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16-招かれざるもの

『ひゃははははーっ』


 狂気に満ちた笑い声。

 その“声”……

 そして現れる、黒い幾つかの“影”。

 それは、人型をした、“何か”であった。

 漆黒の、ゴムのごとき肌。頭部と思しき箇所から突き出た、奇妙にねじくれた幾本かの角状突起。顔には人間らしき造作などなく、ただ白い硬質な“面”に、何やら幾何学的な模様があるだけだ。その背には、奇妙なマント状の“翼”。そして四肢は、明らかに余分な関節があった。そして、その指先には鋭い円錐状の爪が光る。


「あれは、一体? まるで悪魔の様な姿だが……」

「う〜ん、悪魔をあんなんと一緒には……おっと。アレは異形の輩さ。地球やこの世界とかけ離れた生態をもつ、決して相容れぬ連中だよ。ヤツらが喰らうのは、ヒトなどの生物の恐怖や嘆き、死の苦痛なのさ」

「なるほどな……」


 ……とはいえ、どうすべきか。


「そうだ。敬吾サンは逃げて。危険だからさ」

「おいおい……」


 ふと見ると、ヴェルディーンは剣を抜き、アリーナに降り立っている。そして彼に付き従う兵達。


「“結界”!」


 姫巫女の声。見れば、アリーナの周囲を淡い光の幕が包んでいた。もしかしたら、ヤツらをコロシアムの外に逃さないためのものかもしれん。

 と、いつの間にか彼女の隣には、アスリとエセンが控えていた。アスリは頭を押さえ、顔をしかめてるが……やっぱり仕事サボってたのか。

 そしてアイーシャも。

 ふ〜む、やはり俺は足手まといか? 悔しいが……

 と、


『ひゃほほー!』


 また例の、奇妙な笑い声。

 聞き覚えのある声だ。

 ふと見上げると、一匹の異形の輩が俺に向かってくるのが見えた。

 ん? コイツはずいぶん人間臭い風態だな。他の連中みたく、余分な関節はない様だ。

 と……


「!」


 殺気。

 慌てて飛び退くと、何か奇妙なナイフ状のモノが、地面に突き立つ。

 更に、数発。

 すぐさまバックジャンプ。

 コイツは、まさか……

 俺はヤツを睨みつけた。


『ぴょほー』


 と、その頭部にある“面”が、ぐにゃりと歪んだ。

 白かった表面が肌色になり、人の顔を思わせる造作が浮き出てきた。

 そして現れたのは……


「貴様は!」


 あの日、俺を殺すべくやってきた洪天会の三人組の一人。小柄なナイフ使いの男の顔だ。やはり1BOXと一緒に転移に巻き込まれていたのか。

 そいつが、何故あんな姿に?


「ああ、敬吾サンを襲ったヤクザか。異界に“落ち”て、あんな姿になってしまったんだな」


 ダニエルの声。


「そういう事があるのか……」


 だが、何故ヤツがここへやって来た?

 そういえば、ダニエルは“因縁”と言っていた。ヤツは俺との“縁”により、この地へとやって来たのだろうか? 仲間……いや仲魔を引き連れて。

 だとすれば、だ。


「ヤツは俺が倒す」

「敬吾サン……」


 ダニエルは俺を見……そして苦笑を浮かべた。


「止めても無駄そうだね。じゃあ、頑張って。“加護”!」


 ダニエルの呪文。彼の指先から放たれた柔らかい光が、俺を包む。


「多少防御力がアップしてるけど、気をつけて。それと……もしかしたら、“お守り”が役に立つかもよ?」

「……分かった」


 俺は頷くと、ヤツに向き直った。


「さぁ……かかって来やがれ!」

『ひょはーっ!」


 ヤツはまたナイフを投げつけてくる。どこにそんな……とは思ったが、どうやらマントの中から取り出している様だ。

 弾切れを狙えるか? いや……もしかしたら、何らかの“力”で生成されているのかもしれん。

 ……にしても、狙いが甘いな。あの時の方がコントロール良かったんじゃないか? ドーピング同様、使いこなせない“力”は身を滅ぼすのがオチだぜ。

 俺は回避に徹しつつ、さりげなく地面に落ちたナイフを拾い上げた。

 そして、すぐさま投げ返す。

 それは、ヤツの脇腹に突き立った。


『ぴぎゃーっ!』


 奇妙な悲鳴を上げ、ヤツはバタバタと飛び回る。

 へへっ、ダーツにゃちょいと自信があるんだ。それに、あのジイさんからも暗器の使い方を教えてもらってる。おかげで用心棒時代、何度かピンチを切り抜けられた。

 ヤツが飛び回ってる間に、さらにナイフを何本か回収しておく。

 にしても……何だコレは?

 黒いガラスの様な質感をもつ物質で構成されている。まるで黒曜石だな。

 黒曜石、か。

 俺の先祖とも関わりの深い石だ。

 母方の祖母の更に母親は、メキシコのインディオ出身だ。そしてその家系は、テスカトリポカの司祭。

 テスカトリポカを崇めるアステカには、とある戦士団がいた。それが、ジャガーの戦士(オセロメー)だ。

 ジャガーの毛皮をまとう戦士。彼らは黒曜石の刃を付けた木剣(マカナ)を使用していた。

 だが、これは本当に黒曜石なのか?

 触れていると活力を少しずつ吸い取られていく気もする。

 あまり長時間持たないほうが良いかもな。

 とりあえず、周囲に視線を走らせる。

 アイーシャと姫巫女の魔法が炸裂し、三体ほどが地面に落下した。そしてそれは、グンディバルトら武器を持ちだした闘士やシェカールのオッサンらによって袋叩きにされている。

 ヴェルディーンは二体を同時に相手にしつつ、有利に戦いを進めている。その背後ではエセンが呪文を唱え、サポートしていた。

 ダニエルは……一体の異形の上に馬乗り(マウントポジション)になってボコってやがる。

 一番ヤバそうなのは、俺ってコトか。

 にしても、何者だアイツ……


『さあ、ガンガン行きましょー』


 と、俺に能天気な声をかけるヤツがいる。

 ……アスリしかいないよな、そんなの。


「下がってろよ!」

『は〜い!』


 元気な声。


『回復は任せてね〜!』

「ありがたいぜ!」


 思わぬ助勢だ。

 体制を立て直し、向かってくるヤツにナイフを投げつける。

 しかしヤツは高度を下げて回避。

 ……チャンス!

 助走をつけジャンプ。そしてハイキック。

 延髄斬り……いや、レッグラリアートか。

 そして、命中。

 ヤツは悲鳴を上げ、地面に落下した。

 そこにすかさず残りのナイフを投げつけ、マントを地面に縫い付けてやる。

 ヤツはそこから逃れようと、暴れている。マントがズタズタになりつつあるな。

 すかさず駆け寄り、うつぶせ状態の背中めがけてヒザを落とす。


『ひぎゃーーっ!』


 絶叫。

 更に馬乗りになり、後頭部目掛けて鉄槌打ち。

 くぐもった悲鳴。

 そしてもう一発……いかん!

 ヤツが跳ね起き、俺は振り落とされた。

 凄まじい力だ。出来る限り組み技は避けるべきだな。猛獣と取っ組み合いする様なモノだ。

 ……まぁ、さすがに猛獣と取っ組み合いした経験はないがな。精々、クスリでリミッターぶっ壊れた大男とやりあったぐらいだ。あの時は、四肢を引きちぎられるかと思ったぜ……。

 拘束から逃れたヤツは体制を立て直すと、怒りに燃えた目で俺を睨む。そして両の腕を振りかざし、俺に向かって低空で突進してきた。

 その手の先に光るのは、黒曜石の如く輝く、円錐状の10本の爪。


「クソッ!」


 意外と早い。

 辛うじてかわしたが、肩を斬り裂かれた。

 そして方向転換して、もう一撃が来る。

 次は、紙一重で何とかかわしきれた。

 と、またしてもヤツは方向転換。三度爪が、俺を襲う。

 だが、今度は見切った!

 今度は下に潜り込み、アッパー掌底で迎撃。

 ヤツは一旦大きく体勢を崩して地面を転がるも、すぐさま飛行に移る。そしてこちらへ向かって来た。マントの大半を失ったことで飛行能力は大幅に低下した様だが、それでもスピードはかなりのものだ。

 浅かったか! 仕方ねぇ……

 ギリギリまでヤツを引きつける。

 そして、ヤツのツメが俺の首を狩る直前、その両手首をまとめて掴むと、背負い投げの要領で地面に叩きつけてやる。

 頭からまともに地面に叩きつけられたヤツは一度大きくバウンドし、そのままダウンした。

 更に追撃を……だが、


「クソッ!」


 がくりと膝をつく。

 投げる直前、足の爪で背中をかなり引き裂かれた。


『ひ……酷い傷……。“治癒”!』


 アスリの声。

 優しい光が俺を包み、痛みが引いていくのがわかる。

 だが……


『そんな……血が止まらない』


 蒼白な顔の彼女。こんな顔は、初めて見た。


『“治癒”!』


 別の声。

 見ると、姫巫女が呪文を唱えてくれた様だ。

 おかげで大分、身体が楽になた。


「アスリもありがとな。だが……少し下がってろよ」


 俺の視線の先。

 倒れ伏したはずのヤツの身体から、不穏な気配が立ち上っていた。

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