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5-襲撃

 薄暗い街灯の中に浮かび上がった人影は三つ。

 浅黒い肌の、ガタイのいいヤツが一人。俺よりも頭半分ほど高いか? そして細身でスーツを着た男が一人。そして小柄なヤツが一人。

 ……来たか。案の定だな。

 出際の岩井の電話は、俺が寮を出た事を知らせる為。そして電話を受けた“誰か”がこの連中を寄越した。


「ふん、アイツのオヤジに頼まれたってか? 恨むならあんな状態でリングに上げたトレーナーを恨みな」


 声をかけてみる。だが、帰ってきた答えは……

 細身の男がクイと顎で俺を指す。コイツは確か、洪天会の組員の一人。松原の側近で、今回のマッチメークに絡んでいたハズだ。

 と、ガタイのいいヤツが進み出た。黒い肌に、パンチパーマ。コイツもどこかで見た顔なんだが……


「グヘヘ……」


 ヤツの奇妙な笑い声。クスリでもやってるのか、狂気を感じる目だ。

 そして一気に距離を詰めてくる。


「ッ!」


 とっさに首をすくめた。

 と、こめかみの少し上を、メロンのごときデカい拳が唸りを上げてかすめる。

 やはりボクサー崩れか!

 ……思い出した。コイツは太平プロモーション所属のタレントだったか。黒人との混血で、とある番組の企画でボクサーを目指していたはずだ。だが、結局クスリで捕まり解雇されたと聞いている。しかし洪天会で飼われていたのか。第二弾企画である松原の仇討ちに駆り出されるとは、皮肉だな。

 繰り出される次の拳を左腕でガード。しかしすぐさまボディを撃ち抜かれる。


「グッ!」


 こみ上げてくる吐き気。だが、こらえる。

 俺のタフさをナメるんじゃねぇ!

 リュックとコンビニ袋を放り捨てると、頭を下げ、タックル。そして背後に回り……


「!」


 慌ててヤツから離れる。

 直後、銀色の光が俺をかすめた。

 何!?


「クク……」


 細身の男の手に握られた棒状の物体が、街灯の光を反射し、ギラリと光った。

 短刀(ドス)か!

 くそっ、マズいな。

 後の一人は……!


「ひゃははっ!」


 ヤツの手から放たれる銀色の光。

 ナイフか!

 とっさに回避。

 一本は回避成功。しかし、


「ぐうっ」


 肩に一本食らってしまった。


「クク……もらったぁ!」


 細身の男がドスを構えて突っ込んでくる。

 そして別方向からはボクサー崩れ。


「クソッ!」


 とっさにナイフを抜き、ボクサー崩れに投げつける。


「がぁっ!」


 ナイフはヤツの右太腿に突き立った。

 そしてドスは身体をひねって回避。

 脇腹を切り裂かれつつも、喉元への水平チョップ一発。


「ぐあっ!」


 細身の男はその場で一回転して、頭から地面に叩きつけられた。


「ひゃはーっ!」


 そこにまたナイフが飛来。


 狙いは頭か!

 回避しようとし、何かを踏みつけた。


「ぐぅっ!」


 足元で悲鳴がした。


「!」


 よろめき……幸運にも、ナイフはそれた。

 何だ、今のは?

 ふと地面を見る。と、地面で足掻く細身の男の右手首を踏みつけてしまっていた。

 俺は運がいいのか悪いのかわからんな。

 すぐさま落ちてたヤツのドスを拾うと、小柄な男に投げつけた。

 それはヤツの腹の辺りに命中。


「ふひゃっ⁉︎」


 妙な悲鳴とともにヤツは地面を転げ回った。

 後は……ボクサー崩れか!


「ゲヘヘ……」


 ボクサー崩れはナイフを抜くと、地面に放り投げた。

 そして奇妙な笑い声をあげ近づいてくる。

 コイツ……痛みを感じてないのか?


「ガァー!」


 そして殴りかかってくるボクサー崩れ。

 まずは両腕でガードを固め、ひたすらパンチを防御。

 少々いいのをもらったが、意地で耐える。だが、肩からの出血が続いているので長くは持たないだろう。

 スキをついて、ナイフの傷がある右脚の太腿に蹴りを入れてやる。


「グゲー!」


 ヤツの呻き。

 さすがにこれは効いたか! なら、もう一丁!

 俺は掌底を、ヤツのこめかみめがけ、上から振り下ろす様に叩きつけた。


「ゲッ!」


 命中。そしてヤツの呻き。

 ボクシングじゃ禁止のオープンブローだ。深く浸透する打撃で脳を揺さぶられれば、いかにヤツでも……


「ゴ……ガァー‼︎」


 ちっ、ダメか! そんなら……

 逆上し、まっすぐ突っ込んでくるヤツの腹にタックル。そして背中側に回り、その両腕をダブル・チキンウィングに固める。


「グ……ゲェ?」


 戸惑いの声。だが、遅い!

 俺はすかさずヤツを反り投げ、そのまま真っ逆さまに地面に叩きつけた。

 猛虎原爆固めタイガースープレックス

 両腕をホールドした状態で相手を地面に叩きつけるスープレックス。受身を許さぬ危険な技だ。

 だが、コイツを仕留めるには、コレしかない。

 ホールドを解き、起き上がる。

 ヤツは……白目をむき、痙攣をしていた。

 一応草の上を選んで投げたが……どうなるやら。

 と、視界の隅で動く影。


「よう……まだやるかい?」

「ふひっ⁉︎」


 腹からドスを抜いた小柄な男は硬直し……そして逃げ出した。

 後には、痙攣するボクサー崩れと、手首を押さえて呻く細身の男。

 手間取ったな。日本にいて随分“カン”も鈍っちまった。

 メキシコにいた頃は糊口をしのぐ為に用心棒などをしていたが、こういった修羅場はよくある事だった。何度死にかけたか分からん。

 まぁ何にせよ……“終わった”な。

 俺は安堵の息を吐き……


「ぐっ……クソッ!」


 今更アチコチが痛み出しやがった。

 ふと空を見る。

 黒雲が大きく広がってやがる。もしかしたら、雨が降るかもしれんな。

 急ぐか。

 俺は地面に落ちていたリュックとコンビニ袋を拾い上げた。



――数分後

 俺は痛む身体を引きずり、歩いていた。向かうのは、寮とは反対側、駅の方へだ。

 警察と救急車を呼ぶことも考えたが……止めた。

 ヤツらの目的は、洪天会の跡取りに恥をかかせた俺を“消す”事だ。

 警察に保護されたとしても、俺の身の安全は保障されん。ヤツらは権力と癒着している為、下手すりゃ警察の保護下から離れた途端に“消され”かねんしな。

 まぁ場合によっちゃあ、俺が傷害容疑あるいは傷害致死容疑で逮捕される可能性も無い訳じゃないが……それでも刑期が終わった途端にやられるだろうな。下手すりゃ刑務所の中で、だ。

 だから俺は、姿を“消す”。

 あらかじめ、知人経由でいくらかのツテは用意してある。

 名を変え、どこかの地方都市で肉体労働者として糊口を凌ぐ事はできるだろう。まぁどのみち外国には出れんし、プロレスや格闘技のリングに上がる夢は永遠に絶たれる訳だがな……

 と、俺の耳に車の音が聞こえた。

 ふと目を上げる。

 と、ヘッドライトの明かりが俺を照らした。

 1BOXか?

 そいつが唸りを上げ、突っ込んでくる。


「!」


 ここは歩行者と自転車用の遊歩道。

 鉄製のポールが並び、乗用車の乗り入れを制限している。また街路樹が並んでいるために、1BOXではまともに走れまい。

 が、その1BOXはそれらを構わずなぎ倒し、俺に迫る。

 無論車へのダメージは甚大だろう。だがヤツは御構い無しだ。


「イカれてやがる……」


 俺は踵を返して逃げながら、思わずボヤいた。運転席では、あの小柄な男が狂気の笑いを浮かべていた。

 やはりあの業界、マトモな連中なんていやしねぇ。無論、俺も含めてな。

「喰らえ!」

 俺はコンビニ袋を振り回して勢いをつけると、運転席めがけて投げつける。この中には、500ml入りのペットボトル緑茶と新聞が入っている。

 それは過たず命中し、フロントウィンドゥに蜘蛛の巣状のひび割れを作った。当然そうなれば、視界は大きく失われ……

 クソッ!

 それでもこっちに向かってきやがる。

 なら……

 俺はジャンプし、フェンスを乗り越えると水面に身を躍らせる。

 着水。飛沫があがった。

 池は意外と深い。それに少々水は冷たいが、仕方あるまい。

 すぐさま泳いでその場から移動。

 そしてその直後、1BOXもガードレールを突き破り、先刻まで俺がいたあたりの水面へと転落した。


「!」


 凄まじい水しぶきが上がる。

 俺はその波に飲み込まれてしまった。

 そしてその直前、黒雲からほとばしる、凄まじいばかりの稲妻を見た気がした。

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