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4-謹慎

――試合から数時間後

 俺は再び事務所に呼び出されていた。

 社長の久住とマッチメーカの長谷川が、俺を迎える。


「とんでも無い事をしてくれたな」


 社長の久住が苦り切った顔だ。

 松原の具合が思わしくないらしい。椎間板ヘルニア及び腰椎圧迫骨折に肉離れ、顔面及び後頭部強打等々。数か月の入院を要するそうな。

 まぁ、ほとんど自業自得なわけだが。


「太平の社長はカンカンだ。ウチもタダじゃすまんだろうな」


 興行面でも大損害だろうな。今後のプロモーション企画が丸々ボツになった訳だし。

 長谷川もため息をついている。


「不幸なアクシデントですよ。俺は向こうのプロモーターが決めた筋書き(ブック)通りに試合を進めていましたし。それに……腰痛持ちである事は、あの時初めて知りましたよ。あらかじめ知らせてくれていたら、こちらも配慮出来たんですが」


 シロウト相手にまかりなりにも試合として成立させたのだ。文句を言われる筋合いは無い。それに、そもそもまともに試合出来ない身体では、リングに上がる資格など無いのだ。

 これは、練習生だった頃に散々言われた言葉だ。


「う……む」


 久住の眉間のシワが深くなる。長谷川も黙り込んだ。

 間違った事は言ってないつもりだ。反論がないところを見ると、久住も長谷川も分かってはいるのだろう。

 しかし、向こうは大スポンサーである。たとえ黒でも白と言わねばならん。


「と、とりあえず……向こうとまた話をせねばならん。しばらくお前は、謹慎だ」

「……わかりました」


 理不尽ではあるが、聞くしか無い。

 俺は一つ首を振ると、事務所を後にした。



――数日後

 謹慎処分を受けた俺は、外出することもなく合宿所でトレーニングを続けていた。

 合宿所と言っても、土木作業員の住込寮に粗末なトレーニングルームが付いたようなシロモノである。

 元々倒産した建築会社の寮だったものをそのまま買い取って利用しているのだ。いや、それどころか、この団体所属の格闘家やレスラーは試合だけでは食っていけないので、昼間は派遣経由で土木作業などに従事している。そのため、実態はその頃からほとんど変わっていない。


「息抜きに外に出たらどうっすか? 謹慎って言っても、外に出ちゃいかんって訳でもないっしょ?」


 そう声をかけてきたのは後輩の岩井だ。


「……そうだな。そこらのコンビニ程度なら社長も文句は言うまい」


 しばしのち、俺は一通りのワークアウトを終えると軽くシャワーを浴びる。そして一旦自室に戻ってから財布とスマホ、そして小さなリュックを持って寮を出た。俺が大切にしている“お守り”はシャツの胸ポケットに入れてある。

 出際にチラと寮を見上げると、窓際に立った岩井がどこかに電話しているのが目に入った。

 ……ああ、やはりな。



――約三十分後

 コンビニでスポーツ紙やビールなどを買い、俺は寮への帰途へとつく。

 が、ふと思い立ち、少し遠回りしてみることにした。

 久々の外出だ。すぐに寮に戻るのは少々もったいない気もした。

 寮へと続く細い路地を外れ、池沿いの遊歩道を歩く。

 6月初旬。もうすぐ梅雨入りという頃合いだ。

 風にあたりながら、ビールを呷った。

 心地よい酩酊感。

 夜空を眺め、一つ息を吐く。

 昼まで降っていた雨は上がったものの、まだ雲が残っているために星も月も見えない。それどころか、頭上には黒雲がかかっている様だ。

 確か今日は満月だったはずだが、少々残念なものだ。

 ふと視線を下ろすと、小さな山――いや、丘か?――が目に入った。そしてその前に浮かび上がる、幾つかの建物。

 あれは……桐花学園。

 我が母校、ではある。

 どういう因果かまたこんな近くに住む羽目になってしまったので、一度は尋ねて見たいとも思うが……何せ敷居が高い。

 プロレスラーならまだしも、喧嘩屋もどきではな……

 幸か不幸か、同級生や部活の先輩後輩にはまだ会ってはいない。正直、どんな顔で会っていいか分からんがな。



 一つ、息を吐く。

 そういえば、少々気になることもあったな。

 確か、一週間ほど前にこの学校の生徒が失踪したという話だ。

 先刻行ったコンビニにも張り紙がしてあったな。あそこでバイトしていた少年だそうな。もしかして、言葉を交わしたこともあったかもしれん。

 それにしても……失踪、か。それも、かなり優秀な生徒だったという話だ。

 何があったのかは分からんが、現実から逃げ出したくなったのだろうか?

 ふむ。

 現実か……。

 俺にとっての現実。

 それはこのチンケなレスラーもどきという商売か……。

 笑うしかないな。


 華やかなレスラー達の戦いに魅せられ、プロレスラーを目指したものの現実、か。

 一度はメジャー団体の練習生としてデビューを待つ身となったものの、内紛が元でメキシコに置き去りにされ、しまいにゃ何とか日本に戻ってきてみれば、雇用主から門前払ときたもんだ。

 おかげで同窓会にも出られやしねェ。

 どこで歯車が狂ったのかねぇ……

 が、今更嘆いても仕方がなかろう。

 だが、どこか別の場所でリスタートできれば、という思いもある。

 しかし、日本じゃ大手プロモーターの意向が全てだ。いくら人気や実力があろうと、ヤツらの意向に沿わない者は、地べたを這うだけだ。

 どのみち俺の、日本でのレスラー人生はこれで閉ざされたと言って良いだろう。

 ……

 いかんな。湿っぽくなった。

 いっそ、メキシコに戻るか? あるいはアメリカかヨーロッパあたりの総合格闘技のリングに上がるかねぇ。ツテは無いわけじゃない。

 それも一つの手か。

 俺は残ったビールを呷ると、草むらに缶を投げつけた。

 草ではない何かにあたり、跳ね返る音。ふむ。どうせならカップ酒の方が良かったかもな。


「出てきやがれ。そこにいるのは判ってるんだよ」

「チッ……」


 かすかな舌打ちの音。

 そして数人の男が俺の前に現れた……

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