それでも見えないもの
最後まで目を通してくれた諸君に感謝に意を示す。さて、お疲れではあろうが、幾つか尋ねさせてもらう。どうかお付き合い願いたい。
諸君は気付いただろうか?
私が訳し、諸君らに提示したのは原本の8割程度であるということに。残りの2割に相当する部分は、私にはどうしても訳せなかった。
それには理由がある。
私は、この本の著者が不明であると言った。それが問題なのだ。あれが、誰視点で書かれたのか、私には分からない。
あの王国の滅びについては、この本の発掘地点周囲にある国々において、一切の記述が無い。無いというよりも、残っていない、というのが正しいかもしれない。あの周辺は争いの絶えない紛争地であり、いつからかずっとそうであるらしい。
だから、記録は残っていない。
もしかしたらあるかもしれない。だが、私には見つけられなかった。
そもそも、見つける必要は無かった。この本の原本からは、在る種の禍々しさが、嘆きが、濃密に感じられるのだ。それは酷く鮮明で、私は、その読めない文字を、意味を感じられなかった文字を見て、幾度も心を抉られた。
その痛みが、これが本物で、事実である、と私に訴えてくるのだ。
だから、訳した。
だが、分からなかった。
誰が書いたのか。誰の視点で書かれたのか。
後半部。私の訳においては、第四章途中からが相当する。前半部と比べ、文体が、言い回しが、視点の位置が、行方が変化しているようにも見えるのだ。
全体の2割の未訳部分の大半は、文字が滲んでいたり、潰れていたり、または、消されたり、何かで擦ったかのようにかすれていたり。それらは後半部分にほぼ集中していた。
その意図は不明。
諸君らは、8割の物語から、何を感じ取った?
私には、この本が何を伝えたいのか、未だ推測ですら形として出せない。
この本は、私たちに何かを警告しているのだ。
だが、足りない。
何かが足りない。
それとも、見落としているのか……。
あれが何かの訴え、メッセージの類だとして、重要な何かが欠けている。私にはそう思えてならないのだ。それは、2割の中にあるかもしれないし、その外側にあるかもしれない。
私には分からない。だから、諸君らに問うことにした。見ても狂気に犯されない形に変換して。誰でも良い。答えて欲しい。
何が足りないというのだ?
答えは、何だ……?
~20XX 或る言語学者の叫び~