21-エピローグ 闘いは終わらない
――翌日
何とか体力が回復した俺は、アスリが用意した住居に移ることになった。
とりあえず今まであてがわれていた部屋に戻り、荷物をまとめている訳だが……。
『この汚いの、捨てるわね』
アスリが一本のズボンをゴミ袋に入れようとしていた。
「あっ、ちょっと、それは……」
俺が転移してきたときに履いていたジーンズだ。
結構いいお値段のモノで、お気に入りの一品だ。ようやくいい感じの風合いが出てきた所なのだが、それが彼女にはくたびれた様に見えたらしい。
ま、まぁ分からんでもない。
『何よ〜。ちょっとニオイそうじゃない』
「いや、だから……」
しかし、そこまで言わんでも。
とりあえず阻止は出来たが、外に出るときは着るなと言われてしまった。ウチの奴隷にそんなみすぼらしいモノを着せる訳にはいかんとかいうコトらしい。
……価値観の違いだから、仕方がないか。
そうして俺の引越しは、終わった。
明日から俺は、彼女専属の護衛兼使用人。そして彼女所有の闘士となる。
彼女とその実家の庇護のもと、コロシアムで戦う事ができるのだ。
――新居
新たな住居は、やはり大神殿の敷地内にあった。
しかし、だ……。
「……いいのか? ここに住んで?」
そこは、それなりに大きな部屋であった。
しかし、一番の問題は……
ここが、侍女達が暮らす一角であるという事だ。そして何より……アスリの部屋との続き部屋なのだ。
『大丈夫よ。ちゃんと姫巫女様にも話をつけてあるし』
「しかし、だなぁ……」
『何よ、嫌なの?』
「そ、そういう訳じゃないが……」
年頃の娘が男と続き部屋で暮らすとか、それはどうなんだ? 親父さんは承知してるんかねぇ?
『まさか、生涯の忠誠を誓っておいて、逃げ出したりはしないわよね?』
「うぐっ……」
その場のノリでやっちまったが、この地においては、手の甲にキスをするのは生涯の忠誠を誓うという意味らしい。
う〜む。調べもせずにやるもんじゃないな。
次から気をつけよう。……って、もう手遅れだがな。
まぁ、相当古い時代の半ば廃れた風習であるらしいし、彼女も笑ってるところからして本気じゃないみたいだ。だが、それでも一度やった事だ。責任を取らねば。
それに、彼女には色々便宜を図ってもらったしな。
先刻行われた、俺の処遇を決める会議の席上で俺がヴェルディーンに提案した、プロレス風の試合形式の興行も一応の認可はもらえそうだ。
彼女の父、シェカールの口添えもあったおかげだろう。
とりあえずリングを試作し、その具合を見ることになった様だ。
リングの制作には、ダニエルが住むラクア村の住民も協力してくれるらしい。
転移者ならば、おそらく一度はテレビなんかで実物のリングを見た事があるだろうし、きっと上手い具合に行くだろう。
ちなみにその席上でダニエルが提案した、有刺鉄線電流爆破デスマッチは速攻で却下させてもらった。
……いくらなんでもいきなりあんなのを見せるわけにも行くまい。
姫巫女やエセンはドン引きしていたしな。アスリやシェカールの食いつきは良かったが。
とりあえず、その辺はおいおい話し合いの場が持たれることになった。
……というか、俺の帰還の話はもううやむやになったな。
まぁ、彼女に忠誠を誓ってしまったし、無理にあっちへ戻らなくてもいいんじゃないかと思う。
既に両親は亡く、妹とも長らく会っていない。どうやらもう結婚したらしいので、俺がいなくても大丈夫だろう。
俺は心置きなく、この地に骨を埋める事が出来るわけだ。
俺はベッドに寝転がると、天井を眺めた。
その俺を眺める彼女の口元は、かすかに笑っていた。
――そして、一週間ほど後
リハビリを終えた俺は、再びコロシアムのアリーナに立っていた。
目の前には、縦横共に俺よりもひとまわりもふたまわりも大きな、毛深い大男。
まるで熊の様だ。
西方出身で、リーマスとかいう大都市にある闘技場で、連勝記録を持っている男だと聞いている。
何でも、あっちで敵無し状態になったんで、エルズミスに来たという話だ。
その目当ては、ヴェルディーン。
リーマスの闘技場を仕切る男、アレオス。かつての英雄の一人だそうな。その弟子の一人がヴェルディーンであるらしい。だから、奴を倒すことで、己の力を誇示したい様だ。そして凱旋後はアレオスに挑むつもりなのだろう。
このコロシアムに現れて以来、連戦連勝。そして一昨日、あのグンディバルトを下したという。
で、次の対戦相手としてヤツが指名したのが、この間グンディバルトに勝利した俺だったってワケだ。
無論、俺はかませ犬になるつもりはない。きっちり返り討ちにしてやるつもりだ。
『ケイゴ〜! 負けないでよ!』
あの“声”は、アスリか。
チラと視線を向けると、観客席の最前列に陣取った彼女の姿が見える。
「はいはい、分かってますってご主人様」
俺は思わず苦笑を浮かべた。
ん? 確か今は仕事中のハズじゃあ……。またエセンにシバかれるぞ。
……まぁいいか。
さて、この男をどう料理するかね。
コイツが何者かはわからんが、少なくともその肉体から、投打極のバランスが取れたトータルファイターであろうということは想像できる。
しかし、妙だ。コイツ、“何か”隠してやがるな。ヒトとは違う、獣のごとき“気”を発しやがる。
チラと観客席に視線をやる。
アスリ……ではない。
その横だ。そこには、ダニエルがいた。
『ああ、その人ね。……多分、狼か熊の獣化人だね』
ダニエルの“声”。
なるほどな。コイツは“ベルセルク”って訳だ。
北欧神話の“狂戦士”。
ふむ。
ならば、ここで決めてやろうじゃないか。
アステカのジャガーの戦士と北欧神話の狂戦士。
どちらが強いかを、な。
俺はジャガーのマスクを取り出し、顔に着ける。
観客席のどよめき。
どうやらこのあいだの戦いのことは、それなりに知れ渡っていた様だ。
それを見、ヤツはニヤリと笑う。そして、何事か俺に話しかけてくる。
『「そうだ。それを待っていた」だってさ』
と、ダニエル。
わざわざスマンな。トゥラーン語ですら満足に聞き取れん俺にとっては、西方訛りの言葉まで理解するのは至難の技だ。
と、ヤツの身体が小さく震えた。
体毛が濃くなり、筋肉が膨れ上がる。
骨格が軋みを上げ、変貌していくのが見て取れた。
耳が尖り、口吻が前方へと伸びていく。口中に光るのは、鋭い犬歯だ。両手の指先からは、鋭い爪が伸張した。
その姿は、立ち上がった狼か熊の様だ。
ざわめく観客。
へぇ……なかなか強そうじゃないか。
だが、俺はジャガーだ。たとえ身体はヒトと変わらなくともな。
「いいぜ……そうこなくちゃな」
咆哮をあげ、迫り来るヤツ。
俺もまた、ジャガーの如く地を蹴った。




