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8-強敵

――おそらく十数分後

 俺は建物を出、庭園らしきところへ逃げ込んだ。

 地面には、綺麗に芝が植えられていた。噴水のある池や彫像が立ち並び、それをガス灯を思わせるレトロな照明が照らしていた。発光する原理は、先刻のランタンと同じであろうか。

 とりあえず植え込みの中にでも隠れて……


「……!」


 気配を感じ、振り向く。

 揺らめく灯りに照らし出されたのは、一人の男。

 身長、体格とも俺よりややデカいぐらいか。その肌は浅黒い。顔はインド人、あるいはアラブ人っぽいか?

 その手には、ナタの様な大剣。

 纏う雰囲気から察するに、おそらくは先刻の髭面よりも強いだろう。

 ……どうやらもう逃げられそうも無いな。この男と戦い、倒すのみ。

 俺は肩に担いでいたリュックを放り捨て、ヤツに相対する。

 腰を落とし、タックルを狙う姿勢だ。

 あの剣をかいくぐり、組み付き倒す。おそらくはそれしか生き延びる道は無い。

 と、ヤツは俺を見てニヤリと笑った。

 ふん……窮鼠猫を噛むってヤツだ。痛い目見せてやるぜ。

 と、ヤツは剣を放り捨てた。

 ……どういうつもりだ?

 戸惑う俺を前に、ヤツもまた腰を落とし、構えをとる。

 へっ、俺相手なら素手で十分ってか? 余裕綽々だな。


「なら……行くぜ! 地球人ナメんな!」


 俺は地を蹴り、先刻の予定通りタックルを敢行。テイクダウンを狙う。

 しかしヤツは上から被ろうとする。

 だがそれは想定内。

 一旦踏みとどまり、それをやり過ごす。そしてすぐに体勢を立て直すと再度タックル。ヤツの右脚をとりつつ肩を脇腹に突き入れる。


「!」


 ヤツがかすかに呻いた。

 すかさず背後に回りつつ腕でヤツの胴に腕を回してクラッチ。襲い来る肘での打撃を首をひねってやり過ごす。そして、


「くらえ!」


 頭越しに、後方へと反り投げる。

 原爆固めジャーマンスープレックスだ。

 しかし……


「何⁉︎」


 ヤツは持ち上げる直前に自ら跳び、そして空中で身体を丸める。その勢いで、俺のクラッチは外されてしまった。そのままヤツはバック転の要領で着地する。

 あのガタイでそれをやるかよ。とんでもねぇヤツだ。

 だが、このままじゃ終わらん。今の俺なら、十分やりあえる。

 ここに来てからというもの、身体が軽く感じるのだ。身体の奥底から、まるで泉の様に“力”が湧いてくる感じだ。

 それどころか、あちこちで時折痛みを発する古傷も、完全に癒えてしまった様に感じる。

 そういえば、あの栗色の髪の女が俺に何やら呪文をかけてくれたわけだが、そのおかげか。あるいは、しばらくあの泉に浸かっていたからかもしれん。

 俺はすぐさまブリッジを解くと身体を半転させ、下段回転蹴りで脚を掬ってやる。

 ヤツはバランスを崩し、フラついた。

 すかさず身を起こしつつ、ミドルキック。そして掌底でラッシュをかけた。

 しかしヤツも最初の数発は喰らったものの、すぐに両腕でガードを固める。

 チッ、なら……

 その腕を掴み、首相撲(クリンチ)に持ち込む。

 ヒザとボディーブローを数発。

 しかしヤツの体勢は崩れない。しぶといな。

 では、次の手だ。

 ヤツの首に、後方から腕を回して腋下に抱え込んだ。

 当然、ヤツもそのスキに、ボディブローで反撃してくる。

 重いパンチ。一瞬息が止まる。しかしそれは耐えねば。

 そしてヤツはもう一発パンチを打とうとし……

 いまだ! ヤツの重心がわずかに浮いたスキを突いて片脚を振り上げる。そしてその反動を利し、後方へと倒れ込んだ。

 フロント・ネックチャンスリー・ドロップという技だ。

 そのままヤツの脳天を地面に突き立て……


「クソッ!」


 叩きつけられる直前、ヤツは空いた手を地面に着き、威力を減殺しやがった。

 だが、幾らかの効果はあった様だ。立ち上がったヤツは、わずかにふらついていた。

 なら、もう一撃!

 ヤツの背に回り込む。そして今度はクラッチを解かれない様両腕をダブル・チキンウィングに……


「何⁉︎」


 しかしヤツは、それを力任せに振りほどく。

 そして、俺の腰下と襟首をクラッチし……


「!」


 バックドロップ……いや、裏投げか⁉︎ 俺の身体が高々と持ち上げられ、そしてヤツの身体が宙に弧を描く。


「がはっ!」


 俺は強烈な衝撃とともに、地面に叩きつけられた。

 後頭部、そして頚椎をしたたかに打つ。衝撃が胸郭へと伝わり一瞬呼吸が止まった。鍛え方が足りなきゃ、これでオシマイだ。

 しかし……まだだっ!

 トドメを刺さんと俺に伸ばされた腕。その手首を取りつつ身体を跳ね上げた。そしてそのまま脚で首を狩りつつ腕で脚も払い、地面に倒れ込ませる。その状態で腕に脚を絡めて肘関節を締め上げた。

 飛びつき式腕ひしぎ十字固めだ。


「グッ……ガァッ!」


 ヤツの呻きが聞こえる。

 肘関節を過伸展させ、靭帯にダメージを与える技だ。テコの原理を使って締め上げるので、受け手側の体格が圧倒的に大きくない限り、力技で外すのは難しい。俺とヤツの体格差はわずかだ。これで、決まり……

 ……うおっ⁉︎


「ォオォォ……」


 ヤツの身体から、陽炎の様に立ち上がる“何か”。

 同時に俺の身体が持ち上げられる。

 バカな⁉︎ あの体勢で、しかも片腕を極められたまま俺を持ち上げるかよ……

 そしてヤツは俺ごと腕を頭上に掲げ、


「ぐあっ!」


 地面に振り下ろした。

 背中をしたたかに打ち、俺は思わず腕を離してしまう。


「なっ……」


 何が起きた⁉︎ ヤツの身体から熱すら感じる“何か”が吹き上がった直後、ヤツは凄まじい力を発揮した。

 アレは魔法の類なのか? それとも……

 いや、そんなことはどうでも良い。

 俺の願いは……強敵相手に存分に戦うことだ。願ったり叶ったりじゃないか。今まで不完全燃焼しかできなかったんだ。ここで燃え尽きても本望だぜ!

 すかさず跳ね起き、構えをとる。

 ヤツは「ほう」とでも言いたげに、俺を見た。


「行くぜ!」


 牽制のミドルキック。そしてそれをガードさせたら、すぐさま掌打を顎先に叩き込む。

 ヤツの身体がグラついた。

 チャンス。

 ボディ、そしてアッパーカットでさらなる追撃。


「!」


 だが、ヤツは踏みとどまる。

 そして、イノシシの突進のごとき飛び膝蹴りを放つ。


「ぐぅっ⁉︎」


 クソッ! 喰らっちまった! まるで車にでも跳ねられた様だ。ガードの上からにも関わらず凄まじい衝撃が伝わり、体が一瞬浮いた。

 しかし……捉えた!

 膝下に腕を入れ、ヤツの脚を抱え込む。次いでその上半身を抱え込み、すかさず後方へとキャプチュードで反り投げる。


「ガァッ!」


 ヤツは受け身を取れずに地面に真っ逆さまに叩きつけられた。


「ぐっ……うっ……」


 ヤツの呻き。

 ホールドを解くが、ヤツは倒れたままだ。

 ワンダウン。いや、これでK.O.か?


「〜〜〜〜!」


 女の声。

 ふと見ると、俺達の周囲を兵と赤毛の女が囲んでいる。

 ふん。ここで終わりか。だが、いい勝負が出来た……


「ン?」


 背後の気配。熱を感じるほどの闘気。

 振り返ると、ヤツが身を起こしてた。


「マジかよ……」


 思わず苦笑。

 アレを喰らってなお立ち上がるかよ。


「〜〜〜〜!」


 喜色を帯びた、赤毛の女の声。

 “ヴェルディーン”、と聞こえたが……それがこの男の名か?


「〜〜〜〜」


 男は赤毛の女に向かって声をかけた。

 『大丈夫だ』とか『この程度』といった所か。


「〜〜〜〜」


 男はさらに言葉を続ける。

 身振りからすると、『手出しは無用』とでも言っている様だ。

 兵と女はそれに従い、後ろへ下がる。

 なんにせよ、ありがたい。邪魔が入る事なくやりあえるか。

 俺は再び構えをとった。

 それを見、ヤツはニヤリと笑った。

 正直、言葉は不要だ。どちらからともなく手を差し出し、組み合った。

 いわば手四つという状態だ。

 その状態で相手を押しつぶすべく、押し合う。


「ぐぅ……!」


 分かっていたことだが、凄まじい力だ。俺は抑え込まれ、片膝をつく。

 だが、このまま終わらん。

 ヤツの脇に頭を入れ、このまま後方へ反り投げてくれる。

 しかし、この体勢では……クソッ、まだだ! もう一息!

 その時、


「!」


 胸のあたりで“何か”が熱を帯びた。

 ……これは?

 その熱が全身に伝わっていくにつれ、身体の奥底から、“力”が湧き上がってくる。おそらくは、先刻ヤツから感じた“それ”と同じモノ。

 よし……今だ!


「ぬおぉ……」


 一つ踏み込み、肩をヤツの腹に突き入れる。そして強引に両手をヤツと組み合った状態のままその身体に押し当て、担ぎ上げた。

 そして、


「リャアー!」


 そのまま前方へと一気に叩きつける。

 脊椎砕き(スパイン・バスター)

 だが、叩きつける直前、


「!」


 ヤツが片足を地面についた。そして身体を丸めつつ、もう片方の足を俺に押し当てて俺を引き込む。これは……


「巴投げ、だと⁉︎」


 俺の身体は跳ねあげられ、宙に弧を描いて地面に叩きつけられた。


「……がはっ!」


 しかし、それで終わりではなかった。

 ヤツは俺の両腕を抱え込んだ状態で、そのまま後転してくる。そして余勢をかって俺の身体を引き起こすと、そのまま担ぎ上げる。

 ……なんてヤツ。

 だが……まだだ!

 必死の抵抗。しかし、振り解けない。まるで万力で掴まれたかの様だ。

 抵抗をあざ笑うかの様に、ヤツはそのまま後方へと俺を反り投げた。

 水車落とし……いや、地獄車といったほうがいいかもしれん。


「ぐあっ!」


 後頭部及び頸椎、肩への強烈な衝撃。

 眼前に火花が散った。そして今度こそ、俺の意識は暗転した……。

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