混交の病
神殿長の頼み事は、簡単なものだった。
体調を崩した幼子、ルデルを薬房まで運んでほしいというだけである。
神殿の敷地内に薬房があるのは不思議に思っていたが、教育施設を兼ねる場所のため、体調不良を起こす生徒の面倒をみる役割も受け持っているらしい。
幼子を連れたトールたちが薬房を訪れると、ちょうど灰耳族の女性たちは優雅にお茶を嗜んでいるところであった。
来客に気づいたオードルが、片眉を持ち上げて歓迎の意を示す。
そして、トールが抱きかかえる子どもの様子に気づいて、すぐに立ち上がった。
「おや、ルデルはまた具合が悪いようだね。こちらへ連れてきてくれるかい」
そう言いながら薬合師は、部屋の奥の低い扉を開く。
中はかなり広く、本棚やベッドが置いてある点からして、オードルの私室のようである。
指示されたベッドに靴を脱がした子どもを寝かしつけると、ムーが覗き込んでペタペタとその体に触れ出した。
「ルー、おなかいたいのか? げんきだせ!」
「君は優しいね、大丈夫、すぐに良くなるよ。ちょっと息が苦しいのかな」
オードルが幼子の襟元を緩めると、喉と胸元に広がる青い鱗が現れる。
しかしよく見ると、子どもの額には小さな出っ張りも存在していた。
トールの視線に気づいたのか、オードルはあっさりと説明してくれる。
「この子は茶角族と蒼鱗族の間に生まれた子でね。それで、たまにこうなるというわけさ」
心当たりがあったトールは、黙って頷いた。
六大神の恩恵を受ける六つの種族は、その血に多大な加護を宿すようになる。
各種族に現れる目立つ身体的な特徴などは、その証であるといわれている。
身体に深い影響を及ぼす加護であるが、強すぎる守りは時に毒へと変わりうるものだ。
二種族の血が混じり合うと、まれに拒絶反応が起きてしまう場合がある。
それが混交病と呼ばれる疾患だ。
混じり合った血によって症状は異なるが、完治は難しいため発症すると長く苦しむことになる。
人によっては、成人まで生き長らえるのも難しい事例があると聞く。
額に薄く汗を浮かべる幼い子どもに、薬合師は安心させるように話しかけた。
「今、お薬あげるからね。もうちょっとの我慢だよ」
カーテンを開けて風を通したオードルは、窓際の机に置かれていた小さな水差しを手にとった。
珍しいガラス製の容器は、青く澄んだ液体で満たされている。
子どもの頭の後ろに大きな枕を置いて上体を起こさせた薬合師は、その口元に水差しを近づけた。
喉元が二度ほど動いたのを確認して、オードルは再び子どもを寝かしつける。
即効性の薬湯なのか、子どもの顔色はすでに戻りかけており、呼吸もなだらかに変わりつつあった。
「よし、これで一安心と。お手伝い、助かったよ」
「ルー、げんきになったのか? ありがとうな、オーばあちゃん」
「手伝いなんて、大したことはしてませんよ」
「いやいや、ほらこの薬。これも君たちのおかげだよ」
青い薬湯が残る水差しを軽く揺すってみせたオードルは、灰色の瞳を少しだけ輝かせる。
そして疑問符を浮かべるトールへ、言葉の意味を明かした。
「これ、先日、君たちが取ってきてくれた青冠草が原料なんだよ。それと千棘花の雫もね」
「そうだったんですか。血止め薬以外にも使えるんですね」
「ああ、青冠草は血の病全般に薬効があるんだよ。それに千棘花の雫には体力を戻す働きがあるから、ほらこの通りというわけさ」
「意外と凄かったんですね、あの草たち」
「瘴地で育つものは特別だからね。普通の薬草とはわけが違うよ」
そういった後、オードルは顔を曇らせた。
「ただ、この薬は症状を和らげるだけで、治すものじゃない。完治にはもっと強い――」
そこでいきなり響いたノックの音が、灰耳族の女性の会話は中断させた。
扉の向こうから顔を出したのは、向こうの部屋に残っていたソラであった。
「オードルさん、ルデルちゃんの調子はどうですか?」
「うん、もう大丈夫だよ」
「ふー、良かったね、サラリサさん」
「はい……」
少女の呼び掛けに答えたのは、意外な人物であった。
そのまま女性は、ソラと連れ立って部屋に入ってくる。
心配そうに顔を曇らせていたのは、先日ともに荒野を歩いたばかりの案内役のサラリサだった。
トールたちに小さく頭を下げた蒼鱗族の女性は、ベッドで横になる子どもの姿に深々と息を吐く。
「ご迷惑をおかけしました……」
「ぜんぜん、迷惑なんかじゃないですよー」
「もしかしてこの子は?」
「はい、義兄と姉の子です」
姪っ子を迎えに来たサラリサだが、体調を崩して薬房に運ばれたと聞いて慌てて駆けつけてきたらしい。
そこでトールたちと、ばったり出くわしたようだ。
「では俺たちは用事があるので、この辺で」
「サラリサさんもまたねー」
「ありがとうございました……」
「またちょうちょ見にくるぞ、オーばあちゃん! ルーもよろしくなー」
「はいはい、またおいで。ユーリルは、もうちょっと体力つけなよ」
「そうですね。ではお願いした薬は、後日寄せてもらった際にでも」
薬房を後にしたトールたちは、内街の中心部にある大きな広場へ足を向けた。
歩きがてら、ソラが励ますようにムーへ話しかける。
「お友だち、元気になってよかったね、ムーちゃん」
「ともだち?」
「ほら、さっきのルデルちゃんだよ。おとなしそうだけど、かわいい子だったね」
「ルーはともだちじゃないぞ」
「え、そうなの?」
「ルーはこぶんだぞ!」
「えー、じゃあ、わたしは?」
「ソラねーちゃんはかぞく! トーちゃんとユーばあちゃんも!」
当たり前のように答える子どもの姿に、トールはふと思いつく。
猫と一緒に暮らしてきたせいで、ムーの中では群れの仲間と、その手下の二種類という分け方が出来上がっているのではと。
ムーの<感覚共有>に含まれるのは、その辺りが関係してくるのかもしれない。
考え込む間に、一行は広場の一角にある大きな建物にたどり着く。
ずらりと石の柱が並ぶ回廊に出迎えられて、ムーは弾んだ声を上げた。
「すごい、ここが雷の神さまのおうちか。氷の神さまのとことは大ちがいだな!」
その言葉に穏やかな表情のまま、ユーリルが音もなく前に出て子どもの肩に手をおいた。
そして氷のような口調で話しかける。
「大事なのは信仰の心なのですよ、ムムさん」




