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19/21

19-勝利、そして……

 俺の手刀がヤツの頭上に迫る。

 乾坤一擲。渾身の一撃だ。

 そしてそれが、ヤツの脳天を砕く。

 ……いや、


『ぴョはっ!』


 その直前、ヤツの腕が俺の手刀を受け止めた。


『ひょひょ……やぁっぱりクルと思ったぜェ。手前ェのネラいは分ぁかってンだヨo』

「クッ……」


 鋭い爪が、俺の腕に喰い込む。

 ヤバい。ローキックを一発入れて、無理矢理引きはがす。

 だが、手首に走る鋭い痛み。爪で引き裂かれてしまった様だ。

 チッ……この手じゃ打撃や組み技にも支障が出るか。戦法の組み立てを変えるしかない。

 バックステップで距離をとる。

 と、胸がズキンと痛んだ。


『ひょ……胸を見てミな』


 ヤツの声。


「……!」


 こいつは……

 胸の中央やや左に、“何か”が突き出ていた。それは、禍々しい円錐形のモノ。

 まさか……

 見ると、ヤツの右手人差し指の爪が無くなってた。

 クソッ、いつの間に⁉︎ すぐに抜いて……何? 抜けん⁉︎


『ひゃはっ! ソイツは抜けンぜェ〜。少ぉ〜しずつ肉に食い込み、最後(シマイ)にゃ心臓に突き刺さっチまうのサ』

「何!?」


 なるほどな。じわじわと殺すつもりか。

 ……そういえば、ダニエルから聞いたな。この世界の“外”に住まう連中の中には、ヒトの恐怖や絶望を糧にするものがる、と。

 死への恐怖を植え付けることで俺の精神も“喰らう”つもりか。

 だが、そうは問屋がおろさん。コレが心臓に達する前に、コイツを滅ぼしてくれる。

 死への恐怖など、マフィア連中に狙われた時に散々体験したからな……。


「ハアッ!」

『ヒょぶっ⁉︎』


 自らを鼓舞すべく気合の声を上げつつ、ヘラヘラ笑う顔にハイキック一発。

 そしてすぐさまローキックを叩き込む。

 さらにもう一発と行きたいところだが、ヤツが反撃で放ったツメをスウェーで回避。

 今気がついたが、事前の“気配”で、ある程度ヤツの攻撃が読めるな。

 これもマスクを着けたおかげか。

 よし。

 わざと攻撃を空振って見せる。

 ヤツは嬉々として、ツメを突き立てんと腕を振るった。

 チャンス。

 そこに、無事な左手で、カウンターの掌底。

 顎を痛打され、ふらつくヤツ。

 今だ。

 ミドルキックを叩き込もうとし……


「!」


 再び胸がズキンと痛んだ。

 これは……


『ぴょホ……効〜いてきたみてェだナ。動けば動くホド、そイつは肉に喰い混んでいくゼ〜ェ」


 またヘラヘラ笑ってやがる。イラつくぜ。

 そしてヤツは嵩にかかって攻撃を仕掛けてくる。

 爪での連続攻撃。

 動きは単調だが、厄介なのはスピードだ。しかも、その攻撃速度が落ちない。

 とんでもねぇスタミナだ。

 小さな傷は、少しずつであるが増えていく。傷が増えるたびに血は流れ、また体力も失われる。

 時間が経つにつれ、こっちがジリ貧になるな。

 ……まぁどのみち、このツメはあまり意味がなかったかもしれん。

 とはいえ、そう簡単にやられるつもりはない。

 足元の砂を蹴り上げ、ヤツの顔に引っ掛けてやる。


『ぷひャっ⁉︎』


 一瞬視界を奪われ、混乱するヤツ。

 その隙に側面に回り、後頭部を左のナックルパートで一撃。更に、ヒジとヒザを数発。

 喧嘩殺法はお手の物だ。ついでに凶器攻撃もな。長年用心棒を務め、リング上でもヒールもこなしてきた経験は伊達じゃない。ここにパイプ椅子がないのが残念なところだ。

 メチャクチャに腕を振り回し始めたので、今度はスライディング。そして蟹挾(かにばさみ)でひっくり返してやる。

 そしてすぐさま立ち上がり、ヤツが足掻いているところに、サッカーボールキックを脇腹に一発。

 悲鳴を上げつつ、ヤツは転がって逃れる。

 ふむ、効いているか。

 さらに追撃、と思ったが、その前にヤツは跳ね起きた。

 そしてヤツは、殺気と狂気の篭った目で俺を睨みつける。


『よくもやりやがったな……殺す!』


 おっと、口調がマトモになったな。お互い、余裕が無くなったか?

 まぁよかろう。急転直下の決着もオツなモンだ。


『ひゃはーっ!』


 と、ヤツの背中から、またマント状の翼が飛び出した。

 ふん、またマントで身を包んでの突撃か? 同じ技は二度と通用しないぜ? ……多分。

 ……っとお!

 紡錘形の砲弾と化したヤツが、俺めがけて突っ込んできた。

 先刻よりも、かなり速い。


「チッ!」


 横っ飛びで回避。

 ヤツは、俺がいた場所の数メートル先の地面に突っ込んだ。

 上がる土煙。

 見ると、地面がえぐれてやがる。とんでもない威力だ。

 少しでも反応が遅れたら、アウトだ。

 そして、もう一撃。

 これもかろうじて回避。しかし……

 クソッ、反撃出来ん。

 ……ん?

 土煙の中に、何やらキラリと光るモノが一つ。

 それは俺の足元に転がる。

 これは、ヤツのナイフ。すかさずソレを拾い上げる。

 マントに包まれた状態のヤツは気付いていない様だ。

 よし……

 三度ヤツが俺めがけて突っ込んできた。

 同時に俺は、その中心めがけてナイフを投擲する。


『ひょっぎゃっ⁉︎』


 ヤツの悲鳴。

 狙い通りに先端……とはいかなかったが、そのすぐ脇に着弾したナイフはマントを斬り裂き後方へと抜けた。

 ナイフはマントを斬り裂いた際の衝撃で、砕け散ってしまう。


「!」


 しかし俺の反応もわずかに遅れ、ヤツの突撃を食らってしまった。

 先端による刺撃は避けたものの胴体部分に当たってしまい、跳ね飛ばされた。

 何とか気合いを入れ、立ち上がる。

 が、ややフラついた。

 ダメージを喰らい過ぎたな。それに、胸のツメもだいぶ喰い込んできているようだ。

 一方、ヤツもまた相当ダメージを負っているらしい。その足元も、おぼつかない。

 先刻のナイフはマントだけでなくヤツの身体を斬り裂いていた。右手首から左肩、右腰そして左のアキレス腱あたりへと螺旋状に走る傷。上手い事先端に当たってれば、螺旋型の二枚おろしができていたかもしれんか。

 何にせよ、そろそろ決着をつけねばな。

 とはいえ……あんなバケモノ、どうやって倒す?

 ヤツを倒せるだけの、破壊力のある技。果たして、俺の手札の中には……

 ……あった。アレならいけるかもしれん。

 だが、ここにリングはない。それなら、どうするか?

 チラと視線を走らす。

 ふむ、いけそうだな。よし。

 そして、一つ大きく呼吸。そして、両の拳をぶつけ合わせて気合いを入れる。

 と、俺の身体の奥底から、マグマのような熱気が吹き上がってきた。

 ……きたな。

 身体の奥底から湧き上がる“力”。

 脈動する“気”が、俺の五体を満たした。


「行くぜ!」


 地を蹴ると、ふらつくヤツにレッグラリアート一発。

 着地。そしてナックルパートとヒジ打ちを連打。

 “気”を乗せた打撃で、ヤツを追い込んでいく。

 と、ヤツがそれを嫌って後方へと跳んだ。

 そして、切り裂かれたマントを開き、低空を飛行しつつツメを振るう。

 ふん、手の届かない空中から攻撃しようってのか。

 むしろ、好都合だな。まずは……

 もう一度、チラと視線を走らせる。

 ……よし、距離は把握した。これならいける。

 と、そこに空中からの爪。

 上体を反らしてかわすと、そのままジャンプしつつ脚を蹴り上げる。

 オーバーヘッドキックだ。

 やや浅いが、命中。

 そのまま後方宙返りして着地。すぐにバックジャンプでヤツとの距離をとる。


『死ぃねぇぇ〜〜!』


 いきり立ち、ツメを振りかざすヤツ。

 だが俺はすぐさま身を翻す。


『ぴょはっ! 逃がすかよぉっ!』


 その声を背に、助走をつけジャンプ。

 その先にあるのは、アリーナを囲む壁。

 そして身体を翻しつつ、壁を蹴って再びジャンプ。

 三角飛びだ。

 ジャガーのごとき跳躍力で、突っ込んでくるヤツの頭上まで跳ね上がった。


『ぴょぎゃっ⁉︎』


 両手を組んでのハンマーパンチで、戸惑うヤツの頭部を一撃。俺の右手に激痛が走るが、仕方ない。

 半回転し、頭を下にしたヤツの両腕を取ると、羽交い締め(リバースフルネルソン)の様にしてロック。

 抵抗するヤツ。

 マントの一部が針状になり、俺の両腕と胸に突き立った。

 走る激痛。

 だが、ロックは外さない。

 皮膚下を脈動する“気”が針の体内への侵入を阻止し、またロックする腕の筋力を増幅する。

 ヤツは万力の様な力で、完全にホールドされた。

 そしてそのまま、もろとも地面に落下。


『ぴぎゃっ!』


 ヤツは受け身を取る事もかなわず、脳天から地に叩きつけられた。

 一方、無数の針を突き立てられた俺も、無事では済まない。

 切り裂かれた皮膚から血を吹き出し、頽れる。

 く……そ……。

 だが、気力だけで何とか身を起こした。

 ヤツを確実に倒すまでは、死ぬわけにはいかん。

 俺が身を起こしても、ヤツは倒れたままだ。


「やった、か……」


 一つ大きく息を吐く。

 しかしその時、


『ひょ……ひょは……』

「!」


 ヤツの呻き。

 見ると、起き上がろうと足掻いてやがる。

 クソッ、まだ動けるのか⁉︎ 今の一撃で“気”の流れは断ったはずだが……。

 トドメを……

 だが、身体が動かん。血を流しすぎたか……。

 それでも立ち上がらんとするが、再び頽れてしまう。


『ひょ……は……まぁだ……終わらんゼぇ。あ……“あの方”の……“力”をまた借りる事が出来れば……』

「! “あの方”、だと?」


 何者だ? そいつがこの男をこんな姿にしたというのか?


『バ……バルなんとかっていう……カミサマみてぇなのに、出ェ会ったんだヨ。“あっち”でナ。で、この“力”を与えられた。手前ェに復讐する“力”が欲しいかと言われてなぁ』

『バルドス⁉︎ まさか……』


 ローベルトの声。

 知っているのか?

 ……というか、彼らがいるのをすっかり忘れてたな。


『ひょ……はっ! “あぁの方”が来てくださるそぉうだぜェ〜。手ェ前ェら、カクゴしやが……』

「!」


 そこで、ヤツの声が途切れた。

 どうしたんだ?


『ぴぎゃっ⁉︎』


 苦悶の声。_

 見ると、ヤツの腹から、腕らしきモノが突き出ていた。

 なんとも言えない、ぬめるような光沢の肌。

 あれが、“あの方”とやらの腕なのか?

 と、また同形のモノがまたヤツの腹から突き出した。

 いよいよ、“あの方”とやらが姿を表すのか?


『はははははは』


 脳裏に響く哄笑。

 凄まじいばかりの“力”を感じる。こんなのと戦えば、俺たちなんぞ……

 そして俺達の目前で、ヤツの身体が突き出た腕によって引き裂かれる。

 その傷口から覗くのは、血肉ではなく虹色の闇。

 そして、そこから黒い“何か”が姿を覗かせた。

 何だ、アレは?

 それは幾何学的な直線や曲線で構成された、前衛芸術を思わせる、顔的な“何か”。見るだけで人間の正気を削る様な、“それ”。

 一見顔とは判別し難い“それ”は、俺達を見回してニヤリと“笑った”、らしい。


「……!」


 それだけで精神の奥底までかき回され、狂気へと駆り立てられる様だ。

 そして“それ”は周囲を見回すと、おもむろに“口”を開いた。


『ははは……見知った顔もあるな。忌まわしい事だ』

『……!』


 ローベルトが息を飲む。

 やはり知り合いなのか。おそらくは、以前戦った相手なのだろう。

 その蒼白な顔を見ると、相当苦戦したのか。あるいは……ついこの間戦ったという邪神とやらなのか?


『ふん……もう貴様らには用はない』


 バルドスは苦笑した……様だ。そして、ヤツに視線を向けた。


『やはり、コヤツでは無理であったか……』

『ぴょはっ!?』


 ヤツの驚愕の声。裏切られたのであろうか? 以前も、いつでも切り捨てられるポジションのチンピラであったが。


『此度は引き下がろう。だが幾星霜の後、貴様らの生命(いのち)の尽きた頃合いに、また我はこの地に降り立つだろう……』


 ヤツの腹の上で、“それ”は嗤った。

 そして、


『では、さらばだ』


 “それ”はヤツの腹に開いた“穴”に、姿を消す。そしてその腕らしきモノはヤツの身体を掴み、“穴”の奥へと引き込んだ。


『ぴょ……ぴょぎゃあああぁああぁぁあぁ!』


 ヤツの断末魔の絶叫。

 “それ”はヤツもろとも“穴”の奥へと姿を消した。

 その“穴”は、一瞬“靄”の様な白い一塊の雲煙となり、やがては霧散していった。

 残されたのは……翠色の小さな菱形の石。

 それは地面に落ちると、澄んだ音を立てて転がった。

 そして……それを最後に、俺の意識は暗転した。

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