫の縞模様が美しく入った獣の皮で作られているようだ。
もう一つは冠。
といっても大きさは手のひらに乗るほどで、滑り落ちないよう髪にさして留める部分がついている。
中央に紫に輝く石がついており、ギザギザの稲妻を模した突起ががぐるりと上部を覆っていた。
「それでは、叙階の儀を始めよう」
急に重々しい口調に変わったザザムは、おもむろにムーに向かって右手を伸ばす。
手のひらを子どもの頭部に近づけた状態で、神殿長は言葉を続けた。
「ギギロ様の大いなる加護を宿すそなたには幹の下階位が相応しいであろう。不正を許さず、誇りを持ち、他者を敬う精進を忘れぬよう、この祭具を授ける」
「これ、くれるのか? ありがとう、じいじ!」
厳粛な儀式だと欠片も理解していないムーが、指さされた冠と靴に紫の目をキラキラさせる。
さっそくソラに手伝ってもらって祭具を身につけた子どもは、自慢げにその場でクルリと回ってみせた。
「にゅふふ、どうだ? トーちゃん」
「ああ、良いんじゃないか」
「うわー、カワイイね、ムーちゃん」
「うむうむ、ぴったりじゃ」
「うんうん、よく似合っとるのう」
一転して孫を見守る祖父の顔つきになった老人たちは、さっきまでの威厳など、どこ吹く風とばかりに相好を崩す。
そしてトールたちの視線に気づいたのか、軽く咳払いをした神殿長は声音を平常に戻した。
「では、ちょいと説明をしておくか。その冠は受雷の小冠といってな、ま、雷をより多く受け止める祭具と思えばいい。そっちの靴は雷獣の革靴。これで少しは歩きやすくなるじゃろうて」
「色々とありがとうございます。二つも頂いていいんですか?」
通常、新たな階級を授かる際に与えられる祭具は、一つのはずである。
「うむ、それは期待の前払いというやつじゃ。それに失うのが惜しいと言ったのは、紛れもないわしの本心じゃしのう」
黙って頭を下げるトールへ、ザザムは愉快そうに笑ってみせた。
それから長い白髭をしごきつつ、さらりと付け加える。
「ああ、それとこれからは、毛皮の牙の部分を供物として頼むぞ」
「尻尾と違うんですか? あと幹の階位ってなんですか?」
とうとう好奇心に抑えきれなくなったソラが、矢継ぎ早に質問を繰り出す。
少しだけ驚いた表情になったザザムだが、神官特有の教え好きが顔を出したのか楽しそうに解説を始めた。
「まず階位というのは、役割によって分かれておる。これは知っとるか?」
「へー、初耳です!」
「ふむ、では一から講義してやろう」
神官位の階は、大きく分けて七つ。全て樹の部位に由来する名前がついている。
まず最上位は、冠の階。
これは教えを統べる者に与えられ、全ての神官を統率する存在となる。
次に上級の階位として梢の階。
教えを尊ぶ者として認められた存在で、神殿長などを務める祭司に与えられる。いわゆる管理職でもある。
その次の中級の階位は三種類に分かれており、葉の階、幹の階、枝の階という名前だ。
葉は教えを広める者。
伝道者の役割を担う。神殿務めの神官の多くはこれである。
幹は教えを守る者。
守護者の役割を担う。ユーリルやムーのように、主に冒険者などに与えられる。
枝は教えを支える者。
奇跡の実行者であり、教導師、医術師、審理師などの職業持ちを意味する。
その下の階位は芽の階。
教えを学ぶ者であり、すばり見習い神官たちである。
最後に一番下ではあるが、最も重要な下級の階位が根の階
教えに従う者と呼ばれ、主に一般信徒を指す。
ただこれらの階位は冠を除き、さらに上中下の三位に分かれる。
しかも階位自体も単純な上下の位置付けではなく、根の上階位となれば中級の階位以上のもてなしを受ける場合もあったりする。
それはなぜかと言うと、お布施による影響力というものがあるからだ。
この中で神殿での職務を持たない幹の階位、枝の階位、根の階位は献納の義務があり、その収入によって捧げる度合いが決まってくる。
それらは獣の部位で示してあり、尻尾は収入の十分の一、牙は十五分の一、爪は二十分の一となる。
さらに上位となると前脚の二割、後脚の三割の献納などもあるらしい。
先日の探索の収入は銀貨二十一枚と大銅貨六枚であったが、実はユーリルの取り分である四分の一から、さらにその一割にあたる大銅貨五枚が天引きされていたので正確には銀貨二十一枚と大銅貨一枚だったりする。
ようやく疑問が解消されたのが嬉しかったのか、ソラは満面の笑みを受かべてみせた。
解説役を取られた元教職のユーリルは、少しばかり耳先をピクピクさせていたが。
話が一段落ついたところで、ダダンがさり気なくトールに話しかけてくる。
「ところで、少しばかり聞いてほしいことがあるんじゃがのう」
トールが頷くと、わざとらしくホッと息を吐いてから局長は用件を話し始めた。
ここしばらくの間、トールは新たな狩り場である荒野に出向いていたのが、その前の一月ほどは、血流しの川の河原にこもってスライム狩りに勤しんでいた。
冒険者が持ち込む素材は、基本は固定値の買い取りとなっている。
これを変動させてしまうと、ただでさえ不安定な冒険者の生活が、余計に厳しいものとなってしまうからだ。
そのための救済策である面が大きい。
だが持ち込まれた素材を加工し販売する際には、自由な価格となる。
つまり価格は市場の原理に従って、品物が溢れれば安く、少なくなれば高くなっていく。
むろん独占市場ではあるので極端に上下することはないが、たまに担当者がやらかしてしまうことがあるのだ。
それが今回のスライムの粘液である。
ようするにトールたちが川スライムを狩りすぎて、供給過多にしてしまったのが原因らしい。
そもそもスライムの粘液は様々な用途があり、放っておいても安定価格を保てる商材である。
だが倉庫を圧迫する量に、買い取り所の所長の一声で投げ売りとなってしまう。
そこを目端の利く職人どもが、いっせいに買い付ける。
あらかた売り払ったあとで、トールが血流しの川の狩り場をあっさり巣立ってしまったというわけだ。
水神季も終わったこの時期は雨もあまりなく、川スライムの発生もかなり治まってしまっている。
なので雷鳴三兄弟たちお手製の土砂山の橋は、週に一度、河原に顔を出して直に<復元>する程度で維持できていた。
「つまり、職人たちから突き上げを食らっていると」
「すまんが、今週末辺り少しばかり河原へ出向いてくれんかのう。天報師によると、少し雨が降るようじゃて」
「……良いですけど、ずっとは無理ですよ」
「そりゃ重々承知しとる。いやはや、これで一安心じゃ」
調子良く頷いてみせるダダンに、トールは疑惑の目を向けた。
どうも良い話のついでに見せかけて、こちらが本命のような気がしてならない。
「もしかしてその依頼のために、そこにずっと隠れていたんですか? 師匠」
「まさか、そんなことあるわけ……」
「だから来るのが遅いと、不平を言ってたんですね」
おそらくトールたちが内街に入る度に、その情報が局長室まで届いていたに違いない。
しかし前回は探求神殿にしか立ち寄らなかったため、待ちぼうけを食わされたのであろう。
図星を指されたのか、老人は慌てて付け足す。
「そうそう、引き受けてくれた礼にちょっとした贈り物もあるぞ。Cランク以上にしか貸し出してないやつでな。きっと役に立つはずじゃ」
「お困りのようなのでやらせていただきますが、しりませんよ、サッコウ副局長に叱られても」
「う、あやつの名前はうかつに出すな。どこで聞いとるか分からんぞ」
無事にムーの任命も終わったので、トールたちは礼を言って立ち上がる。
ねぎらいの言葉を口にしながら、ザザムは重々しく頷いてみせた。
「命がけの場所でよく見聞きすることは、何事にも代え難い経験になる。くれぐれも、その子を頼んだぞ」
「ええ、いつも通りできるだけのことをするつもりですよ」
「ふむ。ところでやはり幼子には、基礎的に学ばねばならんことも多い。週二日ほど、空きが作れるかのう?」
「その件でしたら、すでに探求神殿で引き受けておりますよ、ザザム神殿長殿」
耳先をピクリと動かしたユーリルが、素早くトールたちの会話に割り込んでくる。
「む、そうなのか?」
「一応、考えておきますとは」
「なら、問題はないな。雷神様のことを学ぶには、ここ以外にあるまいて」
「いえ、子どもの学習においては、探求神殿に勝る場所はございませんよ」
互いに自らの神殿の良さを主張し始めた二人に呆れたのか、ソラがくるくる回っていたムーに尋ねる。
「本人にきいた方がはやいですよ。ねー、ムーちゃんはどっちがいいの?」
「なにがー?」
「探求神殿と法廷神殿、どっちが好き?」
「えーと、やっぱりオーばあちゃんとこかな」
呆気なく決まってしまった答えに言葉を失った神殿長へ、ムーは無邪気に理由を述べる。
「ここは手すりがダメダメだからなー」




