天使の叫び 第一章
広大な荒野。
夜の荒野。
そこから終わりが動き始める。
ある音とともに。
それはまるで血に狂った獣のように慟哭した。
それはまるで悪魔の如く力を理不尽に振りかざした。
それはまるで言葉を解さなないように見えた。
それはまるで化け物そのものだった。
だが、それは、天使だった。
三日月がその姿を照らしていた。
背に生えた一対の純白の翼がそれを証明していた。
それは、血で塗れた死体の山の頂に立っていた。
血の匂いを纏い、綺麗な水晶玉のような虹彩は血で汚れ、その顔には怨嗟の汚物がべとりと付着している。
吹き寄せた風によって肩まで掛かる長い髪が揺らぐも、顔は見えない。表情は窺えない。乱れ、粘り気を発揮した様々な色の人間の体液の混合物によって糸を張り、幕を張りっているのだから。
風が運んだそれらの臭いが、それらが何であるかを物語っていた。言葉にしたくないものも紛れていた。
残っている髪は黄金色で、曲がりなき、枝なき直毛。
本来真白色であったであろうその身を纏う布は、酷く穢れていた。
黄金比に沿った体の各部位。手足はすらりと長く、それでいて、肉付きは未熟さを感じさせる。160センチほどの長身。
穢れの付着から免れた部分の、一部見える地肌は透き通るように白い。
少々大人びた少女のようである"それ"は、未完成ながら完成した、完全なる者の風格を漂わせる。
こんなにも汚れに塗れていても綺麗なものであると誰もが認識できる"それ"。
だからだろうか。
それは酷く歪んで恐ろしげなものに見えた。
天使の造形をした"それ"を、微塵もそうとは思えなかった。
唯の、獣、に見えた。
その獣が天使だという事実を疑いようもなく受け入れていたにも関わらず。
それは、飛び立った。死体の山の中で最後に残った、半生半死の者が息絶えるのを確認して。そこには、死体の山ができあがっていた。数百、いや、千に迫る、重装兵の死体の山が。
月光に照らされていたそれは、翼を広げ、飛び立った。その場から去っていく。
遅れて到着した彼らを、自身を遠巻きに取り囲むように陣を組んだ彼らを、何もしなかった彼らを、取り残して。
動くことすらできなかった彼ら。
震えていることしか、祈ることしか、跪くことしかできなかった援軍として来た筈の数千人の彼ら。
常備兵である彼ら。
周辺の国々の中で最も優れているとされる彼ら。
動くべきとき、彼らは唯、獣が去るのをどうしようもなく、手を出すことなく見ていることしかできなかった。
その後も、彼らのほぼ全ては、それを王へ報告することと、遺体を弔うことと、遺族にその真実を隠すことと、口を紡ぐことしかできなかった。