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真夏のタトゥー(脚本)

作者: ヒト

登場人物表

篠井誠(18)(6)

花山希(18)

吉田功太(18)

蓮舫隼人(52)

植田多紀(49)

 西道良哉(36)

篠井莉子(21)(9)

篠井美子(44)(26)

 篠井雄平(34)

玉造剛二(56)

 花梨(14)

 若菜(14)

 多恵子(69) 

 明美(61)

 門前忠(54)

 奈津美(22)

 依田啓太(56)

 若者A、B、C

軍手にマスクの男性四人組

  吉田の隣に住むアパートの中年女性

  中年男性

  ドアマン

 多恵子の夫・老人

警備員

  若い女性三人組

その他


○国道二十七号線・坂道(夕)

  路側帯をママチャリで進む篠井(しのい)誠(18)。

  苦しそうな表情の篠井。

  篠井のはるか後ろの方に、電動機付き

のママチャリ自転車を漕ぐ花梨(14)

と荷台に座る若菜(14)。


○篠井家・賃貸アパート・全景(夜)

洋風で小奇麗な建物。

駐車場の端に置かれた一台のママチャリ。


○同・篠井の部屋(夜)

敷布団が敷かれたままになっている。

本棚に並べられた漫画。

インサート―漫画のタイトル「赤餓鬼」

机の上に重ねられた数学、生物の参考書や大学受験用の赤本、スマフォ、小さな置時計。

机に向かってペンをはしらせる篠井。

インサート―篠井の手元「計算式の途中から、『赤餓鬼』の主人公ライアの顔を描いている」

集中している篠井の目。

インサート―ペン先「ライアの肩に剣のタトゥーを描く」

突然篠井の机に投げつけられる小さな小包。

驚いてドアの方を見る篠井。

開いたドアの隙間からにやりとこちらを見つめる篠井莉子(21)の姿。

インサート―「包装されたコンドーム」

コンドームを見つめて固まる篠井。

  再びドアの方へ視線を移す篠井。

  半開きで莉子の姿はない。

  慌てた様子で周りを見渡す篠井。

  ドアを閉めて、鍵を締める篠井。

敷布団を背に座り、落ち着かない様子

の篠井。

  ガチャッと玄関扉の開く音。

美子の声「ただいまー」

莉子の声「おかえり」

美子の声「なんや、莉子もう帰ってきとっ

たん」

莉子の声「うん、今日はオフやったから。ああ、持つ持つ」

  ビニールのカサカサする音。

美子の声「あー疲れた。誠は?」

莉子の声「知らん」

  突然篠井の部屋のドアがノックされ

る。

  ビクッとする篠井。

美子の声「ちょっと開けるでー、あれ何や

鍵か」

  鍵を開ける篠井。

開くドア。

  覗く篠井美子(44)。

美子「何や、寝てたんか」

篠井「いや……」

美子「勉強とか向いてないんやから。はい、

差し入れ」

  篠井に袋入りのアイスを渡す美子。

  受け取る篠井。

  奥から篠井を睨むビニール袋を抱え

た莉子の姿。

篠井「(小声で)お姉ちゃんのは」

美子「あるわ」

  莉子の姿を気にしながら小刻みに頷

く篠井。


○同・キッチン(夜)

フライパンで玉ねぎと鶏肉を炒めるエプロン姿の莉子。

欠伸をしながら隣でキャベツの千切りをするエプロン姿の美子。

ソーセージの袋を開封する莉子。

美子「いっ」

莉子「切った?」

  素早く火を消して、キッチンの引き出

しから絆創膏を取り出す莉子。

美子の指に絆創膏を巻く莉子。

莉子「あとはやっとくから」

美子「姉ちゃんは頼りになるなあ。あ、じゃあ、お風呂先入ってええか?」

莉子「うん」

美子「(立ち去ろうとして)アイス冷蔵庫あるから」

莉子「いらない」

  立ち去る美子。

  キッチンカウンターを見つめる美子。

  インサートー「開封されて散らばった

ソーセージ」


○同・篠井の部屋(夜)

机の上で作業する篠井。

篠井の手元―「赤本を何度も捲って動く隅に描かれたパラパラ漫画の画」

  画に線を書き加える篠井。

  ノック音。

莉子の声「誠ー」

  赤本を閉じて固まる篠井。

  ノック音。

莉子「誠―、ご飯―」

ガチャガチャと上下するドアノブ。

莉子「開けてよ。寝てるの?」

  アイフォンにイヤホンを差して耳に

装着し、目を瞑る篠井。

インサート―スマフォ画面「音量大」


○ 篠井の夢

  辺り全体に鳴り響くポップな音楽。

机の上で目を覚ます篠井。

辺りを見渡す篠井。

  あったはずの敷布団や漫画が無く、がらんとした部屋。

  恐る恐るドアの方へ近付く篠井。

  ドアを開く篠井。

  真っ暗な廊下。

  閉められた莉子の部屋のドア。

響くような莉子の声「ダメ人間。生きてる価値、ないわ。邪魔もの。ゴミ。消えてくれない? 目障りなの。お願いだから。気持ち悪い。本当に気持ち悪い」

  怪訝な表情の篠井。

  少しだけ開く莉子の部屋のドア。

  ドアの隙間を恐々と見つめる篠井。

篠井の耳元に聞こえる莉子の声「そっか。莉子がやれば良いんだ」

  振り向くと髪の乱れた包丁を振りかざす莉子の姿。


○ 同・篠井の部屋

  飛び上がるように目を覚ます篠井。

  辺りを見渡す篠井。

  変哲もない部屋の様子。

  苦しそうにイヤホンを外す篠井。

  イヤホンから漏れるポップな音楽。

  インサート―置時計「二時」  

ため息をつく篠井。

鳴る篠井の腹の音。

おそるおそる扉の方へ歩いていく篠井。

鍵をそっと開けて、ドアノブに手をかける篠井。

隙間から廊下を覗く篠井。

真っ暗な廊下、閉められた莉子の部屋のドア。


○同・廊下(夜)

光るアイフォンを片手に廊下を忍び足で進む篠井。

莉子の部屋の前を前にして、スマフォの明かりを消し、さらにゆっくり進む篠井。


○同・居間(夜)

蛍光灯が点灯して明るくなる室内。

窓際に枯れている大きめの観葉植物、

隅に仏壇が置かれている。

キッチンカウンターの傍に置かれた木製のテーブルの上に散らかったチラシ、醤油入れ。

  壁の電気スイッチに片手を添えて、不

安そうに辺りを見回している篠井。

テーブルの上に注目する篠井。

テーブルの上にラップのかかったオ

ムライス、スプーンとメモ用紙。

  メモ用紙を手に取る篠井。

  インサート―メモ用紙「誠へ 勉強

お疲れさま 姉特製オムライス 感

想聞かせてね 莉子」

メモ用紙を置いてそっとラップを剥

ぎ取る篠井。

卵の上にハート型にかけられたケチ

ャップ。

スプーンを手に取って、匂いを嗅いだ

後、少し口にする篠井。

立ったまま二口、三口と口に運ぶ篠井。

急にむせ出す篠井。

インサート―食べかけのオムライス

「コンドームの被せられた数十本の

ソーセージ」

  震える篠井の手。

美子の声「起きとったん」

  スプーンを落とす篠井。

  欠伸をしてキッチンの方に入ってい

く美子。

オムライスを背で隠す篠井。

美子「莉子のオムライスうまいやろお。何でそんなふわふわに出来るんか、よう分からんわ。今度から美子に作ってもらおかなあ」

 冷蔵庫からペットボトルのお茶を取

り出してコップに注ぐ美子。

美子「あんたもいるか」

篠井「あ、僕は大丈夫……」

  一気に飲み干す美子。

篠井「……お姉ちゃんは?」

美子「爆睡。日頃の練習で疲れとんねん。

明日も朝練らしい。優秀やねえ」

篠井「……」

美子「あんたもたまには息抜きしときや。どこの三流大学行くんか知らんけど」

篠井「……」

  コップを水洗いする美子。

美子「食べたら洗うから、ちゃっちゃと食べえ」

篠井「(慌てた様子で)ああ、いい、いい。自分でやるから。お母さん……ゆっくり寝て」

  篠井を不思議そうに見つめる美子。

美子「そう? じゃ、(欠伸をしながら)おやすみ」

  寝室の方へ向かう莉子。

篠井「おやすみなさい」

  困惑した表情の篠井。

  ソーセージから一本一本コンドーム

をはずしていく篠井。


○同・篠井の部屋

鍵を締めて、ドアに手を掛け静かにドアノブを上下する篠井。

敷布団の上に倒れ込んで天井を見つめる篠井。

目を閉じる篠井。

再び目を開いて、ドアノブを見つめる篠井。

膝を抱え込んで丸くなる篠井。

    ×  ×  ×

敷布団の上に眠っている篠井。

莉子の声「行ってきまーす」

目を覚ます篠井。

玄関扉の閉まる音。

  スマフォを手に取って画面を確認す

る篠井。

インサート―画面「五時半」

寝転んだまま手を伸ばし、ドアを開いて廊下を覗く篠井。

静まり返った廊下、開いている莉子の

部屋のドア。

自分の部屋のドアを閉めて、鍵をかけ再び眠りにつく篠井。

  ×  ×  ×

カーテンの隙間から部屋に差し込む光。

着信音の鳴る篠井のスマフォ。

眠そうにスマフォを手に取って耳にあ

てる篠井。

吉田の声「ご、ごめんね。寝てた?」

篠井「うん……おはよう」

吉田の声「……家……かな?」

  ハッとして起き上がる篠井。


○同・表(朝)

家の前でママチャリに跨ってそわそわした様子の吉田功太(18)。

耳と鼻にピアス、赤色に染めた髪、左腕に剣のタトゥーが入っている。

Tシャツに短パン姿で慌ててママチャリを漕いで出て来て吉田の元へ駆けつける篠井。

吉田「お、おはよう」

篠井「お、おはよう……」

  唐突に同じ方向に向かって勢いよくマ

マチャリをはしらせる篠井と吉田。

  

○同人誌即売会・会場・全景

白いテントが並び、多くの人で賑わっている。


○同・篠井と吉田のブース

慌てるように『赤餓鬼』の画が書かれた数枚の用紙をホッチキスで止める篠井と吉田。

インサート¬¬―『赤餓鬼』の同人誌「耳と鼻にピアス、赤色に染めた髪、左腕に剣のタトゥーが入っている主人公の画」

  ×  ×  ×

テーブルの上に数多く重ねられた『赤餓鬼』の同人誌。

  パイプ椅子にボーっとして座っている

篠井と吉田。

篠井「こないね」

吉田「そうだね」

  暫く沈黙する篠井と吉田。

篠井「あ、映画みた?」

吉田「あ、見たよ」

篠井「あ、どうだった?」

吉田「作画が微妙だった。声優陣ははまっ

てたんだけど、スタッフがパッとしない

というか。でも、声優も役者使ってる辺りはあんまり気にくわないというか。ちょっと宣伝効果狙い過ぎかなあ、というか」

篠井「あ、実写の方だよ」

吉田「あっ」

篠井「あっ」

  篠井と吉田の前に野球帽を被った、歯

の抜けた玉造(たまつくり)剛二(56)。

玉造「(『赤餓鬼』を一冊手に持って)これ」

吉田と篠井「あっ」


○河川敷・小道(夕)

無言でママチャリを漕ぐ篠井と吉田。

篠井のママチャリの籠の中に数冊の『赤餓鬼』の同人誌。

篠井「吉田君」

吉田「何?」

篠井「あっ、もう学校は辞めちゃったの?」

吉田「うん」

  沈黙する篠井と吉田。

  吉田の方をチラチラと見る篠井。

  インサート―吉田の腕「剣のタトゥ

ー」

吉田「篠井君は。行くの? 大学」

篠井「あ……いや……」

  沈黙する篠井と吉田。

吉田「僕ね、死のうと思って」

  吉田を困惑した表情で見つめる篠井。

  沈黙する篠井と吉田。

吉田「篠井君は駄目だよ」

篠井「……」

  突然後ろから若者Aに荷台を掴まれてバランスを崩す吉田。

止まって振り返る篠井。

笑ってこっちを睨んでいる体格の良

い若者A、B、Cの男三人組。

若者A「おい、何いちびった格好しとんねん」

  若者Aに向かって唾をはく吉田。

若者B「きったねえコイツ!」

  吉田の顔面を殴る若者A。

  転倒する吉田。

  固まっている篠井。

若者C「(辺りを見回して)はいはい、続きは向こうでねえ」

  吉田の身体を起こして両脇から抱える若者B、C。

  吉田の髪を引っ張る若者A。

  人影の少ない鉄橋の方へと連行される吉田。

  道端で倒れたままの吉田のママチャリ。

吉田「篠井君! またね!」

  若者Aに強く髪を引っ張られてヘロヘロとする吉田。

  固まっている篠井。


○ 同・篠井の部屋(夕)

  机の上に重ねて置かれた『赤餓鬼』の同人誌。

同人誌をボーっと見つめる篠井。

  同人誌を捲る篠井。

  インサート―同人誌「苦悶の表情を浮かべた主人公の画が描かれている。 セリフ:仲間の為なら俺は死ねる!」

同人誌を閉じてイヤホンを装着し、両手で顔を覆う篠井。


○同・河川敷・小道(夜)

ママチャリを漕ぐ篠井。

目の前に倒れたままの吉田のママチャリ。

恐々と鉄橋の方を見つめる篠井。


○同・鉄橋の下(夜)

叢で倒れている吉田の姿。

自分のママチャリを乗り捨てるようにして吉田の元へ駆けつける篠井。

膨れ上がった吉田の顔。

吉田の身体に触れる篠井。

吉田「あ、篠井君……」

篠井「あっ大丈夫……?」

吉田「うん」

  悲しそうな表情の篠井。


○同・居間(夜)

仏壇の前で呆然と正座する篠井。

インサート―遺影写真「微笑む明美(61)」

    ×  ×  × 

  テーブルで炒飯を食べる篠井と美子。

  茶色の腰掛に座ってチマチマと炒飯を口に運ぶ篠井。

美子「覇気が無いねえ。勉強疲れか?」

  俯きながら、炒飯を口に運ぶ篠井。

美子「(炒飯を口に運びながら)もうやめときーや」

  チラッと美子の方を見る篠井。

美子「三流大学行ったって、金の無駄やでえ。そんなんやったらちゃっちゃと働いてうちに金入れてくれた方がましやわ」

篠井「……」

美子「そんなムスッとしたってしゃーないやん。世の中、平等平等言うけどその子にはその子に合った道っていうのがあるんや。誠だって、姉ちゃんと全然違うやろ?」 

  小さく頷く篠井。

美子「(手を合わせて)ご馳走様」

  皿を持って立ち上がる美子。

美子「食べたら洗うから、ちゃっちゃと食べえ」

篠井「……はい」

  ほとんど手の付けられていない篠井

の炒飯。


○同・篠井の部屋(夜)

丸まった敷布団にもたれ掛かるよう

にしてボーっとする篠井。

  玄関扉の開く音。

  警戒するようにドアの方を見つめる篠井。

莉子の声「つっかれたああ」

  ドタドタとリビングの方へ小さくな

っていく莉子の足音。

再び天井を見てボーっとする篠井。

フラッシュ―吉田「僕ね、死のうと

思って」

  着信音の鳴る篠井のスマフォ。

  スマフォを手に取る篠井。

  インサート―画面「姉 オムライス

どうだった?」

  硬直する篠井。

  インサート―画面「ブロックします

か?」

戸惑うように画面を見つめる篠井。

インサート―「『はい』ボタンを押す

篠井の指先」

アイフォンを置いて再び天井を見つ

める篠井。

再びアイフォンを手に取って、操作し

始める篠井。

インサート―画面「ネットの検索欄

に『自殺』」「(ページが開けて)自殺防止 あなたの気持ちをお話し下さい」

  スマフォを床に置く篠井。

  ぼーっとする篠井。

  再びスマフォを手に取る篠井。

  インサート―画面「ネットの検索欄に『自殺 スポット』」


○同(朝)

丸まった敷布団にもたれかかったまま眠っている篠井。

莉子の声「行かないって言ってるやん!」

  目を覚ます篠井。

美子の声「ちょっと待ちいや!」

莉子の声「莉子はもう大人や! いちいち、構わんといてよ!」

  莉子の部屋のドアがバタンと閉まる

音。

美子「ちょっと、あけなさい! あけなさいって! レギュラー、とったばっかやん。何があったん? 何で急に休むん? お母さん何か悪い事した?」

  ドアの方を見つめる篠井。

美子「莉子には期待しとるねん。父さんだって莉子の為に東京で一生懸命働いてるんやから」


○同・居間(朝)

食パンをかじって、茶色の腰掛に座っている篠井。

仏壇の方を眺める篠井。

仏壇の前に座っている篠井。

インサート―遺影写真「微笑む明美」

遺影を手に取る篠井。


○回想・同・昔の居間

茶色の腰掛に座って微笑む明美(61)。

明美の似顔絵を床に座って画用紙に描いている篠井(6)。

明美に絵を渡す篠井。

明美「まあ、ありがと。上手。将来は、漫画家さんやね」

  ニコニコしている篠井。


○同(朝)

遺影を大事に抱きしめている篠井。

莉子の声「(泣くフリをして)おばあちゃーん」

茶色の腰掛に跨って座っている莉子。

遺影を手放し驚いて、少し後ずさりする篠井。

莉子「そんなにビクビクせんといてよー。兄弟やろ?」

  茶色の腰掛ごと篠井に近付く莉子。

莉子「莉子ねえ、本当はバスケ部、辞めてるの。気付いて無い。お母さんもお父さんも。馬鹿やんなー。勝手に頑張ってる事前提で喜んだりして。莉子の事、まるで自分の身体の一部みたいに思ってるみたい。……ウザすぎ」

  莉子をおそるおそる見上げている篠

井。

莉子「良いよね、誠は愛されて無くて」

  固まる篠井。

莉子「童貞やろ?」

  茶色の腰掛からおりる莉子。

  篠井の前に立ちふさがる莉子。

  動揺してその場を去ろうとする篠井。

  篠井の腕を掴んで押し倒す莉子。

莉子「莉子は、愛してるで」

  強張った表情の篠井。

  四つん這いになって篠井に唇を近付ける莉子。

  莉子を思いっきり突き飛ばす篠井。

  机に衝突して、倒れ込む莉子。

  倒れてこぼれる醤油入れ。

  呼吸の乱れた篠井。

  こめかみから流れた血を触っている莉子。

美子の声「何……」

  ドアの方で買い物袋を下げ、佇んでいる美子。

  ポタポタと机から流れる醤油。

  買い物袋を荒っぽく床に置いて、莉子を抱きかかえ篠井を睨む美子。

  目線を激しく泳がす篠井。

  莉子の腕の中でニヤッとする莉子。

立ち上がって、その場を躓きながら走り去る篠井。


○同・篠井の部屋(朝)

駆け込んで、勢いよく扉を閉め施錠する篠井。

敷布団の下に潜り込んでうつ伏せになる篠井。

イヤホンの巻かれたスマフォをポケットから取り出して、耳に突っ込む篠井。

頭を抱えるようにしてうずくまる篠井。


○同人誌即売会・会場・篠井と吉田のブース

テーブルの上に重ねられた数冊の『赤餓鬼』の同人誌。

ボーっとパイプ椅子に座っている篠井と顔の腫れあがったTシャツにジーパン姿の吉田。

吉田「来たね」

篠井「……そうだね」

  沈黙する篠井と吉田。

篠井「(吉田と同時に喋り出すように)昨

日の……あっ」

吉田「(篠井と同時に喋り出すように)こ

れ全部……あっ」

篠井と吉田「(互いに)どうぞどうぞ」

  沈黙する篠井と吉田。

  互いにチラチラと横目で確認し合う

篠井と吉田。


○ライブハウス(夕)

小さなスペース。

数人の客が椅子に座ったままステージを眺めている。

  ボーッとして座っている篠井。

エレキギターの音。

  ステージでシャウトしている吉田。

吉田「世の中クズばっかじゃねえか! ど

いつも、こいつも。俺の事なんか何にも

分かってやしないんだ。分かられてたま

るものか! こっちから願い下げだあ

あああ! (エレキギターを鳴らして)

♪青い光が俺を包む~夜明け前の交差

点~」

  

○河川敷・川辺(夜)

川を見つめながら横並びに座っている篠井と吉田。

吉田の傍に置かれたエレキギターのケース。

しばらく続く沈黙。

篠井に握り締めた千円札を二枚差し出す吉田。

吉田「あっ、今日のライブ代、返すよ」

  吉田を見つめる篠井。

吉田「……持っててもね……」

  首を何度も振って、膝を抱えて俯く篠

井。

吉田「あっごめんね……」

篠井「……ここ、また絡まれちゃうかも」

吉田「あっ大丈夫だよ。(後ろを振り返って)向こうからじゃ暗くて目立たないから」

  沈黙する篠井と吉田。

  ジーパンを捲りあげる吉田。

吉田「これ」

  インサート―吉田のふくらはぎにタトゥー「薔薇の模様」

驚いた表情の篠井。

篠井「良いの……?」

吉田「うん」

  沈黙する篠井と吉田。

吉田「篠井君は駄目だよ」

篠井「……なんで?」

吉田「あっ、えっっと……学校とかあるでしょ……あっ家族とか……温泉とか……生命保険とか」

篠井「……そっか……」

  沈黙する篠井と吉田。

篠井「(吉田のふくらはぎや腕のタトゥーを見て)痛くない?」

吉田「あっ、凄く痛いよ」

篠井「あっ……」

吉田「十万円」

篠井「えっ……」

  ニコニコとしている吉田。

吉田「あっ僕のお葬式、篠井君は来てくれ

る?」

篠井「あ……うん……」

吉田「良かった(ニコニコしている)」

篠井「あ、でもね、ライア死なないんだよ。あっネタバレかもしれないけど……」

吉田「知ってるよ。ストーリー的にも主人公死なせちゃったら、さすがに続かないと思うし。それはそれで面白いかもしれないけど。元々ヒーロー的存在が死ぬようなテイストの創り方じゃないし、死んじゃったら叩かれるよ。普通に」

篠井「……そうだね……」


○篠井家・篠井の部屋(夜)

寝転がって『赤餓鬼』の漫画を読む篠

井。

  インサート―漫画「エレキギターを

鳴らすライアの台詞 世の中クズばっかじゃねえか! どいつも、こいつも」

ページを目捲る篠井。

インサート―漫画「ライアの彼女ユリアがライアを抱きしめている。胸元の開いたワンピース」

じっとユリアの胸元を見つめる篠井。

自分のパンツに手を突っ込む篠井。

    ×  ×  ×

  『赤餓鬼』の漫画と大量の使用済みテ

ィッシュの傍で呆然と座る篠井。

  机の引き出しからカッターを取り出し、

自分の喉に突き付けて呆然とする篠井。

  カッターを喉から離して手首に近づけ

る篠井。

  カッターを手首から離す篠井。

  カッターで床をゆっくりと裂く篠井。


○同・キッチン(夜)

キャベツを細かく刻んでいる美子。

カウンターに隠れて、キョロキョロする篠井。

段ボールの上に無防備に置かれたベージュ色の財布。


○古いビルの地下・入口階段

下に続く薄暗い階段。

おそるおそる下っていく篠井。

  

○タトゥースタジオ・内

黒基調で薄暗い雰囲気。

カラフルなインクが棚に沢山並ぶ。

奇抜な猫の人形、黒机に置かれたノートパソコン。

丸椅子に掛けて向き合う篠井と腕にタトゥーの入った西道(さいどう)(りょう)()(36)。

西道「(ノートパソコンの画面を篠井に見せて)送ってもらったデザインだと、下絵はこんな感じかなあ」

篠井「(画面を見て)あっはい……」

インサート―画面「剣の模様」

西道「身分証持ってる?」

篠井「あっ」

  ポケットから財布を取り出し、カードを一枚西道に渡す篠井。

西道「なんだ、高校生じゃん。だと、思ったけど。駄目。ウチは十八歳以上だけど高校生はお断りしてんの」

  俯く篠井。

西道「で、どうして入れようと思った?」

  顔を上げる篠井。

西道「(前のめりになって)ここからは人間同士の話。僕は好きな子には入れる」

篠井「……えっ……と……」

  沈黙する篠井。

西道「世の中に抵抗する為に入れる子は好きじゃないんだ。人間は良い人、悪い人って直ぐに分けたがるよね。違うと思うんだ。人間誰しも自分の中に天使と悪魔を抱えているんだよ。天使と悪魔が共存している、ひょっとすると共栄してるかもしれない。これが君にとってのボーダーラインにならないかな?」

  俯いて目を泳がせる篠井。

篠井の様子を見て立ち上がって洗い場の方へ姿を消す西道。

西道の方を見つめる篠井。

洗い場からコーヒーの入った紙コップを持って篠井に渡す西道。

西道「ブラックだけど、大丈夫?」

篠井「は、はい……」

  飲んで苦そうな表情をする篠井。

西道「タトゥーってのは生きる覚悟だよ。人生は苦くて痛い」

  篠井から紙コップを奪い取るようにして机に置く西道。

西道「帰りなさい」

  俯く篠井。


○河川敷・川辺(夕)

一人座り込んで川を眺める篠井。

若者A、B、Cのはしゃぐ声。

ビクッとして身を屈め後ろを警戒するように見る篠井。

通り過ぎていく若者A、B、C。

  再び川を見つめる篠井。

篠井「生きる覚悟……」

  座ったまま川に石を軽く投げ込む篠井。


○ライブハウス・表(夜)

インサート―立て看板「本日は赤餓鬼のライアこと、吉田君の失踪により早めに終わらせて頂きました。それもロックだぜ!」

呆然と立ち尽くす篠井。


○篠井家・篠井の部屋(夜)

机に座って、『赤餓鬼』の同人誌を眺める篠井。

机の上のスマフォを掴む篠井。

インサート―画面「連絡先 吉田君」

スマフォを耳にあてる篠井。

留守番電話の機械音「ただいま留守にしております。ピーと鳴りましたらお名前とご用件をお願いします」

貧乏揺すりをする篠井。


○吉田家・古いアパート・全景

軽量鉄骨造の二階建て。

壁の塗装は所々剥がれ落ち、クモの巣が目立つ。


○同・表

ママチャリで行ったり来たりする篠井。


○同・205号室・表

佇む篠井。

郵便受付箱に詰めこまれた大量のチラシ。

  おそるおそるインターホンのボタンを

押す篠井。

小さく鳴るチャイムの音。

隣の部屋から犬の鳴き声。

ビクッとする篠井。

無反応な205号室。

再びチャイムを鳴らす篠井。

再び吠える犬。

再びビクッとする篠井。

おそるおそるチラシを取り出して、しゃがんで隙間から中を確認しようとする篠井。

渋い女性の声「とっくに出ていきはったで」

  篠井を見下ろすビニール袋を下げたパンチパーマの中年女性。

篠井「ご、ごごごごごごめんなさい……す

いません!」

  勢いよく階段を降りていく篠井。

  篠井の方を不思議そうに見つめた後、

散らばったチラシを拾ってビニール

袋に詰める中年女性。


○河川敷・小道(夕)

ママチャリをこぎながら辺りを見渡す篠井。

鉄橋の方を見つめる篠井。


○同・鉄橋の下(夕)

散らかったゴミ。

段ボールの上にいびきをかいて眠る野球帽を頭にのせた玉造。

枕替わりに使っている『赤餓鬼』の同人誌。

玉造をじーっと見つめる篠井。

視線を落とす篠井。


○篠井家・表(夜)

外から明かりがついているのを確認出来る。

トボトボとママチャリを押して歩いてくる篠井。

  聞こえて来る莉子の叫び声。

  足を止めて、壁際に耳を澄ませる篠井。

莉子の声「お母さんは、何にも分かってない!」

美子「何がや! 高い金、誰が出しとると思ってんや!」

莉子「別に元々行きたくなかったし! お母さんもお父さんも気が狂ったみたいに莉子の事、干渉してさ! もうウンザリや!」 

  ガラスの割れる音。

美子「ちょっと待ってや! (泣き声で)ごめんやんか……父さんも母さんも姉ちゃんの事すっごく想ってる……誠はあんなんだから……何もできないから……私が悪いんやけど。私がちゃんと産んであげられへんかったんやから……だから姉ちゃんは……」

  壁から耳を離す篠井。

莉子の声「ウザいって! そういうのが!姉ちゃん姉ちゃん……もうええって!」

  心ここにあらずの表情でママチャリに跨る篠井。

家の方をボーっと眺めた後、その場を去る篠井。


○商店街(夜)

シャッターの閉まった店。

ボーっとママチャリを漕ぐ篠井。

はしゃぐ若者達の声。

止められた数台の原付バイク。

地べたに腰を下ろして、缶チューハイを飲んでいる若者A、B、C。

ボーっとしながら若者達の横を通り過ぎていく篠井。

篠井にぶつけられる空き缶。

大笑いする若者A、B、C。

振り向かずそのまま通り過ぎていく篠井。


○河川敷・小道(夜)

蜘蛛の巣が張られた街灯。

人気はない。

フラフラと自転車で徐行する篠井。


○同・鉄橋の下(夜)

段ボールから飛び出ていびきをかいて眠っている玉造。

玉造の傍に、破れて傷んだ『赤餓鬼』の同人誌。

玉造と少し離れた所にママチャリを止める篠井。

  鉄橋の橋脚にもたれかかって座り込

む篠井。

膝を抱えて顔を埋めて貧乏揺すりを

する篠井。

  ×  ×  ×

明るくなっている。

段ボールの上に寝転んだまま足を掻

きむしる篠井。

インサート―篠井のふくらはぎ「蚊

に刺された複数の痕」

  目を覚ます篠井。

  しゃがんで篠井を見つめている玉造。

玉造「ようさんかまれたな」

  ハッと起き上がって玉造を見る篠井。

  篠井をニコニコと見つめる玉造。

  自分の下敷きになった段ボールを見

つめる篠井。

玉造「(自分の腕をぺちぺちと叩いて誇ら

しげに)どこもかまれてない」

 軽くお辞儀をする篠井。

  唐突に丘の方へ向かってヨタヨタと

走っていく玉造。

  地面で何かを拾ってヨタヨタと篠井

の元に戻ってくる玉造。

  インサート―「玉造が手に持つ食べ

かけのアップルパイ」

アップルパイの欠けている方と逆の

方をちぎって篠井に差し出す玉造。

篠井「(一瞬しかめっ面をして)あっ大丈夫です……」

  アップルパイを一気に頬張ってニコ

ニコとしている玉造。

突然、玉造の寝ていた場所の段ボール

を撤去し始める軍手にマスク姿の数

人の男性四人組。

  それに気が付いて奇声をあげ、一人の男性にしがみつく玉造。

  他の男性達にとり押さえられる玉造。

  口があいたままの篠井。


○同・小道

曇り空。

冴えない表情でママチャリを漕ぐ篠井。

降り始める雨。

濡れながら、ゆっくり進む篠井。


○同・東屋

スマフォを耳にあてている篠井。

留守番電話の機械音「ただいま留守にして

おります。ピーと鳴りましたらお名前と

ご用件をお願いします」

篠井「(ぎこちなく笑って)ぼ、僕も行くね」


○国道二十七号線・坂道(夕)

 夕日で照らされるアスファルト。

 行き交う車。

 インサート―道路標識「福井方面」

 汗で背中に張り付いた篠井の白のT

シャツ。

  路側帯をママチャリで進む篠井。

フラッシュ―「こめかみから血を流して倒れている莉子」「莉子を抱きながら怯えた表情でこちらを窺う美子」「美子の腕の中でニヤッと笑う莉子」

篠井の背後から女性のはしゃぐ声。

  怯えた表情で振り返る篠井。

  電動機付きのママチャリ自転車を漕

ぐ花梨と荷台に座る若菜。

若菜「兄ちゃん、がんばれえ」

  篠井の方を見てにやつく若菜。

  慌てて、脇道にそれてスピードを上げ

る篠井。

若菜「何、あいつ、てんぱってんの」

花梨「おもろそうやん」

  スピードをあげる花梨。


○脇道(夕)

 屋根の低い住宅が並んでいる。

 両手でハンドルを握り、ママチャリを

漕ぎ続ける篠井。

並走する花梨の電動自転車。

前だけを見て進み続ける篠井。

若菜「なあ、人がせっかく応援してあげて

るのに無視はないやろ」

若菜に荷台をつかまれてバランスを

崩しそうになる篠井。

花梨「(笑いながら)ちょっと、若菜うちら

も危ないって」

篠井「すいません! すいません」

若菜「アハハ、喋った。喋れるんや」

 篠井の荷台を強く蹴る若菜。

 転倒する篠井。

花梨「きゃあっ」

 バランスを崩して止まる花梨と若菜。

 立ち上がり、俯いたまま早足で自転車

を押して、逃げようとする篠井。

 電動自転車で篠井の前に回り込む花

梨と若菜。

歩みを止める篠井。

荷台から降りる若菜。

花梨「ちょっとお前、危ないやろ! 怪我したらどうすんねん!」

篠井「え……あ……」

花梨「慰謝料」

  固まる篠井。

花梨「危なかったやん、慰謝料」

  篠井の前方に回り込んだ若菜。

  篠井の尻ポケットからスマフォを取

る若菜。

若菜「はい、どうも~(スマフォをチラつかせる)」

篠井「あ……」

 顔をあげて固まる篠井。

花梨「(ニヤッとして)お金」

  ポケットを表から触ってお金の存在

を確かめる篠井。

花梨「じゃあ、これもらっとくね」

  電動自転車の荷台に乗る若菜。

振り返って笑っている若菜。

電動自転車を漕ぎ始める花梨。

ママチャリを押して追おうとする篠

井。

フラッシュ―「莉子の怒った顔」

立ち止まる篠井。

小さくなる電動自転車。

  

○ 脇道(夕)

  ママチャリに驚いて飛んでいく蝶。

 ママチャリを漕ぐ篠井。

 後ろを振り返る篠井。

 人気のない、街灯のチラつく一本道。

 視界に入るイルミネーションされた

楽器店。

インサート―「店頭に置かれたエレ

キギター」

横目で追う篠井。

  フラッシュ―「吉田の台詞『篠井君

は駄目だよ』」

 汗を手の甲で拭う篠井。

篠井「(口ずさんで歌う)青い光が俺を包む~夜明け前の交差点~」


○ 公園(夕)

  古い住宅に囲まれた小さな公園。

  ボール遊びをする子供達。

  駐輪されたママチャリ。

  水道で水を飲む篠井。

フラッシュ―「四つん這いになって唇を近づけてくる莉子のニヤッとした顔」

  水道で水を頭からかぶる篠井。


○国道二十七号線(夕)

 古民家に囲まれ所々に田園が広がる。

 麦わら帽子のかかし。

 ママチャリではしる篠井。

汗ばむ篠井のふくらはぎ。

 篠井の隣を通り過ぎる車。

 インサート―車の助手席「篠井に向

けて笑顔で手を振る少女」

 回転が徐々に弱まるママチャリの車

輪。

 ×  ×  ×

 横断歩道に転がったシルバーカー。

 散らばった惣菜弁当。

 道路脇に横たわってうなる短髪の多

恵子(69)。

止まる篠井。

その場でそわそわとする篠井。

フラッシュ―「腫れあがった吉田の

顔」

篠井「おじいちゃん、大丈夫ですか……」

多恵子「足、足が」

  インサート―多恵子の足「花柄の靴

下」

  咄嗟にママチャリを漕ぎ始める篠井。

  前方に徒歩の中年男性。

中年男性「何で逃げるねん」

  ブレーキ音。

  そわそわとする篠井。

歩道脇に止められたママチャリ。

  道路脇に立てられたシルバーカー。

  散らばった惣菜を弁当箱の蓋で集め

終える篠井。

道路脇に座ったままお辞儀を何度もする多恵子。

暫く睨んだ後、去っていく中年男性。

多恵子を見つめる篠井。

フラッシュ―「仏壇の遺影に明美の笑顔」

腰を丸めて座り込む多恵子。


○田んぼ道(夕)

シルバーカーを引いて歩きながら多

恵子を背負う篠井。

多恵子「(情けなそうに)おおきに」

篠井「……」

多恵子「ピッチピッチの背中」

篠井「……(不快な表情)」

多恵子「老いたら人様に迷惑しか掛けんさかい、あのまま死んじまったら良かっただあ…」

篠井「……」

  フラッシュ―「明美の背中でおんぶ

されてはしゃぐ篠井(9)」

多恵子「兄ちゃん、どこの子だ?」

篠井「……え……いや……」

多恵子「あっ、あそこ」

  田んぼに囲まれた古民家。


○古民家・玄関(夜)

 風鈴の音。

 座る多恵子の横で頭を下げる老人。

老人「ちょっとそこらで待っといてくれ」

  奥に消えていく老人。

  そそくさとママチャリに跨り立ち去

る篠井。

  急須を持ってくる老人。

多恵子「いってもうた」


○国道二十七号線(夜)

 歩道脇に置かれた篠井のママチャリ

を囲む花梨と若菜。

古民家の影で覗く篠井。

ポケットから一万円札を取り出して

それを見つめる篠井。


○回想・篠井家・キッチン(夜)

 キャベツを細かく刻んでいる美子。

カウンターに隠れてベージュ色の財

布を開く篠井。

インサート―財布の中身「万札一枚

と千円札二枚、小銭入れを空けると数

枚の百円玉」

数枚の百円玉を取り出す篠井。

真剣な表情で炒め物をする美子。

美子「誠、せめてスケベな男になったらあ

かんからな」

  驚いて美子の方を見る篠井。

  炒め物に集中している美子。

小銭入れに数枚の百円玉を戻し、一万

円札をポケットに入れる篠井。


○国道二十七号線(夜)

  一万円札を握りしめたまま花梨と若

菜に向かって歩き出す篠井。

 篠井にスマフォを投げる若菜。

  受け取れずコンクリートに叩きつけ

られるスマフォ。

 去っていく花梨と若菜。

若菜「(振り返って)頭使えるやん」

花梨「ママんが心配してんでー」

笑い合う花梨と若菜。

  インサート―割れたスマフォ画面に返信メール「お前いきなりなんなん?」「誰?」「きも」「名前:母さん 何? 晩ご飯どうするん?」

去っていった花梨と若菜の方向を見つめた後、スマフォに視線を落とす篠井。

フラッシュ―美子の台詞「私がちゃんと産んであげられへんかったんやから……」

インサート―スマフォ画面「篠井によって一括削除されていく返信メール、写真フォルダに明美の笑顔の写真 ぎこちなく映った吉田とのツーショット写真」

ひび割れた画面をなぞる篠井。


○ 国道二十七号線(夜)

 広がる水田、畑。

 ママチャリを漕ぐ篠井。

  インサート―景色に流れていく看板「めし処」

 深く息を吐く篠井。

   ×  ×  ×

 バス停のベンチに座り込む篠井。

 スマフォを取り出す篠井。

 インサート―スマフォ画面「目的地

まであと102km」

  篠井の目の前を通り過ぎていく車。

    ×  ×  ×

  小さく手を上げる篠井。

  止まる車。

  助手席に声をかける篠井。

  走り去る乗用車。

    ×  ×  ×

  手を上げる篠井。

  クラクションを鳴らして通り過ぎる

スポーツカー。

驚いて後ろに倒れる篠井。

    ×  ×  ×

 ベンチに横になっている篠井。

 篠井の前に止まる軽トラック。

  窓から顔を出す門前忠(54)。

門前「おいこら、そこ寝るところちゃうね

ん。はよのかんかい」

 慌ててベンチの裏に隠れて隙間から

覗く篠井。


○国道八号線(夜)

 海沿い。

 走る軽トラック。

 荷台に紐で括られたママチャリ。

 運転席に門前、助手席に篠井。

門前「で、ガキ、福井に何しに行くねん。こんな時間に」

篠井「(ビクッとして)え、えー……と」

  暗い日本海の眺め。

  スマフォをポケットから取り出す篠

井。

篠井「(画面を門前に見せて)おばあちゃん、僕のおばあちゃんに会いに行くんです……」

門前「……」

篠井「あっ……ち、小さい頃は良くしてもらったんですが……もう何年も会えてない状態で……」

門前「……こんな夜中になあ」

篠井「いや、あ……朝、朝につく予定だったんです。途中で財布……とられてしまって……」

門前「……」

篠井「ほんとに……(頭を下げて)ありがとうございます」

門前「飯は」

篠井「えっ」

門前「食ってないんか」

篠井「……」

門前「(顎でスマフォ方向に合図して)調べろ」

篠井「……すいません……」

  海岸走っていく軽トラック。


○ 牛丼屋・店内(夜)

 飯をかきこむ篠井と門前。

 味噌汁を啜り終える門前。

門前「悪いけど、俺はここまでや」

  食器を重ねる門前。

  千円札を投げるようにテーブルに置

いて外に向かう門前。

篠井「(飯を口に入れたまま立ち上がって)あ、あ、ありがとうございました」

門前「(振り返って)ガキ、なかなか根性あるやないか」

  立ち尽くす篠井。

  門前の後ろ姿を眺める篠井。


○国道二十八号線(夜)

 ママチャリを漕ぐ篠井。

 インサート―道路標識「福井まであ

と27Km」

  ×  ×  ×

  工場の自販機の前で止まる篠井。

天然水をがぶ飲みする篠井。

警備員に照らされる篠井。

  ペットボトルをママチャリの籠に突

っ込み、進み始める篠井。

  インサート―道路標識「福井まであ

と15Km」

  ×  ×  ×

険しい表情の篠井。

街路樹に囲まれた坂道をママチャリ

で登る篠井。

前方が少し明るくなる。

インサート―標識「三国町」

  

○東尋坊・岸壁(早朝)

 明るくなる東の空。

 崖壁に立てられた白い立て札。

 インサート―立札「粗末にするな親

からもらったその命」

ママチャリのハンドルを握りながら

立札の前に佇む篠井の後ろ姿。

汗をTシャツの袖で拭う篠井。

  大きく息を吐いて遠くを見る篠井。

  薄暗い日本海。

  フラッシュ―「手招きする明美」「吉

田『駄目って言ったのに……(笑顔に

なって)来てくれたんだ』」

  微笑する篠井。

  ママチャリのハンドルを握ってUタ

ーンする篠井。

再度、ママチャリと共に振り返って海

を見つめる篠井。

ママチャリを押しながら崖壁に向か

って走り出す篠井。

フラッシュ―「篠井を馬鹿にしてけ

らけら笑う莉子」

崖っぷち寸前で後ろに倒れる篠井。

崖下に落ちるママチャリ。

呼吸荒く座り込む篠井。

希の声「アハハ、何のマネよ」

おそるおそる顔を上げる篠井。

  海を見つめる金髪ロング、白のブラウスとハイヒール姿の希。

ふらつきながら逃げようとする篠井。

希「待って!」

  振り返る篠井。

希「どこ行くの」

  一歩誠の方へ進む希。

  大きく後ずさりする篠井。

  笑い出す希。

  目を泳がす篠井。

  立札を挟んで篠井と希。

希「連れがいると思ったのに……」

篠井「(顔をあげて)連れ……?」

希「一緒にやろうか」

篠井「……」

希「一緒にやろうよ。立って」

  俯く篠井。

  篠井を抱き起そうとする希。

  驚いて飛び下がる篠井。

希「なんして? 怖いの? うち」

  小さく頷く篠井。

  笑う希。

  俯く篠井。

希「死ぬのとうち、どっちが怖い?」

  恐々と希を指さす篠井。

  爆笑する希。

希「可愛いね、あんたいくつ?」

篠井「……十八」

希「……」

  岸壁に向かって歩き出す希。

  崖下を覗いている希。

  立ち上がって恐る恐る希に近づく篠

井。

篠井「死ぬの……?」

希「やめとく? (笑う)」

  戸惑う篠井。

  希の背後の水平線に朝日が昇る。

  

○食堂センター・表(早朝)

  駐車された数台のダンプカーやトレ

ーラー。


○同・店内(早朝)

 食事をする多くの作業着姿の人々。

 四人席で向き合って食事する篠井と

希。

希「(箸を止めてニッと笑いながら)首振

ったクセになんしてついてきたの?」

篠井「(焼魚をちまちまと口に運びながら)

……」

希「(箸を置いて)もう良いっちゃ! い

つまでそうしとるんだべ!」

  動揺して割り箸を落とす篠井。

希「(笑って)嘘、嘘。(新しい割り箸を篠

井に差し出して)お腹空いてたんでしょ

う? いっぱい食べな」

 恐る恐る割り箸を受け取る篠井。

 希の顔色を窺う篠井。

 笑顔を見せる希。

 白飯を勢いよくかきこむ篠井。

希「(ハンバーグを豪快に頬張って)……なんか弟みたいっちゃ」

  むせる篠井。

希「(ハンバーグを大きく切って笑いながら)ゆっくりで良いっちゃ」

  俯いてちまちまとご飯を箸でつまん

でいる篠井。

希「(ハンバーグを頬張って)それ、どうしたの?」

  固まる篠井。

  自分のTシャツに目線を落とす篠井。

  脇腹に赤黒い染み。

  Tシャツを捲りあげる篠井。

  インサート―「脇腹に切り傷」

篠井「……え……」

希「やっぱり血? ……まいっか! (明

るく)どうせ死ぬんだもんね!」

多紀の声「何言ってんの、あんたら!」

  近くの四人席テーブルから篠井と希を睨む作業着姿の植田多紀(49)。

静まる店内。

不安げな表情をして固まる篠井。

ポカンとする希。

  多紀の隣に座る、Tシャツの下に黒の

長袖姿で茶髪頭の蓮舫隼人(52)。

蓮舫「(多紀に肩を組んで)おいおいババ

ア。ババアが邪魔してやんなって、びび

っとるけ」

  周りで笑い声。

  笑ってうどんを啜る多紀。

希「(白飯をつまみながらむすっとして)何あれ、なんかむかつくっちゃ。……まいっか、どうせ」

篠井「(希の言葉を遮るように)あ、あの!」

  篠井を見る希。

篠井「ど、どこ、どこの人ですか?」

希「(白飯をつまんで)何?」

篠井「いや……どこから……来たのかなと……」

希「(キャベツを箸でつまんで)ん? うち? どこだと思う?」

篠井「あ……いや……訛が……(味噌汁をごくりと飲む篠井)」

希「(あらぬ方を見上げて少し悲しげに)東京」

篠井「(焼魚をつまんで希の表情を見て)……」

希「(味噌汁を飲み干して)出身は宮城だけどね……、それよりあんたは?」

篠井「(焼魚をつまみながら)……京都です」

希「京都……、えっ京都? なんして?」

篠井「(焼魚を食べて)え……ああ……」

希「(冷やをごくっと飲んで)なんして、ここまで来たの?」

篠井「(冷やを少し飲んで、目線を落としながら)……涼しそうだった……から」

希「(冷やのグラスをトンと置いて、?という感じで)涼しい? 違うよ。何かあったから、でしょう? (両手を軽く合わせて)お願い! 聞かせてけろ! うちなら大丈夫でしょう?」

篠井「(希の勢いに驚いて俯く篠井)……」

  インサート―「テーブルの下で短パ

ンをぎゅっと握る篠井の手」

首をかしげる希。

希「(千切りのキャベツを少しつまみなが

ら)そんなにうちの事」

篠井「嫌い……だから……」

  篠井を見る希。

希「(明るく)分かった! 良いっちゃ、も

う話さなくて」

篠井「皆嫌いだから……もう考えるのも面

倒で……とりあえず……良いかなって

……」

希「……とりあえずかー」

篠井「……」

希「(キャベツを口に含んで不満そうに)

ふーん」

  顔を上げる篠井。

希「(俯きながら)うちの事も、嫌いなんだ

……」

篠井「あっいや! あの……」

希「(ニッと笑って篠井を見つめて)好き

なの?」

 瞬時に目を反らす篠井。

希「ほーら」

  タバコを咥え灰皿片手に篠井の隣に

座る多紀。

多紀「あんたらアベックか?」

  箸を手に驚いて椅子ごとずらす篠井。

  食器を重ねる希。

希「そうですけど、何か?」

  箸を落として希を見て硬直する篠井。

多紀「そう、(ニヤッとして)いいとこ教え

てあげよっか?」

希「(篠井の方を見て)いこ」

  食器の乗ったおぼんを抱えて立ち上がって、多紀の横を遮ろうとする希。

 希の腕を掴む多紀の手。

希「(もがきながら)何だよ! 離せ!」

多紀「この子、まだ食べとるけえ、待った

りんかい」

 俯きながら、希と多紀の様子を見て固

まる篠井。

インサート―「篠井の食べかけの焼

魚」

蓮舫の声「なんだ、なんだ、だりい事すん

なよババア」

  フッと笑ってタバコの火を消す多紀。

蓮舫「姉ちゃん悪かったな、こいつ(自分

の頭に指差しながら)イってんだ」

  蓮舫に手を引かれて、振り払って出て

いく多紀。

  おぼんを荒っぽく机に置いて席にど

  んと座る希。

希「(篠井の方を見て)食べるんなら早く

食べなよ」

  俯いて、箸を拾おうとする篠井。

  自分の使った箸を篠井に差し出す希。

  慌てて首を横に振る篠井。

希「何? (怒るように)嫌なの?」

篠井「い……いや……もうお腹いっぱいな

ので……」

  不満そうに篠井の皿から焼魚をつま

んで食べる希。

  呆然とする篠井。


○小道(朝)

  周りが木々に囲まれている。

  先を歩く希と後ろを歩く篠井。

  強い風。

  インサート―「希の足首に緑のハー

トのタトゥー」

篠井「(希の足首を見ながら)し、信じられません……」

希「うちだって、一人前に悩むことぐらい

あるっちゃ」

  二人の隣を過ぎる一台のタクシー。

希「(前を向きながら)そういえば、あんた

名前は?」

篠井「……篠井……」

希「何? 聞こえない! もっと大きな声

で」

篠井「……」

希「うちは希! 希望の希と書いて希!」

篠井「……誠」

  無言で歩く二人の後ろ姿。

希「(振り返って)ねえ、誠。急ぐことない

 でしょ? 楽しいこと。教えてあげる」

  困惑した表情の篠井。


○県道七号線(朝)

 走るタクシー。


○タクシー車内(朝)

 後部座席に座る篠井と希。

  日本海を眺める希。

  希をチラチラと見る篠井。


○一の国観光ホテル・全景(朝)

 浜辺に建てられたホテル。

 浜辺に立つ多くのビーチパラソル。

 多くの家族連れで賑わう。


○同・玄関(朝)

 篠井の手をとって引っ張り出す希。

 去っていくタクシー


○同・フロント(朝)

 希の後ろに立つ篠井。

 フロントに立つフロントクラークの

奈津美(22)。

奈津美「……ご予約の方はされております

か?」

希「……してないけど」

奈津美「そうですか、そうしますと申し訳

ございませんが現在、満室となって」

希「(奈津美の言葉を遮るように)ねえ」

 財布を取り出して中身を見せる希。

  インサート―希の財布「大量の札束」

希「何枚欲しい?」

奈津美「(戸惑って)いや……あの……」

希「だから」

奈津美「(希の言葉を遮るように小声で)

困ります」

 目線で自分の後ろを示す奈津美。

 インサート―「監視カメラ」

希「(察したように)パンフレットくれる

?」

  戸惑う奈津美。

希「(はっきりと)パンフレット。あります

か?」

奈津美「は、はい」

  ホテルのパンフレットを一枚、希に渡

  す奈津美。

希「(篠井の方を指差して)この子の分も」

  もう一枚、ホテルのパンフレットを希

に渡す奈津美。

  篠井にホテルのパンフレットを一枚

渡すと、もう一枚に財布から取り出し

た札束を挟む希。

目を丸くする篠井。

インサート―希の手元「分厚くなっ

たパンフレット」

希「うちやっぱいらない(奈津美にそのパ

ンフレットを返す)」

 即座に受け取って、さり気なくカウン

ターの下に収納する奈津美。


○同・客室(朝)

  手前に洋室、奥に和室。

  洋室のシャンデリアが目立つ。

  和室のバルコニーの窓から覗く日本

海。

  希に押されるようにして、部屋に入っ

てくる篠井。

  オートロックで閉まる鍵の音。

  不安気な表情の篠井。

突然、篠井に抱きつこうとする希。

  咄嗟に両手で希を制して、和室の方へ

逃げる篠井。

希「(笑いながら)何で逃げるっちゃ」

  希の方を気にしながら窓の外の海を

眺める篠井。

ブラウスを脱ぐ希の後ろ姿。

希「(海を眺めて)綺麗ね……(篠井に視線

を移して)フフフ、大丈夫っちゃ。そん

なに怖がらないで」

 ゆっくりと振り返る誠。

 下着姿の希。

 誠に迫る希。

 窓に背中を張り付けて驚く篠井。

 篠井の手をグッと掴む希。

 篠井の頬にキスをする希。

希「(小声で)初めてなんでしょう」

  希の両腕を抑える篠井。

希「(小声で)誠」

  戸惑う篠井。

  インサート―「希の胸の谷間」

  呼吸が乱れる篠井。

  篠井の腰にそっと手を回す希。

  恐る恐る希の胸に手を伸ばして触れ

る篠井。

ニコッと笑って、篠井をベッドに押し

倒す希。

硬直する篠井。

篠井のTシャツを脱がそうとする希。

篠井の唇にキスをしようとする希。

フラッシュ―「迫る莉子の顔」

突然、バルコニーの方向へ逃げ出す篠

井。

希の手が引っかかって破れる篠井

のTシャツ。

篠井「やめてください! お願いします!

 」

  呼吸を乱している篠井。

 うつ伏せでベッドに蹲っている希。

 目を泳がす篠井。

 恐々と希に近寄る篠井。

 鼻を啜って泣いている希。

篠井「あ……ご、ご、ごめんなさい……」

 後ずさりをする篠井。

 希の方を振り返りながら窓越しに海

を見つめる篠井。

 浜辺で楽しそうに遊ぶ家族連れ。


○回想・同浜辺

 多くの人々で賑わう。

  美子(26)と泳ぐ浮き輪を付けた篠井

(6)。

篠井雄平(34)と泳ぐ浮き輪をつけた

篠莉子(9)。


○一の国観光ホテル・客室(朝)

 視線を落とす篠井。

 ふと後ろを振り返る篠井。

 佇む希。

  篠井の肩にそっと手を乗せるブラウ

スを羽織った希。

希「誠君……ごめんね……うち、間違えた

っちゃ」

  希を見つめる篠井。

  窓越しに浜辺を見る篠井と希。

希「今、何考えてるの?」

篠井「……(呟くように)あの頃はなんに

も……考えて無かったのかな……って」

  賑わう浜辺。

篠井「(浜辺を眺めながら)……」

  篠井を見た後、黙って浜辺を見下ろす

希。

篠井「(海を眺めながらつぶやく)何でこ

こに……いるんですかね……僕……」

希「馬鹿じゃないの? あんた」

篠井「……はい……」

  日本海を眺める希と篠井の後ろ姿。

篠井「……お姉さんは……何でここに来た

のですか?」

希「お姉さんじゃない!」

篠井「……あ、ごめんなさい……」

希「あんたと同い年」

  驚いて希を見つめる篠井。

篠井「……あっ、……この歳って死にたくなる歳なんですか?」

 笑う希。

希「ねえ、泳ごうよ」

篠井「え?」

希「海は良いよ! いこうよ!」

篠井「え……どうせ飛び込むのに?……」

  見つめ合う篠井と希。

  噴き出す希。

  つられて笑顔になる篠井。

  人々が撤退して静かになった浜辺。

  

○同・居間

 和室の座卓に海鮮料理。

 破けたままTシャツを着てぐるぐる

座卓の周りを回る篠井。

扉が開いて大きな紙袋を抱えた黒髪

の希と大量の紙袋を抱えたドアマン。

  固まる篠井。

  ドサッと床に紙袋を置く希。

ドアマン「お疲れ様です(床に丁寧に紙袋

を置いて)では、お食事が済みましたら

フロントまでご連絡下さい(軽くお辞儀

をして出ていく)」

希「(手で汗を拭いながら)ありがと」

  恐る恐る希に近づく篠井。

希「穢れ、落としてきた」

篠井「の……ぞ……みさん?」

希「(ニコッとして)誠のおかげ」

篠井「(希を見つめ)……」

 ベッドに座りながら袋を破っていく

希を見つめる篠井。

 出てくる白のスーツ、黒のネクタイ、

白のワンピース、黒のリボン。

希「(篠井に白のスーツを合わせて)ぴっ

たり」

篠井「えっ……止めたんですか死ぬの」

希「そんな訳ないでしょう」

篠井「……これ着て……飛び込むんですか……」

希「儀式の衣装。私達の晴れ舞台っちゃ。

華やかにやろうよ」

篠井「……」

希「さ、着替えてけろ」

篠井「……もうですか?」

希「当たり前でしょ、日が暮れないうちに

ね」

  座って食卓につく篠井。

  希に視線を移す篠井。

希「食べる? 食べるの?」

篠井「……食べないんですか?」

希「どういうつもりよ」

篠井「え……ご馳走……」

  篠井を睨み付ける希。

  希を無視して食べ始める篠井。

  突然、篠井の持ち上げた小皿をはたき

落とす希。

  唖然とする篠井。

篠井「(俯きながら)……先行って下さい

……一緒にやる必要なんて……」

希「何よ! あんた、ほんとに死ぬ気あるの? いくじなし」

 視線を泳がす篠井。

希「帰れば? お金ならいくらでもあるし

 」

  下を向いて佇む篠井。

  料理の乗った皿を机からはたき落と

す篠井。

汚れる希のブラウス。

篠井を睨む希。

座卓のガラスコップや皿を次々に篠

井に投げつける希。

  ベッドの方へ逃げて枕でガードしよ

うとする篠井。

枕を希の方へ投げつける篠井。

   ×  ×  × 

床に散らばった料理、割れた皿。

掃き出し窓が開いており、その奥の

バルコニーで寄り添って浜辺を眺め

る篠井と希の後姿。

篠井「(浜辺を眺めながら)……小学生の頃、家族で来たんです……ここ」


○同・バルコニー

 柵に手を掛けて浜辺を眺める篠井と

希。

希「やっぱりね……上手くいってないんだ

……あんた」

篠井「……僕ちゃんと死にますよ」

  遠くを見つめる希。

希「(背伸びをして)ここ涼しいっちゃ」

篠井「……あ、あの一つだけ……聞いて良いですか……?」

希「(篠井の方をチラッと見て)いやだ。何か怖いよ。そういうの」

篠井「ごめんなさい……」

  沈黙する希と篠井。

希「あー、気になるう~」

篠井「ええっ」

希「(篠井の肩を叩いて)言いなさいよ」

  怪訝な表情になる篠井。

篠井「……(希の足首に視線を移して)タトゥー。何で入れたんですか」

希「(再び篠井の肩を叩いて)何だそんなこと!」

  身体を反らす篠井。

希「フラれたから」

篠井「……そ……」

希「それだけ? って言おうとしたでしょ今。……それだけだよ。ウチにとってはそれだけが全てだったりするの」

  希を見つめる篠井。

篠井「……恨んでるんですか……」

希「うん。殺してやりたいくらい……だったなあ……もう顔もあんまり覚えて無いっちゃ……中学二年生、乙女だったなあ」

篠井「……じゃあ……」

希「一つだけって言ったでしょ。さ、食べたいなら早く食べてけろ(室内へ入っていく)」

  希の後ろ姿を見つめる篠井。


○同・洋室

ベッドに座ってゆっくり黒のネクタイを締めているワイシャツ姿の篠井。

白ワンピース姿で海を眺めて佇む希。

  篠井の方へ振り返る希。

希「かっこいいじゃん」

  下を向いたまま白スーツを羽織る篠

井。


○同・フロント

 カウンター前に立つ白ワンピース姿

の希と白スーツ姿の篠井。

カウンター越しに目を丸くする奈津

美。

チェックアウトカードを奈津美に差

し出す希。

希「それと(札束をドンとカウンターに置

く)弁償代」

 慌てて近くにあったバインダーで札

束を隠す奈津美。

奈津美「(小さめの声で)なんなんですか、

困ります」

  希の後ろで軽くお辞儀をする篠井。

  去っていく希と篠井の後ろ姿。

  お辞儀をするドアマン。

  訝しげに希と篠井を見つめる奈津美。


○同・玄関・タクシー車内

 希に手を引かれてタクシーの後部座

席に乗り込む篠井。

運転席に依田啓太(56)。

依田「(ニヤッとして)どちらの式場まで」

希「ああ……ええっと、東尋坊まで」

  バックミラーで希と篠井の姿を不思

議そうに眺める啓太。

依田「(後ろを振り返って)流行りですか

?」

  ニコッと笑う希。


○県道七号線

 走るタクシー。


○同・車内

 後部座席に篠井と希、運転席に依田。

依田「わたしの娘もですわ」

  バックミラーで希を見る啓太。

依田「わたしの娘も結婚決まっとるんです

が、どうやら相手はネットで知り合った

男らしくて」

  窓の外を眺める希。

  隣の希をチラチラと見る篠井。

依田「顔も見とらんって、全く理解を超え

ていますよ……そんなものなんですか

ね、最近の若者っちゅうのは」

希「(呟いて)無駄ですよ」

  希を見つめる篠井。

希「分かろうとすればするほど結局何にも

分かんなくなって、永遠に出口の無い迷

路をぐるぐるぐるぐる……最初っから

入らなければ良いの」

不思議そうに横目で希をとらえる啓太。

希「映画の台詞」

  ハッハと笑う啓太。

  希の足元に視線を落とす篠井。

  インサート―「希の足首の小さな緑のハート型のタトゥー」


○小道

 周りが木々に囲まれている。

 アスファルトの一本道を歩く希とそ

の後ろを歩く篠井の後ろ姿。

振り返る希。

希「ねえ、うちらってお似合いかな」

篠井「いや……」

希「いやって何よ」

  足を止める希。

  希の横を通り過ぎていく篠井。

希「待ってよ(後を追う希)」

  

○東尋坊・岸壁

 日本海を見て佇む篠井と希の後ろ姿。

 興味深そうに篠井と希をスマフォで

写真を撮る若い女性三人組。

 風に靡かれて気持ち良さそうに伸び

る希。

篠井「何で脱ぐんですか?」

傍に置かれた希の傷んだハイヒール。

希「何となく?」

  微笑む篠井。

希「最期に言い残すことはありますか」

篠井「何にも」

篠井に片手を伸ばす希。

 希を眺める篠井。

  篠井の方を真剣な表情で見つめる希。

  伸ばした希の手を握ろうとする篠井。

多紀の声「めでたいなあ」

  振り返る篠井と希。

  後ろで拍手する多紀と蓮舫の姿。

多紀「それでやるんけ」

蓮舫「(笑いながら)素晴らしい。怖くなっ

たら俺が背中押してやろう」

 篠井の手を引っ張ってその場を立ち去ろうとする希。

多紀「待ちな! あんた達に祝いもんだ」

  希と篠井に近づいて、写真の束を差し

出す多紀。

受け取って写真を眺める篠井。

インサート―写真「浜辺に打ち上げ

られた膨れ上がった遺体や岸壁にぶ

つかって血まみれになった遺体」

呼吸が荒くなる篠井。

多紀「あんた達のお母さんやお父さんが見

るのよ」

 写真を地面に落としてしゃがみ込む

篠井。

 写真を拾って見つめる希。

希「見せたい」

  驚いた表情の多紀と蓮舫。

  希の足首のタトゥーを見つめる蓮舫。

  顔を上げて希を見上げる篠井。

  希に近付こうとする多紀。

希「来るな! 構うな! 触るな! ウチをなめるな! 大人に何が分かる。何もかも分かったように振る舞いやがって! ただただ歳だけ重ねてみっともない。消えれば良いのよ。大人なんて! ……消えてやるわよ! ウチの方から!」

  訪れる沈黙。

  突然崖に向かって走り出す蓮舫。

  その勢いのまま海に飛び込む蓮舫。

  唖然とする希。

  強く希を抱き締める多紀。

  腰を抜かして唖然としている篠井。

  多紀の腕の中で大声で泣き始める希。


○アパート・多紀の部屋・内・居間側(

夜)

 1Rの部屋の真ん中に折りたたみテ

ーブルが置かれている。

端に置かれた小型の液晶テレビ。

 キッチンで炒め物をする多紀。

テーブル前に正座で座る篠井と希。

胡坐をかいて首にタオルを巻き、タバ

コを吸って笑いながらテレビを見る

蓮舫。

少し濡れている蓮舫の髪。

多紀「希ちゃん、ちょっと、手伝ってくれ

るかー?」

希「は、はい」

  立ち上がってキッチンの方に向かう

希。


○同・キッチン側(夜)

  盛り付けを手伝う希。

  希を微笑ましく見つめる多紀。

多紀「あの人の方が(自分の頭を指さして

)ココ、おかしいと思わない? この前何かのテレビの取材あったぐらいなんだよ。東尋坊の守り神って。馬鹿な大人もいるもんだよ」

希「……はい……」

  居間の方から突然聞こえてくる篠井

の泣き声。

篠井の方へ振り返る希と多紀。

インサート―テレビ画面「警察に連行される吉田の姿 テロップ 単独銀行強盗18歳の少年即逮捕 アナウン

ス『本日未明、香山銀行舞鶴支店のA

TMコーナーのガラスが金属バット

で割られる事件があり、音を聞きつけ

た男性が―』


○同・居間側(夜)

 テレビ画面を見ながら泣きじゃくる

篠井。

 大笑いしている蓮舫。

蓮舫「(笑いながら)泣け泣け、泣き散らせー」

 ぐしゃぐしゃになった顔で画面を見つめる篠井。

アナウンスの声「少年はお金に困っていた、すいませんでしたと容疑を認め、終始落ち着かない様子だったという事です」


○同・キッチン側(夜)

食器を洗う白のブラウス姿の希と多

紀。

欠伸をする希。

希の表情を窺う多紀。

テレビを眺める破れたTシャツ姿の

篠井とタバコをふかす蓮舫。

多紀「じゃあ、男は隣へ。はやちゃんよろ

しくね」


○同・居間側(夜)

座っている篠井と蓮舫。

蓮舫「(面倒臭そうにタバコを消して)急かすなよ。ババア」

 出ていく蓮舫。

多紀「(篠井に)あんたもよ」

  戸惑いながら出ていく篠井。


○同・蓮舫の部屋・内・居間側(夜)

  大量のビールやチューハイの空き缶

が座卓の上に置かれている。

床に散らばったコンビニ弁当の容器。

箪笥の上に飾られたタイやヒラメの

魚拓。

壁に立てかけられた数本の釣り竿。

玄関で佇む篠井。

キッチンでゴソゴソする蓮舫。

篠井に丸めたビニール袋を投げつけ

る蓮舫。

篠井を睨むように見つめて、顎で座卓

や床の上を指す仕草をする蓮舫。

慌てて、散らばった弁当の容器を袋に

詰め込み始める篠井。

 座卓の前に胡坐をかこうとして、容器

をメリメリと尻で踏みつける蓮舫。

容器をあらぬ方向に投げて、タバコを

吸い始める蓮舫。

蓮舫「(篠井を眺めながら)おお、おお、働

くなあ。あちい(Tシャツを脱ぐ)」

 パンパンになった袋を縛る篠井。

蓮舫「お前、ほやけど臭そうやの。ここ出

て右にちょいいった所に銭湯あるけえ、

行ってこい」

篠井「あ…はい……あとで……」

  蓮舫の方を見て固まる篠井。

  上裸でトランクス一枚の蓮舫。

  インサート―「蓮舫の全身に入った

虎のタトゥー」

蓮舫「ジロジロ見んな。殺すぞ」

篠井「あ、いや、すいません……」

  タバコを咥えたまま、箪笥を開いてT

シャツやトランクスなどの衣類を篠

井の方へ投げ渡す蓮舫。

篠井「……ありがとうございます……」

  衣類を畳んでまとめる篠井。

  横目で蓮舫をチラッと見る篠井。

篠井「……生きる覚悟……ですか?」

蓮舫「ああ?」

篠井「いやっそのお……タトゥー……」

  タバコを吸いながら篠井を見つめる

蓮舫。

タバコを消して立ち上がる蓮舫。

蓮舫「死ぬのがこええ(フッと笑う)」

  キッチンの水道で頭を洗い始める蓮

舫。

蓮舫の背中のタトゥーを見つめる篠

井。

 

○三国港駅・駐車場(朝)

  入ってくる一台のダンプカー。


○ダンプカー・車内(朝)

 運転席に蓮舫、助手席に多紀。

 蓮舫と多紀の間で窮屈そうに身を縮

める蓮舫に貰ったぶかぶかのTシャ

ツ姿の篠井と多紀に借りたTシャツ

姿の希。

インサート―「希の履くクロックス」

わざとらしく篠井にくっつく希。

嫌そうな表情を見せる篠井。


○三国港駅・出札窓口(朝)

 窓口で切符を受け取る多紀。

 待機する蓮舫、希、誠。

 それぞれに切符を渡す多紀。

 

○三国港駅・ホーム(朝)

 並んで立つ蓮舫、多紀、希、誠。

 到着する電車。

 一歩前に踏み出して振り返る篠井。

希「じゃあ」

誠「(頷いて)来年は……泳ぎましょう」

希「来年って……あんた、大学生?」

誠「あ、はい……いや……分かりませんけど、約束……しませんか……今度は僕が奢ります」

 頷いて寂しそうに微笑む希。

誠「(蓮舫と多紀の方を見て)あ……皆さ

んも……本当に」

蓮舫「(笑いながら)はよ乗れや。くっさい

小芝居いらんけえ」

 ニコニコとしている多紀。

 軽くお辞儀をして車内に乗り込む篠

井。

 車内から希の目を見て、足首に視線を

落とす篠井。

 インサート―「希の足首のハート型

のタトゥー」

誠「希さん……」

 閉まるドア。

誠「あっ」

発車する電車。

佇む希。

希「(叫んで)約束だっちゃー!」

  小刻みに頷く篠井。

小さくなっていく希と蓮舫、多紀。

希の肩にそっと手を置く多紀。


○三国港駅・ホーム

 小さくなっていく電車。


○電車・車内

 景色を眺めながら座る誠。

  ギュッと拳を握って、開いて掌を見つ

める篠井。

インサート―篠井の掌「浮かび上が

る爪痕」

  凛々しい表情で前方を見つめる篠井。




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