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18-獣王の面

 俺はポケットから“それ”を取り出す。

 “それ”は……ジャガーの頭部の毛皮。中南米最強の捕食者のものである。

 “ジャガーの戦士(オセロメー)”と呼ばれるテスカトリポカの戦士。彼らはジャガーの毛皮を被り、戦場に赴いた。

 これは、その毛皮をマスクに縫い直したものだ。

 かつて征服者コルテスらによって奪われたこの毛皮は様々な人の手に渡った後、俺の大叔父が取り戻すことに成功したそうだ。そしてルチャドールであった大叔父は、ボロボロになっていたそれをオーバーマスクへと仕立て直し、それをつけてリングに向かったそうだが……

 大叔父やかつての戦士達は、おそらく神の加護を得ることで野獣のごとき闘士となることを期し、これを身につけたのだろう。

 なら、俺もやってやろうじゃないか。

 地球とは違い、超常的な“力”に満ちたこの世界。このマスクはその秘めたる力を発揮してくれるのかもしれん。

 俺は毛皮を被り、後頭部の紐を結んだ。

 マスクが顔に密着する。

 直後、接触した皮膚、そして眉間の奥が熱を帯びた。


「……!」


 あの時と同じだ。

 ヴェルディーンと戦った時に、感じた“熱”。そしてつい先刻、ヤツに腹を貫かれた際にも感じた。おそらくこれが、あの爺さんが言うところの“(ルン)”というものであろう。

 ヴェルディーンもまたこの“気”を使うことで、あの超人的な戦闘力を発揮したのだろうか。

 俺も出来るはずだ。いや……やらねばならない。

 俺はひとつ深呼吸をする。

 と、下腹部丹田――ベルトのバックルあたり――に灼熱の塊が現れる。次いで、胸部中央にも。体の正中線上を、熱い“何か”が貫いている様だ。

 眉間の奥、脳の古い領域が活性化し、己の奥底(イド)から“何か”が頭をもたげる。

 それは、俺に似た体格の、人型のモノ。しかしその顔は……

 と、俺の身体が変貌(メタモルフォーゼ)を始めた。

 全身を剛毛が覆い、骨格がより強靭なモノへと変形する。筋肉が膨張し、鋭い牙と爪が具わる。

 いや……物理的には、俺の肉体は何ひとつ変わってはいない。

 だが、その内面にあるもうひとつの俺――霊体とでもいうべきか?――は、まさしく密林の王者ジャガーへと変貌していた。

 そうか。これは“触媒”。

 精神の枷を取り払い、裡に眠る野獣の力を引き出す。そして全ての敵を打ち倒す、狂戦士(ベルセルク)と化すのだ。ヒトは普段、身体能力を数割しか発揮出来ないという。だが、今はおそらくそのほぼ全てを使う事が出来るのだろう。そして、身体の中を脈動する“熱”。これをコントロールする事ができれば、更に筋力を超えた“力”を発揮するのかもしれない。

 しかし、これは身の破滅の危険性をはらむモノではなかろうか?

 わずかな逡巡が頭をよぎる。

 と、その時、


『ひょ……ひュー……』


 ヤツが身じろぎした。

 紡錘形に身体を包むマントが解けていく。

 あの程度のことで、大きなダメージを受ける様なタマじゃなかろう。

 俺は構えを取り……


『ぴょひゃぁ〜っ! やぁリやがったなぁ!』


 ヤツは頭を引き抜き、跳ね起きた。

 やはり、あの程度のダメージでどうにななるヤツではないか。


『ひょっほ〜。なぁんだ、そのマぁスクぅ。漫画の読みスぎじゃ……ぴぎゃっ!?』

「黙れ」


 ナッックルパートでフック気味に、ヤツのアゴをしばき上げる。

 その一撃で、どうやら舌を噛んだらしい。ヤツの口の端から血が垂れた。

 だが構わずに、今度は側頭部を殴打。

 ヤツの頭が大きくブレた。

 ジャガーの前肢による強烈な打撃は、獲物の頭骨を容易に打ち砕くという。今の俺なら、それくらいはできそうだな。

 更に続けざまに数発を叩き込んだ。

 そして更に、


『ひょぶっ!?』


 アッパー掌底。

 そのまま顎下を捕える。

 相撲でいう所の、ノド輪である。

 そして脇下にもう片方の腕を差し入れて持ち上げ……


『ひょゲっ!』


 体重をかけ、後頭部から地面に叩きつけた。

 ノド輪落としだ。

 だが、これで終わりじゃない。

 その衝撃を利して身体を跳ね上げ、ヤツの下腹部めがけて膝を落とす。

 狙うは、丹田。

 俺の身体の中で脈動する“気”の起点。そこは、ヤツにとっても急所であるだろう。おそらくより超常的、霊的な領域に属する肉体を持つヤツには、そこへの打撃はより効果的なハズだ。

 そうした箇所に攻撃を集中することで、より効果的にダメージを与えることができるだろう。……おそらく。

 そしてヤツの腹に、俺のヒザが深く突き刺さった。

 同時に、何かが“砕けた”感触。そして、絶叫。

 手応えあり、か。

 よし。追撃だ。次は……


『ひょがぁァっ!』


 しかしその前に、ヤツが跳ね起きる。

 そして、俺の肩を掴んだ。

 深々とツメが食い込む。


『ひょほ……やぁってくれたなぁ。おぉカえしだ。そンのアタマ、噛み砕いてヤルぜェ』


 ヤツはニヤリと笑うと、大きく口を開けた。

 人間では不可能なほど広げられた口の中には、無数の鋭い牙が覗いていた。それは、まるでサメか何かの様だ。

 だが、ここでやられるわけにはいかん。

 肩をつかむ量の腕の肘部を、俺の腕で抑える。そしてヤツの腕を抱え込んだ形で、がっちりと関節をロックする。いわゆる(かんぬき)の状態だ。


『ひゅ……ぎぇ……』


 ヤツは腕を極められ、動きを止める。

 ……上手くいったな。コイツ以外のヤツであれば、無理だったのかもしれん。何せ他のヤツらは腕の関節が一つ多いからな。

 すかさず“気”を込めた膝で鳩尾を蹴り上げる。

 ヤツの身体がくの字に曲がった。

 そして膝を押し当てた状態で後方へとヤツを引き込みつつ倒れ、巴投げの要領で後方へと投げ捨てた。


「ぐうっ!」


 当然のことながら、肩に腕が食い込んだまま投げ捨てたので、その衝撃で爪が外れ、肉を抉られる。吹き出す血。

 だが、バケモノ相手だ。この程度で済んで幸運と言うべきだろう。


『出血が酷いわ。傷の治療を……』


 アスリの声。


「いや、いい」

『何でよ⁉︎』

「退路を断つのさ」


 治癒してもらえると思うと、どうしても戦う覚悟が鈍る。そうした甘えは身を滅ぼすことになるだろう。


『ひょほっ……カッコつけテる場合かよォ!』


 ヤツが跳ね起きた。

 腰を強かに打ちつけてやったハズだが、その影響は感じられない。やはり、ヒトなどよりよほど強靭な肉体を持つのだろう。

 そして両腕の爪を振りかざし、突進してくる。

 アレをまともに喰らえば、いとも容易くミンチにされちまうだろう。

 だが、隙だらけだ。

 バックステップで距離をとる。そしてフェインドを交えてサイドへと飛んだ。

 そしてすぐさま地を蹴ると、スライディング。

 脚をすくい、ヤツをよろめかした。

 すぐさま身体を起こし、側面からのタックル。

 ヤツの上体が大きく揺らいだ。

 すぐさまその首筋をつかみ、前方へとねじり倒しつつ体重をかけてヤツの顔面を地面に叩きつけた。

 ワンハンド・ブルドッグという技だ。ブルドッギング・ヘッドロックのバリエーションで、顔面砕き(フェイスクラッシャー)ともいう。

 このまま追撃を……いや、マズいか。

 反射的に飛び退く。


『ひょがアaっ!』


 直後、ヤツは飛び起き状に爪を突き立ててくる。

 それを辛うじて躱すと、逆水平の鉄槌打ちをヤツの胸板にカウンターで叩き込んだ。

 ヒトでいう胸骨中央。心臓の真上だ。

 手ごたえあり。

 ヤツの動きが一瞬止まった。


『ひゅ……が……』


 荒い息。

 咳き込み、口中からどす黒い液体――おそらくは血――を吐き出した。

 うまい具合に肺にダメージを与えたのか?


『ひょ……キサマ……キサマa、ナぁニをしたぁ!?』


 ヤツの目がギラリと光り、俺を睨む。


「さぁな」


 とぼけてみせる。

 が、一応コレは狙い通りの結果だ。

 この世のものならざる敵。それを倒すには、おそらく“気”の流れを“断つ”必要があるだろう。

 その為に、“気”の流れが集中する部位を集中して攻めた。

 ノド輪落としで首、そして丹田の(コルロ)――あるいは末魔(チャクラ)――を。そしてヒザ蹴りで鳩尾。巴投げで仙骨。ワンハンド・ブルドッグで眉間。そして今の、胸部中央と、ダメージを与えた。

 その効果はてきめんか。

 あと残るのは……頭頂部。

 さて、どう攻める?

 まずは……

 距離を詰めると、まずは牽制のローキック。ヤツの意識を下方へと引きつけ……


「リャアーッ!」


 ナックルパートを顎に叩き込む。

 一旦飛び退いて爪を回避すると、脇腹にミドルキック。

 次いで踏み込みつつ、ヒジでアゴをカチ上げた。

 ……よし。

 そして鳩尾へのボディーブロー。


『ひょブっ!?』


 ヤツの身体が折れ曲がる。

 チャンスだ。

 ラストワン。

 俺はヤツの脳天めがけ、手刀を振り下ろした。

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