天使の叫び 第五章
それから7日と経たず、王国の全ての人の集落は灰となった。城下に続き、あらゆる町で誰かが無作為に獣の天使に捕えられ、司令官と同じ処理をされ、爆弾とされ、灰となった。
虚構が現実となった。
無傷で残る王城。そこは人の集落では既に無かった。そこに居たのは王一人。王妃と王子を含め、全てを避難させていた。
精鋭兵軍と近衛兵軍派遣のときに、既に。
王は、無人の王国の無人の王城の無人の王座で、守護天使に外の顛末を見せられていた。王座に王は縛られていた。守護天使の魔法によって。椅子と王は一体化していた。
王権を得たときに授けられた千里眼と順風耳で全てを、目を逸らすことなく、見届けさせられた。千里眼は閉じられない。順風耳は塞げない。
王は狂えない。心折れることを赦されない。意識断絶すら赦されない。
音と映像が終わり、王は解放された。王座に癒着した体は、剥離する。
「どうしろというのだ」
王はそう、虚ろに呟いた。
「獣の天使を、討滅するのです。貴方が。独りで。貴方の手で、貴方ごと、引き摺り下して、そして、……、楽に……、いや、幕を下ろしてください」
人の気持ちを理解しつつも、天使の業を背負うその天使は、ぽろりと慈愛を、見せつつも、すぐさまひっこめ、言い渡した。
王は項垂れた首を上げ、虚ろな目をして、天使に何か言いかけるが、結局何も言うことなく、玉座から立ち上がる。すると、玉座は黒変し、崩れ、灰となる。揺らぎが発生し、それは王城全体に広がる。
揺れ幅は大きくなり続け、やがて――――王城は崩れ落ちた。
王は件の場所へ辿り着いた。山脈に囲まれた森の中。黒い沼の前に。獣の天使のいるその場所に。
王は、その沼へと、足を踏み入れる。ねちょりという音が静まり返った周囲に響き渡る。
すると、王が千里眼で見た通り、黒い沼が霧となり、散っていき――――少女ではなく、もはや、幼女となった、しかし、日本の足で立つ、幼なげな、キューピットのようにも見える、獣の天使が現れた。口元の血と、体全体にまばらに付着した、人のあらゆる体液の混合物を纏って。
「無力な幼な子。……。終わらせなければ……」
王はそう呟く。
彼は優しい王だった。甘いのではなく、優しい王だった。彼は極力、殺さなかった。殺さなくても済むものは極力。極刑を避けた。言い分を聞かぬことなく理由如何では裏切りすら赦した。どうしようもないときは躊躇なく自身の指示で殺し、殺させた。
彼は賢い王だった。彼は王となって、自らの意思で千里眼と順風耳を使わなかった。乞われても使うことは一度も無かった。彼の娘が失踪したときですら、頑なに使わなかった。
王は獣性すらもはや失ってしまった、汚物に塗れて無邪気な笑顔を浮かべるその天使に近づき首を掴んで持ち上げた。
司令官に任命した男を始まりとした、あまりにも酷いたらしい映像が脳裏に浮かぶ。
王はその首をひと思いにへし折った。
ぽきり。