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天使の叫び  作者: 鯣 肴
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天使の叫び 第六章

 王は人ではない。王権を得た王は、天使と同じ。神の僕。人の心のまま、人でなくなった者。だから届く。天使に届く。同じ次元の存在であるが故に、天使の力を貫通する。


 王は知らなかった。賢くはあるが優しい王は知らなかった。人の次元からは天使の次元に届かないことを。そして、もう一つ。王は知らなかった。気付かなかった。


「あ、りが、とう……。お、とう、さ……ま……」


 獣の天使は絶え絶えにそう言って、安らかな声でそう言って、体が透けていき、ふっと消えた。


 立ち尽くす王。


 干上がった沼に、散ったはずの黒い霧が集まっていく。


 そこには、損傷の酷い腐った、骨の飛び出た、潰れた臓物がぶら下がった、体液をまき散らした死体の山ができ上がっていた。


 王は両膝をついて崩れ落ちる。


 だがそれは、自身の民の亡骸のせいでは無い。


 獣の天使が消えた瞬間から始まった、不浄による呪いの浸食によるものでもない。


 王はそのときになって気付いた。それが、15歳で逝った、自身の長女であるということに。死体すら出ず、ただ、行方不明。あらゆる手を尽くして、どうしようもなく、死亡認定を出すこととなった、娘。


 それは、幼い頃の娘の声そのものだった。






 心折れることすら、逃避すら赦されない。


 王は死ぬことはできない。

 加護という名の呪いは剥がれない。

 王のままでは、神の定めし時まで死ぬことはできない。


 灰色の空、昼にも関わらず、一切差し込まぬ、陽の光。

 民の存在しない国で、ただ一人、王は、崩れ落ちた王城の瓦礫の上に佇む。

 王の背には、白い純白の羽根が生えていた。


「守護天使……か」


 王は振り向くことなくそう呟く。


「王権神授者は、肉体が残り、精神が死んだとき、天使となるのです。それは隠された契約」


 王の後ろに一体の天使が突如現れそう告げる。王付きだった天使が立ち、その、異形となり果てた王に、心を失った、かつての王、今では天使の一体となった王に告げる。その言葉は王には届かない。それは、もはや、王とは別のものと成ったのだから。


「貴方の娘が精神的に死んだ。そして、天使となった」


 意味が無くとも、告げる。彼なりの慈悲。意味なき慈悲。知っておくべきだ、という、慈悲。


「娘も……、そう、か……」


 王は振り向くことなく、呟く。


「次の王は貴方の娘だった。王権神授者たる貴方の娘は死んで、天使となった。そのとき、王国の運命は決まった。滅びの運命が。王権神授に断絶が生じると、全てを終わらせる方向に動く。貴方の娘はそう、動かされた。貴方の娘の精神的な死の原因から抽出された行動原理で、貴方の娘は破滅の天使として動いた。しかしそれは穢れた天使。終わらなくてはならない、が、半人であるため、天の命では堕とせない。だから、貴方に動いてもらった、半神半人の貴方に。王権神授者であるということはそういう存在であるということなのだから。貴方はそうして、全てに幕を下ろした。王権神授者が天使になるのは、王となる前、若しくは人の部分が尽きたとき。貴方は神命を果たしたのです」


 かつて王だった天使は、何も反応しない。かつて城下だった、瓦礫の山を、虚ろな目で見ている。


「ああああああああああああああああ」


 もう、耐えられなかった。


 慈悲を持つ天使は狂ったように叫び、反転し始める、体は黒く染まっていき、白い羽は抜け落ちて。黒く灼け。闇の波動を拡散するように発生させていく。それは漆黒の球となり、慈悲の天使と、元王と周囲の瓦礫を包み込み――――、叫びの途絶とともに消えた。


 それは巨大な波動を発生させ、王国の国土全てを塵へ変え、跡形もなく、全てを終わらせた。

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