19-勝利、そして……
俺の手刀がヤツの頭上に迫る。
乾坤一擲。渾身の一撃だ。
そしてそれが、ヤツの脳天を砕く。
……いや、
『ぴョはっ!』
その直前、ヤツの腕が俺の手刀を受け止めた。
『ひょひょ……やぁっぱりクルと思ったぜェ。手前ェのネラいは分ぁかってンだヨo』
「クッ……」
鋭い爪が、俺の腕に喰い込む。
ヤバい。ローキックを一発入れて、無理矢理引きはがす。
だが、手首に走る鋭い痛み。爪で引き裂かれてしまった様だ。
チッ……この手じゃ打撃や組み技にも支障が出るか。戦法の組み立てを変えるしかない。
バックステップで距離をとる。
と、胸がズキンと痛んだ。
『ひょ……胸を見てミな』
ヤツの声。
「……!」
こいつは……
胸の中央やや左に、“何か”が突き出ていた。それは、禍々しい円錐形のモノ。
まさか……
見ると、ヤツの右手人差し指の爪が無くなってた。
クソッ、いつの間に⁉︎ すぐに抜いて……何? 抜けん⁉︎
『ひゃはっ! ソイツは抜けンぜェ〜。少ぉ〜しずつ肉に食い込み、最後にゃ心臓に突き刺さっチまうのサ』
「何!?」
なるほどな。じわじわと殺すつもりか。
……そういえば、ダニエルから聞いたな。この世界の“外”に住まう連中の中には、ヒトの恐怖や絶望を糧にするものがる、と。
死への恐怖を植え付けることで俺の精神も“喰らう”つもりか。
だが、そうは問屋がおろさん。コレが心臓に達する前に、コイツを滅ぼしてくれる。
死への恐怖など、マフィア連中に狙われた時に散々体験したからな……。
「ハアッ!」
『ヒょぶっ⁉︎』
自らを鼓舞すべく気合の声を上げつつ、ヘラヘラ笑う顔にハイキック一発。
そしてすぐさまローキックを叩き込む。
さらにもう一発と行きたいところだが、ヤツが反撃で放ったツメをスウェーで回避。
今気がついたが、事前の“気配”で、ある程度ヤツの攻撃が読めるな。
これもマスクを着けたおかげか。
よし。
わざと攻撃を空振って見せる。
ヤツは嬉々として、ツメを突き立てんと腕を振るった。
チャンス。
そこに、無事な左手で、カウンターの掌底。
顎を痛打され、ふらつくヤツ。
今だ。
ミドルキックを叩き込もうとし……
「!」
再び胸がズキンと痛んだ。
これは……
『ぴょホ……効〜いてきたみてェだナ。動けば動くホド、そイつは肉に喰い混んでいくゼ〜ェ」
またヘラヘラ笑ってやがる。イラつくぜ。
そしてヤツは嵩にかかって攻撃を仕掛けてくる。
爪での連続攻撃。
動きは単調だが、厄介なのはスピードだ。しかも、その攻撃速度が落ちない。
とんでもねぇスタミナだ。
小さな傷は、少しずつであるが増えていく。傷が増えるたびに血は流れ、また体力も失われる。
時間が経つにつれ、こっちがジリ貧になるな。
……まぁどのみち、このツメはあまり意味がなかったかもしれん。
とはいえ、そう簡単にやられるつもりはない。
足元の砂を蹴り上げ、ヤツの顔に引っ掛けてやる。
『ぷひャっ⁉︎』
一瞬視界を奪われ、混乱するヤツ。
その隙に側面に回り、後頭部を左のナックルパートで一撃。更に、ヒジとヒザを数発。
喧嘩殺法はお手の物だ。ついでに凶器攻撃もな。長年用心棒を務め、リング上でもヒールもこなしてきた経験は伊達じゃない。ここにパイプ椅子がないのが残念なところだ。
メチャクチャに腕を振り回し始めたので、今度はスライディング。そして蟹挾でひっくり返してやる。
そしてすぐさま立ち上がり、ヤツが足掻いているところに、サッカーボールキックを脇腹に一発。
悲鳴を上げつつ、ヤツは転がって逃れる。
ふむ、効いているか。
さらに追撃、と思ったが、その前にヤツは跳ね起きた。
そしてヤツは、殺気と狂気の篭った目で俺を睨みつける。
『よくもやりやがったな……殺す!』
おっと、口調がマトモになったな。お互い、余裕が無くなったか?
まぁよかろう。急転直下の決着もオツなモンだ。
『ひゃはーっ!』
と、ヤツの背中から、またマント状の翼が飛び出した。
ふん、またマントで身を包んでの突撃か? 同じ技は二度と通用しないぜ? ……多分。
……っとお!
紡錘形の砲弾と化したヤツが、俺めがけて突っ込んできた。
先刻よりも、かなり速い。
「チッ!」
横っ飛びで回避。
ヤツは、俺がいた場所の数メートル先の地面に突っ込んだ。
上がる土煙。
見ると、地面がえぐれてやがる。とんでもない威力だ。
少しでも反応が遅れたら、アウトだ。
そして、もう一撃。
これもかろうじて回避。しかし……
クソッ、反撃出来ん。
……ん?
土煙の中に、何やらキラリと光るモノが一つ。
それは俺の足元に転がる。
これは、ヤツのナイフ。すかさずソレを拾い上げる。
マントに包まれた状態のヤツは気付いていない様だ。
よし……
三度ヤツが俺めがけて突っ込んできた。
同時に俺は、その中心めがけてナイフを投擲する。
『ひょっぎゃっ⁉︎』
ヤツの悲鳴。
狙い通りに先端……とはいかなかったが、そのすぐ脇に着弾したナイフはマントを斬り裂き後方へと抜けた。
ナイフはマントを斬り裂いた際の衝撃で、砕け散ってしまう。
「!」
しかし俺の反応もわずかに遅れ、ヤツの突撃を食らってしまった。
先端による刺撃は避けたものの胴体部分に当たってしまい、跳ね飛ばされた。
何とか気合いを入れ、立ち上がる。
が、ややフラついた。
ダメージを喰らい過ぎたな。それに、胸のツメもだいぶ喰い込んできているようだ。
一方、ヤツもまた相当ダメージを負っているらしい。その足元も、おぼつかない。
先刻のナイフはマントだけでなくヤツの身体を斬り裂いていた。右手首から左肩、右腰そして左のアキレス腱あたりへと螺旋状に走る傷。上手い事先端に当たってれば、螺旋型の二枚おろしができていたかもしれんか。
何にせよ、そろそろ決着をつけねばな。
とはいえ……あんなバケモノ、どうやって倒す?
ヤツを倒せるだけの、破壊力のある技。果たして、俺の手札の中には……
……あった。アレならいけるかもしれん。
だが、ここにリングはない。それなら、どうするか?
チラと視線を走らす。
ふむ、いけそうだな。よし。
そして、一つ大きく呼吸。そして、両の拳をぶつけ合わせて気合いを入れる。
と、俺の身体の奥底から、マグマのような熱気が吹き上がってきた。
……きたな。
身体の奥底から湧き上がる“力”。
脈動する“気”が、俺の五体を満たした。
「行くぜ!」
地を蹴ると、ふらつくヤツにレッグラリアート一発。
着地。そしてナックルパートとヒジ打ちを連打。
“気”を乗せた打撃で、ヤツを追い込んでいく。
と、ヤツがそれを嫌って後方へと跳んだ。
そして、切り裂かれたマントを開き、低空を飛行しつつツメを振るう。
ふん、手の届かない空中から攻撃しようってのか。
むしろ、好都合だな。まずは……
もう一度、チラと視線を走らせる。
……よし、距離は把握した。これならいける。
と、そこに空中からの爪。
上体を反らしてかわすと、そのままジャンプしつつ脚を蹴り上げる。
オーバーヘッドキックだ。
やや浅いが、命中。
そのまま後方宙返りして着地。すぐにバックジャンプでヤツとの距離をとる。
『死ぃねぇぇ〜〜!』
いきり立ち、ツメを振りかざすヤツ。
だが俺はすぐさま身を翻す。
『ぴょはっ! 逃がすかよぉっ!』
その声を背に、助走をつけジャンプ。
その先にあるのは、アリーナを囲む壁。
そして身体を翻しつつ、壁を蹴って再びジャンプ。
三角飛びだ。
ジャガーのごとき跳躍力で、突っ込んでくるヤツの頭上まで跳ね上がった。
『ぴょぎゃっ⁉︎』
両手を組んでのハンマーパンチで、戸惑うヤツの頭部を一撃。俺の右手に激痛が走るが、仕方ない。
半回転し、頭を下にしたヤツの両腕を取ると、羽交い締めの様にしてロック。
抵抗するヤツ。
マントの一部が針状になり、俺の両腕と胸に突き立った。
走る激痛。
だが、ロックは外さない。
皮膚下を脈動する“気”が針の体内への侵入を阻止し、またロックする腕の筋力を増幅する。
ヤツは万力の様な力で、完全にホールドされた。
そしてそのまま、もろとも地面に落下。
『ぴぎゃっ!』
ヤツは受け身を取る事もかなわず、脳天から地に叩きつけられた。
一方、無数の針を突き立てられた俺も、無事では済まない。
切り裂かれた皮膚から血を吹き出し、頽れる。
く……そ……。
だが、気力だけで何とか身を起こした。
ヤツを確実に倒すまでは、死ぬわけにはいかん。
俺が身を起こしても、ヤツは倒れたままだ。
「やった、か……」
一つ大きく息を吐く。
しかしその時、
『ひょ……ひょは……』
「!」
ヤツの呻き。
見ると、起き上がろうと足掻いてやがる。
クソッ、まだ動けるのか⁉︎ 今の一撃で“気”の流れは断ったはずだが……。
トドメを……
だが、身体が動かん。血を流しすぎたか……。
それでも立ち上がらんとするが、再び頽れてしまう。
『ひょ……は……まぁだ……終わらんゼぇ。あ……“あの方”の……“力”をまた借りる事が出来れば……』
「! “あの方”、だと?」
何者だ? そいつがこの男をこんな姿にしたというのか?
『バ……バルなんとかっていう……カミサマみてぇなのに、出ェ会ったんだヨ。“あっち”でナ。で、この“力”を与えられた。手前ェに復讐する“力”が欲しいかと言われてなぁ』
『バルドス⁉︎ まさか……』
ローベルトの声。
知っているのか?
……というか、彼らがいるのをすっかり忘れてたな。
『ひょ……はっ! “あぁの方”が来てくださるそぉうだぜェ〜。手ェ前ェら、カクゴしやが……』
「!」
そこで、ヤツの声が途切れた。
どうしたんだ?
『ぴぎゃっ⁉︎』
苦悶の声。_
見ると、ヤツの腹から、腕らしきモノが突き出ていた。
なんとも言えない、ぬめるような光沢の肌。
あれが、“あの方”とやらの腕なのか?
と、また同形のモノがまたヤツの腹から突き出した。
いよいよ、“あの方”とやらが姿を表すのか?
『はははははは』
脳裏に響く哄笑。
凄まじいばかりの“力”を感じる。こんなのと戦えば、俺たちなんぞ……
そして俺達の目前で、ヤツの身体が突き出た腕によって引き裂かれる。
その傷口から覗くのは、血肉ではなく虹色の闇。
そして、そこから黒い“何か”が姿を覗かせた。
何だ、アレは?
それは幾何学的な直線や曲線で構成された、前衛芸術を思わせる、顔的な“何か”。見るだけで人間の正気を削る様な、“それ”。
一見顔とは判別し難い“それ”は、俺達を見回してニヤリと“笑った”、らしい。
「……!」
それだけで精神の奥底までかき回され、狂気へと駆り立てられる様だ。
そして“それ”は周囲を見回すと、おもむろに“口”を開いた。
『ははは……見知った顔もあるな。忌まわしい事だ』
『……!』
ローベルトが息を飲む。
やはり知り合いなのか。おそらくは、以前戦った相手なのだろう。
その蒼白な顔を見ると、相当苦戦したのか。あるいは……ついこの間戦ったという邪神とやらなのか?
『ふん……もう貴様らには用はない』
バルドスは苦笑した……様だ。そして、ヤツに視線を向けた。
『やはり、コヤツでは無理であったか……』
『ぴょはっ!?』
ヤツの驚愕の声。裏切られたのであろうか? 以前も、いつでも切り捨てられるポジションのチンピラであったが。
『此度は引き下がろう。だが幾星霜の後、貴様らの生命の尽きた頃合いに、また我はこの地に降り立つだろう……』
ヤツの腹の上で、“それ”は嗤った。
そして、
『では、さらばだ』
“それ”はヤツの腹に開いた“穴”に、姿を消す。そしてその腕らしきモノはヤツの身体を掴み、“穴”の奥へと引き込んだ。
『ぴょ……ぴょぎゃあああぁああぁぁあぁ!』
ヤツの断末魔の絶叫。
“それ”はヤツもろとも“穴”の奥へと姿を消した。
その“穴”は、一瞬“靄”の様な白い一塊の雲煙となり、やがては霧散していった。
残されたのは……翠色の小さな菱形の石。
それは地面に落ちると、澄んだ音を立てて転がった。
そして……それを最後に、俺の意識は暗転した。




