家族として
「あ、これ、しってるぞ。お水でるやつだな」
お気に入りの雨晶石と勘違いしたのか、ムーは机上に置かれた魂測器をお菓子の食べかすだらけの手でペタペタと撫でる。
その横から神殿長の老人は、大柄な身をかがめて水晶玉を覗き込んだ。
「ふむ、<雷針>がレベル2に、<電探>はレベル3。あとは<電棘>がレベル1か。あまり成長しとらんのに、枝三本持ちとはやるのう」
これまでムーが稼いできたスキルポイントは、洞窟を含む小鬼の森で過ごした一ヶ月で、二千六百八十四点。
血流しの川の一ヶ月で、六千三百十五点。
破れ風の荒野の二週間で、一千百三十点。
それに生まれつきの千点を足して、計一万一千百二十九点となる。
下枝スキルはレベルの数値を千倍したものが、その段階に至る必要なスキルポイントである。
ムーの場合はよく使うスキルを優先に、三つの枝全部へ割り振ってあった。
理由としては、スキルをいちいち育て直すために、<復元>を使う余裕がなくなってきたというのが大きい。
そもそもムーの持つ三つのスキルは全てゆっくり成長する順当型なため、一つだけ伸ばしてもあまりメリットがないのだ。
順当型というのは、レベルが上がるたびに数値が変化するのだが、その上昇率は緩やかとなる。
それに対しレベル3、6、9で変化する三段型や、レベル5と9で変化する二段型などは成長が遅い分、該当レベルに達すると大きく数値が変動したり、強力な付随効果を得たりする。
変則的であったが、トールの<復元>も二段型の部類に入る。
またソラの<反転>や<固定>もレベル3まで上げて調べてみたが、数値に変化がなかったため同じく二段型のようだ。
この辺りの大器晩成型は、中枝か上枝スキルによく見られる成長の型でもある。
「ムーはやっぱりすごいのか? じいじ」
「うむ。この育ち具合で、枝が二本も増えとるのは余程のもんじゃて。しかも、見たことのない特性果までついとるし、天賦の才に溢れておるのは間違いないのう」
「そうかー、てんさいか。さいのーあふれてるのか」
どうやら神殿長はトールの<時列知覚>ほどではないが、他人が持つ特性まで見抜けるらしい。
上枝スキルまで育てると<雷眼看破>の上位特性を授かると聞いたことがあるが、おそらくそれを所有しているのだろう。
ほめられて楽しそうにクッキーをむさぼるムーを眺めながら、ザザムは何気なく言葉を続ける。
「だが、この程度なら、あまり役には立っておらんじゃろ。わしの方で引き取って、鍛えてやることにするか」
「えっ?」
いきなりの宣言に、ソラが驚いて目を見開いた。
その隣でカップをテーブルに戻したトールが、静かに断りの言葉を返す。
「いえ、こいつはうちの重要な戦力です。お断りさせていただきますよ」
「まあ、話を聞け。ちゃんと代わりの優秀な戦士や雷使いを紹介してやる。中枝スキルまで育っておる奴らじゃて、この子が抜けた穴を埋めるには十分だと思うがのう」
「ムーちゃんの代わりなんていませんし、いりません!」
声を強張らせる少女に、ムーがびっくりして顔を上げる。
話題が自分のことだとは、全く分かっていなかったようだ。
感情を露わにするソラに対し、老人は淡々と話を進めていく。
「この子の才能は得難いものじゃ。それはお主らも、よく分かっておるようじゃがな。だがこの子は幼い。体も出来上がっておらん幼子を、わざわざ危ない場所へ連れ回すのは、明らかに間違っとる。そう思わんか?」
もっともなザザムの指摘はトールの鼓動を強く打ちならし、その脳裏に一つの場面を思い起こさせた。
血流しの川の河原で、赤水の邪霊に胸を突かれて吹き飛ぶムーの姿だ。
黙ってしまったトールの耳に、齢を重ねてきた重みのある声が響く。
「別に冒険自体を止めろというわけではないぞ。忌まわしき怪物どもを打ち倒し、技能樹を育てるのは最重要の修養であるからのう。しかし、それが今である必要は? もっと体と心を鍛えてからでも遅くはないじゃろうて」
「そ、そうかもしれませんけど……」
懸命に言い返すソラをじろりと見たザザムは、首を横に小さく振りながら声音を細めた。
「わしは恐れておるのじゃ。このような稀有な才能が、無謀な行いで失われてしまうかもしれんとな」
その言葉は、街を襲った大発生の際にムーが外門から閉め出され、あわやという事態になりかけた過去を持つソラの心に鋭く突き刺さった。
言葉を失う少女の代わりに口火を切ったのは、今まで無言で茶を嗜んでいたユーリルだった。
「つまり、私たちはムムさんを連れ回し利用してるだけなので、さっさと手放せと?」
「そうは言っておらんがのう。ちと邪推し過ぎではないか?」
「優秀な手駒を欲しているようにしか見えませんが?」
「いやいや、わしはこの子が健やかに育つ手助けをしたいだけじゃて」
ひょうひょうと言葉を返しながら、老人は動きを止めたムーの頭を優しく撫でてみせる。
「こんな小さい子どもに、大の男でもきつい瘴地の奥を歩かせるなど、わしにはとうていできん仕打ちじゃ。どうじゃ、この子はお主らにちゃんとついていけておるか? かなり無理をさせておるのではないか?」
確かに風や砂がきつい破れ風の荒野は、年端もいかない子どもに向いた環境とは言い難い。
それは同じように体力不足を痛感しているユーリルにとって、答えに詰まる質問であった。
「ここでなら、安全で不自由せずに暮らせることは間違いないぞ。……さて、どうじゃ?」
ムーが仲間に加わったきっかけは、その境遇をソラが哀れんだからである。
トールがムーを冒険に連れ回したのは、子どもを鍛え独り立ちできるようになるまで面倒をみる気になったからである。
ここで雷神の神殿にムーを預けることは、発端と過程から考えれば何も間違ってはいない。
反論を封じられたトールは、何も言えずムーへ視線を向けた。
紫色の瞳は出会った頃と同じように、いかなる感情も含まずまっすぐに見返してくる。
「なあ、ムー」
「なんだ? トーちゃん」
「冒険、楽しいか?」
「うーん、はんぶんくらいかな」
「あとの半分はなんだ?」
「えーとな、ねむかったり、おなかすいたり、しんどかったりするなー」
「……そうか」
「でも、ねむいとトーちゃんがおんぶしてくれるし、おなかすくとユーばあちゃんがごはん作ってくれる。しんどいとソラねーちゃんが、お風呂いっしょに入ってくれるし。だから、のこりのはんぶんは、うれしいだぞ!」
子どもの言葉に、トールは再び思い起こす。
ムーとともに見た、真っ赤な川の向こうに広がる朝焼けの光景を。
そして荒野の果てから、あらゆるものを照らし出す夜明けを告げる太陽の姿を。
ずっと独りであったトールにとって、誰かとともに景色を眺めることは、それまで知らなかった深い喜びだった。
「そうだな、トーちゃんもお前と色んな景色が見れて、すごく嬉しいぞ」
「そっかー! また見たいな、トーちゃん」
老人へ向き直ったトールは、はっきりと決断を口にする。
「申し入れはありがたいですが、やはりお断りさせていただきます」
「それでいいのか?」
「ええ、こいつはもう俺たちにとってかけがえのない存在なんです。離れるなんてできません」
「だが、危険でもあるぞ」
「守ってみせますよ。大事な家族ですから」
その宣言に、ムーの両目が再びキラキラと光を帯びた。
ぴょんと長椅子から下りた子どもは、テーブルを回り込んでトールへ勢いよく飛びついた。
首に手を回して頬をすりつけると、小さく喉を鳴らし始める。
ゆっくりと抱きしめ返したトールは、少しだけ困った顔で会話を続けた。
「それに俺たちまで離れたら、たぶん期待しているような結果にはならないと思いますよ」
家族に二度も捨てられたと知れば、ムーはおそらく心をもっと閉ざしてしまうだろう。
そうなれば、生まれ持った<感覚共有>の特性も、二度と効果を発揮することはないと。
トールとムーが抱き合う姿に、ユーリルとソラも安堵の息を吐く。
その様子に偉丈夫な老人は、大仰に肩をすくめてみせた。
「ふぅ。どうやら、賭けはわしの負けのようじゃな」
「な、わしの言った通りじゃろ、伯父上」
神殿長の言葉に重ねるように、不意に誰かの声が響いた。
同時に奥にあった机の向こうから、人影が顔を出す。
茶目っ気を含んだ笑みを浮かべていたのは、この境界街を統率する長ダダンであった。




