法廷神殿
街庁舎に隣接する大きな建物が、トールたちの次の目的地であった。
法廷神殿。
雷神に仕える神官たちが、神より授かった力を以って罪を見抜く場である。
審理師と呼ばれる彼らは街から裁判権を与えられ、日々持ち込まれる事件を国法や街法に則って審判し、真実を明らかにしながら裁きを下す役割を担う。
もっとも咎人の逮捕や犯罪の証拠集め、また刑罰の執行を受け持つのは冒険者局の役割であるが。
回廊を抜け両開の扉をくぐると、中には大きな空間が広がっていた。
左右の壁から伸びる飾り柱は、優雅に弧を描きながら高い天井まで続いている。
さらに壁自体も、紫の糸で複雑な刺繍が施された垂れ布で覆われていた。
床にはずらりと奥へ向かって並ぶ長椅子。
中央にポッカリと空いた通路の先へ目をやると、突き当りに屹立する巨大な人の姿が視界に飛び込んでくる。
長い槍を持つ三眼の男性――雷神ギギロの立像だ。
それら全てに高所に設けられた魔石灯の柔らかい光が降りそそぎ、幻想的な光景として浮かび上がらせていた。
「うわー、すごいね……」
「ソラさん、こういう見栄えだけにこだわった飾り立ては、神の教えからは程遠いただの虚栄心の表れですよ。良い勉強になりましたね」
「えっ、あっ、はい」
「なー、トーちゃん。なんであの人、はだかなんだ?」
「いや、ちゃんと腰に布を巻いてるだろ」
「あっ、おふろ入ってたのか? ふろ上がりかー」
「にしても、すっごく大きいねー。わたしの三倍はあるよ」
「ソラさん、ストラ本国にあるストラージン様の像でしたら、あれの五十倍はありますよ。今度、見に行きましょうか」
「えっ、あっ、はい」
「そろそろ行きましょうか。こっちで合ってるかな」
どんどんユーリルの周囲の気温が冷え込んできそうなので、トールは慌てて一行を促した。
横の扉を抜けると、そこは小さい広間になっていた。
二階へ続く大きな階段があり、大勢の人間が行き交う姿が見える。
一瞬だけ目を輝かせたムーだが、飾り立てられた細い手すりに大きなため息を吐いた。
中央の柱の手前にある受付らしきカウンターで尋ねると、すでに連絡は届いていたようだ。
すぐに紫の祭服姿の男性が来て、神殿長の部屋まで案内してもらえることになった。
大聖堂で思わず声を出してしまったことで、神域での禁則を守ることを諦めたようだ。
長い廊下を歩きながら、ソラが小声で尋ねてくる。
「ねー、トールちゃん。罪を見抜くって、うっかり、まちがえちゃったらどうするのかな?」
「罪というか、嘘を見抜くんだよ。審理師の特性とやらで、だいたいの嘘はバレちまうんだよ」
正確には審理師ではなく、雷使いの特性である。
下枝スキル二本と中枝スキル一本を完枝状態にすると、雷精樹の主はとある特性を得ることができる。
それが、対象の真偽を見抜くことが可能となる<雷眼看破>と呼ばれるものだ。
モンスターと近距離で対峙し、その攻撃を躱すためには、対象の動きの虚実を察する必要がある。
そのために与えられた特性であるが、人間に対しても応用が利くというわけだ。
雷使いの多くはこの特性を得て、審理師へ転職するのが定番の流れらしい。
ちなみに土地争いや相続問題などでは<雷眼看破>の出番はほぼないので、普通に法律を勉強しておかなければならない。
さらにそれ以外にも、決闘師を代理にした決闘裁判などもあったりするようだが。
「なるほどねー」
「魔技は極めていくと、だいたい神殿に就職先があるぞ。ほら<風読>持ちは、天報師になったりする感じだ」
「へー、面白いね。ムーちゃんも、その審理師さんになるの?」
「ムーはかぶと虫をつかまえるしごとがいいな。あとパンやさん」
「あ、わたしもそっちがいいなー。毎日、食べホーダイだね」
「売り物、食べてちゃ商売にならんだろ」
ちょうど会話の区切りがいいところで、目的地に着いたようだ。
扉をノックした案内の男性は中へ用件を伝えると、トールたちに一礼して去っていった。
「――入れ」
「お邪魔します」
神殿長の部屋は、大聖堂と変わらぬ豪華な装いであった。
広々とした床には毛足の長い絨毯が敷かれており、部屋のあちこちには磨き上げられた黒檀の家具がさり気なく置かれている。
部屋の中央には、ローテーブルを挟んで向かい合わせに革張りの長椅子があり、その一方に紫の衣をまとった老人が腰掛けていた。
頭頂部からは見事に髪は失せてしまっているが、その代わりのように真っ白な髭が腰の辺りまで伸びている。
鋭い眼差しに、固く結ばれた口元。
ガッシリとした体つきとピンと張られた背筋の様は、年老いた人間とはとても思えない。
「適当に座れ。ああ、その子はここじゃ」
老人の隣に座らされたムーは、興味津々な表情でその顔を見上げる。
対面にトールたちが腰掛けたのを見計らって、老人は再び口を開いた。
「神殿長のザザムだ。話は聞いとる」
そう言いながら神殿で一番偉いはずの人物は、無造作にローテーブルの上に置かれたティーポットを持ち上げた。
テキパキとトールたちの前に置かれたカップに、赤みを帯びた茶を注いで回る。
さらに大皿に盛り上げたクッキーを、子どもの前に押しやった。
「ほれ、好きに飲み食いせい。まったく、呼び出しをかけてから、随分と遅かったのう」
「これ、たべていいのか!?」
「いただきまーす!」
「遅くなってすみません」
「ああ、別に怒っとるわけじゃない。楽しみを伸ばされた老人の嫌味じゃて」
クッキーを両手に鷲掴みして頬張るムーの姿に、ザザムはわずかに顎を持ち上げてみせた。
その紫の輝きを秘めた両の眼が、ゆっくりと細められる。
「ふーむ。噂になるだけあって、面白そうな実がなっとるのう」
「これおいしいぞ! じいじもくうか?」
「いや、いらん。歳食うと、どうも粉っぽい物は喉に詰まりやすくてな。さて、ちょいと見せてもらうぞ」
そう言いながらザザムがテーブルの上に置いたのは、お馴染みの水晶玉であった。




